全力で逃げて何が悪い!

茄子

010 噂話は怖いものです

「そういうわけで、神殿にお邪魔させていただきたいのです」
「かまいません。学校の門が開いている時間なら、いつでもこの神殿の門も開いておりますので」
「歌の練習もしたいので、ピアノをお借りすることをお許しいただけますでしょうか?」
「いいですとも。お好きにお使いください」
「ありがとうございます」

 昨夜に兄様のお話を聞いて、早速朝の礼拝の時間に神殿にお邪魔をいたしました。
 初めてお会いしましたが、レジス=ドゥラゲール神官様は神秘的でお美しい人ですわね。黒髪に紫の瞳は一見悪魔的ですが、神々しさを感じる何かがございます。

「あの、もう一つよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「神より神託を賜る時、神の言葉というものがあるとお聞きいたしました。レジス神官様は、神託をお聞きしたことがございますでしょうか?」

 かなりぶしつけな質問ですよね。神託を受けていても何を言ってるんだこいつ?ってなりますし、神託を受けていなかったら馬鹿にしてるのかこいつ!ってなってしまいますもの。

「幸福なことに、私は神より神託を受けたことがございますよ」
「まあ!で、では…神のお言葉もご理解できるのですよね?神は文字をお使いになりますか?」
「………神の文字はございません。神は文字を必要としないのです。文字を必要とするのは、記録をしなければならない人間などの種族に限られます。神の御璽(みしるし)と言われているものは存在しますが、あいにくそちらは総本神殿にのみ保管されているもので、私は目にしたことがありません。神の言葉を能力判定の時にお聞きになったのですか?」

 うっ、これは嘘をつくわけにはまいりませんよね。そもそも、嘘を言う必要も……ありましたわ。私の魔法は薔薇を出すのみとなっているのですから、「植物の女王」などと言ったら矛盾してしまうではありませんか。薔薇は確かに綺麗ですが、植物の女王というまでではありませんものね。
 どういたしましょう……。
 神官ですし、秘密は守ってくださいますかしら?

「あの、これは他言しないでいただけますでしょうか?」
「貴女がお望みなら、神に誓いましょう」
「能力判定の時に『汝、植物ノ女王ナル者也』と声を聴いたのです」
「なっ!」
「え?」

 ガタン、と音を立てて礼拝堂にある椅子かた立ち上がったレジス神官様は、驚愕の表情で私を見ております。
 何か発音が間違っておりましたでしょうか?日本語ですし、多分大丈夫だと思いますが。

「あの…」
「ぁ、いえ…失礼しました。神のお言葉を貴女の口から発せられたので、動揺をしてしまいました。魔法使いの呪文には、神の言語が使われることもあると聞いたことがありますが、貴女もそうだったのですね」
「えっと…『薔薇よ』と『茨の蔓よ』は神の言語でしょうか?」
「近いものがありますね」

 んー?どういうことだろう。

「では、『薔薇ヨ』と『茨ノ蔓ヨ』と発音すればどうでしょうか?」
「神の言語ですね」

 なるほど、日本語の漢字+片仮名が神の言語なのですか。………平仮名でもいいじゃんとか思うのですが、ニュアンスの違いですか?片仮名である部分を訳して現代語に近くしたのが平仮名、みたいな?わかりませんわね。
 古代語は象形文字ですので漢字に近いようですし、この世界の文字とか言語が謎設定すぎますわ。
 方言とかそういう感じなのでしょうか?
 前世でも祖父母の家に行った時とか、親戚が謎言語を話しているように聞こえることが多々ありましたわ。
 後ほどランちゃんとお話合いをいたしましょう。ランちゃんも日本語を覚えているはずですものね。

「レジス神官様、神の言語というのは、私たちが今使っている言葉の元になったのでしょうか?それとも、また別の方法で今使っている言語が発展したのでしょうか?」
「難しい質問ですね。神託を聞いた神官がそれをそのまま伝えたという可能性もありますが、理解できず意味を伝えそれを文字にしたのかもしれませんし、元々あった文字に当てはめたのかもしれません。もっとも、魔法使い以外が神の言語を発音できることは、恥ずかしながら今はほとんどないのです。神官であっても脳内で理解はできるのですが、発音することは出来るものはとても少ない。ですから、貴女がとても偉大な魔法使いであると、私はには思えます」
「そんな、私など大した魔法も使えない修行中の身ですので」

