わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

59. 橘部長は無責任_1

 
 杉岡さんが席を外して、戻ってきた時には手にふたつ紙コップを持っていた。

「コーヒーは飲めるかな?」
「飲めますよ! ブラックで飲めますからね!」

 何だか子供扱いされてるようで、ちょっとむっとして言うと、杉岡さんが少し笑った。ホットコーヒーを飲んでると、涙がおさまってきた。御礼を言うと、杉岡さんは照れたような顔をする。おっさん、良い人なんだよな……。

「杉岡さんみたいな人と結婚すべきでした。あんな変な人を夫にしたせいで振り回されっぱなしです」

 私がそう呟くと、杉岡さんは「君が言うな」と呆れた顔をした。

「君達は似た者同士でお似合いだと俺は思う」
「それって私も変ってことですか?」
「自覚がない所もよく似ている」

 そう言って笑ったあと、杉岡さんが眉を下げた。

「だから、あの報道が信じられない。それにプライベートだろうが何だろうが、利用して陥れようとしてる輩がいるって分かってるのに。何でこんな隙を見せたんだ、あの人は」
「以前、おっしゃってた派閥争いの事ですか?」

 私が質問したから、杉岡さんが簡単に答えてくれた。元々、三つの貿易会社が戦前に合併して出来たのが株式会社双葉。合併直後はそれぞれの創業一族で対立もあったそうだし、戦後は学閥もあり、現在は、現場重視の社長派と、理論重視の専務派にわかれていて、自ずと社長派になってしまっている宮燈さんは、専務派の人たちに常に足を引っ張られている。

「え、じゃあ今回の報道って、ハニートラップの可能性があります?」
「それはないだろう。たとえ相手が女優だったとしても、あの人がそんなのに引っ掛かると思うか? それに、そんなのあの女優側には何のメリットもない」

 じゃあ、本当に浮気ってことか。そう思うと胸が痛くなってきた。今更、宮燈さんに直接会うのが怖い。ちゃんと冷静に話せるかな。正直に答えてくれるかな。

「少なくとも、橘部長が自分から誰かに関心を持って近づいたのは、俺が知る限り君しかいない。君との事でつくづく浅慮な所がある人だと思わされたが、こんなに考え無しだとは思わなかった」
「ご苦労、お察しします」
「だから君が言うな」

 私のせいで杉岡さんの仕事が増えたのは事実だから笑いながら謝ると「君の神経の図太さには逆に感心する」と言われてしまった。


 杉岡さんによると、今日の宮燈さんのスケジュールは午後七時までは予定がいっぱいらしいけど、いまの会議終了後に少し時間がとれるよう調整してくれるそう。

「俺は君が嫌いだが、人を裏切る奴はもっと嫌いでね。自分の仕える上司がそんな人じゃないと信じたいから、ちゃんと君から確かめて欲しい」

 杉岡さんはとても真剣な顔をしていたから、本当にこのおっさんは真面目な良い人だなと思った。


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