婚約破棄されたので帰国して遊びますね
04
あのお茶会からというもの、私は妙にローラン様を意識してしまうようになってしまいました。これが年の功の方による精神攻撃というものなのでしょうか?
はあ、全く困ったものですわね。
「……そ、そんなに見つめないでくださいませ」
「いや、可愛らしくていらっしゃると思いまして、つい」
「可愛いですか?美しいと言われることは多々ありますが、可愛いと言われることはあまりありませんわね」
「可愛らしいですよ、私から見れば」
「そうやってからかっていらっしゃるのですね」
「からかってなどいませんよ」
「……ふん」
私は不遜にもローラン様から顔をそらして扇子で顔を隠してしまいました。今はローラン様とお話したい気分ではありませんわ。スペンサーの癒しが必要ですわね。
「スペンサー、私は可愛いのかしら?」
「私から致しますと、ダリアン様はとてもお美しくていらっしゃいます」
「そうですわよね。だ、そうですわよローラン様」
「おやおや。スペンサーを味方につけるとは少しずるいのではありませんか?」
「なんとでもおっしゃいませ」
「スペンサー、ダリアン様は可愛らしい性格をしていると思いませんか?」
「せ、性格ですか?可愛らしいどころか高潔でいらっしゃると思います」
「ほほほ、私の勝ちのようですわね、ローラン様」
「ふーむ、どうにも分が悪いですね」
ローラン様は肩をすくめて眉を寄せてしまわれました。少しやりすぎてしまったでしょうか?
……いいえ、このぐらいどうということはございませんわよね。私をからかうからいけないのですわ。
「そういえば、主神殿からそろそろ帰ってきてほしいという書状が届いたんですよ」
「え」
「婚約者選定がこんなに長引くとは流石に思わなかったものですからね、執務が滞っているようなのです」
「そう、ですか」
では、主神殿にお戻りにならなくてはなりませんわね。執務が滞って皆様にご迷惑をかけるわけにはいきませんものね。
「お戻りはいつぐらいになるのでしょうか?」
「さて、出来るだけ早めにとのことですし、もともとこちらの婚約者選定に参加したのは半神としてダリアン様にお会いするためでしたし、目的は果たせましたから、明日にでも戻ろうかと思っております」
「「明日ですか!?」」
思わずスペンサーと一緒に声を上げてしまいました。あまりにも急すぎるのではないでしょうか?
「ええ、よって婚約者は自然とスペンサーということになりますね」
「え、ええ……そうなります、わね」
「私がですか!?」
「どうしました?婚約者になるつもりでこの地に来たのでしょう?なら婚約者になれることを喜ぶべきなのではありませんか?」
「そ、そうですね」
「……私はこの事を国王陛下に伝えてまいりますわ。失礼いたします」
席を立って私は国王陛下の元に行きます。
国王陛下は私の話を聞いて、それならば婚約者をスペンサーにすることをお決めになられました。
けれどどうしてでしょうか、私の心はなんだかもやもやしておりますわ。
その日の夜、私はなんだか寝付けずにいてバルコニーに出ました。
「はあ…」
『どうした、我が娘よ』
「お父様、私はどうしたというのでしょうか?胸がこう、ムカムカして眠れないのでございます。病気でしょうか?」
『半神が病気とはこれ如何に。そのムカムカはどういったぐあいなのだ?』
どういった具合とおっしゃられても、わからないからムカムカしているのですわ。
「わかりませんわ。でも、最近こういうことがよくありますのよ、どうしてなのでしょうか?」
『どういう時に起きるんだ?』
「ローラン様にからかわれた時などでしょうか」
『ふむ』
「あと、ローラン様が明日帰られてしまうと思うとこう、ムカムカしてしまいますわね」
『ああローランが帰るのは私の口添えが原因だな』
「なんですって?」
『ダリアンが悩んでいるようだったのでな、私なりに考えてみたのだ。人と結婚してみるのもいい勉強になるのではないだろうかと思ってな』
「お父様!勝手に決めるだなんてあんまりですわ!」
『いけなかったのか?スペンサーを好ましく思っているのだろう?』
「それは、小動物を愛でるような感覚で好ましいだけですわ!ローラン様とはちがっ……」
『ん?』
「……な、なんでもありませんわ。とにかくお父様とはしばらくお話したくはありませんので情報収集にでも行っておいてくださいませ」
ぷいっとお父様から顔をそらして部屋に戻ってバルコニーのドアを閉めて鍵をかけます。
……私は何を言おうとしていたのでしょうか?
