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冬薔薇姫

茄子

004 プロローグ その4

【ペトラ視点】

 私には、前世の記憶があります。
 前世ではアーレア・ヤクタ・エストという乙女ゲームにはまっていました。
 恋愛ゲームではありましたが、RPG要素も強く、育成ゲームとしても人気を博しておりました。
 私、ペトラ=ハーフェンはゲームでは名前も出ないモブ令嬢でしたが、私は幼い頃から自分を磨き、なんとかランツェル様の婚約者になろうと努力いたしました。
 パウラ様にも協力していただき、ランツェル様と二人っきりで過ごす時間を作ってもらい、何とか昨年、正式に婚約者となることが出来ました。
 けれども、私はずっと恐れているのです。
 乙女ゲームが開始される十五歳の成人を祝う夜会で、ランツェル様がヒロインと出会って恋に落ちてしまうのではないかと。
 今日の出会いさえ阻止できれば、フラグが発生せずに、ランツェル様とヒロインは恋に落ちないと思い、夜会の間はずっとランツェル様の傍に居るようにしていたのですが、ダンスを三曲連続で踊った後、ランツェル様は疲れたと言って、一人になりたいから付いて来るなと仰って、一人会場から抜けだしバルコニーに向かってしまわれました。
 その時、私は嫌な予感がしたのです。
 乙女ゲームの始まりは、この夜会で、ヒロインがメインヒーローであるランツェル様とバルコニーで出会うところから始まるのですもの。
 追いかけたい気持ちでいっぱいでしたが、付いて来るなと言われてしまいましたので、こっそり付いて行くわけにもいかず、私はダンスを申し込まれるまま、子息達とダンスを踊っていきました。
 そうしているうちに、注目していたバルコニーから、ランツェル様が一人の令嬢の手を引いて出て来た時、私は目を見開きました。
 令嬢の容姿が、ゲームのスチルにあったヒロインそっくりだったからです。
 男爵家の庶子でありながら、長子であるヒロインは、ランツェル様との出会いをきっかけに、様々な高位貴族の子息と知り合い、仲を深めていき、そうして、邪悪なるモノが目覚めたせいで活発になった魔物退治に行くため、聖女に立候補して、ランツェル様や高位貴族の子息と旅に出て、より一層仲を深めていくのです。
 ああ、フラグを折ることが出来なかった……。
 私はそう考え絶望感に襲われてしまいました。
 ランツェル様の顔は、私が今まで見たことのないほど、喜びを湛えた笑みを浮かべております。
 政略婚約とはいえ、婚約者である私には見せた事の無い笑みを、ヒロインに向けているランツェル様……、このまま乙女ゲームの通りに、二人は恋に落ちていくのでしょうか?
 アーレア・ヤクタ・エストにはハーレムエンドもございまして、その場合、ヒロインは伯爵位を賜ることになり、ヨルン=イルブルク様、ドゥオ=シェレア様、アウェス=バーアム様、そして、ランツェル様と幸せに暮らしていくと言うエンディングなのでございます。
 けれども、ハーレムエンドは幻のエンディングとも言われておりまして、隠しキャラのハーロルト殿下を出さないようにしつつ、最高レベルに自分の能力を高め、国王陛下に認められる聖女となり、邪悪なるモノを倒さなくてはならないのです。
 ランツェル様はヒロインと一曲踊り終わると、ヨルン様達の居る方に、ヒロインの手を引きながら歩いて行きました。
 ああ、やはりゲームの通りになってしまうのでしょうか?
 ヒロインは次々に攻略対象の方達とダンスを踊っては楽しそうに笑っています。
 あんな風に屈託なく笑うなど、高位貴族の教育を受けた私には出来ない行為です、それもまた、攻略対象者たちがヒロインに惹かれていく一因になっているのです。
 馬鹿な話ですわよね、自分の周りに居ないタイプだからと、ヒロインに惹かれていく攻略対象者たち。
 高位貴族の令嬢が受ける教育を馬鹿にしているのかと、今では思えてなりません。
 何のためにどれだけの努力を重ねて、誰もが認める淑女になるべく教育を受けてきていると思っているのでしょうか。
 私は今踊っているダンスを終えると、ランツェル様達の方に歩いて行きます。
 私に気が付いたのでしょう、ヒロインがハッとしたようにランツェル様の袖をつかんで、怯えたような表情を浮かべました。
 わざとらしい、と思わず手にしていた扇子で口元を隠すと、そのままランツェル様達に近づいて行きます。

