婚約破棄されたので帰国して遊びますね

茄子

エリス 01

 夜会が終わって部屋に戻ってシュミーズドレスに着替えて果実水を飲んでいると、ふわりと夜の香りがした。

『だから浮気をされているといっただろう』
「ですから疑ってはいなかった、と言っておりますでしょう」

 不意に部屋に現れたのは私と同じ色味、夜の闇を切り取ったような長い黒髪と、星を移したような琥珀色の瞳、蒼白い肌に赤い唇。まるで鏡でも見ているかのようにそっくりな色合いを持つ影の神の一柱でございます。

『もっと早くに私が言ったと言って糾弾しておけばあのような面倒な事にはならなかっただろうに』
「まあ!そのようなことをして睦言の最中に居合わせたらどうなさいますの?それこそ修羅場ではございませんか」
『ふむ、そういうものか』
「ええそれに、あの場で婚約破棄をされることに意味があったのですわ。上手くいけば我が国があの国を吸収することが出来ますもの。クロナック国の大使もいらっしゃいましたし、我が国が単独で彼の国と取引をしやすくなりましたわね」
『人間って面倒だな』
「そうですわよ、面倒なものなのですわよ」

 神様の世界はそういう面倒ごとがなさそうでいいですわねぇ。もっとも伝承では色々恋愛事情なども絡んできて人間とさほど変わりはなさそうですけども。

『まあこれで、主神殿に行く覚悟も出来たであろう』
「そうですわねぇ、元々は行く予定だったのですし、構いませんけれども私は半分は神なのでございましょう?主神殿に行ってしまって祭り上げられるよりも先にいろいろ遊んでおきたいのですわ」
『遊んでおきたい?』
「ええ、この国も楽しいことがたくさんありそうですもの。今日の噂話でいろいろ手に入りましたわ」

 とりあえずは、学園に通ってみるのも面白そうですわね。噂では学園に優良物件のご子息を囲い込んでいるご令嬢がいるのだとか…。他にも興味のある噂がありましたし片っ端から遊んでみるのも面白いですわよね。

「とりあえず、この国の学園に入学してみようと思いますの。だって私は学園に通う年齢ですのよ」
『また学園に通うのか?もうやることなどないだろうに』
「やることならありますわよ。箱庭での遊びだなんて面白そうではありませんか」
『なにをするんだい』

 そうですわね、まずはその令嬢が囲っているという優良物件の男子生徒を奪ってみるのも面白いかもしれませんわね。それともその女子生徒を虐めてみて混乱させてみるのも面白そうではありませんか。
 婚約破棄の時に虐めただなんだと言われましたものね。
 それにしても、虐めというのはどういうものをいうのでしょうか?確かドレスを破いたりワインをかけたり教科書を破ったり物を捨てたりするのでしたかしら?
 面倒ですけれども、そういった面倒をかけてこそ熟成させて作り上げたものを食するのもまた一興というものですものね。

 というわけで、私は学園に入学いたしました。
 
「皆様、ダリアン=ヘレティカと申しますわ。此度この国に帰って来るにあたり学園に入学することになりましたので、どうぞよろしくお願いいたします」

 教室をぐるっと見渡しますと早速ターゲットを確認いたしました。
 子息を囲っているというご令嬢、エリス=セスブロン男爵令嬢、その取り巻きになったご子息方はニコラス=クーア公爵子息、ハインツ=エラダイン伯爵子息、ステノン=フローリン伯爵子息でいらっしゃいますわね。
 ニコラス様は爵位が高く成績も優秀でこの学園を率いている方でいらっしゃいまして将来は宰相になるのではないかと言われております。
 ハインツ様は武芸に長けた方でいらっしゃいまして、将来は騎士団長になるのではないかと言われております。
 ステノン様は魔法の才能に長けていらっしゃいまして将来は魔法師団長になるのではないかと言われております。
 全く持って皆様将来有望でいらっしゃいますのに、1人の女生徒に夢中になってしまわれるだなんてどうしたことなのでしょうね。

* * *

「ニコラス、少しよろしいでしょうか?」
「ダリアン様どうかなさいましたか?」
「ええ、今度のお茶会の件でお伺いしたいことがあって…」
「お茶会ですか?」
「私が編入してから初めてのお茶会になりますし、この学園の作法などありましたらお伺いしておきたいと思ったんですの」
「作法なんて気にせず気楽に参加してください」