翌朝、ローラン様をお見送りするために王宮の車止めのところにやってまいりました。
お荷物があるのでこのように馬車を使うのですが、お一人でしたら空を飛んで行かれた方が早いですものね。
「本当に行ってしまわれるのですね」
「ええ、お世話になりました。一日も早い主神殿へのお越しをお待ちしておりますよ」
「スペンサーと結婚した後に参りますわ」
「そうなりますね」
私はそう言いながらも、胸のムカムカが止まりませんでした。
「…最後に一つ教えてくださいますか?」
「なんでしょうか?」
「胸がムカムカしておりますの。ローラン様のことを考えるとこうなってしまいますのよ?どうしてでしょうか?」
「……それは、ふふ」
「な、なんでしょう、何か御存じなのですか?」
「そうですね、私としては大変好ましいことなのですが、今此処で言ってしまうときっと混乱してしまうでしょうから言わない方がいいのではないかと思いまして」
「言ってくださいませ」
「では…。それは恋しいという気持ちなのではないかと」
「は…?」
恋しい、ですって?一体何をおっしゃっているのでしょうか。私が、恋?そのようなはずはありませんわ。
「何をおっしゃっておいでなのですか?」
「いえ、だってそうとしか考えられなくて。だって私のことを嫌だとは思っていないのでしょう?それなのに胸がムカムカするというのは私のことを想っているということなのではないでしょうか」
「……そ、それはローラン様の思い違いというものではありませんの?」
「そうかもしれませんね」
ローラン様はそう言ってほほ笑みながら私の髪を一掬いして口づけを落とします。
「お待ちしていますよ、いつまでも」
「……」
私は何も言うことが出来ませんでした。
ローラン様に恋をしていると本人に言われてしまうとはまさか思いませんでしたし、何よりもスペンサーにそのことを聞かれてしまっていたのです。
おかげで、スペンサーは婚約者候補を辞退してしまいました。私の想いを邪魔したくないとおしゃって…。
* * *
「ふう…」
『どうした、我が娘よ』
「お父様」
私はいつかのように夜のバルコニーで佇んでおりますとお父様がいらっしゃいました。
「お父様、私はどうしたらよろしいのでしょうか?」
『どうとは?』
「スペンサーに振られてしまって、婚約者候補の選定はなくなってしまいましたわ。もうどうしたらいいのかわかりませんわ」
私はバルコニーの手すりにもたれかかりながら呟くように問いかけます。
お父様はそんな私の髪を優しくなでながら傍にいて下さいます。
『主神殿に行くのはどうだ?ローランもいるだろ』
「……それは、そうなのですが。私は本当にローラン様をその、恋しく思っているのでしょうか?」
『さて、どうだろうなあ』
「いじわるですわね」
私はついにだらしなくバルコニーの床に座り込んでしまいました。
「思慕や恋慕、愛というのはもっと違うものだというのではないのでしょうか?このように苦しくなるものではないのでしょうか?」
『そうとは限らない』
「そうなのでしょうか?」
『ダリアンは何でもできてしまうからな、逆にそう言った感情に疎くなってしまったのだろうな。いや、私がそう育ててしまったせいもあるか』
「つまりはお父様のせいということでよろしいのでしょうか?」
『ふむ、そうかもしれないな』
「酷いお父様ですわ」
理不尽だとはわかっていますが、お父様に八つ当たりをしてしまいます。
「私はお父様に愛されておりますのよね?それはどういった感情なのでしょうか?」
『愛おしいという感情だ、守ってあげたいという感情ともいえるな』
「お母様に対する愛とは違うのですか?」
『ああ、彼女も守ってあげたいとは思っていたが、違うものだ。そうだな、それが親子としての愛と男女の愛の違いなのかもしれないな』
「わかりませんわ」
『ははは、そうか。…なあダリアン』
「なんでしょうか?」
『今寂しいか?』