 偉大とかやめてっ恥ずかしい!
 それにしても魔法使いや神官の一部は神の言語を使えるというわけですか。それは魔法というものが神の力の一部に近しいからか、神官という神に仕える清廉な身であるからか…。
 この国の神殿の関係者は政治と手を組んでますので清廉潔白とはいかないかもしれませんが、神に一心に祈りを捧げる方もいらっしゃいますでしょうし、そういう方には神も甘くなるとか?
 魔法使いは魔力を使いますわよね。この魔力というのが何なのかはいまだにわかっておりません。特定の人の体に宿る力と言われていますが、昔は神の力だとも、悪魔の力だともいわれて色々扱われてきました。
 魔女裁判のようなものもあったそうです。怖い次代に今世は生まれなくて本当によかったです。
 ちなみに、今は神の与えられた恩恵という学説が強いので、魔法使いの魔力は神に近いものなのかもしれないですね。使用する際に発光するとう現象も、神託を受ける際の現象とどこか似ているといわれておりますし。

「歌と言えば」
「え?」

 いけません、考え事をしていたせいで黙り込んでしまったので、レジス神官様が話題を変えてくださいました。気の利く御方ですね。

「昨日、歌が聞こえてきましたがとても素晴らしい歌声でした。切ない旋律の歌声でしたが、あれこそ神に捧げるにふさわしい歌声というものかもしれません。失ったものを求める者の苦しみと、月と表現された神の慈悲を実感できるものでした」
「そ、うです…か」

 聞かれてたーーー!!
 一人カラオケで気分良く歌ってたところに、店員さんが飲み物持って入って来た、みたいな恥ずかしさがありますよ!なにそれ穴に入りたい。

「エジッヴォア先生もその後いらして、あれは天使の歌だったとおっしゃっておりました」

 追加きたーーーーーー!!!
 一人カラオケで気分良く歌ってたところに、ほかの部屋の人が間違って入って来た、みたいた恥ずかしさじゃないですか!もうやだ埋もれたい。

「お、お恥ずかしい…です」
「ああ、やはり貴女でしたか。恥ずかしがることなどありませんよ。エジッヴォア先生は絵を描くことに悩んでいらして、ここのステンドグラスを題材にしたり、神に祈りを捧げたりしていたのですが、昨日の貴女の歌う姿に感銘を受け、インスピレーションがわいたとおっしゃっておりました」

 それヒロインの役目だから!時計塔に行っておけよ!多分絶対アレクシアがスタンバってるから!
 本当にもう予定外の行動取らないでもらえます?私が困るじゃないですか。
 あ、予定外の行動取ってるの私ですね。ってことは私のせいってやつですか?まあ、そんなもの認めませんけど!

「私などがお役に立てると光栄なのですが、この学校の時計塔も素晴らしいのではないでしょうか?あの荘厳な鐘の音など、聞くたびに心を揺さぶられます」
「そうですね。では、エジッヴォア先生にはそのお話もしましょう。私は花を愛でたり神に祈ることぐらいしか助言ができませんでしたので、貴女のご助言に感謝いたします」
「いえ、そんなことございませんわ」

 ここから攻略対象者を排除したいだけです。サンクチュアリにしたいんですよ!

「レジス神官様は、普段からここ居いらっしゃいますの?」
「はい、食事の時以外はここにおります」
「そうなのですか。ではもし歌などを歌ってご迷惑になる時や、静かに祈りを捧げるお邪魔になる時などはおっしゃってくださいませね」

 よっし!ここにくればアリバイ成立!もしアレクシアが転生者で私をはめても、アリバイがあればだ丈夫ですよね!
 ランちゃんと行動を一緒にするのを多くして、あとは……。お、お友達になってくれるかもしれないお2人と一緒に居れば問題なし!
 昨日の帰りにあんな小芝居をしましたし、アレクシアの出方が気にあるところですが、実は今日午後からしか授業がないんですよ。歴史の授業ですね。
 午前中は暇なので、このまま神殿で過ごすか古代文字の研究をするか……。
 神殿で遊びましょうか、もとい、過ごしましょうか。

「歌を呪文にする魔法使いもいるのですよね」
「そう聞きますが、貴女もそちらをめざしているのですか?魔法陣に古代文字を組み込みたいのでは?」
「いえそれも考えているのですが……、なぜご存じで?」
「ルイクロード先生はよく夕食をご一緒するのです。彼は古代文字と神の言語の関連性について研究しているとのことで、よく話をします」
「そうなのですか」
「それに、ベルナルダン先生も貴女のことを褒めていらっしゃいました。彼は聖歌隊の指揮者でもあるのでよくお話しをします」
「そうなのですか、お顔が広いのですね」

 おかしいですね、私の勘がこのことをロクデモナイと告げているのですが、どうしてでしょう?

