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冬薔薇姫

茄子

015 水の龍人種の国 その1

 水の龍人種の国は、文字通り水の都でございました。
 水路が道路の代わりとなっておりまして、舟が馬車の代わりになっております。
 水の龍人種の国についてすぐ、ハーロルト兄様の瞳孔は縦にまた変化いたしました。
 王都の門をくぐると、すぐに王宮からの使いだという方々に案内されまして、わたくし共は王宮へ向かいました。
 馬車はこの王都には入れませんので、門の外に待たせることになりました。
 王宮内にも水が盛んに使われており、それは見事な噴水が王宮に入ってすぐの場所に見えました。
 精密に計算された噴水台から溢れて来る水が、涼しげな音を奏でております。
 案内されるままに王宮の廊下を歩いて行きますと、一際豪華な扉の前に到着いたしました。
 サラサラと水の流れる音がして豪華な扉が開き、中にはハーロルト兄様のお母様である正妃様にどこか似ている方が王座に座っていらっしゃいました。

「よく来た、ハーロルト勇者一行。儂はこの水の龍人種の国の王である。なに、こんな大事にするつもりはなかったのだがな、国王たるもの、他国の勇者に対してたとえ孫であってもそれなりに振舞えと言われてしまってな」
「そうでしたか。お爺様がお元気そうで何よりです。こちらは母上からの手紙になります」
「ブルクからか! 苦しゅうない、こちらへ」

 水の龍人王のもとに、ハーロルト兄様から手紙を受け取った侍従が手紙を届けます。
 いそいそと手紙を開き、中を改めている間、わたくし達はその光景をじっと見つめておりました。

「はっはっは。これはよい。ハーロルト、手紙には其方をこの国で少しの間鍛えてやってくれとあるぞ。その婚約者であるパウラには本を与えてやってくれと書かれている」
「母上がそんな事を?」
「しかし、急いでいる旅なのであろう? 滞在は何日ほどにする?」
「食料が確保出来たらすぐにでも、と言いたいのですが、そのご様子では数日は滞在しないといけないような雰囲気ですね」
「風の龍人種の国には何日滞在した?」
「一週間です」
「では、我が国にもそれだけ滞在するように」
「わかりました」
「ブルクの希望通り、ハーロルトは騎士団に混ざって訓練を行うと良い、付き人も同じく騎士団に混ざって訓練するのが良いだろう。聖女であるパウラは、本であったな。そうだな、客室に本を用意させよう、どんな本が良い?」
「そうですわね、残っているのであれば魔物に関する本や邪悪なるモノに関する本を」
「生憎、そういった類の本は我が国の勇者たちが持って行ってしまっているな」
「では、歴史書を」
「よかろう。水の龍人種の言語は読めるか?」
「はい、問題ございません。例え古代語であろうとも解読して読んでご覧に見せますわ」
「なんとも頼もしい言葉だ。我が国の学者どもが欲しがる人材だな。まあ、パウラは人間種の国の聖女、手出しはしない。歴史書は適当に見繕ってあとで部屋に届けさせよう。流石に今夜は無理だが、滞在中に其方らを歓迎する夜会を開きたいと思う。そのつもりでいるように」

 水の龍人王の言葉に、心の中でため息を吐き出してしまいました。
 夜会よりも、読書をしたいのですが、歓迎の意味のあるのですから、参加しないと言うわけには参りませんわよね。
 あ、でもわたくしは聖女ですしハーロルト兄様の婚約者ですが、主役は勇者であり、水の龍人王の孫であるハーロルト兄様ですわよね、そうなりますと、わたくしは壁の花を決め込んで、読書をしていても構わないのではないでしょうか?
 そうですわね、それがいいですわね。
 ハーロルト兄様には申し訳ないですが、わたくしは壁の花になることにいたしましょう。

「ではパウラ、其方は先に客室に案内させよう。ハーロルト達は騎士団の方に案内させよう」
「分かりました。パウラ、後でね」
「はい、ハーロルト兄様」

 わたくしはハーロルト兄様と別れてメイドに案内されて廊下を進んでいきます。
 それにしても、風の龍人種の国でも思いましたし、ハーロルト兄様のお母様の正妃様も背丈が高い方でいらっしゃいましたので、なんとなくそうではないかと思いましたけれども、龍人種の方は背が高くていらっしゃいますわね。
 おかしいですわね、わたくしにも龍人種の血が流れているはずですのに、背が小さいのは、幼少期の影響でしょうか?
 いえ、お母様も小さい方でございますので、お母様に似たのかもしれませんわね。

