家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第97話 瀬崎幸人編 別れ話

嘉人が2階に上がったのを見届けて、俺は話を再開する。

「注意するのに、手を上げる必要はないだろ」

「言っても聞かないんだから、仕方ないじゃない」

妻は開き直る。

「今までにも、手を上げたことあるんだろ」

「たまによ。毎日じゃないわ」

毎日じゃなきゃ、手を上げてもいいと思ってるって事か。

「前に、児童相談所が聞き取りに来ただろ。
 あの時も、本当は手を上げてたんだな?」

妻は、目を伏せて答えない。

「病院でも言われただろ。
 ADHDは、衝動的に手が出やすいって。
 君もなんだな?」

やはり妻は黙ったまま。

俺は、帰りの車で決意した事を告げる。

「俺たち、別れよう」

妻は、焦ったように顔を上げた。

その表情に不安の色が滲む。

「なんで……?」

「君は、きっとこれからもイライラしたら、嘉人に手を上げるだろ。
 俺たちの夫婦関係は、もうずっと前に終わってる。
 だったら、ここで、けじめをつけよう」

妻の目から涙がこぼれた。

「なんで?  いやよ。
 もう、絶対嘉人を叩かないから、
 お願いだから、そんな事言わないで」

俺は、書斎の机から、随分前に興信所から受け取った報告書を持ってきた。

目の前に証拠写真を並べられても、妻は首を振り続けた。

「違うの。
 私が好きなのは、てんちゃんだけなの。
 私がこんなに好きなのに、てんちゃんは、本社に行ってから、仕事ばっかりでちっとも構ってくれないから、寂しかったの。
 女だって、溜まるのよ。
 我慢できなかったの。
 体だけの割り切った関係なら、問題ないと思って。
 気持ちは動いてないんだから、浮気じゃないでしょ。
 言ってみれば、浮体よ」

浮ついたのは、気持ちじゃなくて、体だから、浮体!?

よくもまぁ、そんな屁理屈を……

「俺がなんで今まで君を抱かなかったと思う?
 他の男に抱かれた女を抱きたくないからだよ。
 俺は今までも君を抱かなかったし、これからも2度と君を抱く事はない。
 このまま俺と婚姻関係を続けるなら、君は一生、満たされないまま生きていくんだ。
 それは、君の本意じゃないだろう?」

「もう、しないから。
 てんちゃんだけにするから。
 だから、お願い」

妻は、俺の足元に縋った。

だけど、俺は許す気はない。

「君は、嘉人に暴力を振るった。
 浮気の証拠もある。
 裁判になれば、君が負けるのは火を見るよりも明らかだ。
 俺と嘉人は、君に慰謝料を請求する事もできる。
 だけど、今、出て行けば、慰謝料を請求しないばかりか、当面、そうだな、3ヶ月分の生活費をやろう。
 今、使ってる車もやる。
 どうする?」


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