全力で逃げて何が悪い!

茄子

外伝 兄様ルート3

 俺がその事を聞いたのは、ジュミーの通う学校が夏季休暇に入り、飼っている魔狼人の洗礼を行うために、フィアルとジュミーが王城を訪れた時だった。
 ジュミーは洗礼の儀式があるため、フィアルだけが俺の執務室にやって来た。
 これでも将来は宰相を目指している俺は、元はフィアルの上司でもあったぐらいだし、専用の執務室を与えられている。
 これは内密のことだが、兄貴の側室の一人が懐妊したらしい。おかげでもうすぐ俺の王位継承権の返上もできそうだ。そうなったら堂々と宰相補佐に立候補して、着実に実績を積むことに専念できる。
 うるさい婚約話も一切持ってこないように言うこともできる。
 さて、俺の元に久々に一人でやって来たフィアルだが、随分と思い詰めた顔をしていた。何事かと思ったが、案の定ジュミーが随分と他の男と親しげなのが気になっているということだった。

「歌唱の教師に古代学の教師、あとは神官ね。ジュミーはモテるからなあ、そりゃ男どもが放っておかないだろう。婚約の申し込みだって殺到してるんだろう?バスティアンだって未練があるって噂だし、学校の噂じゃロジェデュカス家のグェナエルだってジュミー狙いだって話しじゃないか」
「なんでそんなに学校の噂に詳しいんだ」
「耳は多いに越したことがねーんだよ。まあ、大体はヴァランティーヌ=エジュリ=マルブランシュ様から聞いたんだけどな」
「親しいのか?」
「んー、親しいっていうか、まあ将来俺の部下に欲しいと思ってる程度に才能を認めてる。前に王妃のお茶会で会ったんだが、聡明さはジュミーに似てるぞ」
「ふーん。まあ、ランジュも親友というよりも姉のように思っていると言っているな。というか、お前だから言うが、前世で兄だったそうだ」
「マジか。だからとっつきやすかったわけだ」
「これも縁なんだろうな。男だったら結婚するとか言うかもしれないと思えるほど仲がいい」

 そりゃお前らだろう、と思うんだが、言ったところで意味がないんだよなあ。まあ言うけど。

「それで言ったら、フィアルとジュミーこそ同父母でなけりゃ結婚してるんじゃないかってぐらい仲がいい、っていうか距離が近いじゃねーか」
「……そう、だな。同父母の妹じゃなければ俺が嫁に貰えるのにな」

 素晴らしく残念そうに顔を曇らせる姿に、思わずため息が出そうになる。自分で言うのもなんだが、色合い以外よく似ている顔が曇ると、鏡の中の顔が曇ったみたいで気分が悪い。

「そんで、妹大好きな兄としては男と仲良くする妹が気に入らないわけだ?」
「違う!ランジュと仲良くする男が気に入らないんだ!」
「あっそ」

 ジュミーの将来の恋人になるかもしれない男も可哀そうになあ、こんなシスコン男を兄に持つジュミーと付き合ったら、それこそ小姑のように些細なことで文句を言われそうだ。

「ちなみに、俺がジュミーに婚約を申し込むとか言ったらお前どうする?」
「半殺しにした後に文通から始めてもらう」
「おい」

 まあ、でも一応拒否しないだけの判断力はあるのか。王子である俺からの婚約拒否なんて、いくらなんでもできないからなあ。もちろん申し込むなんて無謀な真似をするつもりはないけど。
 フィアルは俺が言うのもなんだが、学生時代から優秀で、俺が学生時代から将来部下になってほしいと言い続けた男だ。
 父親譲りの才能というべきなんだろうな、文官としてあまりにも優秀で、文句のつけようがない。シスコンすぎてジュミーが体調が悪いときに休むとかを除けばだけどな。
 学生時代から、ジュミーは将来フィアルのお嫁さんになりたいと言っていたし、本当に同父母でなけりゃ今頃婚約して卒業後に結婚できたんだろに、上手くいかないもんだよな。
 もっとも、同父母だからこんなに仲がいいのかもしれないけど。2人の母親は父上の従妹に当たる人だったが、少し体が弱くジュミーを産んですぐに亡くなってしまった。
 聞いた話しによれば、ジュミーを妊娠する少し前にもう妊娠できないかもしれないから、愛人を作ってくれとエドゥアール様に言ってたそうだ。まあ、妊娠したんだけどな。それが原因で亡くなってしまったけど。
 ジュミーには母親の記憶がないから、余計にフィアルになついてるんだろうけど、いつだか母親が死ぬ原因になったジュミーを恨んでないのかって聞いた時は、それこそ気絶する寸前まで殴られたし怒鳴られたな。いやあ、今でもあれは王子に対してあんまりな行動だと思う。

