婚約破棄されたので帰国して遊びますね

茄子

04

「スペンサー、今日も神に祈りを捧げていらっしゃいますのね?」
「ダリアン様、おはようございます」
「ご機嫌よう。スペンサーの日常はまるで神殿に仕える神官のように規則正しいものでございますわね」
「ええ、私は国でも末席の王子でございますので、いずれは神官になろうと思っていたのでございますよ。それがこのように半神でいらっしゃるダリアン様の婚約者候補に選ばれてしまい、まさに天にも昇る気持ちなのでございます」
「まあ、大袈裟でございますわね」
「まさか!大袈裟ではございません」

 スペンサーは私を神聖視するところがございまして、少しくすぐったい感じがいたしますわね。なんと申しますか、小動物になつかれたかのような、そんな感じでございますわ。

「ふふふ、スペンサーの信仰心はお父様も感心しておりましたのよ」
「本当ですか!」
「ええ、神殿勤めでもないのにこうも毎日精進なさっている姿がまことに好ましいとおっしゃっておいででしたわ」

 まあ神殿で見慣れているけれどともおっしゃっておいででしたけれども、その部分は言わないでおいて差し上げたほうがよろしいですわよね。

「ところで、今日はご一緒に朝食にいたしませんか?ローラン様とカインもお誘いしておりますのよ」
「ぜひご一緒させてください」
「ふふ、スペンサーはローラン様にも興味がおありでいらっしゃいますものね」
「そうですね。生きているうちに2人の半神にお会いできるとは思っておりませんでした」

 私のおかげですわよね。なんだかいい気分になりましたわ。スペンサーに声をかけてよかったですわ。
 そのままスペンサーにエスコートされて食堂に行きますと、もうカインとローラン様がいらっしゃいました。実際のところ、私とローラン様は食事など数年程度取らなくても平気なのですが、ここは人間の世界なので人間に合わせることも大切なのでございますわ。
 朝食が始まりますわ。私たちの話題は授業の事や互いの国情報など多岐にわたっていくのですが、今日は珍しくカインの口が重くなっているようでございますわね。

「カイン、今日は随分大人しいようですけれどもどうかなさいましたの?」
「いえ…」

 はて、本当にどうしたのでしょうか?普段から饒舌というわけではございませんが、ここまで無口でもありませんものね。
 ここはお父様に探っていただくのがよろしいでしょうか?

「……エリスのことで何かあったのではありませんか?」
「まあローラン様、どうしてそのように思うのですか?カインはエリスのことを嫌悪しているではございませんか」
「いえ、先日カインが可愛がっている学園に迷い込んでいる猫を、エリスが手懐けているという噂を耳にいたしまして、その関係でカインに何かがあったのかと思ったのですよ」

 お父様に調べていただく必要もなかったのかもしれませんわね。もしかしたらローラン様も親神様にスパイ活動をしていただいているのかもしれませんわね。便利ですものね、親神様を使ってのスパイ活動、もとい情報集め。

「……それが、はい。その通りなのです。かわいがっていた猫をエリス嬢が発見したようで、たまたまその猫と遊んでいるところを見られてしまい、それ以降その猫と遊んでいると毎回のように現れまして、困っているのです」
「まあ、そうだったのですね」
「やはりそうでしたか、エリスにも困ったものですね」
「無視すればいいのでは?あのような神をも恐れぬ娘など」
「それが、俺がいない間に猫に何かされるのではないかと心配になってしまって…。なんと言ってもあのような娘ですから」

 なるほど、そこが心配なところなのですね。それにしてもエリス、猫をだしにカインに近づこうとしているのでしょうけれども、カインには逆に警戒されているようですわねぇ。

* * *

「あ、カイン様」
「またお前か」
「はい、また私です。今日は猫ちゃんにえさを持ってきたんですよ。小魚なんですけど、食べてくれますかね?」
「……その魚は猫の体に良くない」
「え!そうなんですか?知りませんでした。カイン様って色々と知ってるんですね、私にも教えてくださいよ」
「……」

 ふむふむ、なるほど?猫をだしに近づこうとしているというのはこうしているのですね。確かにカイン様が心配になるのも仕方がありませんわね。下手にえさを与えられて何かあっては遅いですものね。
 ああ、ちなみにこの会話は風魔法を使っての盗み聞きでその場に居るわけではございませんわよ。