「え?」
『お前は今まで寂しいという感情とは無縁だっただろう?』
「そう、ですわね。お父様がいて下さいましたもの」
『ローランがいなくなって、胸がムカムカするだろう?なにか穴が開いたような感覚がするだろう?』
「ええ」
『それは寂しいという感情なんじゃないか?』
「そうなのですか?」
『私はそう思うぞ』
「そうですか。私は寂しいと思っているのですね。このような感情は初めてで、なんといいますか嫌なものですわね」
『それでどうするのだ?』
「……そう、ですわね。嫌な感情は嫌ですので、どうにかしないといけませんわよね」
『決めたか?』
「ふふ、お父様はやっぱり意地が悪いですわ。こうなることが分かっていたのでございましょう?」
『さてな』
私は立ち上がってお父様を見上げます。よく似た顔立ちのお父様はいつだって私の味方ですわよね。
「行きますわ、主神殿に」
なら、何も怖くはありませんわ。
『主神殿に行く、と?』
「はい」
私は翌朝、早速国王陛下に主神殿に行くことをお話いたしました。国王陛下は驚いたようではありましたが、わかっていたかのように溜息を吐き出した後にゆっくりと頷かれました。
「で、あるか。わかっていたこととはいえ、実際に言われると寂しいものがあるな」
「寂しいのですか?」
「ああ、隣国に送った時もそうだったがやはり寂しく思ってしまうものだ」
「……そうなのですか」
全然わかりませんでしたわね。人間の感情というのは複雑なもののようですわ。もっと勉強しなければいけませんわね。
「それで、主神殿にはいつ行くのだ?」
「すぐにでも行こうと思います」
「すぐは流石に…色々荷物もあるだろう?」
「確かにそうですわね。では一か月後に行こうと思いますわ。お父様を通じて主神殿には先にお知らせしようと思いますわ」
「そうか」
学園の方も途中退学ということで手続きを終え、荷物の整頓などをしている間にあっという間に一ヶ月が経ってしまいました。
けれども一か月、意外と長かったですわね。飛んでいけばあっという間ですのに、ここから主神殿まで馬車ですと一か月ほどかかってしまいますものね。まだまだお会いすることは出来そうにありませんわね。
なるほど、これが寂しいという感情なのでしょうか。
* * *
ローラン様とお会いしなくってから約2か月が経ちました。ずっとお会いしていたのに急にお会いできないというのは寂しく感じるものなのですね。勉強になります。
お会いしたら何をお話しすべきでしょうか?やはり、スペンサーに振られてしまったことをまずお話しなければなりませんわね。
馬車での移動も終わりが見えてきたそんな日、私は懐かしい気配を感じてふと馬車の窓から空を見ます。そうしますとそこにいらっしゃったのはローラン様でした。
「ローラン様!」
「お迎えに上がりましたよ、ダリアン様」
「まだ主神殿には着いていないのではないでしょうか?」
「ええ、けれども待っていられずに、来てしまいました」
私たちはそこでいったん馬車を止めてローラン様をお出迎え致します。
「待っていらっしゃるとおっしゃったではありませんか」
「ええ、けれども私に会えなくて寂しい思いをしていると聞きまして、いてもたってもいられず」
「いったいお父様はなにをおっしゃったのでしょうか?」
「ダリアン様の色々な感情を引き出してほしいとお願いされました」
「色々な感情ですか?確かに私はほぼお父様に育てられましたし、王妃教育でも感情を抑えるように教育されておりますので、感情というものが欠如しているのかもしれませんわね」
なるほど、お父様なりに色々考えてくださっているのですわね。
「ローラン様、それで私はどうやらローラン様にお会いできないと寂しく思ってしまうようなのです。なので、お会いしに参りましたわ」
「そうでしたか」
あら、なんだかローラン様が嬉しそうですわね。なにか喜んでいただけるようなことを申しましたでしょうか?
