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冬薔薇姫

茄子

003 プロローグ その3

【ランツェル視点】

 馬鹿らしい、そう思いながら俺は拍手に包まれる兄上とパウラを見る。
 確かに、小さく可憐で、まさに妖精種の代表のような儚さも持ち合わせたパウラと、魔人種と龍人種の血を持った逞しさを持つ兄上が並ぶと画家ならば誰もが絵に描き止めたいと思ってしまうほど美しい光景だ。
 事実、五歳からこの本宮で過ごしているパウラの肖像画は兄上の肖像画と同様に貴族の間で取引されている。
 小さなものだが、それなりに高値でやり取りされているようだ。
 もちろん俺の肖像画も取引されているが、兄上達のものほど人気があるわけではない。
 兄上によほどのことが無い限り、俺は所詮大公止まり、能力だって兄上やパウラのようにあるわけじゃないから、貴族の間でも期待が薄いのだ。

「ランツェル様、私達も踊りませんか?」
「ああ、そうだな、ペトラ」

 ペトラは侯爵令嬢で俺の婚約者だ。
 最初は婚約などする気はなかったが、熱心に俺を見つめて来る瞳に負け、婚約をすることになったが、今でもペトラは王子である俺の肩書に恋をしているのではないかと思う時がある。
 それは、王族らしく振舞って欲しいなどと苦言を言われる時だ。
 いずれ大公となって叔父上のように王都を離れることがほとんどなのだろうから、王族らしくなどしても無駄だろう。
 いや、それでも叔父上は王都に帰ってくる度にその麗しい容姿も相まってまさに王族だと見せつけられてしまうのだが、俺にはそんなこと出来るとは思えない。
 俺には、こっそり遊びに出ている平民街の暮らしの方が合っている気がするのだ。
 なににも縛られずに、自由に笑い、喋り、暮らしている平民を見ると、王族のしがらみにとらわれている自分が情けなくなってしまう。
 他の令嬢にも人気のあるペトラを婚約者に出来て良かったと父上や兄上、他の貴族子息も言うが、俺はそうは思わない。
 俺にはもっと相応しい女性がいるのではないかと常々思ってしまうのだ。
 義務を果たすように三曲連続でペトラと踊ると、少し疲れたので休むと言ってバルコニーに出た。
 ペトラは付いて来たそうであったが、一人になりたいと言って、ペトラを遠ざけた。
 人目を避けて出たバルコニーには既に先客が居たようで、うっすらと明りに照らされて、この距離では顔が分からない。

「誰だ?」
「え、人? 申し訳ありません、お邪魔なようでしたらわたくしはこれで失礼いたします」
「いや、君の方が先客だ、構わない」

 そう言って俺は声の主に近づいて行く。
 近づいて行くとまず目に入ったのが、後ろに垂らされているピンクブロンドの髪の毛、そして暗がりでもわかる紫色の瞳と、その瞳を彩るかのように可憐な顔立ちだった。

「ランツェル殿下」
「俺の事を知っているのか?」
「もちろんでございます。あたし、肖像画を何度も拝見しましたもの」
「そうか」
「けれど、まさかこんな所でランツェル殿下とお会いできるなんて思っても見ませんでした。あ、自己紹介が遅れてすみません、あたしはエーフィー=レスデア。男爵家の庶子ではございますが一応長子でございます」
「そうか。こんなところで何をしていた?」
「少し人に酔ってしまいまして、涼んでおりました」
「こういった夜会は初めてか?」
「はい、お恥ずかしながら我が家は男爵家でございますので、このような派手な席に呼ばれることはほとんどございません」
「そうか」

 そこで、ふとエーフィー嬢を見ると、熱のこもった潤んだ目で見つめられていることに気が付いた。
 不思議とその目を見ていると、心の澱が薄れていくような気がしてしまう。

「ランツェル殿下、なんだかお疲れのようですね」
「ああ、そうだな。疲れていないと言えば嘘になるな」

 言って、不思議に思う。
 俺は初対面の男爵令嬢に何を言っているのだろうと。

「婚約者のペトラ様はお気づきなのですか? こんなにお疲れのご様子のランツェル殿下を放っておくなんて、あんまりです」
「俺が一人になりたいと言ったんだ」
「まあ! ではあたしが居たらゆっくり休めませんね。あたしはこれで失礼します」

 そう言って立ち去ろうとしたエーフィー嬢の手をパシリ、と思わず掴んでしまった。
 自分でもどうしてこんな行動を起こしたのかわからない。

「構わない、もう少し傍に居てくれ」
「あたしでよければ、いくらでも」

 手を掴んだせいか、先ほどよりも俺たちの距離は近くなっていた。
 そう、まるで恋人同士の距離のようだ。
 男慣れしていないのだろう、エーフィー嬢はもじもじと俺を見たり、バルコニーの外に目をやったりと忙しくしており、見ていてとても楽しく感じられた。
 ペトラなら、ただ熱心に俺の事を見つめてくるだろう。
 なんだか新鮮な気分だ、俺に媚びを売って来る他の令嬢とも違う反応を、俺は楽しんだ。