「ジュミーが誰か好きだって言ったらどうするんだよ?」
「応援するさ。俺はランジュの兄だからな」
「んな苦々しい顔していうなよ。ジュミーが見たら心配するぞ」
「ランジュの前での俺はいい兄なんだよ。理解のある兄で、常に味方なんだ」
「そんで俺のところに来てグチグチと言ってりゃ世話ないな」
「いいだろう。ランジュが学校に行っていることだし、俺もそろそろ仕事に戻ろうと思ってるんだ。学校のほうが問題ないようだし、アレクシアとも和解したしな」
「ん?オトメゲームとやらに決着がついたのか?」
「ああ、話し合いをしたんだ。アレクシアも悩んでたらしい、今は相手のエジッヴォア教師との婚約を進めてる」
「あの画家か。まあ、それで決着がつくなら学校の方は確かに問題ないだろうな、その3人の仲の良い男どもを除けば、だろうけどなお前にとっては」
「ああ」

 件の3人についてはヴァランティーヌ様からも話しを聞いている。仲がいいというよりは親しくしている教師って感じの話しだったな。
 ジュミーの魅力は教師にも有効ってわけだ。
 まああの蔦模様程度じゃ、ジュミーのかわいさは削がれないどころか、ビスクドールみたいに装飾されてるみたいだよな。
 あ、俺もジュミーに対しては結構又従妹バカかもしれないなあ。フィアルほどじゃないけど。
 俺のおすすめはルイクロード教師かなあ。同じ魔法使いだし古代文字の研究で気が合ってるみたいだし、今後のことを考えれば一番有用性がありそうだ。

「ああ、そろそろ洗礼も終わるな。じゃあ俺はランジュのところに行くから」
「ああ、またなー」

 部屋を出ていくフィアルの背中が、なんだかいつもよりも落ち込んでるように見えてどことなく不安になったが、シスコンについてはもうツッコミすぎて疲れたから何も言うつもりもない。
 そんな風に思ってたその日の夜、珍しく兄弟全員での晩餐となった。その席で国王陛下である父上が爆弾発言をかましやがった。

「実はお前たちにはもう一人兄弟がいる」
「あ゛?」

 その声を発したのは誰だったのか、俺だったのかもしれないけどそれどころじゃなかった。兄貴にやっと子供が出来たっていうこの時に隠し子発言とか、まじふざけんな。

「父上、その子供は今どこにいるのですか?」
「信頼のおける臣下に預けている」
「そうですか」

 兄貴よ、動揺はわかるがひきつった笑顔と手にしたナイフがちょっと怖いぞ。ほら、隣に座ってる正室殿も顔を引きつらせてるじゃないか。あ、原因は父上の発言の方かも。
 しかし、兄妹とか今更か父上はどこの女に手を付けたんだよ。王妃も側室も全員妊娠出産の記録はあるはずだから、それ以外の女になるとメイドってところか?それとも視察先の女か?
 どっちにしろそれなら隠していてもおかしくはないな。側室にできない女に手をだした挙句に妊娠出産となれば……。
 いや、なんで隠すんだ?かえって面倒なことになるかもしれないだろう。
 なぜこのタイミングで俺たちに告白したかといえば、その兄弟にも伝えるかららしい。なんで今更伝えるんだよ。隠すなら隠し通せよめんどくさい。

「その子はな、妹に対して恋愛感情を抱いているのだが、同父母の兄妹と思っているから自分の想いを隠そうと悩んでいる。その姿を見ていて心が苦しくなってもう隠していることがつらいと、その臣下から今日いわれたんだ。だから、真実を明かそうと決めた」

 その言葉にとっさにフィアルの顔が思い浮かんだ。
 色合い以外、双子のようによく似ていると言われる俺たち、しかも同父母の兄妹であると悩んでいるとかそうそういないだろう。