「それと、私はローラン様に恋をしているそうなのですけれども、よくわからないのですが、恋をしているのでしょうか?」
「してくれていると嬉しいですが、ゆっくりでかまいませんよ」
「そうですか」
「はい。とりあえず、一緒に馬車に乗ってもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
馬車に乗り込んでいらっしゃったローラン様はなんだか上機嫌でいらっしゃいますわね。
「何か上機嫌になるようなことがあったのでしょうか?」
「はい、少しでも前向きにダリアン様が私に向き合ってくれていることが嬉しくて仕方がないのですよ」
「そういうものなのでしょうか?」
「はい」
私はなんだか恥ずかしくなってしまってうつむいてしまいます。……どうして恥ずかしいのでしょうか?
「あ、あの」
「なんでしょう?」
「み、見つめられると恥ずかしいのですが…」
「すみません。可愛らしくてつい」
また可愛らしいと言われてしまいました。
「可愛らしいというのは子供っぽいということでしょうか?」
「え?いいえ違いますよ」
「けれども、可愛いというのは幼子に言う言葉ではありませんか」
「…ああなるほど、それでむくれてしまっていたのですね」
「むくれて…?」
「ああ、無自覚ですよね。大丈夫ですわかってますから。可愛いは幼子にだけ言う言葉ではありませんよ、愛しい方にも言う言葉です」
「愛しい…ですか?」
「はい、私はダリアン様が好きですし恋しいですし愛おしいですよ」
「……ローラン様、今までの奥様にろくでなしとかタラシと言われたことはございませんか?」
「なぜおわかりに?」
「そんな気がしただけですわ」
なるほど、これはなかなかに大変そうですわね。私、ちゃんとやっていけるのでしょうか?
まあ不安ですけれども、お父様もいますし、ローラン様もいらっしゃいますし、長い時間をかけて何とかしてまいりましょうか。
はあ、全く困ったものですわね。
「……そ、そんなに見つめないでくださいませ」
「いや、可愛らしくていらっしゃると思いまして、つい」
「可愛いですか?美しいと言われることは多々ありますが、可愛いと言われることはあまりありませんわね」
「可愛らしいですよ、私から見れば」
「そうやってからかっていらっしゃるのですね」
「からかってなどいませんよ」
「……ふん」
私は不遜にもローラン様から顔をそらして扇子で顔を隠してしまいました。今はローラン様とお話したい気分ではありませんわ。スペンサーの癒しが必要ですわね。
「スペンサー、私は可愛いのかしら?」
「私から致しますと、ダリアン様はとてもお美しくていらっしゃいます」
「そうですわよね。だ、そうですわよローラン様」
「おやおや。スペンサーを味方につけるとは少しずるいのではありませんか?」
「なんとでもおっしゃいませ」
「スペンサー、ダリアン様は可愛らしい性格をしていると思いませんか?」
「せ、性格ですか?可愛らしいどころか高潔でいらっしゃると思います」
「ほほほ、私の勝ちのようですわね、ローラン様」
「ふーむ、どうにも分が悪いですね」
ローラン様は肩をすくめて眉を寄せてしまわれました。少しやりすぎてしまったでしょうか?
……いいえ、このぐらいどうということはございませんわよね。私をからかうからいけないのですわ。
「そういえば、主神殿からそろそろ帰ってきてほしいという書状が届いたんですよ」
「え」
「婚約者選定がこんなに長引くとは流石に思わなかったものですからね、執務が滞っているようなのです」
「そう、ですか」
では、主神殿にお戻りにならなくてはなりませんわね。執務が滞って皆様にご迷惑をかけるわけにはいきませんものね。
「お戻りはいつぐらいになるのでしょうか?」
「さて、出来るだけ早めにとのことですし、もともとこちらの婚約者選定に参加したのは半神としてダリアン様にお会いするためでしたし、目的は果たせましたから、明日にでも戻ろうかと思っております」
「「明日ですか!?」」
思わずスペンサーと一緒に声を上げてしまいました。あまりにも急すぎるのではないでしょうか?