「魔法使いの才能がなくとも、歌姫の称号を得ている女性の歌声は、魔法に勝るとも劣らないと言われています。魔法使いである貴女の、あの歌声で呪文を紡がれるのでしたら、きっと美しいものなのでしょうね」

 純粋な目が心に刺さるんですけどっ!もうやだこの神官様の純粋さが、穢れきった心に刺さりますよ。
 そんな崇高なこと考えて歌いたいとか言ってるわけじゃないんです。アリバイ作りと一人カラオケしたいだけなんです!オンリーヌもいますけど、もう慣れすぎて気にしてないだけなんです!
 というか、2階にも聞こえちゃうんじゃないですか!恥ずかしいっ!
 で、でもカラオケでもわりと外に声が漏れたりするし、音痴ではないって前世兄もいってましたし。むしろ動画投稿ではそれなりに再生数とコメントついてましたし、結構いけてると思うんですよ。
 まあ、投稿では思いっきり声いじってるんですけどね、みんな結構やってるからいいんですよ。あれも技術です。生歌だってそこそこです。

「も、もしよければこれから…歌を、歌ってもいいでしょうか?午後まで授業が、なくて…その…あの……もしよければ、ですが」
「かまいませんよ。………ああ、私は2階の書斎にいますので気にせずに歌ってください」

 気づかいできる紳士!紳士ですよ皆さま!
 そういえば、朝登校時にランちゃん宛てに、午前中に暇なら神殿に来て下さいという伝言を頼んでおきましたので、乱入…、もとい、参加してくれるかもしれませんね。
 ランちゃんは前世で動画投稿した時にイケボとか言われてましたよ。私と同じように結構声をいじってましたけど、よくあることです。
 兄妹生歌カラオケ配信とかも人気でした。
 それにしても、昨日の歌の歌詞で月を神様に置き換えるとか、さすが神官様ですね。私なんてそのまんま夜に彷徨ってる迷い後のイメージでしたよ。砂漠とかそんな場所のイメージでしたね。
 でも、そうか…同じ歌詞でも捉え方で随分変わってきてしまうんですね。解釈の違いってやつですね。
 ともあれ、レジス神官様も2階に行ってくださいましたし、何を歌いましょうか?
 歌を呪文にという言葉もありましたし、植物系の歌でも歌いましょうか?………とっさに出てこないですね。
 まあいいです、適当に歌いましょう。時間はありますものね。
 昨日と同じように、ピアノのふたを開けて鍵盤をたたいて音を確認する。

「薔薇の鎖をつないで 赤い目隠しをして
 薔薇の手錠をかけて 赤い口枷をつけて
 茨の檻に閉じ込めて それでも私は恐ろしい

 ある日アナタは言いました
 それはとても甘い言葉でした
 とろける甘さは私を惑わすものでした
 触れる手の冷たさが
 触れる唇の熱が
 全て私を惑わすものでした

 茨の鎖をつないで 薔薇の目隠しをして
 茨の手錠をかけて 薔薇の口枷をつけて
 薔薇の檻に閉じ込めて それでも私は恐ろしい

 聞こえる言葉に耳をふさいで
 触れる手を振り払って
 触れる唇を噛み切って
 それでもアナタは笑いました
 それはとても美しい笑みでした
 それは私を惑わす笑みでした

 私はアナタが恐ろしいのです
 アナタに惑わされる私は恐ろしいのです

 だから眼を隠しましょう
 だから口を隠しましょう
 だから鎖を繋ぎましょう
 だから手錠をかけましょう
 もう何もできないように
 檻の中に閉じ込めましょう

 ほらもう大丈夫
 もうアナタは私を惑わすことはできない
 だって私は もう檻の中に逃げているんだから」

 歌い終わって考える。
 この歌の登場人物は、逃げ場のない檻に逃げて、そして囚われてしまっているだけなのではないでしょうか?
 もう何もできないこの登場人物は、きっともうどこにも行けない。アナタから逃げて何に捕まったのでしょうか?
 それとも、逃げた先の檻こそが、アナタだったのでしょうか?
 私の逃げる先が、こうならないことを祈るしかありませんわね。
 さて、一曲歌い終わりましたが、ランちゃんはまだ来ないようですし、神への祈りでも捧げましょうか?
 場所を移動してステンドグラスを正面に、壇上には上がらず、中央の通路の終わり、壇上に上がる階段の手前で膝をついて手を合わせる。