「こちらが、パウラ姫様とハーロルト殿下の客室になります」

 あら、当たり前のようにまた同室ですのね、まあ構いませんけれども、また夜に熱を冷ますお手伝いをすることになるのでしょうか?
 この魔物討伐の旅の間に、わたくしの閨事のスキルがどんどん上がっていく気がしますわ。
 中に入りますと、美しいタペストリーが飾ってありました。

「………………あら」

 案内してくれたメイドが出て行ったのを確認した後、タペストリーをじっと見ていると、それが複雑に編み込まれた魔法陣であることに気が付きました。
 さて、本が到着するまで暇ですし、このタペストリーの謎でも解明しましょうか。
 うーん、古い魔法陣ですわね、最近の魔法陣はもっと簡略化されておりますし、少なくとも五千年は昔の物ではないでしょうか?
 軽く魔力を流してみますと、タペストリーがわずかに発光いたしました。

「あら、まあ……」

 わたくしが自主的に魔法を編んでいるわけではございませんのに、茨がタペストリーから伸びて来て私を包み込んできました。
 困りましたわね、なんの魔法かわからないのに不用意に魔力を流し込んだわたくしも悪いのですが、いったい何の魔法陣なのでしょうか?
 茨に包み込まれるがままに任せていますと、頭の中に映像が流れ込んできました。
 これは、舞踏会でしょうか?
 衣裳からすると、古の昔の物のようでございますわね、このドレスやエナンが流行っていた時代は、今から七千年ほど前でしたかしら?
 それも龍人種にだけ流行っていたのでしたわよね。
 ……あら、これは恋物語でしょうか? 座っている席から見て、当時の正妃様ですわよね? けれどもその方が熱い視線を送るのは、国王ではなく、別の男性……服装から見て高位の貴族ですが、その腕に抱いていらっしゃるのはその方の奥様? 一見仲睦まじげなご様子ですわね。
 ああ、でも貴族の男性も正妃様を熱い視線で見ていらっしゃるようですわ。
 あら、男性の奥様らしき方が他の男性に誘われてダンスに、男性はそれを見送ると正妃様の方をじっと見つめて目が合いましたわね。
 正妃様はスッと立ち上がると、男性の方に歩いて行きます。

『ダンスを如何? わたくしの勇様』
『よろこんで、俺の聖女』

 まあ! この方々は当時の勇者と聖女だったのですね。
 愛し合っていながらも、聖女は国王に見初められて正妃になったと言ったところでしょうか? けれどもお互いの思いを消すことが出来ず、こうして舞踏会で手を重ね合わせることで満足していると。
 楽し気に踊っている二人の前に、男性の奥様だと思われる女性が戻っていらっしゃいました。

『勇者様、わたくしとも踊ってくださいな』
『もちろんだとも、ガブリア姫』

 あら? 姫と呼ぶという事は奥様ではないのでしょうか? 龍人種は長寿なので、外見年齢では判別がつかないのですよね。
 これは、悲恋の恋物語なのでしょうか?
 男性、勇者の手を離した聖女の顔に一瞬悲しみが浮かびますが、すぐに微笑みを浮かべて勇者と姫君のダンスを見送りました。
 けれども、熱い眼差しは勇者に向けられたままですわね。

『正妃よ、我らも踊ろうか』
『ええ、陛下』

 聖女はそう言って国王の手を取って踊り始めますが、節々で勇者の方に視線を向けております。

『勇者が気になるか?』
『いえ、その……』
『ふん、其方達が恋仲であったことは知っておる、隠すことは無い。しかし、お前は我の正妃となり、勇者は我の妹の夫となることが決まっておる』
『……然様でございますね』
『吟遊詩人が好みそうな悲恋話ではないか』
『陛下、わたくしはっ』
『其方の腹にはもう我の子が宿っている。もう後戻りは出来まい』
『っ……』

