わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

52. 橘部長と会えない日_3


 街に出たら余計に寂しくなったので、かつてのアルバイト先の回転寿司屋さんに行ってみることにした。

 相変わらず店内は込み合っていて忙しそう。でも、活気があって懐かしい。フロアにいたなっちゃんが真っ先に私を見つけてくれて、カウンターのひとり席に案内してくれた。隙を見ては話しかけてくる。

 宮燈さんと食事に行くことはあっても、完全予約制か個室のあるお店を選ぶから、こんなガヤガヤ賑やかな所で飲むことはない。久しぶりで楽しかった。

 会計のあと、なっちゃんが「うち、これからちょうど休憩やさかい裏に行きましょー」と言ってくれたので、休憩室にお邪魔して15分位おしゃべりした。塩見さんがパチンコを週二回まで減らして、今は厨房のアルバイトを真面目にやってると聞いてびっくりした。

「調理師免許とるって言うてました。週四日、六時間以上の実務経験がいるんやて」
「あの塩見さんが! 凄いね!」
「桜さんに振られたからですよ、きっと」
「え? どういうこと?」
「いやー、何でもあらへん。それより彼氏さんからの連絡が減ってる方が気になりますね」

 なっちゃんにそう言われて胸が痛くなった。
 そうなのだ。
 忙しいのか、連絡がちょっと減っている。平日は勿論、土日でも、半日くらい送ったメッセージが既読にすらならなかったりする。

「確か、めっちゃ年上でしたよねえ?」
「あーうん。37歳……」
「そないに離れてるんですか! びっくりした! もしかして、SNSやらちょいめんどいんかなぁ」
「うん、もともと既読スルーも多い人だし」
「付き合いはじめは頑張って合わせとったんですかねえ?」

 じゃあ、今は頑張ってないってこと? 釣った魚にエサはやらないってやつ?
 私がちょっと落ち込んだのに気づいたのか、なっちゃんが慌てていた。

「気にしすぎたらあかんよ。年の瀬は仕事もせわしないんやろうし」
「そうだねえ……。なっちゃん、いつもありがとう。久しぶりに話せて楽しかったよ」
「うちもですよ! また遊びに来てください! 今度は是非、その彼氏さんも一緒に!」

 休憩室を使わせてもらったから店長や塩見さんにも挨拶をして店を出た。まだ開いているケーキ屋さんに寄って、ブッシュドノエルを買って地下鉄に乗る。ケーキが潰れないように気をつけて、酔いもすっかり醒めてしまった。

 今出川駅から歩いて、アパートが見えてきた時、心臓がとまりそうになった。
 路地に立っている細い長身の人影。見慣れた黒いコート。
 暗くても、遠くからでも、すぐにわかるその人。
 私の好きな人。
 


 駆け寄りながら(あ、ここまで丁寧に持ってきたのに、ケーキ多分片寄ったな)と思ったが、それより早く顔が見たかった。宮燈さんは相変わらず無表情だったけど、私を見てほっとしてるのがわかる。

「宮燈さん?どうして?」
「何度も連絡した」
「えっ?」

 しまったと思ってスマホを見ると何件も着信していた。
 マナーモードにしていたとはいえ、なっちゃんとのおしゃべりに夢中になって気づいていなかった。

「君はまた……」
「ストップ、ストップ!宮燈さん!」

 怒られるのは覚悟したので、宮燈さんの言葉を遮って手を握ったら、とても冷たくて申し訳なかった。いつから待ってたんだろう、約束通り家の中には入らずに。

「体が冷えてます。とりあえず家に入っ……」

 見上げたらぎゅっと抱き締められた。宮燈さんの匂いがして胸が苦しくなった。ドキドキしてると呟くような宮燈さんの声が降ってきた。

「会いたかった」

 腰が砕けるってこういうことかー!と、私は足に力が入らなくなって、体がふわふわしているのを感じていた。


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