 あの日、神によって魔法使いになった私ですが、今もなお『植物の女王』という魔法を使いこなせているとは思えません。植物の定義は広く、その全てを把握することが人間に、この私に可能なのでしょうか?
 神よ、アナタはあの日この私になぜあのような魔法をお与えくださったのでしょうか?
 あの事がなければ、私はきっと今も家で病弱の演技を続けていたでしょう。神はそれを良しとしなかったのでしょうか?
 何度も思うのです。逃げることを選択したことを神がお許しにならないのなら、いっそこの命を神に捧げて、神官にでもなってしまえばいいのではないかと。
 悪役令嬢役という人生の方向性を、前世で遊んだゲームとはいえ、決められてしまうことを拒否することは、そんなにも悪いことなのでしょうか?
 神よ。この世界の停滞を望む神よ。
 では人間の知恵はなぜあるのでしょうか?進化し成長するためにある知恵を、なぜお与えになったのでしょうか?獣のまま、ただそこで生きているだけではいけなかったのでしょうか?
 神を神として崇める存在として、そう人間を望んでいらっしゃるのでしょうか?
 確かに、文明が発展していた前世では、神への信仰はこの世界よりもずっと薄いものだったかもしれません。けれどもこの世界には魔法というものがある。それは神への信仰の根源になるのではないでしょうか?
 それとも神は、文明の発展によるこの世界の破壊を望んでいないのでしょうか?
 過ぎたる力と知恵、文明は世界を蝕むとお考えなのでしょうか?
 神よ、多くの転生者が文明を発展させようと努力し、またその知恵を使い道具を作ってきたと記録にあります。けれど世界はいまだ停滞したまま。
 過ぎたる知恵を持った国、過ぎたる道具を持った国、いずれも天災により滅んだと記録にあります。
 神よ、文字を持たず御璽を持つ神よ。
 人間はなぜ、生きているのでしょうか?なぜ、転生者がいるのでしょうか?停滞した世界に、神は刺激を求めていらっしゃるのでしょうか?
 この世界は、アナタの箱庭なのでしょうか?ゲームの盤上なのでしょうか?
 理不尽ですね。
 けれども私は神を信じている。縋っている。敬っているのです。
 そうでしょう?そうでなければ転生を続けて生きている私は、とうの昔に心を壊して狂ってしまっています。
 神よ。私はアナタを愛しています、憎んでいます、恋しています、恨んでいます。すべての感情をアナタに向けています。
 神よ、何故アナタは私に声を聞かせてしまわれたのですか?あの声さえ聴かなければ、きっと私はこのような人生を歩むことはなかったでしょう、このように転生を続けることはなかったでしょう。
 神よ。この世界の停滞を望む神よ。
 アナタもまた、この私に何か刺激を起こすことを望むのでしょうか?
 私は聖人を拾うこともしません、聖人の首をはねさせる気もありません。男に百の夜通わせる気もありません、革命を起こす気もありません、血を欲することもありません。
 前世のようにただ平和に生きたいのです。
 神よ、もうこの私を繋ぐ魂の鎖を外しては下さいませんか?もしくはこの記憶をすべて消しては下さいませんでしょうか?
 神よ、アナタを私は疑うことはありません。敬虔なる神の信者であるこの私は、悪魔と言われた旧神すら敬いましょう。神となった人間すら敬いましょう。
 獣であっても異形であっても、神であるならばその全てを敬いましょう。
 だって……。

「だってアナタは、私を解放してくれない悪だから」

 善悪など、どうせ背中合わせの一対の存在。なら私にとって神は善であり悪なのだから。敬いましょう。呪いましょう。愛しましょう。憎みましょう。
 神よ。私はアナタを愛しています。そして同時に何者よりも憎んでいます。

 祈りを終え、立ち上がるとステンドグラスがちょうど陽の光に照らされ、光の雫が降り注いでいます。
 色とりどりの光。天秤に乗る剣と杯。

「剣から零れた雫が、杯に注がれる」

 ではいずれ、杯が重くなるのでしょうか?けれど杯は傾き、中の雫は零れ落ちてしまう。
 それこそまさに、停滞というにふさわしいのかもしれませんわね。
 そう考えていると、神殿のドアが開きランちゃんがやってきました。
 ランちゃんは私を見つけると駆け寄って、一度ステンドグラスに祈りを捧げてから、改めて私を見て何とも言えない顔をします。

「変な顔ですわ」
「まあ!こんな美少女を捕まえて失礼ですわね」
「自分でおっしゃいます?……まあ、戻ったのでいいですけど」

 ちょっと考え事の影響が残っていたのかもしれませんね。前世でもランちゃんはこうして私の気を紛らわせてくれました。

「それで、話したいことがあるというのは昨日の小芝居のその後のお話かしら?」
「その通りです。流石お見通しですわね」
「そりゃあ、私以外はあの演技には完ぺきに騙されてましたわ」
「うふふ。それで、アレクシアはあの後どうしましたの?」

 二人で移動して、礼拝堂の椅子に座って話を聞きます。
 オンリーヌ達お付きは扉の方、誰か来ないように見張ってくれるように指示を出しておきましたし、少し声を押さえて、2階にいらっしゃるレジス神官様に聞こえないようにいたしましょう。