 私はそうおっしゃるニコラスに不安そうな顔をして首をかしげます。

「けれど、先立ってのお茶会ではなんでも女生徒同士で諍いがあったと聞きますもの、何かあっては遅いのではないかと思いまして」
「ああ、あれはとある女生徒がエリスのドレスに紅茶をかけたんですよ」
「まあ!そんなことがございましたの?恐ろしいですわね…」
「ええ、その場でその女生徒には厳重注意をいたしましたが、エリスも可哀そうに」
「でも、お茶をかけるだなんてよほどのことですわよね」
「そうですね」
「いったい何があったのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「私も聞いた話なのですが、なんでもエリスが通りかかった際にわざとぶつかって持っていた紅茶をドレスにかけたのだそうです」
「まあそうなのですか。けれど持っていたということは、ぶつかったのはエリスの方なのですか?」
「え?」

 私の言葉にニコラスは驚いたように顔を上げて瞬きをしました。

「だって、お茶を持っているということはテーブルに座って飲んでいるということでしょう?カップを持って歩き回るなんて無作法をする人がいるとは思えませんし、そうなりますとぶつかったのはエリスではないのでしょうか?」
「それは…」
「それに、ぶつかったのなら前側に紅茶がこぼれますわよね?エリスのドレスにかかるのは難しいのではなくて?」
「……」
「ああまさかとは思いますけれども、エリスが紅茶を持って歩いていたのでしょうか?」
「自分は紅茶をかけられたとしか聞いていませんので…」
「そうなのですか?不思議な話ですわね」
「そう、ですね」
「ニコラスはどう思います?」
「それは…、もう一度調査をすべきかと思いますね。自分も短慮に女生徒を責めてしまいましたが、よく思い出せば彼女は何もしていないと言っていたように記憶しています」
「そうなのですか。それはそうしたほうがいいですわね、きっとその女生徒が本当に何もしていないのなら傷ついているに違いありませんもの。もしよければ私の方からもフォローをいたしますわ。女生徒の名前を聞いても?」
「それが、その…」
「言えない者なのでしょうか?」

 ニコラスは言いよどむ様に目を泳がしていうのをためらっています。まあ、女生徒の名前も真実もお父様が調べてきているので知っているのですけれども、それを言うのはつまらないというものですものね。

「いえ、それが…。私の婚約者のカーラなのです」
「まあ!カーラが?それこそ信じられませんわ。どうしてカーラがそんな真似をする必要があるのですか?」
「それは…」
「それは?何か心当たりがおありなのかしら?」
「嫉妬からではないかと」
「嫉妬ですって?……まさか貴方、エリスと浮気をしているのですか?」
「浮気などっ」
「ニコラス、私は浮気をされて婚約破棄になりましたわ。それもあらぬ罪を着せられてですわ。ですからしっかりと調査をして差し上げてくださいませ。もし同じように濡れ衣を着せられているのだとしたら、私は…」

 ここで私は悲しそうに眉を寄せて口元に手を当てて、上目遣いでニコラスを見つめます。
 自慢ではありませんが神であるお父様に似ている美貌でございますので、たいていの男性はこれで色々と効き目があります。

「そっそう致します」
「お願いいたしますわね。それで、ニコラス」
「はい」
「お茶会の作法について改めて教えていただけるかしら?何せ隣国暮らしが長かったものですから、この国の作法と違うところがあるかもしれませんでしょう?2人っきりでまずは確認させていただけませんかしら?」
「も、もちろんです」

* * *

 武術の訓練を見学してみますが、ハインツはやはり抜きんでておりますね。もっとも、型通りの剣術ですので実践で使えるかはわかりませんけれどもね。
 ハインツの傍には婚約者のイレーヌではなくエリスが居りますわね。タオルを渡しているようですが、こういう役目は普通婚約者か侍女の役目ではないのでしょうか。

「流石はハインツですわね、この国の将来を担う者と声が高いだけのことがありますわ」
「ダリアン様、このようなところにどうして」
「我が国の若き守護者たちを見に参りましたのよ。それにしてもエリスがここにいる方が不思議ですわ。エリスはハインツの家の侍女にでもなるつもりなのでしょうか?」
「え!!」

 エリスが驚いたように私を見て声を上げました。

「だって、ハインツにタオルを渡していたでしょう?婚約者でもないのにそのようなことをするなんて侍女ぐらいしか思い浮かばないんですもの」
「ハインツ様はお友達ですよ、ダリアン様」
「まあそうですの?ただのお友達にタオルを渡して居りましたの?ごめんなさい、隣国に長くいたものだからこちらとの常識が合わないようですわね。そう言った行為をするのは親しい間柄なのだと思っておりましたわ」

 そう言ってハインツを見れば、エリスの言葉に少し戸惑っているようですわね。恋人だと思っていたのは自分だけか、というようなお顔ですけれども、いいのでしょうか?
 このようにお顔に出ては武術の時に不利になってしまうのではないのでしょうか?

