わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

幕間 橘部長の彼女_1


 内定式までが採用担当の仕事。引継ぎの時、前任者からそう言われても、はじめはピンとこなかった。説明会を行ったり、面接スケジュールを組んだりするのが採用担当の仕事なのだから、内々定通達で採用活動が終われば、あとは研修担当の仕事だろうと思っていた。
 しかし、内々定通達から内定式までの間に辞退する学生の多さに驚いた。やっとその意味を理解した。
学生のグリップがどれだけ大変か。

 勿論、内定後に辞退する学生もゼロではないが、データの報告をしなければならないのは内定式までなのだ。だから、内定式は心底ほっとする。
それは人事部長である橘部長も同じだと思っていた。
 だが、もうすぐ無事内定式を迎えるのに、橘部長の機嫌が悪いような気がする。相変わらず無表情で淡々としているけど、時折、私用の携帯をじっと見ている。株価でもチェックしてるのかな。


 僕は内定式の準備で、学生の名札を作っていた。胸につけてもらう名札と、卓上に置くネームプレート。事務補佐の社員さんからそれを受け取り、誤字や漏れがないか名簿と照合しながら、「ああ、この子はやんちゃだから入社後どこに配属かな?」とか「この子は不安そうだったけど、大丈夫かな」とか、学生ひとりひとりの顔を思い出していた。
 僕にとって、学生はみんな弟や妹みたいな存在。六年目にもなると社会人生活に疲れも出てくるから、初々しい学生と接すると、僕もとても元気をもらえる。『清川桜』の名札を見ながら、「そういえば清川さんも元気な子だよなぁ。研修のディベートでもマイペースで面白かったし」と考えていた。確認していた所に橘部長が通りかかり、ふと歩みを止めて僕を見ている。

「どうしました?」
「いや……準備は滞りないかと思って」
「特に問題ないです。懇親会の方も斎木さんと打合せしながらすすめてます」
「そうか、ありがとう。懇親会に出席する学生の一覧はあるか?」
「一般職の人数も確定したので、すぐメールで送ります」
「よろしく頼む」

 橘部長が早足に自席に戻るから、僕は一旦手を止めて、メールを送る作業をした。
 何となく橘部長を見ていたが、特に変わった様子は無かった。ただ、やっぱりしばらく動きが止まっている。何か、引っかかる。


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