「あの子、周囲の視線が自分を訝しんでいることに気が付いて、「どうしてっ誤解なのに!」って大げさに叫んでボロボロ泣き出しましたのよ。それで同情が幾分集まったようですけど、やはり貴女の演技が尾を引いておりましたのね、手紙の返事をしない、というのは礼儀に反しますもの。彼女が思ったよりは同情が集まらなかったようですわよ」
「そうでしょうね。あのお義母様ですら、世間体を気にして手紙に返事を、一度だけですけどくださいましたのよ。それなのに…ふふ」
「性格が悪いですわ、流石悪役令嬢役といったところでしょうか?ともあれ、ボロボロと泣けばこの時代のお化粧がどうなるかお分かりですわよね?」
「ああ、ぐっちゃぐっちゃですわね」
「そうなんですの。彼女、あの年にしては随分お化粧しているようで、黒い涙になった時には同情していた人もドン引き、といった感じですわね」
「黒い……。この世界のお化粧道具にアイライナーはありませんわよね?」
「文字を書くインクを使っていたようですわ。前世の墨汁のような感じに筆を使ってとかじゃないのでしょうか?」
「うわぁ…。元はかわいい顔なのでそこまでいじらなくてもいいでしょうに…。ねえ、やっぱりあの子は転生者なのではないでしょうか?」
「恐らくそうなのでしょうね。しかも行動的に見て、オリジナル乙女ゲームの記憶がある」
「オリジナル?」
「っと、……まあ、そういうわけですのでミューちゃんが何もしなくても、彼女が何かを企んでくる可能性は出てきてしまいましたわね。気を付けて行動しないと危険ですわよ」

 やはり転生者ですか。お約束のように私をはめる可能性はありますよね。ざまぁされる可能性もありますけど、どうなのでしょう?ご都合主義でヒロインに都合の良い世界ならわかりませんわね。

「授業がない日は登校せずに王室図書館に行くつもりですし、授業のある日でも空き時間はここで歌っていたり祈りを捧げているか、古代文字の研究のために古代学授業の教室にこもりますわ。この学校の植物園に行ってもいいのですが、誰かと一緒ではないとアリバイにはなりませんものね」
「…強制力」
「え?ああ、そうですわね。強制力でイベントに居合わせてしまったり、意図せず試練のようなものを課してしまうかもしれませんわね。その場合はどう切り抜けましょう?ランちゃんはどうおもいます?」
「あー……。いやまあ、私が言いたいのはそこではないのですが。でもそうですわね、その場合は周囲を巻き込むのが一番でしょうね。乙女ゲームではランジュミューア個人で動いていた、まあ私であるところのヴァランティーヌもそうなのですが、個人で動いていたのがよくなかったのではないかと思いますわ。お友達を巻き込むのがいいのではないでしょうか?悪役令嬢の取り巻きと言われかねませんが、いないよりは……って、どうなさいましたの?」
「オ、オトモダチ…。ふ、ふふ。こんな私にお友達なんて出来るのでしょうか?兄様はマリオン様とマドレメル様がお友達になってくれるのではないかと言ってくださいましたが、私ってこんな顔に模様が浮き上がった魔法使いでしょう?」
「ちなみに、こうして仲良く話している私はお友達ではないと?」
「ランちゃんは姉です」
「OK。同じ考えでよかったですわ」

 その即答が素敵ですね。

「でもまあ、昔から自己評価が異常に低かったり、妙に自信満々だったりしてましたけど、お友達については困らないと思いますわよ。ミューちゃんは顔に蔦模様があって仮面をかぶった変な女とか言ってますけど」
「そこまで言ってませんわ」
「まあ、ミューちゃんが思うほど皆に気にされてませんわよ。むしろいい意味で注目の的です。流石私の妹!美少女で魔法使いで可憐で謙虚で、そして家族思いで思慮深い!もう友達100人できるかな?どころじゃないに決まってますわ!」

 身内のひいき目って怖いですね。でも、そうですよね当たって砕けろ。もともとボッチ上等!という精神で学校に来てますし、断られてもへっちゃらです。泣きますけど。へこみますけど。
 ええ、そりゃあもう、盛大に兄様かランちゃんの胸で泣きます!

「お友達を作っておけばアリバイにも便利ですよね」
「その妙に計算高いところは、変わりませんのね。でも当たって砕けても、この私の胸を貸しますので安心なさいませ」
「流石ですランちゃん。そうと決まれば今日の授業で早速、歴史学授業の被るマリオン様に聞いてきますわ!」
「がんばりなさいませ」

