わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

12. 橘部長がついてきて困る_1


 うちに連れ込みましたとか、ふつー親に言う?!

 顔が熱い。隣の橘部長は平然としてたけど、私は多分、真っ赤な顔になってたと思う。
 橘社長が「珍しい」と呟き、私に向かって言った。

「息子は見ての通り偏屈だが、大丈夫かな?」
「あ、はい……。こちらこそ……」

 私の方こそ大丈夫なのかな、と心配になった。社会で何の実績もあげてない私なんかが、橘部長と結婚して大丈夫なのかな。
 特別美人でもなく、銀行頭取の娘とか代議士の娘とかの付加価値もない、潰れかけた町工場の娘なんだけど。
 ちらりと横の橘部長を見上げたけど、無表情のまま前を向いている。

 ああ、顔がいいなあ~!ドストライクだなあ~!眼福眼福。
 昨日みたいに笑ってくれないかなと思ったから、袖を引っ張ってみた。気づいた橘部長が私に視線を寄越す。橘部長が少し口を歪めた。
 うーん、多分笑おうとしてるんだろうけど、全然笑えてないわ。

 私と橘部長との結婚は、しばらくは社内でもごく一部の関係者だけに留めること等を父子が話していた。私にはよくわからないが、社内に派閥があるらしい。社長秘書の森谷さんが「申し訳ありませんが、そろそろ」と声をかけてきたので、橘社長が私に向かってにっこりと笑って言った。

「息子を、よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 人を魅了する笑顔だったから、社を背負って立つ人って人間の出来が違うんだなって妙に感心していた。
 隣に立っている橘部長は社長とは真逆で、やっぱり無表情だった。



  東京駅のホームでも橘部長は無表情だった。もう慣れたし、なんとなく表情の違いも分かるようになってきたから気にしないけど、やっぱり昨夜みたいに笑って欲しい。

「あのー、橘部長って本当に私の事、好きなんですか?」

 物凄く今更な質問をしてしまった。
 私は橘部長が好きだから、昨夜えっちしながら「好きですっ!」って叫んでたけど、よくよく思い返せば、私は橘部長から「好き」とか「愛してる」とか言われてない。

 一度も言われてない。

 いきなり「結婚してくれないか」だったから、心配になってきた。これは壮大なドッキリなのでは……。誰が何のためにかは、この際関係ない。

 全然答えてくれないから、心配になって確認するために見上げたけど、橘部長はやっぱり無表情だった。
 学生とヤっちゃったから仕方なく結婚するだけで、好きじゃない???
 笑ってるのを見たから、私ってば勘違いしちゃった?
 答えてくれないからもう一度聞こうとしたら、発車のアナウンスが流れた。そろそろ乗らなければ。


 少し離れた場所にいる杉岡さんからは、相変わらず不機嫌オーラが出ている。丸の内の双葉本社ビルから、東京駅は目の前とはいえ、忙しい橘部長が私の見送りの為に時間を割いているのが相当気に喰わないのだろう。
さっきも「婚約?!?!こんな生意気な小娘と?!正気ですか?!あの時エレベーターから叩き出しておくべきだった!!」と叫んでいたし、本当に嫌われている。


「次に会えるのは一ヶ月後の内々定者研修ですね」

 私がそう言うと、少しだけ橘部長の表情が揺らいだ。

「ひと月か……」

 そう呟いて、私の背を押して「乗りなさい」と言った。
東京と京都の、いわゆる遠距離恋愛になるわけだから、一般的な恋人同士なら最後にキスとかするんだろうな、と思って振り返ったら、何故か橘部長も新幹線に乗り込んでいる。



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