「皆様、夜会は楽しんでいらっしゃいますか? ランツェル様、そちらの令嬢はどなたです? ご紹介していただけませんか?」
「ああ、彼女はエーフィー=レスデア男爵令嬢。庶子だが長子でもある」
「然様でございますか。私はペトラ=ハーフェンと申しまして、侯爵家の長女でございます。随分楽しそうになさっておいででしたが、私も混ぜていただいてもよろしくて?」

 私の言葉に、エーフィー様は怯えたような表情を浮かべ、相変わらずランツェル様の袖をつまんでいます。

「ペトラ、そんな風にエーフィー嬢を睨むな」
「まあ、睨んでいる覚えなどございませんわよ。勘違いなさらないで下さいませ」
「で、でも……あたし、ペトラ様の視線が怖いです」

 その言葉に、思わず眉間にしわを寄せかけて、ぐっとこらえると、扇子で口元を隠したまま、ニコリと微笑みを浮かべます。

「誤解されているようですわね。私はエーフィー様を睨んでなどいませんわよ。そんなに怯えないで下さいませ。それとも、私に睨まれるようなことをなさった覚えでもございますの?」
「そんなの、ありません」
「ペトラ、エーフィー嬢に失礼だろう」
「あら、ごめんあそばせ? けれども、私の視線が怖いなど、心に疚しいことがあるからではございませんか?」
「あたし、疚しい事なんてしていません。ペトラ様が勝手にあたしを睨んできているんです」
「ですので、睨んでなどおりませんわよ」

 本当なら、人の婚約者の服の裾をつまむような恥さらしな真似をしているエーフィー様に怒鳴りつけ、今すぐにでもこの場を立ち去っていただきたいところですが、そうしてしまっては、いずれ巡り巡って、私がエーフィー様を虐めた等と吹聴しかねられませんので、ぐっとこらえている状態でございます。

「けれどもそうですわね、ひとこと言わせていただくのなら、婚約者のいらっしゃる子息、しかも殿下の服の裾を掴むなんてはしたない真似はお止しになったほうがよろしいのではなくて?」
「ひっ! ごめんなさい」

 エーフィー様は必要以上に私の言葉に怯えて見せて、すぐさまランツェル様の服から手を離すと、今度はアウェス様の背後に回られて、背中に体を押し付けるようになさっておいでです。
 これがヒロイン? 下町にいる下級娼婦の間違いなのではないでしょうか?
 ゲームの中のヒロインはこんなことをしてはいませんでしたわ。
 健気に、けれども凛とした態度を常に取り続けておりました、その姿を真似して、私も常に凛とあろうと心掛けていたと言いますのに、これは一体なんだと言うのでしょうか。
 それに、ランツェル様の態度もおかしいですわ。
 最初からこんなにヒロインを庇うような真似はゲームの中ではしていませんでした。
 初めは冷たく接されていたけれども、平民街などで出会いを繰り返していくうちに、次第に惹かれ合っていくはずなのです。
 そうして、そのうち王宮にも招待されるようになり、それを見咎めたランツェル様の婚約者、ゲームの中ではパウラ様がヒロインに対し苦言を呈したり、嫌がらせをし始めたりするのですが、それに負けず、ヒロインはランツェル様との仲を深めていき、そして邪悪なるモノを倒しに行く際、ランツェル様はゲームの中での婚約者パウラの数々の悪行を暴露し婚約破棄をして勇者としてこの国を旅立っていくのです。
 婚約破棄をされたゲームの中の婚約者パウラは北の未開の地に幽閉されたと文字でのみ最後に出るだけでございました。
 ゲームのシナリオ通りに行くのであれば、現在の婚約者である私が、婚約破棄をされてしまうことになってしまうでしょう。
 そうならないように努力をしてきたと言いますのに、やはりヒロインには、世界の強制力には勝てないと言うのでしょうか?