 ランちゃんに応援されたところで丁度午前の授業の終了の鐘が鳴りましたので、ランちゃんと一緒にお昼ご飯を頂くことになりました。
 学食まで行くのも良いのですが、面倒…、ではなくて少し離れてりますので、近くの購買で購入して噴水広場のベンチでいただくことにいたしました。
 今日はベーグルサンドです。生ハムにレタス、チーズが挟まっているもので大変おいしゅうございます。
 トマトジュースも一緒に買ってランちゃんと頂きましたが、この世界のトマトは酸っぱくて苦いのです。ジュースには大量に砂糖が入れられていると聞いたことがありますので、家に帰ったらストレッチを念入りに致しましょう。
 食文化もファンタジーですよねえ。まあ、いいんですけど、美味しいので。
 ランちゃんは午後の授業はないのでこのまま帰るそうです。私に付き合って昼食を食べてくれるとか、優しいですよね。ボッチ飯を憐れんだんじゃないと信じております。
 さて、ご飯を食べ終えてランちゃんと別れたら、いよいよ歴史学授業の教室に向かいます。
 歴史学は座学で、我が国の歴史を学ぶのですが、たいていの貴族子女は大まかなことは家で学んでおりますので、復習と細かな部分や、学者によって解釈や学説が違うなど、そういう部分の勉強となります。
 この国は建国して1500年ほどです。なのに文明はルネサンス時代なんですよ。本当にすごいですよね。
 もっとも、初代国王・初代王妃に関してはほぼ伝説レベルです。絵画も残っておりませんので、そんな感じの伝承があるというだけです。
 それでも我が国にとっては最初の聖人と聖女ですので、今でも崇められております。神殿のステンドグラスにも描かれておりますものね。
 聖人・聖女は魔法使いや冒険者のようにポコポコ生まれるわけではありませんので、出現すると自然とハーレムが形成されるんです。優れた子供を残す確率が高いので、産めよ増やせよ!という感じですね。
 とある聖女なんて、十人も子供を産んだという伝承もありますし、とある聖人は20人を超える子供を産ませたという伝承もあります。
 ビッチと絶倫ですか?ぶっちゃけすごいと思いますけど、なりたいはみじんも思いません。だって、離宮に隔離されての生活を送る、みたいなことも記録にありますからね。軟禁ですよ。
 ちなみに、初代国王は側室が3人、側室との子供が7人います。初代王妃は愛人が2人、愛人子供が2人います。初代国王と初代王妃の間の子供は1人です。
 我が国のことながら、腐ってますよね。
 ちなみに、今でこそ同父母兄妹の婚姻は禁止されてますが、ほんの500年前までは許可されてました。むしろ息子が母親を娶るとか、父親が娘を娶るというのも1000年前まではあったそうです。恐ろしいですね。
 今でも異父異母兄妹の婚姻は許可されてます。あまり人口のいない村とか、高位貴族に多く見られる婚姻ですが、血が近すぎて問題が起きないのかと前世の記憶を持つ私は思いますが、不思議と起きないみたいなのですよね。
 近親婚を繰り返して精神に異常をきたすとか、ありそうなものですが、そこは世界の強制力というものなのかもしれませんね。
 とまあ、そんな感じでこの国の歴史を習うだけですので特に、ええ、歌唱の授業のような特筆するようなものはございません。
 予習で教科書を読みましたが、特に驚くべき内容というのもありませんでしたしね。ああでも、勇者というものも実際に排出されてるのは、流石ファンタジーだなあと思いましたわ。
 さて、重要課題のお友達の件ですが、マリオン様のお隣の席に座って一緒の机で授業を受けております。
 お友達っぽいですね!快く隣に座ることを許可してくれたマリオン様は天使ですか!?
 マリオン様は茶髪のふわふわのくせ毛と、茶色い眼のかわいい方です。美少女というわけではありませんけど、可愛らしい雰囲気の方ですね。
 司書を目指すというだけあって、授業を受ける姿は真剣そのもので、お邪魔してはいけませんので私も真面目に授業を受けます。
 今日はこの国が城塞国家になった理由、つまり魔物との戦いをいかに初代国王・初代王妃が切り抜けたかというお話です。
 この山に国を築いたのは恵まれた資源に目を付けたからというものですね。
 もっとも、城塞国家として確立したというか、現在の城壁が完成したのは建国後500年たってからです。最初は王城付近やせいぜい高位貴族エリアのみだったのですが、次第に住むエリアを広げていって今の領土になりました。
 大きさで言えば、全体が山になっている京都のような形の国という感じでしょうか。面積も大体同じぐらいありますわよね、多分。
 大きな山がその形なのですが、まあ、段上に成形されておりますので、皆さま想像している山とはちょっと違うかもしれませんわね。
 城壁の完成から1000年の間、魔物の攻撃を防ぎ、他国からの侵略も防いでいる、というのはすごいと思いますが、やはり文明は停滞しておりますね。
 すでに家で学んでいる歴史の知識から考えるに、ルネサンス時代というのが500年ほど続いていますし、その前は300年間ぐらいゴシック時代のようなものだったようです。
 魔物がいるため、文明にまで気を回せていないという見方もできますが、私はやはり神がこのような文明を望んでいるからこそ停滞している、という説を主張させていただきますわ。
 さて、ある意味退屈な授業が終わりましたが、ここからが問題ですわ。