「発言をお許しください父上。その子というのは、リングフィアル=フォン=シャロンジェ=デルジアンでしょうか?」
「うむ」

 うむ。じゃねーよ!まじかよ、うっそだろう。
 ほら見ろ、兄弟全員が頭を抱えてるじゃねーか!仕事の関係上それなりに交流があるのに、今まで気が付かなかったとか、兄貴とかめっちゃへこんでるじゃん!
 ってか、まじか。
 今頃フィアルも同じ話を聞いてるってことだよな?あいつどうするんだろう。その勢いでジュミーのところに駆け込んで告白とか……ありえるな。
 その後の晩餐は父上に対する非難の嵐だったのは言うまでもないと思う。王族にしてはっていう前提が付くけど、俺たちは仲がいいからな。兄弟だってわかってたらフィアルにももっと態度が変わって……、俺は変わらないか。

 そしてその一週間後、フィアルが実は養子であり元王子であることと同時に、ジュミーとの婚約が発表された。
 仕事が早いのは流石エドゥアール様といったところだな。
 俺が2人と再会したのはさらにその一週間後だ。婚約の報告ということで、再び兄弟全員が集まって挨拶をした後、個人的に俺の私室にやって来た。
 まあそれはいい。俺とフィアルの仲だし兄貴たちも俺たちの親しさは知ってるから、少しぐらいは文句を言うかもしれないが、抜け駆け的なことは見逃してくれるだろう。
 だが、親しきに仲にも礼儀あり、って言葉を俺はこの2人に言い聞かせてやりたくなる。

「兄様、あーん」
「ん……おいしいよランジュ。ほら、ランジュも食べてごらん」
「あーん……おいしいですわ。頑張ったかいがありましたわ」
「ランジュの作る物は何でもおいしいよ。ああ、ソースが付いてしまったな」
「ん…ありがとうございます、兄様」

 ランジュの手作りのサンドイッチがうまいのは認める。デザートがうまいのも認める。
 それでなんでお前らは人の私室に来てまで昼飯を食べてるんだ?しかもなんでお互いに食べさせ合ってるんだ?ソースなんざナプキンで取れよ!指でもこの際かまわない!なんで舐めてとるんだよ!

「ないわー。人の部屋でいちゃつくとか、常識的に考えてないだろう」
「なんだ、ランジュの作ったサンドイッチに文句でもあるのか?」
「そこじゃねーよ!いちゃつくなら家でやれ!」
「これでも我慢してるぞ。家なら膝の上にのせて食べさせてる」
「そうですわね」

 もうやだこいつら。もともといちゃついてると思ってたけど、婚約して遠慮がなくなりすぎだろう。

「兄様、今夜は兄様のためにとびっきり美味しい夕食を作りますわ。将来の侯爵夫人が厨房に立つなんてと実家では言われてしまいますもの。私たちの家に帰れる今夜から、兄様のために今まで以上に愛情を込めますわね」
「帰りに一緒に食材を買いに行こうか。ランジュの気に入った何かがあればそれも買おう。いずれは実家に戻るけど、それまでは2人の家を好きに飾り付けよう」
「素敵ですわ兄様」
「ああ、でも結婚したらこの髪を結い上げてしまうのか。風に髪がゆれるランジュの姿も可憐で愛おしいから、少し残念だな」
「もう、兄様ってば気が早いですわ。まだあと2年以上ありますのよ。その間に2人でお出かけをしましょう。侯爵夫人になったら今のように気軽に出かけられませんもの」
「そうだな。今だからこそできることを2人でしよう。そうだ、休みが終わる前に領地にある森に行こうか?2人で住んでいたあの森だ、気に入っていた湖があっただろう?」
「嬉しいですわ」

 あー、おっかしいなあ。無糖の紅茶なのに何で甘ったるくて胸焼けがするんだろうなあ。これで遠慮してるとか、家ではどんだけいちゃついてるんだよ。アレクシア達に少し同情するわ。
 親ばかのエドゥアール様とか血涙流してそうだよなあ。あ、でもフィアルに対しても親ばかだからめっちゃよろこんでるかも?
 しかし、フィアルもジュミーも幸せそうな顔してるよなあ。
 ちょっと前まではフィアルは顔を曇らせてジュミーに近づく男がどうだとか、あんなに悩んでたのが嘘みたいだな。
 最良の形に納まったって感じだけど、こうもいちゃつかれると本当にこれでよかったのか疑問に思えてくる。まあ、よかったんだろうけど。

