わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

終話 橘常務を観察したい!_1


 入社式の朝は、宮燈さんが朝食を作ってくれた。

「はあ、美味しい。幸せ。二人でごはん食べるの楽しいですね」

 私がそう言ったら、宮燈さんが少し笑った。え、もう大好きなんですけど。

 気まぐれに宮燈さんが料理した時に、私が「やっぱり美味しいー!幸せになるー!」と叫んでから、時々作ってくれる。嫌じゃないかな、と心配したけど、楽しそうにしてるから大丈夫なのかもしれない。


 食後に二人で身支度をした。実はこの日のために、私と宮燈さんはスーツをお揃いにした。といってもメンズとレディースでは型が全然違うし、生地はブラックのシャドーチェックだからよく見ないと分からないとは思う。
 でも既製品と違って、採寸して作ってもらったフルオーダーだから、体にぴったりだった。

「どうですかー? カッコイイ?」

 くるくる周りながら私がそう聞くと、宮燈さんが「可愛い」と言いながら私を抱き寄せる。近い。美形が近い。今日もお肌綺麗。

「カッコイイになりたいんですけど」

 私が見上げていると、宮燈さんは氷の美貌で私に向かって「愛してる」と言った。

「ありがとう、私も愛してる。……でも、宮燈さん、愛を囁くならそこは笑顔でお願いします。今日も笑顔、笑顔~!」

 そう言ったのに、相変わらず宮燈さんは無表情だった。でもちょっと楽しそうにしている。私の髪を撫でながら言った。

「君を妻に欲しい」
「もう結婚してますよ」
「隠したくない」
「……そうですね、今日からはもう隠さなくていいですね」

 予想される諸先輩方の反応が、かなーり怖いけど、仕方ないから受け流すしかない。
 社内では必ず「橘常務」「橘さん」と呼び合うことも決めた。隙を見せないように、杉岡さんから「必要以上に会話するな」とも言われた。私の存在が宮燈さんの足を引っ張る、なんて事になりたくないから、周りにも認めてもらえるようにお仕事を頑張ろうと思う。


 役員じゃない私は迎えの車には乗れないから、私と宮燈さんは別々に出勤して、入社式の会場へ向かった。配られた名札には「橘 桜」と書いてあって、やっぱり新しい私の名前って、すげぇ字面がクドいなーと思った。

「おはよう桜ちゃん……あれ?」

 その声に顔をあげると、そこには同期の三原早紀ちゃんが立っていた。私の名札を見て何だか気まずそうにしている。

「言いたくなかったらごめんね、先週と名字違うけど、桜ちゃんち何かあった?」

 なぜか恐る恐る聞いてくるから、そこでやっと早紀ちゃんが誤解してることに気が付いた。

「ああ! 親の離婚とかじゃないよ、結婚したから」

 私がそう言うと「え? 桜ちゃん結婚したの? てか彼氏いたんだ! おめでとう!」と笑ってくれた。そっかーそうだよねと思い、余計な心配をかけてしまったことを謝っていると、背後から物凄く低い声が聞こえてきた。

「ねえ、橘って、橘……常務は関係ないわよ……ね?」

 振り返ると、あの吉岡愛莉が立っていた。美人が睨むと般若のようだ……と思いながら見ていると、彼女がつかつかと歩いて来る。ひええと思っていたら、私が手に持っていた名札をもぎ取って凝視していた。いくら見たって何も分かんないだろうに、と思っていたら、吉岡が顔を上げる。

「朝から噂を聞いたんだけど……本当なの?」
「聞いた? 噂って何?」


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