当て馬の当て馬ってあんまりですわ

茄子

王都、そして王城へ

 その日、辺境からやってくる王太子の婚約者を一目見ようと街道には人が並び、出店が軒を連ねた。
 次期辺境伯となるべく、王都の学園に通わず家で勉学に励んでいたがこの度王太子との婚約が決まり、お妃教育を兼ねて王都の学園に通うことになったのだ。
 王都の社交界に出たのはデビューの一度きりで、その姿を見ることが出来たのはその夜会に出席していた王侯貴族やそれに仕える者のみ。
 そして次期王太子妃は今日この日から住まいを王宮とし、王妃自ら教育を施すため、ただの国民である庶民が見る機会は今日を除けば次は数年後の結婚パレード。
 吟遊詩人が謳い上げる美姫と名高い異国の血を引く高貴な方を今か今かと待つ。

 王都の正面門のあたりから歓声が上がる。
 門の外で乗り換えたのだろう、屋根の無いヴィルヘルム辺境伯家の紋章の入った黒の馬車。馬車を引くのはよく見る馬ではなく二頭のユニコーン。
 吟遊詩人が謳う美しき乙女に仕える希少な生き物だ。優美な姿を裏切るように獰猛で力強いユニコーンを飼いならすことは難しく、無理に捕えようとして滅んだ国もあると言われている。
 だがその畏怖も、馬車に乗る姫を見れば忘れてしまう。

 滑らかな艶を持つピンクブロンド。肌は陶磁器のように滑らかな白さを持ち。
 濃い紫色の二重の瞳が少女の神秘性を高め、旅装束の露出のない衣装の上からでもわかる見事な体つき。
 そしてその全てが神が作っているのだと言われれば納得してしまうほどにバランスがとれており、その美貌と姿に息を忘れ、次の瞬間には讃える声を上げる。

 馬車の上から絶えることなく笑みを浮かべ、左右を交互に見て手を振る。
 あんなにも美しく可憐で、妖艶な人など見たことがないと人々は興奮する。

「セシーリア様ぁ!」
「万歳!セシーリア様!」

 沿道の声に手を振る姫の姿は王城の門をくぐっても続き、城仕えの者にも同じように笑みを向け手を振る。
 城下のように声を出すことはないが、誰もが見惚れ一秒でも長く目に焼き付けたいと凝視する。

 城内に入り、流石に手を振ることはなくなったが次期王太子妃は笑みを絶やすことなく先導に従って歩いていく。
 一目見ようと集まった貴族の当主も、令嬢も、子息も、夫人の誰もが息を飲みその姿を目に焼き付ける。

「このまま両陛下に謁見するのですか?」
「はい」
「旅装束のままでは不敬にあったてしまうのではなくて?」
「いいえ、そのままでもセシーリア様は十分にお美しくございます」
「そう」

 先導の言葉にセシーリアは彼に向けて笑みを浮かべる。
 一瞬のことだが頬を染めた先導は前向き、急ぐように足を動かす。

(ふう、休まれてくれないというわけですね。これが辺境からわざわざ来た未来の義娘にすることなのでしょうか)

 セシーリアは表向き笑みを崩さないまま内心で毒づく。
 王都に入ってからのパフォーマンスも、王城の門をくぐってからのパフォーマンスも、今こうして笑みを向けているのもすべては待ち受けるであろう未来への布石。

(そもそも、王都直前にある街までしか迎えがないとかふざけてるのかしら。辺境からここまで馬車で20日以上かかるのに、その間の費用は家が負担とは恐れ入りますわ)

 それも輿入れが予定されているため、衣装や生活用品、家具や嗜好品も荷物に含まれる。食料と着替えだけ持っての気軽な観光旅行とは違うのだ。

「こちらで今しばらくお待ちを」

 先導がそういって扉の前で止まり、門番に何か言うと必要以上に豪奢なで重そうな扉が手動で開かれる。

(手動って…王城なのに謁見の間の扉が手動って。なにかしら、なにかのパフォーマンスなのでしょうか)

 重そうな音を立てながら開かれた謁見の間に、先導がセシーリアのフルネームを告げ入っていくので頭を下げた状態でそれに着いた行く。
 左右に並ぶ人を覗き見れば、恰好から恐らく国の要職に就く人が集められたのだというのがわかる。
 先導が足を止めた場所の一歩前に出て、誰もが見惚れるようなカーテシーを披露し頭を深く下げる。
 なかなか顔を上げていいという声がかからない。

(この格好、人が見てるよりもきついから早くお声がけしてくれないでしょうか)

 想像してほしい。両手でスカートをの端を持ち上げ、足が見えないように片足を半歩斜め後ろに下げもう片方の膝を曲げ腰を深く落とし下げた膝を地面すれすれまでに曲げる、それでいて膝が地面につかないようにしつつ、頭を下げ床を見る。
 その際一切の揺れも震えも許されない。想像できないならやってみれば大変さがわかると思う。

