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冬薔薇姫

茄子

002 プロローグ その2

「それにしても、また図書塔から随分と本を借りて来たものだね」
「今夜中には読み切りたいと思っているのですけれども……」
「流石は速読家。せっかく本宮に部屋があるっていうのに、パウラは本宮にある図書塔の最上階の植物園に居座っているからね、昼間にパウラを探すならまず部屋よりも、図書塔の植物園を探す方が基本的には早いよね」
「あそこは夢のような場所でございますわ。前後左右、はるか上を見上げても壁一面に納められた本の山、そして隠された書庫にあるという禁書の山でございますのよ。あいにく、禁書に関しましては、国王陛下の許可が下りませんので読むことは出来ませんけれども、いつか是非禁書庫にも入ってみたいものですわ」
「うーん、流石は五歳児にして異国語や古代語を解読できただけはあるね。読み書きだけでなく、発音もバッチリとか、流石に私でも出来ないな」
「あら、ハーロルト兄様だって、五か国語と片言ではありますが古代語が出来ますでしょう? わたくしだけが特別というわけではございませんわよ?」
「いや、パウラは相当特別な存在だよ。そろそろ自覚して?」
「そうでしょうか? わたくしは身体強化魔法も使わずに剣を振るうことも出来ませんし、武術にも秀でたハーロルト兄様の方が余程すごいと思いますわよ」
「ほめ殺しかい? それは嬉しいけど、本当にそろそろ夜会に行かないと開始時刻に間に合わなくなってしまうね。ほら、パウラ姫、お手をどうぞ」

 わざとらしいほど優雅に差し出された手に、わたくしはいつも通りの無表情で自分の手を重ねると、そのままエスコートされる形で応接室を出て行きました。
 本日の夜会のお付きはメイドのカチヤが担ってくれております。
 カチヤはわたくしがこの本宮に引き取られてからずっと傍についていてくれているメイドで、いえ、カチヤだけでなくフートもゾフィもそうなのですが、わたくしの生活になくてはならない存在なのでございます。
 カチヤは元侯爵令嬢なのですが、結婚をする気がなかったので、王宮で働くことを決めたのだそうです。
 ゾフィは元伯爵令嬢なのですが、ご実家の財政があまり芳しくなく、少しでも家の役に立ちたいと自ら志願して王宮に仕えております。
 フートは元侯爵子息でございまして、兵士になることも考えたそうなのですが、その才能を見込まれてわたくし付きの侍従に選ばれたのでございます。
 三人はもちろん私の護衛も兼ねておりますので、武術にも魔法にも秀でているのでございますよ。
 エスコートされる道すがら、様々な使用人や貴族がわたくし達を見て頭を下げてきます。
 わたくしは王弟である大公の一人娘、大公姫なのでございますので、この光景にももういい加減慣れました。
 しかもエスコートしているのはこの国の第一王子でございますものね、頭を下げられるのも仕方がない事なのでしょう。