「ええ、よって婚約者は自然とスペンサーということになりますね」
「え、ええ……そうなります、わね」
「私がですか!?」
「どうしました?婚約者になるつもりでこの地に来たのでしょう?なら婚約者になれることを喜ぶべきなのではありませんか?」
「そ、そうですね」
「……私はこの事を国王陛下に伝えてまいりますわ。失礼いたします」
席を立って私は国王陛下の元に行きます。
国王陛下は私の話を聞いて、それならば婚約者をスペンサーにすることをお決めになられました。
けれどどうしてでしょうか、私の心はなんだかもやもやしておりますわ。
その日の夜、私はなんだか寝付けずにいてバルコニーに出ました。
「はあ…」
『どうした、我が娘よ』
「お父様、私はどうしたというのでしょうか?胸がこう、ムカムカして眠れないのでございます。病気でしょうか?」
『半神が病気とはこれ如何に。そのムカムカはどういったぐあいなのだ?』
どういった具合とおっしゃられても、わからないからムカムカしているのですわ。
「わかりませんわ。でも、最近こういうことがよくありますのよ、どうしてなのでしょうか?」
『どういう時に起きるんだ?』
「ローラン様にからかわれた時などでしょうか」
『ふむ』
「あと、ローラン様が明日帰られてしまうと思うとこう、ムカムカしてしまいますわね」
『ああローランが帰るのは私の口添えが原因だな』
「なんですって?」
『ダリアンが悩んでいるようだったのでな、私なりに考えてみたのだ。人と結婚してみるのもいい勉強になるのではないだろうかと思ってな』
「お父様!勝手に決めるだなんてあんまりですわ!」
『いけなかったのか?スペンサーを好ましく思っているのだろう?』
「それは、小動物を愛でるような感覚で好ましいだけですわ!ローラン様とはちがっ……」
『ん?』
「……な、なんでもありませんわ。とにかくお父様とはしばらくお話したくはありませんので情報収集にでも行っておいてくださいませ」
ぷいっとお父様から顔をそらして部屋に戻ってバルコニーのドアを閉めて鍵をかけます。
……私は何を言おうとしていたのでしょうか?
翌朝、ローラン様をお見送りするために王宮の車止めのところにやってまいりました。
お荷物があるのでこのように馬車を使うのですが、お一人でしたら空を飛んで行かれた方が早いですものね。
「本当に行ってしまわれるのですね」
「ええ、お世話になりました。一日も早い主神殿へのお越しをお待ちしておりますよ」
「スペンサーと結婚した後に参りますわ」
「そうなりますね」
私はそう言いながらも、胸のムカムカが止まりませんでした。
「…最後に一つ教えてくださいますか?」
「なんでしょうか?」
「胸がムカムカしておりますの。ローラン様のことを考えるとこうなってしまいますのよ?どうしてでしょうか?」
「……それは、ふふ」
「な、なんでしょう、何か御存じなのですか?」
「そうですね、私としては大変好ましいことなのですが、今此処で言ってしまうときっと混乱してしまうでしょうから言わない方がいいのではないかと思いまして」
「言ってくださいませ」
「では…。それは恋しいという気持ちなのではないかと」
「は…?」
恋しい、ですって?一体何をおっしゃっているのでしょうか。私が、恋?そのようなはずはありませんわ。
「何をおっしゃっておいでなのですか?」
「いえ、だってそうとしか考えられなくて。だって私のことを嫌だとは思っていないのでしょう?それなのに胸がムカムカするというのは私のことを想っているということなのではないでしょうか」
「……そ、それはローラン様の思い違いというものではありませんの?」
「そうかもしれませんね」
ローラン様はそう言ってほほ笑みながら私の髪を一掬いして口づけを落とします。
「お待ちしていますよ、いつまでも」
「……」
私は何も言うことが出来ませんでした。