「ペトラ様、ただ一曲ランツェル殿下とダンスを踊っただけで悋気を起こすなど、淑女らしくありませんよ」
「アウェス様、私は別に悋気など起こしておりませんわよ」

 いいえ、本当は悋気どころか不安で心が張り裂けそうでございます。
 ハーロルト殿下にコンプレックスを持っていらっしゃるランツェル様の心を誘導し、ランツェル様にはランツェル様の良いところがあると何度も言って来たと言うのに、その心が私にきちんと向くことはありませんでした。
 けれども先ほどの笑顔を見る限り、ランツェル様は既にヒロインであるエーフィー様に心を許しているように見えました。
 ゲームよりも進行が速いのは何故だかはわかりませんが、とにかくランツェル様のお心はエーフィー様に傾いている事は確かな事でございましょう。
 ああ、どうしたらよいのでしょうか。

「ランツェル様、エーフィー様の事は他の方にお任せをして、私達はあちらで他の方にご挨拶をしませんか? 皆さん、ランツェル様にご挨拶をしたくて待っていらっしゃいますわよ」
「……どうせ俺の王子と言う肩書狙いだろう」
「その様な事仰らないで下さい。さあ、参りましょう?」

 私はさり気なくエーフィー様を見ながらランツェル様の腕に手を添えます。
 ヒロインだからと言って、何でも思うようになるとは思わないで下さいませ、私は、私にできる限りの事をして、なんとしてでもランツェル様の心を繋ぎとめて見せます。

「エーフィー嬢、またな。今度は約束通り個人的に王宮に招待するから、そのつもりでいてくれ」
「はい、楽しみに待っています」
「っ!」

 ランツェル様の言葉に、衝撃が走りました。
 個人的に王宮に招待する? 私だって婚約者の義務として月に一度会いに来ることを許されているだけですのに、それを、わざわざ男爵令嬢を王宮に招待するなんて、いくらヒロインだからと言っても、攻略のペースが速すぎますわ。

「ランツェル様、早く行きましょう」

 少々強引に腕を引き、私はその場から離れました。
 けれども、ランツェル様の視線はエーフィー様の方を向いたままでございまして、私はこの事を誰に相談したらいいのかと、必死に頭を巡らせました。
 国王陛下? それともハーロルト殿下? いいえ、パウラ様?
 ああ、いったい私はどうすればいいのでしょうか。
 どうあってもランツェル様の心がヒロインに向いてしまうのであれば、私は、この恋を諦めなければならないのでしょうか?
 私がいくら言葉を重ねても、ヒロインには勝てないという事なのでしょうか?


【エーフィー視点】

 あたしがこの世界が前世ではまっていた乙女ゲームだって気が付いたのはついさっき。
 この夜会にやって来て、遠目でランツェルを見た時だったわ。
 あたしの名前はエーフィー=レスデア、男爵家の庶子だけどお父様の奥さんには子供がいないから、あたしが長子なのよ。
 そして、あたしはお母さんが死んだ時に、お父様によって引き取られた、それまで奥さんとの間に子供が出来なかったなんて、奥さんに問題があるんじゃないのかしらね。
 あたしは自分の容姿を思い出して、設定といい、顔つきや体つきといい、乙女ゲーム『アーレア・ヤクタ・エスト』のヒロインそのものだった。
 ああ、だからあたしには幼い頃から人を引き付ける魅了の魔眼の力があったのかと納得したわ。
 全てはあたしの為に世界が回っているんだって実感したのよ。
 でも、ゲームと違う事も発生していた。
 まず、ランツェルの婚約者がパウラじゃなくてゲームの中じゃ名前も出て来なかったモブ令嬢だってこと。
 しかもパウラはついさっき隠しキャラのハーロルトと婚約をしたみたいだし、どうなっているの?
 でも、多少の誤差はあっても、あたしがヒロインなんだから、何でもあたしの思う通りになるに決まっているわ。
 あたしはゲームの中でヒロインがランツェルと出会うバルコニーに一人で出て、ランツェルが来るのを待っていた。
 四月だからか、夜風は吹いてくるとドレス越しでも寒く感じられる。
 早く来なさいよね。
 そんな事を考えていると、背後で足音がして、あたしはやっと来たか、とこっそり息を吐き出した。
 それからは順調だったわ、あたしの魅了の魔眼でランツェルはすぐにあたしに心を許してくれた。
 やっぱり少し配役は変わっているけど、乙女ゲームの通りに世界は動いているんだわ。
 あたしの魔眼に魅了されたランツェルは、ゲームよりもちょろくて、すぐにあたしを王宮に招待してくれるって言ってくれたのよ。
 流石はあたしね。
 その後、ランツェルに誘われてダンスを踊ったわ。
 正直、ダンスなんて嫌いだけど、これも攻略の為だって頑張って踊ったわ。
 ダンスの後は、乙女ゲームの通りにランツェルによってハーロルト以外の攻略者に紹介された。
 他の攻略者とも我慢してダンスを踊ったわ。
 せっかく乙女ゲームの世界に転生したんだから、ハーレムエンドを目指したいわよね。
 その場合、ハーロルトは諦めなくちゃいけないけど、一人ぐらいは見逃してあげてもいいわ。
 ううん、あたしが聖女として活躍したら、恋人にはなれるかもしれないわ、なんたって、あたしはこの世界のヒロインなんだもの。
 そんな事を考えていると、ランツェルの婚約者のモブ令嬢、ペトラが現れたわ。
 あたしはペトラを悪役令嬢に仕立て上げるために、必要以上に怯えた様子を見せて、攻略対象達にアピールしてみせたわ。
 これで、あたしがペトラに何かされたって言ったら、あっさり信じてくれるようになったわよね。
 その後、ランツェルはペトラによって連れていかれたけど、逆に好都合だわ、この間に他の攻略者をしっかりとあたしの魅了の魔眼で虜にさせておくんだから。

