わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

30. 橘部長を疑うのは_1


 --結婚を考え直して欲しい

 母から話をしたいと電話がきた時から予感はしていた。だから私は小さな声で答えた。

「どうして?」
「だって、お付き合いしてまだ一ヶ月なんじゃろう?」

「けど会うたのは二ヶ月前じゃ」
「せえけど、短え思わんか?」

 うん、まあそれはそうだ。

「あんたまだ21歳なんじゃし、焦らんでもええじゃろ?そりゃあ、申し分ねえ程立派な人なんじゃろうが……。これから、もっとええ人がおるかもしれんし……」

 なにか母がおかしい。申し分ないと言いながら、もっといい人がいるかもと矛盾している。
手元の紅茶が冷めてしまうくらいの時間、私たちは黙っていた。ためらってためらって、よくやく母が口を開いた。

「あんた、内定欲しさに枕したんじゃねーか?!」

 私は盛大に紅茶を吹いてしまった。
 店員さんが新しいナプキンをたくさんもってきてくれた。むせながら謝って、落ち着いたらまた母が言う。

「おかしいじゃろ、あんたみてーな変人を妻にって」
「いや、我が子を変人って言い方も酷くねえ?」

「もしかして、妊娠しとったり」
「せん!しとらん!……もう。それでお母さん、なんか変じゃったんか」

「そりゃー心配して当然じゃろうよ。彼氏もおらなんだ田舎娘が、いきなり結婚じゃ言うたら、無理矢理孕まされたんかて心配するに決まっとる」

 私が騙されて妊娠して、いやいや結婚するんじゃないのか、と心配していたらしい。

「……私は……人を好きになったの初めてかもしれん。じゃけぇ、ようわからんけど、宮燈さんとは一緒におりたいて思うんよ」

 私がそう言うと、ようやく少しだけ母が安心した顔をした。

 父と私は、私が橘部長に釣り合わないと心配していた。
 母の価値観は逆だった。母から見れば橘部長は「うちの子」を連れ去ろうとする悪い大人。橘部長が「私に最良の相手かどうか」を心配してくれていた。

「ありがとう、お母さん。大丈夫じゃけえ」
「けど、あの人、全然笑わんね」

「笑わんて有名らしいんよ。氷の美貌じゃて」
「あんたの前では笑うん?」
「…………うん、時々」

 それを聞いた母は「あら~」と言いながらにやにや笑った。それからしばらく、母と二人で橘部長について、あれやこれや話した。

「綺麗な顔しとるけぇね。びっくりしたんよ。ほら、お母さんが好きなあの俳優さんに似とらん? あのーあれ、去年の朝ドラの」
「芸能人のこたぁわからんよ。てか、お母さんはカッコイイ人見たら、いつでもその俳優さんに例えとらんかいのう」
「もーお母さんはねえ、ドラマ見るくらいしか楽しみがねぇんよ」

 大学に進学してから、こんなにゆっくり母と話したのは初めてかもしれない。盆も正月も、特別手当がつくから、あえて帰省せずにアルバイトをしていた。たまに帰っても、疲れてる母と長く話す機会もあまりなかった。何だか楽しかった。妹や弟の話もしてもらって、時計を見たら、そろそろ新幹線の出発時刻が近づいている。

 橘部長が迎えて来てくれて、母に改めて挨拶をしていた。
 母はホームまで見送りに来てくれて、乗り込む前に私を抱き締めて言った。

「好き合うとるならええんよ」


「それがね、お母さん。この人、私のこと好きかどうかはわからんらしいんよ」とは言えなかった。




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