ローラン様に恋をしていると本人に言われてしまうとはまさか思いませんでしたし、何よりもスペンサーにそのことを聞かれてしまっていたのです。
おかげで、スペンサーは婚約者候補を辞退してしまいました。私の想いを邪魔したくないとおしゃって…。
* * *
「ふう…」
『どうした、我が娘よ』
「お父様」
私はいつかのように夜のバルコニーで佇んでおりますとお父様がいらっしゃいました。
「お父様、私はどうしたらよろしいのでしょうか?」
『どうとは?』
「スペンサーに振られてしまって、婚約者候補の選定はなくなってしまいましたわ。もうどうしたらいいのかわかりませんわ」
私はバルコニーの手すりにもたれかかりながら呟くように問いかけます。
お父様はそんな私の髪を優しくなでながら傍にいて下さいます。
『主神殿に行くのはどうだ?ローランもいるだろ』
「……それは、そうなのですが。私は本当にローラン様をその、恋しく思っているのでしょうか?」
『さて、どうだろうなあ』
「いじわるですわね」
私はついにだらしなくバルコニーの床に座り込んでしまいました。
「思慕や恋慕、愛というのはもっと違うものだというのではないのでしょうか?このように苦しくなるものではないのでしょうか?」
『そうとは限らない』
「そうなのでしょうか?」
『ダリアンは何でもできてしまうからな、逆にそう言った感情に疎くなってしまったのだろうな。いや、私がそう育ててしまったせいもあるか』
「つまりはお父様のせいということでよろしいのでしょうか?」
『ふむ、そうかもしれないな』
「酷いお父様ですわ」
理不尽だとはわかっていますが、お父様に八つ当たりをしてしまいます。
「私はお父様に愛されておりますのよね?それはどういった感情なのでしょうか?」
『愛おしいという感情だ、守ってあげたいという感情ともいえるな』
「お母様に対する愛とは違うのですか?」
『ああ、彼女も守ってあげたいとは思っていたが、違うものだ。そうだな、それが親子としての愛と男女の愛の違いなのかもしれないな』
「わかりませんわ」
『ははは、そうか。…なあダリアン』
「なんでしょうか?」
『今寂しいか?』
「え?」
『お前は今まで寂しいという感情とは無縁だっただろう?』
「そう、ですわね。お父様がいて下さいましたもの」
『ローランがいなくなって、胸がムカムカするだろう?なにか穴が開いたような感覚がするだろう?』
「ええ」
『それは寂しいという感情なんじゃないか?』
「そうなのですか?」
『私はそう思うぞ』
「そうですか。私は寂しいと思っているのですね。このような感情は初めてで、なんといいますか嫌なものですわね」
『それでどうするのだ?』
「……そう、ですわね。嫌な感情は嫌ですので、どうにかしないといけませんわよね」
『決めたか?』
「ふふ、お父様はやっぱり意地が悪いですわ。こうなることが分かっていたのでございましょう?」
『さてな』
私は立ち上がってお父様を見上げます。よく似た顔立ちのお父様はいつだって私の味方ですわよね。
「行きますわ、主神殿に」
なら、何も怖くはありませんわ。
『主神殿に行く、と?』
「はい」
私は翌朝、早速国王陛下に主神殿に行くことをお話いたしました。国王陛下は驚いたようではありましたが、わかっていたかのように溜息を吐き出した後にゆっくりと頷かれました。
「で、あるか。わかっていたこととはいえ、実際に言われると寂しいものがあるな」
「寂しいのですか?」
「ああ、隣国に送った時もそうだったがやはり寂しく思ってしまうものだ」
「……そうなのですか」
全然わかりませんでしたわね。人間の感情というのは複雑なもののようですわ。もっと勉強しなければいけませんわね。
「それで、主神殿にはいつ行くのだ?」
「すぐにでも行こうと思います」
「すぐは流石に…色々荷物もあるだろう?」
「確かにそうですわね。では一か月後に行こうと思いますわ。お父様を通じて主神殿には先にお知らせしようと思いますわ」