「マリオン様、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい」

 笑顔でうなずいてくれるマリオン様、天使ですよやっぱり。

「もしよろしければ、ですが…その、私とお友達に…なっていただけませんでしょうか?こんな顔にまで模様のある魔法使いですが、しかも大した魔法は使えませんが、もし本当によければ、その」
「是非お友達になりたいです。むしろ私からお願いしようと思っておりましたの。でも私は伯爵令嬢ですので、侯爵令嬢でいらっしゃるランジュミューア様にお願いするのは、なんというかはしたないでしょう?ですから、いつもランジュミューア様からおっしゃってくださらないかと、そわそわしてしまって、お恥ずかしいですわ」
「ま、まあまあまあ!うれしいですわ。私の初めてのお友達ですわね!」
「そうなのですか?」
「はい!実は、マドレメル様にもお願いしようと思っているのですが、明後日の体術の授業まで被る授業がありまでんので、残念ですが明日までお聞きすることが出来ませんの」
「そんなことはありませんわ、今からまいりましょう!武芸史の授業を受けていらっしゃったはずですし、教室に行けばまだいらっしゃるかもしれませんわ」
「ご迷惑ではないでしょうか?」
「まさか!マドレメル様もお友達になりたいとおっしゃってましたもの!」
「そうなのですか!」

 2人とも天使!マジ天使!神様ありがとうございます!今はめちゃめちゃ感謝します!
 マリオン様と3つ離れた教室にお伺いしたところ、ちょうど出てくるマドレメル様がいらっしゃいましたので、同じようにお願いをいたしましたら、快くお受けしてくださいました。
 素晴らしいですわ。お友達が2人もできてしまいました。
 マドレメル様は真っすぐな紺色の髪で紫色の眼をした真面目そうな可愛らしい方です。美少女とは申しませんが、可愛らしい方です。
 ああ、もうこんな可愛らしい方がお友達なんて、兄様やランちゃんに自慢をしないといけませんわね。

「お2人はこの後授業はございますか?」
「いいえ」
「私もありません」
「で、ではカフェテラスでお茶をご一緒しませんか?ぜひゆっくりとお話しをしたいのですけど」

 少し恥ずかしいですね。今世での初めてのお友達とお茶なんて、なんだかデートに誘う時のような恥ずかしさがあります。

「「よろこんで」」

 ああ!もうっ!天使が2人います!
 3人で仲良くカフェテラスに移動して、それぞれのお付きにお茶とお菓子を買ってくるように指示を出して、準備が整うのを待ちます。
 その間に自己紹介や授業の選択内容は以前しておりましたが、改めて自己紹介をいたしました。
 お2人とも婚約者がいらっしゃるようですが、年上でもう学校は卒業なさっているのだそうです。私の婚約の白紙については、まあそれなりに有名なので気を使ってくださいましたが、私が本当に気にしていないというと、安心したように笑顔を見せてくださいました。
 お茶の準備が整ったところで改めてプチお茶会の開始です。といってもたわいもないおしゃべりなのですが、話題は自然と昨日の小芝居のお話になってしまいます。
 存じ上げなかったのですが、一日で随分有名な話になってしまったそうです。

「ランジュミューア様が病弱という噂は昔からございましたでしょう?学校の入学式に倒れたという噂もあって、どうなるのかと皆様思っていたと思いますわ。それが魔法使いの才能を開花させた、病弱だったのは体内の魔力のせいだった、という噂が持ちあがって、修行のために学校には行かないと決まった時、上の学年の方々は随分落胆なさったそうですわ」
「そうなのですか、そんな大げさな話になっておりましたのね」
「それなのに、心を込めたお手紙に返事を書かないなんて、アレクシア様は随分非情な妹なのだと噂になってますのよ。誤解だと泣いていらっしゃったと伺いましたけど、一度も返事を書かないなんて、貴族令嬢として失格ですもの。それに魔法使いになるというのは誉れ高いこと。どのような能力でも誇りにすべきものだというのに、まるで陥れるような言葉を放ったとも噂で聞きました、アレクシア様には皆様も随分と疑念を抱いております」

 アレクシア、やっぱり貴女の演技はダメダメだったみたいですわよ。マリオン様の大げさな噂も気になりますが、マドレメル様の言った皆様のアレクシアへの評価も気になりますね。

