わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)
42. 橘部長から逃げ出す_2
心臓が軋んだ。
私の中にこんなどす黒い感情あったの?ってびっくりするくらい。
怒りじゃなくて絶望と破壊みたいな負の感情。
宮燈さんは無表情だったけど、その女がやたらと距離を縮めようとしている。
私の存在に気づいた宮燈さんと目があった。やっぱり無表情だった。いつもは分かるのに、今は気持ちが全然読めない。
少しは驚いたら?
それとも私なんか、もうどうでもいいから無表情なの?
平素だったら思わないであろう卑屈な思考に嫌気がさす。柄にもなく泣きそうになったから、二人の横を走り抜けた。
いや、走り抜けようとした。
でも、伸ばされた宮燈さんの腕に捕まってしまった。
「え?」と驚いたのは私だけじゃなくて、その女の子も同時に声をあげていた。
「待ちなさい」
「なんですか?」
腕を振り払って私が宮燈さんを睨む。宮燈さんは無表情だけど、何か言いたげな顔をしている。隣にいるその女・吉岡が、私と宮燈さんの視線の間に割って入る。
眉を下げて、でも笑いながら彼女が私に話しかけた。
「私たちが二人きりでここにいたって、内緒にしてくださいねぇ」
言葉の意味を理解できず、三秒程固まってしまった。
ああ、二人の逢い引きを見ちゃった私が逃げようとしたって感じね。OK、OK!
「うん、内緒にしとくね!」
「ありがとぉ、噂になっちゃうと困るんでぇ」
舌足らずなしゃべり方に、ついイラっとしてしまった。宮燈さんは無言だった。こんな所に一秒たりともいたくない。そう思ってたのに、吉岡はさらに話を続ける。
「清川さんってぇ総合職なんですよねえ~すごいなぁ~!バリバリ仕事して出世してくださいねぇ。海外勤務もあるんですよね? 結婚願望とかなさそう~」
「プライベートはあなたには関係ないでしょ、何言ってるの?内々定通達の時も、同期の男子から『行き遅れるぞ』とか言われたから、それが総合職の女子に対する世間一般の認識なんだろうけど、バッカみたい」
目の前の吉岡がポカンとした顔をしていた。
しまったー! 心の声が駄々漏れしていたーー!
私の悪い癖だ。それで杉岡さんにも嫌われてるのにーー!
私は「何でもない! ごめん!」と言って笑って誤魔化して宿泊棟の方へ逃げた。やべっ。これで吉岡を敵にまわしてしまった。やべっ。
脱兎のごとく逃げていたら、遠くから「え、橘部長?」と言う吉岡の戸惑う声が聞こえた。思わず振り返ったら、すぐ後ろに宮燈さんがいた。
私が「ぎゃー!」と可愛くない悲鳴をあげたら、宮燈さんに腕を掴まれた。物凄い勢いで追いかけてきたらしい。
いや、私も結構なスピードで走ってたんですけど?!
どんだけ早いの? これならゾンビからも余裕で逃げられるんじゃない? って今はそんな事は関係ない。
そのまま引っ張られるから、連行されてる宇宙人みたいになってたと思う。
「離してください!」
「大きな声を出さないで欲しい」
エレベーターに乗せられて、どこかの部屋に連れ込まれた。明かりの無い部屋で抱き締められた。何がなんだか解らない。
ジャケットを脱がされて、ベッドに押し倒される。ボタンが飛んでいったんじゃないかと思ったくらい乱暴にシャツを脱がされて、顕になった胸にキスされた。
「……宮燈さん!やだ!」
声が出て思わず両手で口を塞いだ。誰がいるかわかんない会社の研修所で喘ぎ声なんか出せない。息苦しい……でも気持ちいい。
このまま抱いてほしい。
蕩けさせてほしい……って!だめだめだめ!
私はもう挨拶して抜け出したけど、宮燈さんは多分まだ仕事中だし、早く戻らないと吉岡が変に思うだろう。
「ねえ、みや……橘部長! だめ、仕事に……」
そう言いかけて抵抗してる私を無視して、宮燈さんは両手を押さえつけて口を塞いできた。私は泣きそうになっていた。
宮燈さんがキスしてくれた。
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