わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

39. 橘部長と夫婦喧嘩する_1


【秋】


 内定式。総合職125名、一般職31名。
 総合職だけだった六月の内々定通達とは違って、十月の内定式は一般職も一緒なので女子も多い。
 そして、式典なので社長をはじめとした重役も揃っている。祝辞のために壇上にいる橘社長と目があって、にっこり笑ってもらい、少しドキドキした。宮燈さんとは別の魅力のある男性だなぁと思った。
 宮燈さんも常務として壇上にいたけれど、相変わらず無表情だった。「本当に偉いんだな。この人、私の夫かぁ」と、物凄く変な気分だった。
 式典が終わり重役が退場すると、横にいた女子学生が囁くように話すのが聞こえた。

「橘部長ってかっこいいよね」
「きゃ、こっち見てる!」

 こっち?と思って彼女らの視線の先に目をやると、重役を見送ったあとの宮燈さんが、扉の側で明らかに私を見ている。
 無表情で。でも綺麗な顔で。

 私は(こっち見んな!)と思って目を反らした。

「ねえ、まだ見てるよ。もしかして私を見てるー? おじさんだけどさあ、橘部長なら全然有りじゃない?」
「有りだね」

 一般職の採用は総合職とは別過程だから、人事部長との接点がほとんど無い。内定式で初めて宮燈さんを見た人もいるだろう。素直にキャッキャッとはしゃいでる同期に何故か胸がもやもやした。


 ……私と宮燈さんは一週間前から喧嘩している。口もきいてない。昨日だって、本当は宮燈さんの家に行くはずだったけれど、私はビジネスホテルに泊まった。原因は些細な事だったけれど、謝る事が出来ず、冷戦状態が続いている。悪いのは私なんだけど……。




 内定式後に、本社から場所を移して研修があり、夜には希望者だけの懇親会もあった。研修所に宿泊も可能だったので、私は「懇親会希望・宿泊希望」とどちらも参加希望で出していた。


 懇親会は研修所の食堂にて、立食形式で行われた。少しだがアルコールも出て、かなりくだけた雰囲気。
内定式は採用担当にとってはひとつの区切りらしく、内々定辞退されないように、ここまでにどう学生を保持するかが大変らしい。
総合職採用担当の林さんも、一般職採用担当の斎木さんも楽しそうにしている。


 でも、その楽しいはずの懇親会で、私はこれまでの人生で経験した事のない苛立ちを覚えてしまった。

 宮燈さんがめちゃくちゃモテている……。
一般職内定者の女子が群がるようにして、宮燈さんに話し掛けていた。
 あ、まあ、そりゃそうだよね。採用担当の林さんから、社内外にファン多数と聞いてたし。
 聞いてはいたけれど、目の当たりにすると何とも言えない気持ちだった。嬉しくはない。私だって宮燈さんと話したいし側にいたいけど、行くことが出来ない。

 女に囲まれても、相変わらず宮燈さんは無表情だった。でも、ボディタッチ多めの女が一人いて、私は何かカチンときていた。
 名札に「一般職内定者 吉岡」とあったから、こいつとは同じ部署に配属されませんようにと祈った。私は心が狭いから仲良くできない!

 触らないでくださーい!
 その人は私の夫なんですよー!
 と割って入りたい気分だったが、そんな自分にドン引きしていた。
 今の私にはそんな事を言える資格がない。宮燈さんは、きっとまだ私に怒ってる。それに、結婚している事は入社までは伏せておく約束なのだから、そもそもそんな事出来ないし。



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