「お友達だってタオルぐらいは渡しますよ。ね、ハインツ様」
「あ、ああ…」
「そうなのですか、やはりだめですわね、隣国に長くいすぎると色々と常識が変わってきてしまうようですわ。それに、私は何分浮気をされて濡れ衣を着せられて婚約破棄をされた身ですので、余計に敏感になってしまっているのかもしれませんわね」
「浮気だなんてそんなことありませんよ。ハインツ様は仲の良いお友達です」
「そうなのですか、そのことをイレーヌさまはお許しになっていますの?」
「いや…それは…」
「まあ!では早めにお話になったほうがよろしくてよ。私のように誤解をしているかもしれませんもの。自分の婚約者が自分以外の異性の友人と親しくしているだなんて、不安で仕方がないに決まっていますわ。エリスもそう思いますでしょう?」
「え…そ、そうですね」
「ほらエリスもこう言ってますもの。ハインツ、一度イレーヌとしっかり話をしてみたほうがよろしいですわ。もし二人で話すのが躊躇われるのでしたら、私が同席してもよろしいですし」
「そこまでしていただかなくても」
「いいえ、イレーヌは私の友人ですわ。その友人が困っているかもしれない、不安になっているかもしれないと思うといてもたってもいられませんの」

 「そうでしょう?」とエリスにも言えば、エリスは戸惑いがちにうなずきます。

「早急に席を設けますわ。明日などいかが?」
「そんなに急に?」
「こういうことは早い方がいいに決まっておりますもの。それともこの私が間に入ることに何か御不満がおありでしょうか?」
「まさかそんな!」
「では早急に話し合いの場を整えさせていただきますわね。大丈夫ですわ、エリスとはお友達だとしっかり説明すればイレーヌだってわかってくださいますもの」

 本当にお友達なら、ですけれどもね。恋人同士のようにデートをしたり食事に行ったりしているようですし、どのように言い訳をなさるのでしょうか。

「えっと、アタシはこの辺で失礼しますね」

 そう言ってエリスは離れていってしまいました。逃げてしまったというべきかもしれませんわね。彼女はニコラスの件で再度調べられて、エリスが紅茶を持って移動しているときに座っていたカーラにぶつかったということが判明しておりますので、若干立場が悪くなっておりますのよね。
 残っている取り巻きを維持するのに必死なようですが、私の退屈しのぎのためにそれは邪魔させていただきますわね。

「まあ、急にどうしたのでしょうか?私何か気に障るようなことを言ってしまいましたでしょうか?」
「いいえ、大丈夫です」
「そうだといいのですが。彼女、先日例のお茶会の件で糾弾されてしまいましたでしょう?お気の毒だとは思っておりましたのよ」
「そうですね、…俺も気の毒だと思って」
「そうですわよね。けれど、カーラも災難だったと思いますわ、あらぬ罪を押し付けられてしまい、婚約者から糾弾されていたのですもの」
「それは、証拠が見つからなかったからで」
「証拠がないのに糾弾をすること自体がどうかと思いますのよ。まあこれは浮気をされた挙句に濡れ衣を着せられた私だから、思うことかもしれませんけれど。とにかく、ハインツはイレーヌとよく話し合ったほうがよろしくってよ」
「そうします」

 ふふふ、恋人だと思っていたエリスからのまさかの友人発言に相当ショックを受けていますわね。

* * *

「ステノン、今の授業で気になる部分がありましたの。ちょっとお話よろしいでしょうか?」
「もちろんです。僕も気になる部分があったので是非」
「まあそうでしたのね。先ほどの水魔法の件ですけれども魔力を込めた水の操作の部分で……」

 私は授業終わりのステノンを捕まえて、彼が興味のある話を振っていきます。実際はお父様に聞けば済むのですが、あの方は教えるのが苦手ですので、こうして誰かと話し合うことは私にとっても勉強になるというものですわ。
 ステノンは特に年齢の割に知識も豊富ですし、出来れば主神殿に連れて行ってもいいかと思えるほどの才能を持っておりますわね。
 私たちが話しておりますと、居心地が悪そうにしたエリスがもぞもぞと動いているのが見えます。
 話に夢中で忘れておりましたがこの場にはエリスもおりますのよ。ステノンの隣に座って授業を受けておりましたので、この場に残っているようですわね。