「そういえば、パウラももう十五歳。そろそろ婚約者について考えてもいい年頃じゃないかい?」
「まだ早いのではございませんか? わたくしは長命になることが予測されておりますし、焦る必要はないと思います。それに、ハーロルト兄様にだって婚約者はいらっしゃらないではありませんか」
「私にはもう心に決めた人がいるからね。今夜その人に告白をするつもりでいるんだ」
「まあ、それではわたくしなどエスコートせずにその方をエスコートなさればよろしかったのに」
「気にしないでいいよ。それに、パウラの虫よけになるのも私の役目だしね」
「まあ、確かに一人で居りますと多くの子息に声をかけていただきますが、疲れるばかりでちっとも楽しくありませんわよ?」
「無表情が基本のパウラは精巧なビスクドールみたいに美しいからね、つい声も掛けたくなってしまうんじゃないかな? まあ、本を目の前にしたら、目を輝かせて蕩けるような笑みを浮かべるって知っているのはほんの一部の者だけだよね」
「そうですわねえ、国王陛下やハーロルト兄様、お付きの侍従やメイド達しか知らないのではないでしょうか?」
「うん、そうだね。あんまりあんな蕩けたような笑顔を人前で見せたらだめだよ? ただでさえ人気があるのに、たちまち皆がパウラの虜になってしまうからね」
「大袈裟ですわよ」
「大袈裟なんかじゃないよ、パウラはそれぐらい魅力的だってことだよ、まあ、重度のビブリオフィリア変人だけどね」
「それは仕方がない事なのでございます。本がわたくしに読んで欲しいと言っているのですもの」
「はいはい」
「もうっ、信じていらっしゃいませんわね?」
「いや、パウラなら本の声が聞こえてもおかしくはないとは思っているよ。なんといっても重度のビブリオフィリア変人だもの」
「それにしても、この王宮の図書塔は素晴らしいですわね。国内に出回っている本の原本が全て揃っているのですもの。インクの香りに包まれて、本を読んでいる間がなによりも嬉しい瞬間なのでございますのよ」
「うーん、本当に難攻不落だね」
「わたくしを攻略なさろうとする猛者がいらっしゃるのでしょうか?」
「案外身近にいるかもしれないよ?」
「そうですか?」
「うん。ほら、会場に着いたよ」

 話しているうちに大広間に着いたのか、扉前の兵士がハーロルト兄様とわたくしの顔を確認いたしますと、声を上げて名前を読み上げます。

「ハーロルト第一王子殿下、パウラ大公姫様ご入場!」

 本来であれば招待状を見せなければいけないのでしょうけれども、わたくし達の場合顔パスと言った感じでございますわね。
 大広間には、十五歳になった子息令嬢が集められ、すでにいくつかのグループを形成し楽しくおしゃべりをしているようでございました。
 基本的に十五歳になる子息令嬢を集められておりますが、保護者同伴の方も多くいらっしゃいますので、この会場は一種のお見合い会場のような物になっているのでございます。
 この国では十五歳になると成人と認められますので、お酒を飲む許可も下りるのです。
 わたくしの誕生月は十月のアゲラタムが咲き誇る時期でございまして、四月の現在になるまで、お酒は多少嗜んでおります。
 もちろん、六月生まれのランツェル様もこの夜会には参加しておりまして、もうすでに会場入りしていらっしゃるようで、婚約者のペトラ様をエスコートしていらっしゃるようでございます。
 わたくしは早々に壁の花になることを決めたのですが、ハーロルト兄様がそれを許してはくれず、わたくしの手を離さずに、談笑しているランツェル様達の方に向かっていきます。

「まあ、ハーロルト殿下、パウラ様。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、ペトラ様方」
「本日は一段とお美しくていらっしゃいますわね。そのヘッドドレスの宝石はまるでハーロルト殿下の瞳の色のようではございませんか」
「そうですわね、このドレスもハーロルト兄様が贈ってくださったのですよ」
「まあ! 素晴らしいですわね」

 なにがでしょう? と心の中で首を傾げましたが、無表情を保ったまま、わたくしはペトラ様と話を続けます。
 ペトラ様は話し上手で、百合の花のように気品に溢れた方でございまして、お顔立ちも美しく、美少年でいらっしゃるランツェル様と並んだときは、まるで一対の絵画を見ているようだと貴族の間では評判なのでございます。
 話しをしていると、国王陛下と正妃様の入場が告げられ、会場は水を打ったようにシンとなりました。