「エーフィー嬢は婚約者や恋人はいるのか?」
「いません。長子ですので、両親には早く婚約者を作るように言われているのですが、なかなか相手に恵まれなくて」
「そうか。兄弟はいるのか?」
「いいえ」
「そうか、俺には兄がいるだけだな」
「パウラ様とは兄妹同然に育ったと噂で聞きますが」
「ふん、あいつが懐いているのは兄上にだ。能力の低い俺など蚊帳の外だな」
「まあ! ランツェル殿下の能力が低いなど、そんなことありません。あたしにはわかります。ランツェル殿下は誰よりも優れた能力があります。今はまだ眠っているだけなのです」
「君は預言者か何かか? あまり期待させるようなことを言ってくれるな、そうでなかった場合の失望感が酷くなるからな」
「事実です。あたしにはわかるんです」
「そうか。嘘でもそう言ってくれて嬉しいよ」
「嘘じゃありませんよ!」
「エーフィー嬢は優しいな。ペトラは常に俺に王族たるもの貴族の見本として、凛としていなければいけないと言ってくるんだ」
「そんなの変です。王族だって人なんですから、たまには息抜きしなくっちゃ、倒れちゃいますよ。あたしで良ければいつだって話を聞きますからね。って言っても、こんな風に夜会に招待でもされない限りランツェル殿下と会う事なんて出来ないんですけどね」
「……俺が赴こう」
「え?」
「俺はこう見えてお忍びで平民街にも出入りしているんだ。貴族街に出る事なんて造作もないさ」
「まあ! そうなんですか? ランツェル殿下とまたお会いできるのは嬉しいです」

 屈託のない笑みを見て、俺も思わず笑みがこぼれる。
 こんな風に自然に笑みが浮かんだのはいつぶりだろうか? 少なくともペトラの前でこんな風に笑ったことは無いな。

「そうだ、出会った記念にダンスでも一曲踊らないか?」
「ランツェル殿下とダンスを踊れるなんて、夢のようです」

 承諾を貰い、俺はエーフィー嬢の手を取ると、バルコニーから会場に戻り、ダンスホールに躍り出た。
 エーフィー嬢のダンスは決してうまいとは言えなかったが、その初心さがまた堪らなくかわいいと感じてしまい、俺はまた顔に笑みが浮かんだ。
 流石に二曲連続で踊るわけにもいかないので、一曲踊り終わった俺は、エーフィー嬢の手を取ったまま、皆が談笑している場所に向かう。
 居るのは高位貴族ばかりだが、構わないだろう。

「おや、ランツェル殿下。その可憐な令嬢はどなたですか?」
「彼女はエーフィー=レスデア。男爵家の庶子だが長子だそうだ」
「そうなのですか。エーフィー嬢、是非ボクと一曲踊っていただけませんか? ああ、ボクはアウェス=バーアム。侯爵家の長子だよ」
「あたしなんかで良かったら喜んで」

 そういってアウェスとエーフィーは手を取ってダンスホールに躍り出ていった。
 踊っている二人の距離は当たり前だが近く、時折何かを話しているのか、エーフィー嬢は顔を赤らめて笑みを浮かべている。
 その笑みを見て、心にどす黒い何かが湧き出てくるのを感じた。
 この感情には覚えがある、嫉妬だ。
 その後も、エーフィー嬢は俺の友人のドゥオ侯爵子息やヨルン伯爵子息とダンスを踊っては楽しそうな顔で俺の元に戻って来た。

「随分楽しそうに踊っていたな」
「はい、あたし、ダンスはあまり得意じゃないんですけど、皆様リードがとてもうまくて楽しく踊ることが出来ました。それに、ダンスを踊っている間に色々な事を教えてくれたんですよ」
「色々な事?」
「はい、宮中の噂話なんかです」
「それだったら俺でも話せる。今度からは俺に聞くと良い」
「そうですか? ランツェル殿下に気やすく声をかけるなんて、男爵令嬢のあたしには畏れ多いです」
「俺が構わないと言っているんだ」
「そうですか? なら遠慮なく。さっき、ヨルン様から聞いたんですけど、パウラ様とハーロルト殿下が婚約をしたって本当ですか?」

 その話か、と思わずため息を吐きそうになったが我慢して答える。

「ああ、以前から兄上はパウラを婚約者にしたいと父上に懇願なさっていた。今夜三曲連続で踊ったことにより、婚約することをパウラが承諾したのだろう」
「そうなんですか。……どうしてゲームと違う事が起きているの?」
「ん? 何か言ったか? 小さな声だったから音楽が邪魔で聞き取れなかった」
「いえ、何でもありません。おめでたい話だって言っただけです」
「そうか。俺には兄上の考えがさっぱりわからない。他国の姫を娶ったり、他の貴族の令嬢を娶ったほうが、余程国の為になると言うのに、よりにもよって、あのパウラを正妃に選ぶなんて、信じられないよ」
「そうなんですか? 国の事を考えているなんて、やっぱりランツェル殿下はすごいですね。あたしなんて、そういうのはまったく考えられません」

 そう言って尊敬のまなざしを向けて来るエーフィー嬢に、先ほどまで湧き上がってきていたどす黒い嫉妬の感情が薄れていくのを感じた。
 逆に湧いてきたのは、優越感だ。
 この場にいる誰よりも、俺は今、エーフィー嬢に尊敬されている。

「……エーフィー嬢は可愛らしいな」
「え、な、なんですかいきなり。褒めても何も出ませんよ?」
「いや、純粋にそう思ったんだ。他の俺に媚びを売って来る令嬢と違って、エーフィー嬢と居ると素直な自分になれるような気がするな」
「そうですか? そう言って貰えると嬉しいです。あたしなんかで良ければ、いつでも会いに来てください」
「そうだ、俺ばかりが会いに行くのも味気ないな。エーフィー嬢が良ければ、今度個人的に王宮に招待しよう」
「え! いいんですか? あ、でもペトラ様に悪いです。個人的に招待されたことが知られちゃったら、あたしペトラ様に責められちゃうかもしれません」
「構わない。俺が自分で招待するんだ。ペトラに口出しはさせないさ」
「そうですか? 流石ランツェル様、頼りになりますね」

 その言葉に、心の中が「ポウ」と暖かくなった。

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