わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

34. 橘部長と結婚しました_3


 お庭で遊んでると雨が降り出したので、母屋に戻ると書類の準備も整っていた。左京区役所まで車で行くと聞いたから、私が「10分位なら歩きませんか?」と言うと、橘部長が「……そうだな」と答えてくれた。そのやり取りを見ていたお父様とお母様が、少し驚いた表情になった。

「宮燈さんが雨の日に歩くなんて珍し」

 お母様がそう呟いていた。




 傘をお借りして、門から外に出て私は深呼吸した。緊張したー!
 閑静な住宅地は日曜日という事もあって、本当にとても静かだった。しとしと降る雨の音が心地いい。お散歩みたいで、何だか楽しい。初めて訪れた街だったから、きょろきょろしながら歩いているとすぐに左京区役所に着いてしまった。

 窓口で婚姻届を出す。あっさりと受け付けられて、拍子抜けした。

 これで、もう結婚しちゃったの?
 なんだか現実味が無い。現実味ゼロ。ゼロ~。
 そう思っていると、隣で橘部長が呟いた。

「……これでもう、我慢しなくていいな」
「これまでも我慢してましたっけ?」

 全然、自重してなかったくせによく言うわ!と思って言い返したが、返答は無かった。

「私は終電で東京に戻る」
「お夕飯をご一緒出来るんですよね」

 話しながら戻ったが、帰りは何だか早足な気がした。帰宅すると玄関に迎え出てくれたお母様に、無事婚姻届を出したことを伝えて、橘部長が言った。

「離れにいます。夕飯もそちらに」
「あらあら、桜ちゃんとお話したかったのに。宮燈さんたら、やらし」

 お母様はやっぱり物の怪じゃないかと思う。とても美しい顔で、ふふふと笑って手を振っていた。
 
「離れってどこですか?お夕飯は皆で食べるんじゃないんですか?何なに???」

 わけがわからないまま、橘部長に肩を抱かれて連れて行かれたのは、敷地内にあった小さな家だった。小さいといってもうちの実家よりは広い。

「母が再婚した当時、兄も姉も家にいたから、私は母屋に入れてもらえなかった。この離れが私の居場所だった」

 死別された前の奥様との間に一男一女があり、再婚はいいが連れ子がいるのに反対で、橘部長は「自分は母屋に来んといて」と言われていたそう……。
 
 今は誰も使っていないが、掃除や換気などの手入れはされているらしく、とても綺麗だった。
橘部長が使っていた私室に連れて行かれた。ベッドと小さな机だけの部屋。10歳の時に親が再婚したと言ってたから、まだ小学生だったはず。想像すると何だか寂しくなってしまった。
 うちは特に仲良しなわけではないけど、貧乏で家が狭いから常に顔を付き合わせて暮らしてきた。うるさいと思うことはあっても寂しいと思うことはなかった。
 俯いていると、橘部長の手が頬に触れる。

「今日は、ここがあってよかったと思っている。新幹線の時間まで覚悟して欲しい」
「…………まさか、ずっとえっちしようって言ってますか?」

 なんて酷い事を言うんだと思って見上げると、無表情だった橘部長が笑った。
 え、好き。
 


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