「まあいやだ、なんだか獣臭くありませんこと?」
「え?そういえばなんだか獣臭いような気がいたしますわね」

 私がイレーヌにそう言ってからエリスの方を見ればイレーヌはあっさりと乗ってくださいます。もちろん先にエリスが猫と遊んでいるという情報は流しておりますのでご安心くださいませ。
 ちなみにこの場にはカインはいらっしゃいませんわ。男子生徒は剣術の授業の最中でございます。私たち女生徒は刺繍の授業を受けているところでございます。

「刺繍した物に獣臭さが移ってしまいますわね」
「ダリアン様、私はあまり気にならないかと思いますが…」
「まあカーラ様。ニコラス様に差し上げるものなのでございましょう?それが獣臭いだなんてもってのほかだと思いません事?」
「それは、そうですけれども…」

 カーラは事なかれ主義でいらっしゃるというか穏健派でいらっしゃいますわね。けれども大きな流れには逆らわないという処世術はしっかりと身に着けていらっしゃるようでございます。

「スンスン……。まあ、エリス様、エリス様の方から獣臭さがいらしますわ」
「え!」
「まあ嫌だ」
「本当ですわ、獣臭くていらっしゃいますわね」
「どうしたらこんな匂いが付くのでしょうか?」
「こちらにも匂いが移ってしまいそうですわ」

 女生徒が(もともと間が開いていましたが)エリスより離れていきますが、視線は鋭くエリスを捕えております。

「ちょっとエリス様、この教室から出ていってくださらない?」
「そんなどうしてそんなことを言われなくちゃいけないんですか!」
「獣臭さが鼻につくからでしてよ」
「そんなっダリアン様が言うまで誰も何も言わなかったじゃないですか!」

 あら、私ですか?私は気になったことを言っただけでしてよ。

「まあ、私のせいだとおっしゃるのかしら、悲しいですわ」

 口元に手を当てて眉を寄せれば、周囲の女生徒が慌てたように私が悪くないと慰めてくださいます。

「きっとそのドレスに匂いが付いておりますのね、それとも髪でしょうか?」

 イレーヌが裁縫用のはさみを握り締めます。扱いなれていないせいか、持ち方がぎこちないですが、まあいいでしょう。

「そもそもそんな時代遅れのドレスを着てくること自体間違っておりますのよ、私たちが手直しして差し上げましょうか?」

 ジャキン、とはさみが音をたてます。

「きゃぁぁっ何をなさるんですか!」

 まだ何もしておりませんわよ。
 ガシャンバタン、と音を立てて勝手に倒れたエリスの傍に裁縫道具がばらまかれてしまいます。その中に裁縫ばさみがあってエリスのドレスを大きく切り裂いてしまいました。
 これは事故でございますわね。

「ひぃっひどい!どうしてこんなことをなさるんですか!」
「まあ、私は何もしておりませんわよ。ねえ皆様。エリス様が勝手に転んだだけですわよね」

 イレーヌの言葉に皆様頷いていらっしゃいますわね。もちろんカーラも。

「こんなっこんなこと……ぐすっ」

 そう言って泣きながらエリスが教室から出ていってしまいました。まだ授業中なのですがいいのでしょうか?
 さて、どこに行くのか風魔法で追跡をしておきましょうね。

* * *

「ぐすっ…ひどい」
「これははさみで切られたような、いったい何があったのですか」
「イレーヌ様がはさみで私の…ぐすっ」

 あら、医務室に行ったようでございますわね。校医に慰めてもらっているようですわ。

「失礼する」

 あら、この声はカイン様でいらっしゃいますわね。授業でお怪我でもなさったのでしょうか?

「あ、カイン様」
「エリス様……泣いていたのか?それにそのドレスはどうしたのだ」
「これは、ダリアン様が…」

 あら、イレーヌから今度は私になってしまいましたわね。コロコロとお話の変わる方でいらっしゃいますこと。

「ダリアン様が?ドレスを切り裂いたというのか?」
「ぐすっ私、抵抗できなくって」
「……そうか」

 うーん、信じてはいないけれど私に対して少し疑問を抱いたというところでしょうか?