 あらあら、本当に悲恋物の恋物語ですのね。

『我が正妃、我が聖女、我がティアンカ。今宵も我の腕の中で眠るがよい』

 その瞬間、聖女の瞳から一筋の涙がこぼれ、視界がぼやけ、気が付いたら茨から薔薇が咲き、わたくしは涙を流してタペストリーを見ておりました。
 これはわたくしの涙ではなく、聖女ティアンカ様の涙ですわね。
 わたくしを覆っていた茨が音もなくパラパラと分解されて空中に消えていきます。
 その時、大量の本を抱えたメイドが部屋に入ってきましたので、わたくしはさり気なく指で涙を掬い取ると、本を机の上に置くメイドにこう尋ねました。

「聖女ティアンカ様をご存知ですか?」

 と、そうしますとメイドがその聖女様はこの国の初代聖女であり、当時の国王に見初められ平民から正妃になったサクセスストーリーを持っていて、今でも吟遊詩人にそのサクセスストーリーが語られるほどなのだと教えていただきま した。
 確かに、平民から正妃なると言うのはサクセスストーリーかもしれませんが、今見た物語では、悲恋のヒロインのように感じられました。
 けれども、話によると、やはり七千年ほど前の話らしく、今ではおとぎ話として、絵本にもなっており、子供にも広くそのサクセスストーリーが知られていると言うのです。
 悲恋の話は、いつの間にか淘汰されてしまったのか、元々秘匿されてしまっていたのか……。
 けれども、ここにあるタペストリーの魔法陣に描かれているのは、事実なのでしょう、残したのが誰なのかはわかりませんが、この悲恋を後世に残したいと思った誰かの手の物なのでしょう。
 文字であれば、もしかしたら当時の国王によって廃棄されてしまったかもしれないから、このようにタペストリーに魔法陣を組み込んで物語を紡いているのかもしれません。

「このタペストリーは、どなたの作品なのですか?」
「聖女ティアンカ様自らが織られた物だと伝わっております」
「まあ、そうなのですか。見事なものでございますね」
「ええ、我が国の自慢の国宝の一つでございます」
「そのような国宝を客室に飾ってもよろしいのですか?」
「聖女ティアンカ様が織られたタペストリーは数多くございまして、各客室に一枚ずつ飾られているのでございます」
「そうなのですか」

 木を隠すのなら森の中、とも申しますものね。
 それとも、他のタペストリーにもこのような仕掛けが施されているのでしょうか?
 自分の隠している想いを密かにタペストリーに託すと言うのは、どういう気持ちなのでしょうね?
 わたくしのように、気が付くものとそうでないものが居ますでしょうに、聖女ティアンカは随分な博打に出たのではないでしょうか?
 もし、当時の国王に発見されてしまっていたら、破棄されてしまう可能性もあったでしょうに、それでも、後世に自分の本当の想いを残したかったという事でしょうか?

「当時の勇者は、もしかしてこの国の姫君とご結婚を?」
「そうです、よくお分かりになりましたね。勇者様も平民の出でしたが、功績を認められ、何よりも姫君に想われて結婚したと言い伝えられております」
「そうなのですか、それもまたサクセスストーリーですわね」
「ええ、英雄譚として我が国の自慢でもございますのよ」
「本当に、それが事実なのだとしたら、誰もが憧れてしまうような、恋物語ですわね」
「ええ、我が国では最もよく知られた恋物語でございます」

 メイドは胸を張ってそう答えましたが、今しがたタペストリーの物語を見てしまったわたくしには、今伝わっている物語が、王族によって作られた物語なのではないかと思えて仕方がありません。

「当時の国王は、どのような方だったのですか?」
「賢王と有名な方でございます。当時の記録は、今持って来た書物にも記載されておりますが、水の龍人種の古代語で書かれておりますので、パウラ様が読むのは難しいかもしれません」
「問題ありませんわ。解読いたしますので」
「そうですか? もしわからないことがございましたら、学者をお呼びいたしますので、その際は遠慮なくお申し付けください」
「ありがとうございます」

 本を持って来たメイドが出て行くのを見送って、わたくしは机の上に積まれた本を一冊手に取りました。
 表紙に記載されている文字は確かに現在の水の龍人種の言語ではございませんが、なんとかなりますでしょう。
 そう考えて、わたくしはページをめくっていきました。

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