「ペトラ様に睨まれて、あたしとっても怖かったです」

 アウェスの背中に胸を押し付けるようにしてそう言えば、アウェスは振り向いて「僕が守ってあげるから大丈夫だよ」なんて言ってくれたのよ。
 ふん、男なんて本当にちょろいわね、ちょっとこの豊満な胸を押し付けただけでコロッと落ちちゃうんだから。
 でも、あたしは使えるものは何でも使う主義なの、他の攻略対象者、ヨルンにもドゥオにも胸を押し付けて篭絡していったわ。
 夜会が終盤に差し掛かる頃には、婚約者の居るアウェス達は婚約者の存在なんて忘れたように、あたしの傍に侍っていたのよ。
 あたしはお姫様気分になって、満足だったわ。
 そんな時、視線を感じて周囲を見渡してみれば、令嬢や貴婦人たちがあたしを見てひそひそと何かを話している感じがした。
 嫌な感じ。

「アウェス様、あたし、なんだか他の令嬢や貴婦人に睨まれているみたいで怖いです」
「気のせいだよ。それにもし睨まれていても僕達がエーフィー嬢を守るから安心して」
「本当ですか? 嬉しいです」

 あたしは笑みを浮かべて目に力を籠める。
 わずかに瞳孔が開き、ほんのりと目が輝き、アウェス達をより一層魅了する。
 そうしていると、ランツェルが戻ってきたのが見えて、あたしは心の中でにんまり笑うと、目に力を込めたまま、こちらに向かって一人で歩いて来るランツェルを見つめたわ。

「夜会ももうすぐ終わる。エーフィー嬢、最後に一曲踊ってくれないか?」
「あたしで良ければ喜んで」

 あたしは目に力を込めて熱く潤んだ視線をランツェルに向ける。
 あたしの視線を受けたランツェルはわずかに顔を赤くして、あたしの手を強く握ってダンスフロアに躍り出て、ラストダンスを踊ったわ。
 ダンスを踊っている間、あたし達は必要以上に体をくっつけて、あたしは魅了の魔眼をフル活用してランツェルを篭絡したの。

「エーフィー嬢。近いうちに必ず王宮に招待するよ。期待していてくれ」
「はい、ランツェル殿下」
「殿下は止めてくれ。俺とエーフィー嬢の仲じゃないか」
「では、ランツェル様」
「様もいらない、君には呼び捨てにしてほしい」
「なら、ランツェル。あたしの事も呼び捨てにして下さい」
「わかった、エーフィー。また会えるのを楽しみにしているよ」
「あたしもです、ランツェル」

 そうして夜会は終了して、あたしはお父様と一緒に屋敷に帰ったの。
 屋敷に帰ってみれば、夢のような時間が嘘みたいに思えるほどみすぼらしい屋敷にうんざりしちゃう。
 確かに、ついこの間までただの平民だったあたしはこんな屋敷でもすごいって思っていたけど、王宮のすごさを知った今となっては、この屋敷のみすぼらしさが嫌で仕方がないわ。

「お帰りなさい、旦那様、エーフィーさん」
「今帰りました、お母様」
「夜会はどうでしたか? 素敵な方に巡り合えましたか?」
「ええ、とっても素敵な夜会でした」
「それは良かったですね」

 お父様もお母様も、あたしの魅了の魔眼で篭絡済みだから、あたしの言うことは何でも聞いてくれるの。
 最初は生活環境を良くするためだけに使っていた魅了の魔眼だけど、あたしがヒロインだってわかったからには話は別よ。
 ランツェル達を攻略するために、有効活用させてもらうわ。

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