わかりました、結婚しましょう!(原題:橘部長を観察したい!)

ゆきづき花

01. 橘部長にひっかかる_1


<ご確認ください>
採用選考指針は毎年のように変わります。
このお話では、3/1→広報活動解禁日、6/1→採用選考解禁日、10/1→内定解禁日とさせて頂きます。
ご了承ください。このお話はフィクションです。


【初夏】

「すみません!降ります!降ります!私も!私もこの駅で降りまぁー……あああ!」

 キンコンキンコンと合図が鳴り、あと少しの所で電車のドアが無情に閉まった。ぎゅうぎゅう詰めの周りのおじさんたちが、恐らく私に向かってだけでなく、この状況の全てに「嗚呼」と哀れみのため息をついていた。

 東京に来ること自体が初めてだったから、迷子になっても大丈夫なようにかなり早めにホテルを出た。

 でも、車輛の中で地獄のような通勤ラッシュの人波に押されてしまった。
田舎者の私が「ああ、この駅だから降りなくちゃ」と扉に向かった時には既に遅く、乗り込む人に押し戻されてしまった。
「すみません!」と言いながらなんとかドア付近までたどり着いたが、結局降車予定の駅で降りられず、田舎育ちの私は「東京で働く事自体が無理なのでは」と早くも諦めかけていた。

 私、清川桜は現在、就職活動の疲労のピークを迎えている。

 経団連の定めた企業の採用選考解禁日はまだだが、暗黙の了解として、水面下で大手企業の採用面接はすでに始まっている。

 今日の面談(採用面接ではなくあくまで面談)は、株式会社双葉の人事部長。
 双葉は中堅の総合商社。
 これまで三回の面談は大阪会場だったから、東京本社は初めて。

 約半年前から、プレエントリーだのエントリーシートだのセミナーだのリクルーターとの面談だのをこなし、卒論の準備、ゼミでの発表、そして何より生きるためのアルバイトを続けてきた。

 貧乏なのに大学まで行かせてくれた両親には感謝しかない。でも、さすがに「大企業に入ってバンバン稼いで親孝行する計画」は私には無理があったかもしれない。
 文学部には荷が重かった。やりたいことがあったから選んだ学部学科だが就活では役に立ってはくれない。民間企業より公務員の方が合ってるのかもしれない……。


 ボロボロになりつつ、なんとか心を奮い起たせてたどり着いた双葉の東京本社ビルにも人がたくさんいて、頑張って乗ったエレベーターで私はもみくちゃになっていた。

 私は身長が低い。自称150cm(本当は148cm)だから、人がたくさんいる場所では埋もれてしまう。
会議か研修でもあるのか4階でたくさんの人が降りていき、私は人波に流されて、今度は降りるはずの階じゃないのに降りてしまった。

 まだ、4階……私が行きたいのは12階。階段は無理。今の私では多分、途中で行き倒れる。シルバー基調のエレベーターホールにはたくさんの人が次が来るのを待っていた。げんなりしつつ、ふとホール奥を見ると、黒いエレベーターの前には誰もいない。

 貨物用なのかなー?

 そう思ってとりあえず上ボタンを押すと、たまたますぐに扉が開いた。中には男性が二人だけ。

 なぁんだすいてるじゃーん、と乗り込み閉ボタンを押そうとした。

「待ちなさい、君は誰だ?」

 慌てたような声がしたが、気にせずポチッとボタンを押す。
急に肩を掴まれたから振り返ると、40代位の男性が怒ったような顔をして見ている。生真面目そうな顔をしたその男性は、私の首にぶら下がってる「Visitor」のネームプレートをガン見したあとこう言った。

「ここは役員しか乗ってはいけない。案内を見てなかったのか? 見たところ就活生のようだが不注意過ぎる。大学と名前を述べなさい」

 ……なんですと?

 役員専用のエレベーター? そんな表示あったっけ?

 全然見てなかった。だから誰もいなかったのか。

「役員専用! 他は混み合ってるのに、ここは二人しか乗ってないなんて勿体ない。開放しちゃえば良いのに」

 しまった、と無意識に口を手で塞いだが遅かった。心の声が駄々漏れしてしまった。目の前の男性はすごむように「どこの大学かな?」ともう一度問いかけてくる。

 やべっ。大学名と名前を言ったら落とされるに違いない。やべっ。もう今後、うちの大学からはこの会社に採用されないかもしれない。後輩達に迷惑をかけてしまう。就職支援室の先生達にお説教され、謝罪に行かされるに違いない。やべっ。
適当に言って誤魔化したら、あとでバレた時にもっと酷いことになるだろう。

 多分、ひえええと怯えた顔をしてるであろう私の肩を掴み、その男性は私を睨み続けていた。


「それくらいにしておけ、杉岡。間違いは誰にでもあるだろう。それに、役員専用エレベーターは要らないという意見には、私も賛成だ」


 そう言ったのは、奥に立っていたもう一人の男性。びっくりするほど綺麗な顔をした人だった。


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