「そういえば、ランちゃん…ヴァランティーヌ様とスティーロッド様って仲がよろしいんだそうですわね?」
「ん?まあ、部下に欲しい程度には」
「私良いことを思いつきましたのよ。ランちゃんってば婚約白紙になって今はフリーでしょう。ですから、スティーロッド様の婚約者にどうかと思いますの」
「は?」
「ああ、なるほど。スティーロッド様が女性を此処まで評価するなんて初めてだからな。なるほど、流石はランジュだ。これでスティーロッド様の婚約話しにも片が付くし、ランジュとはある意味義理の姉妹になれるわけだな」
「ええ。如何でしょうか?」
「って言われてもなあ」
「ランちゃんに何か不足でもあるとかいいやがりますの?」
「いや、そもそも考えたこともない」

 確かにヴァランティーヌ様のことは評価しているし、前世が男ということを考慮しても魅力的な女性だとは思う。
 博識だし探究心はあるし、何より話していて他の令嬢のように疲れることもない。
 だからと言って婚約だのそういう相手としてみたことはないよなあ。婚約してたし、常識的にそんなの考えるはずがないだろう。

「ランちゃんは気が利きますし、麗しいですし、蠱惑的なスタイルになること間違いなしですし、なによりも私の姉のような方ですわ」
「ランジュ、女性とはいえそんなに俺の前で他人をほめると嫉妬してしまうよ」
「まあ兄様ってば。ランちゃんは他人というよりは本当に姉のように思ってますのよ。前世では兄でしたもの」
「ああ、そのことにも俺は嫉妬してしまうよ。俺の知らないかつてのランジュを知っているなんて、なんて羨ましいんだ」
「兄様、前世の私と今世の私は違いますわ。記憶はありますけれど、今世の兄は兄様ですし、この心も体も今は兄様のものですわ」
「ランジュ、なんていい子なんだ。俺の心も体もランジュのものだよ」
「ああ、この血と肉を兄様に食べていただけたら、文字通り一つになれますのに。でもそうしたらこうして兄様と触れ合うことは出来なくなってしまいますわね。もどかしいものですわ、どちらも欲してしまう私を兄様は軽蔑なさいますか?」
「まさか!俺の血肉をランジュに食べてもらえるなら喜んで差し出すさ。でも、確かに触れ合えなくなってしまうのは悲しいな。それにランジュが傷つくのは耐えられない」

 ……いちゃついて一瞬気が付かなかったけど、えぐい話しをしてるな。血肉とかやめろよ。お前たちならやりかねん。

「でもね兄様、私思ってますの。口づけをする時って、命を差し出すようなものですわよね。舌をいつ噛み切られるかわからない、そんな危険を冒してでも口づけを交わすなんて、兄様だからできることですわ」
「ランジュは情熱的だな。でも、俺もランジュにしか口づけたいと思わないな」
「ふふ」

 だからえぐいって!
 俺だけじゃツッコミが足りない。もうそれこそヴァランティーヌ様でいいから俺側の人間が欲しい!
 何お互いの唇に指を当ててほほ笑み合ってるんだよ。なんでそこで俺をチラ見して残念そうな顔をするんだよ。
 俺がいなかったら口づけしてるのにとか思ってるのがわかるんだよ!

「ここは俺の私室なんだが?」
「知ってるが?」
「知っておりますわよ?」
「そうか知ってるか。それで独り身の俺の前で盛大にいちゃついてくれやがるお前らはそろそろ帰る時間じゃないのか?」
「あら、そうですわね」
「そうだな。じゃあ帰ろうか、2人の家に」
「はい兄様」

 そう言って帰っていった2人の姿が見えなくなって、俺はぐったりとだらしなくソファにもたれかかった。
 めでたいはずなのに、祝ってやろうという心がどこかにいってしまったのはなんでだろうなあ。
 そういえば膝の上に乗っけるとか言ってたか?小柄なジュミーを膝の上に乗せたらそれはそれはかわいいだろうけど、それを毎回見せられる使用人に同情するわ。
 さて、夏季休暇明けから仕事に復帰するフィアルに山ほど仕事を押し付けてやろう。俺も宰相補佐になるからな、補佐の補佐にさせてやるから覚悟しておけ。

 ちなみに後日、本気で俺の婚約者候補にヴァランティーヌ様の名前が最有力候補として挙げられたのは、どこかの誰かの陰謀だと思う。

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