「今日ここに、成人を迎えた若人を祝う夜会を開催する。各々グラスを手に取るがよい。…………。それでは、前途ある若者たちを祝福して、乾杯!」

 あちらこちらでグラスを合わせる音が聞こえてきます。
 わたくしもハーロルト兄様とグラスを合わせて、少量入ったカクテルグラスを傾けて一口飲むと、「ほう」と息を吐き出しました。
 今、わたくしが飲んだカクテルはスプモーニと申しまして、カンパリ、トニックウォーター、グレープフルーツジュースを使ったカクテルでございます。
 そもそも、この会場に提供されているカクテルのレシピは、わたくしが王宮の厨房に提供したものでございまして、レシピの提供料として少なくない額を国王陛下から頂きました。
 それまでは果実酒やエールしかございませんでしたので、今では貴族の皆様は王宮で提供されるカクテルのレシピを手に入れようと必死だという話をハーロルト兄様やペトラ様から聞きました。
 果実酒がございますので、カクテルを生み出すのは簡単だと思うのですが、時代が追い付いていないのでしょうか?
 この世界はルネサンス前期をモチーフとしております。
 国王陛下曰く、このような様式は数千年続いているという事でございますので、この世界の神様は魔法もございますし、文明の進化をあまり好んでいないのかもしれませんわね。
 確かに、信仰を集めるには、科学文明が発達し魔法の無かった前世の世界より、魔法もあり、科学文明がほとんど発達していないこの世界の方が信仰を集めやすいとは思います。
 まあ、科学文明が発達していない分、魔法文明は発達しておりますので、さほど不自由な生活を送ると言うわけではないのですけれどもね。
 開始の宣言と、乾杯が終わると、ダンスの曲が奏でられ始め、国王陛下と正妃様がまずダンスホールに躍り出ました。

「ほら、パウラ。行こう」
「わかりましたわ、ハーロルト兄様」

 わたくしは手にしていたグラスを空にいたしますと、近くにいる給仕にグラスを渡しまして、ハーロルト兄様の手に引かれるがままにダンスホールに躍り出ました。
 ダンスは全身の筋肉を使った運動でございますので、わたくしはこっそりと身体能力強化の魔法を使いました。
 一曲目を踊り終わり、さあ、壁の花になろうとしたのですが、ハーロルト兄様は手を離してくれず、そのまま二曲目を連続して踊ることになってしまいました。

「ハーロルト兄様、好きな方に告白をなさるのでしょう? これではその方に誤解をされてしまいますわよ?」
「うん、だから今こうして踊っているのだよ」
「意味が分かりませんわ」
「本以外の事には本当に鈍いね、パウラ。さて問題だ、二曲連続で踊ることは恋人と周囲へのアピールを兼ねている、なら三曲連続で踊るのは?」
「夫婦か婚約者ですわね」
「うん、正解。だからパウラ、このまま三曲目も踊ろうか」
「は?」
「パウラ、初めて会った時から愛しているよ。私の婚約者になってくれないかい?」
「まあ……正気ですの? 王族の結婚に恋愛感情を介入するとろくなことになりませんわよ?」
「まあ、側妃は設けなければいけないだろうけれど、私の長子を産むのはパウラだって決めているんだ」

 この国では、男女に関係なく、長子が家の第一相続権を得るのです。それは王族でも同じでございます。

「従兄妹のわたくしと結婚をして、国に何か利益がありますでしょうか?」
「父や叔父上が他国の姫君と結婚をしているから、他国との繋がりを強化すると言う意味でも、国内を纏めるために貴族の令嬢と結婚すると言う意味でも、パウラと結婚する利益はあまりないけれども、それでも私はパウラを正妃にしたいんだよ。あ、ちなみに父上の許可も、叔父上の許可も取ってあるから逃げられないよ」
「強引ですわね」
「パウラにとっても悪い話じゃないと思うんだけどな。私と結婚したら図書塔の禁書庫に入ることも出来るようになるよ」
「まあ、それは魅力的なお言葉ですわね」

 禁書庫に入る代償がハーロルト兄様の伴侶になることなのでございましたら、悪い取引ではないのではないでしょうか。
 そう考えているうちに二曲目が終わりに近づき、ハーロルト兄様がわたくしの耳に口を近づけ、どうする? と聞いていらっしゃいます。

「わかりましたわ、婚約、お受けいたします」
「ありがとう、パウラ」

 そうして、そのままわたくしとハーロルト兄様は三曲連続で踊ることになったのでございます。
 三曲目を踊り終えた瞬間、周囲から割れんばかりの拍手が送られ、わたくしは無表情ではありますが、内心照れてしまいました。

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