「ああ、エリスごめんなさい。難しい話をしてしまっていたかしら?」
「えっいえ…。大丈夫です、それにステノンが楽しそうだから私も見てると楽しいっていうか、幸せなんです」
「そうですかそれは良かったですわ。それではステノン、先ほどの続きなのですが……」

 エリスは先だってハインツとイレーヌが話し合った結果、2人が和解というかよりを戻したせいでステノンしか取り巻きがいなくなったおかげかはわかりませんが、恋人気取りで毎日を過ごしているようなのですわ。
 もっとも、ステノンは基本的に研究馬鹿ですので、色恋よりも研究のテーマを与えてしまえばこのようにあっさりと食いついてきますのよ。
 エリスも私が何かをしているのには気が付き始めているようですけれども、そもそも私は元々の婚約者との仲を取り持っているだけですし、責められるような真似をしておりませんので何も言えないのでしょうね。
 けれども、ステノンに関しては譲れないという感覚をひしひしと感じて結構なことですわ。

「……このぐらいにしましょうか、陽も暮れてきてしまいましたものね。もしよろしければ馬車でお送りいたしますわ。エリスもよければ乗っていきますか?」
「いえ、私の家は王家の馬車が来るような場所じゃないので…」
「そうですか、ではステノンはいかがですか?」
「お願いできますか?馬車の中で続きを話したいので」
「え!ステノン様送ってはくれないんですか?」
「そんな約束してなかったと思うけど?」
「してませんけど、もうこんな時間だし…1人で帰るのは不安だし」
「ああ、でしたらわたくしの護衛を1人お貸しいたしますわ。ステノンもそれでしたら安心でしょう?」
「そうですね、よかったなエリス」
「……はい」

 不服そうですわね。まあ、護衛をたらしこもうとしても女性騎士でございますので無理でしょうし、こうしていたぶるのってなんだかとっても愉快ですわねえ。
 馬車の中で魔法理論の続きを話していた所、話が途中になってしまうということもあり、ステノンは家のかたに了承を貰い王宮に泊まり込むことになりました。もちろん夜は部屋を分けて眠りますし、ステノンは魔法師団の宿舎にお泊りになるようです。
 偉大な諸先輩方に囲まれて研究をするのがステノンの夢だそうですので、今日はその夢を垣間見るいい機会になったのではないのでしょうか。

 翌日、王家の馬車から私とステノンが出てくるのを目撃されてちょっとした騒動となりましたが、事情をご説明したところ、ステノンの研究馬鹿なことを知っていらっしゃる皆様は苦笑してご納得なさったようです。
 もっともエリスは納得していないようですけれどもね。

「ダリアン様!いったいどういうことですか!」
「なんのことでしょうか?」
「ステノン様のことです!家まで送り届けるとか言ってお城に連れていくなんてあんまりじゃありませんか!ステノン様は私の恋人なんですよ!」
「まあそうでしたの?存じ上げませんでしたわ、ごめんなさいね。けれども別に疚しいことをしていたわけではありませんのよ、魔術師団の宿舎で研究について話し合いをしていただけですもの。何でしたらステノンにお聞きになってくださいませ」

 昼食の時間の人目のある場所でそのように責められましたが、あくまでも私は冷静にそう返しますと、エリスが泣きそうな顔になります。

「ひどいです。私じゃステノン様の研究心をご満足させてあげることが出来ないから、それ以外を支えて差し上げようと必死になっているのに、どうして邪魔するんですか!」
「邪魔などした覚えはございませんわ」
「うそです!私のことが気に入らないんですよね?だからいつも邪魔ばっかりするんですよね!」
「なんのことでしょうか?気に入らないというのであれば貴女を退学させるなりもっとやりようがありますでしょう?」

 だって私は半神の王族ですものね。
 エリスは今度こそ泣き出して教室を走って去っていってしまいます。ちょうどそのときにステノンが入室なさったのですが、泣いている恋人を追いかけなくてよろしいのでしょうか?

「ステノン、恋人が泣いていらっしゃるのに放置するのはよろしくないのではありませんか?」
「はあ?エリスは友人で恋人なんかじゃありませんよ、何を言ってるんですか」

 あらあら、きっぱりはっきりと否定されてしまいましたわね。
 これでエリスはこの私に喧嘩を売っただけでなく、妄想力の激しい痛い子として皆様に認識されたことでしょう。

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