 あれから変わったところと申しますと、カインがエリスが猫と遊ぶのを許容するようになったということでしょうか。もっともともに遊ぶのではなく、遠くから見ているといった感じなのですが、これはあれですわね、物語で言えば一歩前進といった感じなのでございましょうか。
 まあ、物語のように恋心を育てさせる気もないのでございますけれどもね。
 あのあとも、イレーヌを主体としたいじめは続いております。といっても悪口程度で済ませておりますので貴族の間では嗜みといったところでございますわね。
 ハインツの耳にも入っているようですけれども、エリスのことも同時に耳に入っているので特に何かイレーヌ言うこともないようでございますわ。ハインツも成長したということでございましょうか?

 さて、私はカインにエリスとの仲を確認しておくことにいたしましょうか。

「カイン、最近はエリスと一緒に猫と遊んでいるんですってね」
「いいえ、そのようなことはありません」
「そうなのですか?最近は一緒に猫を見ているという噂を聞きましたけれど、所詮は噂でございますわね」
「ええ、もちろんです」

 そうですわよねえ、一緒に遊んでいるのではなく、遊んでいるのを見守っているだけですものねぇ。
 けれども噂というのは怖いものでございますもの、私が言った噂は学園内に結構広まっているのでございますわよ。私嘘は言いませんの、基本的にはですけれども。
 さて、カインの心に私に対する疑問が生まれているようでございますけれども、硬派のカインを懐柔するのは中々に骨が折れそうですわよねえ。

「そういえば先日の裁縫の授業の話はお聞きになりました?」
「裁縫の授業、ですか?……その、ダリアン様がエリス様のドレスをはさみで裂いたと」
「まあ!そのようなことはしておりませんわよ?あれはエリスが勝手に転んで裁縫箱をひっくり返した際に発生した事故ですわ。何でしたら他の方々にも聞いてみてくださいませ」
「それは…」

 私が女生徒に言い含めていると思ってしまえばそれまでですものね。
 でもまあ、事実ですので私はにっこりを微笑みを浮かべます。

「もちろん、父神様の名に掛けて真実であると申しますわよ」
「っ…。そうですか」

 神の名に掛けての宣言ですもの、信じるしかありませんわよね。エリスは果たして出来ますでしょうか?出来ませんわよねえ。

「それにしてもカインにそのように誤解されていたというのはとても残念ですわ。いったいどうしてそのように誤解をしてしまわれたのでしょうか?」
「それは、医務室で…」
「医務室で何かありましたの?」
「泣いているエリス様と会った際に、ダリアン様にされてしまったと聞かされたものですから…」

 言いにくそうに言うカインに、私は驚いたというように両手を口元にあてて身を引きます。

「そのようなことがありましたの?その日のうちに私にお話になってくださればすぐに誤解だとお分かりになりましたのに、どうしてそうなさっては下さいませんでしたの?」
「それは…」

 もし本当だったらどうしていいかわからなかったからでしょうけれども、まあ、硬派というだけではなく頭もがちがちなのかもしれませんわね。
 私はもう一度カインに身を寄せてその手を掴んで胸の前に持って行きます。

「どうぞ信じてくださいませ。私は父神に誓ってそのようなことをしてはおりませんわ」
「そ、そうですか」

 ポイントは胸にはつけないことですわね。硬派な男に対して下手なハニートラップは悪手ですもの。
 こうして手を握って下から上目遣いで訴えかけるように見つめることと、捨てられた子猫のような目で見ることも忘れずにすることがポイントですわ。

「…信じ、ます」
「ありがとうございます。よかったですわ、カインに疑われたままでしたら、私どうしたらいいかわかりませんでしたもの」
「そ、それは」
「え?」
「あら、まあいやですわね、私ってばこんなことを言ってしまいまして。今のは聞かなかったことにしてくださいませね」
「は、はい」

 カインの頬がわずかに紅潮しておりますわね。深読みしているのでしょうけれど、結構なことですわ。

 カインがちょうどいい感じに勘違いしているようでございますので、私はスペンサーにもちょっかいをかけてみます。
 スペンサーは本当に信仰心の塊のような方ですので、どうあってもエリスのハニートラップに引っかかるようには思えませんものね。私がハニートラップをかけてみるのも面白いかと思っておりますのよ。