「…陛下?」
「あ、ああ。長旅ご苦労であった。礼を解き顔を上げよ」

 王妃陛下の声に国王陛下がハッとしたようにやっとセシーリアへ声をかける。

「お久しぶりにございます国王陛下、王妃陛下。セシーリア・ヴィルヘルム、お呼びにより参りました」

 両陛下のちょうど中央あたりを見ながら上品に笑みを浮かべて自分の名前を告げる。

「………………コホン。本当に久しぶりですね、貴女が10歳のデビュー以来でしょうか。お母様に似てお美しくなられましたね」
「もったいないお言葉でございます」

 セシーリアを見たまま固まった国王陛下の代わりに王妃陛下が声をかけてくる。

「ああ、コンラードを紹介しなくてはいけませんね。おいでなさい」

 そう言われて王妃陛下の横に少年が立つ。

「デビューの時に一度お話ししたことがあるかしら。私の息子のコンラード・ステンホルムです、コンラード、挨拶を」
「はいお母様。お久しぶりですねセシーリア様。貴方のような美しい女性を婚約者とし、妻とすることを光栄に思う」
「ご無沙汰しておりますコンラード殿下。私こそコンラード殿下の妻という重責が果たせるよう努力する所存にございます」

 銀髪に碧眼は王妃陛下譲り、顔だちは国王陛下に似て精悍だがまだ年若いためかどこかあどけない美少年だ。物語のヒーローとして出てくるだけあり思わず見惚れるほどの美しさだが、すぐに顔から視線をずらし国王陛下と王妃陛下の間へ固定する。
 王妃陛下・・・・の唯一の子供であり、国王陛下の長子で表向き唯一の子供になる。
 年はセシーリアと同じ15歳。

(流石は当て馬とはいえ二大ヒーロー)

 セリーリアの笑みに魅了されない異性を久々に見た。

「セシーリアも長旅で疲れているだろう、王太子妃の間の準備は整っておる故、ゆっくりと休むがいい」
「ありがとうございます。では御前失礼いたしますわ」

 再びカテーシーをし頭を上げずに足を戻し、少しだけ腰を落とした状態で後ずさる。
 謁見の間の扉まで下がり、もう一度深いカーテシーを扉が完全に閉まるまで続ける。
 やっと立ち上がりこっそりと息を吐くと、ここまで先導してきた人が再び歩き始めたのでそれについていく。

 連れていかれたのは王城の奥にある王族のための宮が並ぶ場所。その中でも王太子殿下夫婦専用の宮に案内される。
 部屋は建物の3階で王太子殿下の隣。寝室は定番のようにお互いに行き来できる扉がある。
 一言部屋と言っても中は複数の目的ごとの部屋があり、専属の侍女や護衛が絶えず付き従う。
 応接室、居間、食事のための部屋、執務室を兼ねた書斎、談話室、浴室、衣裳室、浴室、寝室。これらがある王太子妃用の部屋がセシーリアに与えられた一室である。

「お疲れ様でございます、姫様。王宮より配属された侍女、そして護衛を紹介してもよろしいでしょうか?」
「ええ」

 実家から連れてきた侍女が4人、護衛が6人。王宮から配属された侍女が6人、護衛が10人。
 このほかにも王妃教育のための教師が数名、語学の教師にダンスの教師、礼儀作法の教師に料理人や下働きの使用人などなど、王太子夫婦専属の宮殿とはいえ、この宮殿にはそれらの人々も暮らしている。
 初日だからと全員が揃っているが明日からは交代制になる。
 家から連れてきた侍女だけを連れて衣裳室へ行って中身を確認すれば、持ち込んだドレスは問題なくしまわれている。

「はあ、疲れたわ」
「お着換えの前に何か召し上がりますか?こちらにお持ちいたしますが」
「いいえ、着替えをするわ」
「かしこまりました」

 そう言ってすぐさまセシーリアの服を脱がせ、下着だけの姿にすると鏡台の前に座らせられて化粧を落とされる。
 落とし終わって改めて肌を整え軽く化粧を施すともう一度立ち上がらせられて着替えが始まる。
 家では簡単なワンピースで過ごすこともあったがここは王城。そんな姿で過ごせば実家が笑われることになる。

「そうだわ。このあと殿下とお話しする時間が頂けるか聞いてきていただける?」
「かしこまりました」

 着せられるのはモスグリーンの生地を基本とした黒いレースとグーリーンのチュールで飾られ、腰に真っ赤なレースのリボンのつけられたドレス。
 胸元はV字に大きく開いているが、レースで覆われ品は損なわれていない。
 肩から手首までは濃いモスグリーンのゆったりとした袖が付いており、胸元を隠し肩を出すドレスが流行っている王都ではあまり見ないデザインだ。
 少し動けば、角度が変われば、もっと近くで見ればもしかしたら胸が見えるかもしれない、けれども見えないというこのドレスは隣国で流行りだしたもの。
 しいて言うのであれば、セシーリアがデザインして流行らせたものである。
 侍女がスカートをめくり、パニエの中にあるガーターベルトに近い位置と太ももの少し上の位置に暗器を仕込む。
 スカートを落としおかしなところがないことを確認して、今度は腰に巻かれたリボンの内側にも暗器を入れる。
 離れて、近づいて少し歩いて、くるりと一回転しておかしいところがないことを確認したところでやっと着替えが終わった。 

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