「こういってはなんですけれど、私は1年の年の差なんて気にならないと思いますの。だってこの学校は授業は、学年に関わらず選択式ですもの。入学が1年遅れたなんて気になりませんわ。それに、私はランジュミューア様と一緒の学年になれたことが嬉しいです」
「マリオン様!私もお2人と一緒の学年になれて嬉しいですわ」
「アレクシア様はランジュミューア様と比べられるという部分に随分こだわっていると聞きます。同じ学年になって、余計に比べられることを恐れているのかもしれませんわ。授業の内容が違うので比べられようもないというのに、随分自意識過剰ですわよね。それに、昨日泣い時に黒い涙を流したとか。罪の証や心の闇の証などとも言われておりますのよ。まったく、黒い涙など不吉ですわよね。恐ろしくてお近づきにはなりたくない、なんて皆様噂しておりますの」

 マドレメル様、それは多分アイライナーもどきに使ったインクのせいですが、なるほど、黒い涙は不吉の証と噂されているんですね。
 アレクシアってば裏目に出すぎてもう同情しそうな感じですわ。しませんけどね。
 でも、世論は随分私に傾いているようで何よりですわ、このまま攻略対象とアレクシアに近づかないでおけば問題なく1年を過ごせそうです。1年で乙女ゲーム期間が終わりますので、その後は妹がハーレム作ろうが何しようが関係ありませんわ。
 
「そういえば、アレクシア様は特定の男子生徒と仲良くなさってるそうですわ」

 授業始まって2日しかたってませんのに、そんな噂が出るとか、どれだけ目を付けられてるんですかあの子はっ!

「グェナエル様に親しげに話しているとか、エジッヴォア先生のアトリエにお邪魔していたという話しもありますのよ。それに、バスティアン様と抱き合っていたとか言う話しもあって、ランジュミューア様はお気にしないとおっしゃいますけど、家の都合で婚約者が、バスティアン様の新しい婚約者がアレクシア様になるかもしれないという話しもございますでしょう?でもだからと言ってダンスでもないのに人前で抱き合うなんて、品がないと噂になっておりますの」

 噂怖いなあ。それって入学式のイベントですよねえ。まあ確かに人前で抱き合ってるイベントだけど、攻略対象からしたら人助けですよね。
 というか、なるほど。乙女ゲームで糾弾される内容の一つにあった、悪い噂を扇動したとか広めたとか言う言いがかりって、こういうのなんでしょうね。
 私が発信源じゃないですけど、私の婚約者に関わる噂なんだから、私が関わっているだろう!みたいな誤解なんでしょうね。いやですね、思い込みって怖いです。
 それにしても、私だけが噂の情報を提供されるのは気が引けますね。何か発信できる噂はありますでしょうか?
 ………グェナエル様の禁断の恋とか?ランちゃんも知っていて許容しているとか言えば、ランちゃんが悪役令嬢役になるのを阻止できるかもしれませんわ。
 女の子のここだけの話しとか、あれって嘘ですよ。あっという間に広まりますよ。

「話しは変わるのですが、グェナエル様のお名前と婚約者という話しで思い出したのですけれど」
「なんですの?」
「ヴァランティーヌ様と同じ古代学の授業を受けた際にお聞きしたのですが、グェナエル様はどうも、禁断の恋に身を焦がしていらっしゃるのだそうです。ヴァランティーヌ様はそれを応援とまではいかなくとも、見守っていらっしゃるそうで、ヴァランティーヌ様のお心の広さに私は胸をうたれたような思いでした」
「まあ!」
「禁断の恋、というと…婚約者がいながら他の女性を?」
「女性なら愛人という手もありますわよね」

 マリオン様、ナイスツッコミです!

「で、ではまさか…」
「マドレメル様、それ以上を口にしてはいけませんわ。禁断の恋なのですから」
「そうですわね。でも、まさか…」

 マドレメル様は混乱なさっているようですが、マリオン様は意外と乗り気ですね。いける口ですか。今度薔薇についてお話ししましょうか。
 もちろんお花の薔薇の話しですよ?うふふ、何か別の意味にでも思いましたか?おほほ。
 女子会にはこういう楽しい話しはつきものですよねえ。さて、この噂はどのぐらいのスピードで広がるんでしょうか?ちなみに、このカフェテラス、私達だけがいるわけじゃありませんのよ。
 声はそれなりにひそめていますが、聞こえないわけではありませんので、切れ切れにでも話しは聞こえるかもしれませんわよね。
 ええ、私たちはここだけの話しにしましたけど他の方はどうなのかはわかりませんわ。
 本当に、噂って怖いですわよねえ。壁に耳あり障子に目あり。この場合、カフェに耳ありですけどね。

 ちなみに、グェナエル様が禁断の恋に身を焦がしており、それをランちゃんが温かく見守っているという噂は、一週間後には学校の生徒教師ほぼ全員が知ることとなりました。
 同性愛者という噂はさほど広まっていないのですが、疑惑はあるという感じですね。
 本当に、誰がどこで話しを聞いてるかわからないものです。

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