「スペンサー、今日のお祈りは済みましたか?」
「ええダリアン様。今日もよき日になるようにと神々に祈りをささげたところでございます」
「そうですか、素晴らしいことだと思いますわ。私など父神がいるからでしょうか?あまり祈るということが習慣付いていないのでございますわ」
「そうなのですか?」
「ええ、定期的にお会いいたしますのでその必要性を感じないと言いますか、身近にいるからでしょうか?」
「そういうものなのでしょうか」
「そうですわ!今度父神様にスペンサーを紹介してみたいのですが如何でしょうか?」
「なっ神に直接お会いできるというのですか!?それもダリアン様の父神様に」

 ふふふ、自分は特別扱いだと感じられる行動ですわよねえ。私ってば悪い女ですわぁ。

「ええ、父神様もスペンサーには興味を持っておりますのよ」
「そうなのですか!?それは光栄です!」

 まあまあ、幼子のように頬を紅潮させてなんて可愛らしいのでしょうか。そんなに可愛らしいともっと構ってあげたくなってしまいますわね。

「スペンサーはどうしてそのように神へと信仰を捧げているのですか?何かきっかけがあったのでしょうか?」
「それは、私の母が元々敬虔な信者だったのが関係しています。幼いころから神への信仰を教え込まれておりましたし、末の王子ということでしたし、どこかの家に婿入りするよりも、神官になって国と神殿の間を取り持つ方がいいのではないかということになったのです」
「なるほど、そうだったのですね。では私の婚約者候補になったことは、邪魔をしてしまうような真似だったのではないのでしょうか?」
「いいえ!そのようなことはございません。それに、勝手な事なのですが、ダリアン様と婚約をして結婚出来たあかつきには主神殿にお供が出来るのではないかと、そのような不純な動機もございまして……申し訳ありません」
「まあ、そうなのですか?けれども確かに私の夫となった方は主神殿に行く可能性が高いですし、ふふ、愛しい方に利用されるのでしたら悪くはないのではないでしょうか?」
「え?」
「え?…ま、まあ私ったら何を言っているのでしょうね。今の発言は忘れてくださいませね」
「は、はい」

 嘘ではありませんわよ。その対象がスペンサー様であるとは限りませんけれどもね。

 さて、スペンサーさまをからかった私は部屋でくつろいでいますと、来客がいらっしゃるという知らせを受け取りました。なんとローラン様がいらっしゃるようでございます。
 もちろん私はお受けいたしますとしばらくしてローラン様がいらっしゃいました。部屋には侍女や侍従が居りますので二人っきりの空間というわけではございませんわ。

「ローラン様からいらっしゃるだなんて珍しいですわね、どうかなさいましたの?」
「いや、ダリアン様が随分と面白そうなことをなさっているようですので、私も一枚かんでみようかと思いまして」
「あらまあ人聞きの悪いことをおっしゃいますのね」
「純朴な少年たちを惑わせてはいけませんよ?」
「うふふ、だって楽しいんですもの」
「気持ちは分からなくもありませんけれどもね。そうですね、私はエリスの方をつついてみるというのはどうでしょうか?」
「まあ、今更ですか?」

 それは効き目があるのでしょうか?

「あの手の娘は懲りないものなのですよ。ちょっと甘いことを言えばコロッと行くものなのです」
「流石は年の功でいらっしゃいますわね」
「ははは。ああそうだ、それとこれは今日やっと出来上がった物なのですが、ダリアン様に差し上げようと思って持ってきたのですよ」
「まあなんでしょうか?」

 受け取った箱を開けてみますと、そこには指輪が入っておりました。

「指輪ですか?」
「ええ、左手の薬指のサイズにぴったりだと思うのですが如何でしょうか?」
「……あら本当ですわね。いつの間にサイズを調べたのでしょう?」
「手にキスをさせていただく時などにさり気なく」
「まあ、抜け目のない御方、クスクス」

 指輪は銀の土台に赤い宝石の付いたシンプルなものですが、守護の魔法がかけられている物でございますわね。中々のお値段の物なのではないでしょうか?それこそ小国の1年分の予算程度は使われていると思いますわよ。

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