「そうか」
学園の方も途中退学ということで手続きを終え、荷物の整頓などをしている間にあっという間に一ヶ月が経ってしまいました。
けれども一か月、意外と長かったですわね。飛んでいけばあっという間ですのに、ここから主神殿まで馬車ですと一か月ほどかかってしまいますものね。まだまだお会いすることは出来そうにありませんわね。
なるほど、これが寂しいという感情なのでしょうか。
* * *
ローラン様とお会いしなくってから約2か月が経ちました。ずっとお会いしていたのに急にお会いできないというのは寂しく感じるものなのですね。勉強になります。
お会いしたら何をお話しすべきでしょうか?やはり、スペンサーに振られてしまったことをまずお話しなければなりませんわね。
馬車での移動も終わりが見えてきたそんな日、私は懐かしい気配を感じてふと馬車の窓から空を見ます。そうしますとそこにいらっしゃったのはローラン様でした。
「ローラン様!」
「お迎えに上がりましたよ、ダリアン様」
「まだ主神殿には着いていないのではないでしょうか?」
「ええ、けれども待っていられずに、来てしまいました」
私たちはそこでいったん馬車を止めてローラン様をお出迎え致します。
「待っていらっしゃるとおっしゃったではありませんか」
「ええ、けれども私に会えなくて寂しい思いをしていると聞きまして、いてもたってもいられず」
「いったいお父様はなにをおっしゃったのでしょうか?」
「ダリアン様の色々な感情を引き出してほしいとお願いされました」
「色々な感情ですか?確かに私はほぼお父様に育てられましたし、王妃教育でも感情を抑えるように教育されておりますので、感情というものが欠如しているのかもしれませんわね」
なるほど、お父様なりに色々考えてくださっているのですわね。
「ローラン様、それで私はどうやらローラン様にお会いできないと寂しく思ってしまうようなのです。なので、お会いしに参りましたわ」
「そうでしたか」
あら、なんだかローラン様が嬉しそうですわね。なにか喜んでいただけるようなことを申しましたでしょうか?
「それと、私はローラン様に恋をしているそうなのですけれども、よくわからないのですが、恋をしているのでしょうか?」
「してくれていると嬉しいですが、ゆっくりでかまいませんよ」
「そうですか」
「はい。とりあえず、一緒に馬車に乗ってもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
馬車に乗り込んでいらっしゃったローラン様はなんだか上機嫌でいらっしゃいますわね。
「何か上機嫌になるようなことがあったのでしょうか?」
「はい、少しでも前向きにダリアン様が私に向き合ってくれていることが嬉しくて仕方がないのですよ」
「そういうものなのでしょうか?」
「はい」
私はなんだか恥ずかしくなってしまってうつむいてしまいます。……どうして恥ずかしいのでしょうか?
「あ、あの」
「なんでしょう?」
「み、見つめられると恥ずかしいのですが…」
「すみません。可愛らしくてつい」
また可愛らしいと言われてしまいました。
「可愛らしいというのは子供っぽいということでしょうか?」
「え?いいえ違いますよ」
「けれども、可愛いというのは幼子に言う言葉ではありませんか」
「…ああなるほど、それでむくれてしまっていたのですね」
「むくれて…?」
「ああ、無自覚ですよね。大丈夫ですわかってますから。可愛いは幼子にだけ言う言葉ではありませんよ、愛しい方にも言う言葉です」
「愛しい…ですか?」
「はい、私はダリアン様が好きですし恋しいですし愛おしいですよ」
「……ローラン様、今までの奥様にろくでなしとかタラシと言われたことはございませんか?」
「なぜおわかりに?」
「そんな気がしただけですわ」
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