家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第74話 春休み

翌朝、私がいつもの携帯のアラーム音で目覚めると、私の体に気怠さを残して、瀬崎さんはいなくなっていた。

慌てた私は飛び起きる。

階段を駆け下り、見回すと、ダイニングテーブルに書き置きを見つけた。

[目覚めるまで一緒にいてやれなくてごめん。
 嘉人が心配だから、帰るよ。
 また今夜、会いにくる。
 夕凪、愛してる]

そうだ。
嘉人くん、昨夜は泣き疲れて寝ちゃったんだ。

瀬崎さんって、いいお父さんだな。

私は、いつも通り出勤の支度をする。

今日は学年の引き継ぎがある。

1年生の学習費で購入した画用紙や作文用紙、カラーペンなどの備品を、進級に伴い、2年生の教材室へ運ばなくてはいけない。

私は動きやすく汚れてもいい、ジャージ姿で出勤する。

「おはようございます」

私は元気よく挨拶をして職員室へ入る。

「おはようございます」

席に着くと、武先生が挨拶をしてくれる。

「おはようございます」

私は改めて武先生に挨拶を返して、机の整理を始めた。

1年分の職員会議の資料や名簿など、そのままリサイクルに出せないものをシュレッダーにかけていく。

そこへ武先生から声がかかる。

「夕凪先生、きりのいいところで教室の方を片付けに行きましょうか」

「はい。もう、終わります」

私は、残り数枚をシュレッダーにかけて、武先生と1年生の教室に向かった。

2人で、2年生の教材室へ運ぶもの、1年生の教材室に残しておくものを仕分けていく。

手を動かしながら、武先生が聞いた。

「もう、瀬崎さんには返事をしたの?」

これは、言っちゃダメなヤツ?

「31日までは、まだ嘉人くんの担任ですから」

私は返事をごまかした。

「そんなのあと数日でしょ。
 黙ってれば分かんないのに、真面目だねぇ」

武先生は呆れたように言う。

「いえ、そんな事は… 」

「ま、いいや。
 とにかく、誰になんて言われても、負けちゃダメだよ。
 夕凪先生が幸せにならないと、俺が諦めた意味がないからね」

武先生はそう言って私の頭をぽんぽんと撫でる。

そういえば、この1年、武先生の頭ぽんぽんに翻弄されたなぁ。

その後、私たちは、2人で荷物を抱えて2階の2年生の教材室へ向かった。

春休み中は、夏休みと違ってやる事がたくさんあるけど、子供がいない分、精神的には気楽に仕事ができる。

明日は、教室の教師机を移動する。

午後、私は、机の中を空にして引き出しの中まで雑巾で拭く。

立つ鳥跡を濁さず。

私は、教室の隅々まで掃除をする。

ロッカーの中、棚の上、棚の中、掃除道具入れの中。

自分の家でもこんなに掃除した事ないのに。

今日はジャージでよかった。

私は今日1日を肉体労働で終えた。

私は廊下を歩きながら、無意識に腰をトントンと叩く。

それを見た武先生が言う。

「夕凪先生、頑張りすぎだよ。大丈夫?」

いや、この腰痛の原因は仕事のせいとは限らない気も…

「ははっ
 大丈夫です。
 もう若くないって事なんですかね?」

私は笑ってごまかした。

「夕凪先生は、十分若いよ。
 じゃなきゃ、俺がじいさんって事になるでしょ?」

と武先生が笑う。

「武先生は、まだまだ若いですよ。
 子供が言ってましたもん。
 武先生は25歳だって」

子供は、なぜか先生の年齢を知りたがる。

そこで「何歳だと思う?」と聞くと、とんでもない数字が帰ってくる事が多々ある。

「この前、子供に歳を聞かれたんです。
『夕凪先生、何歳?』『28』
『じゃあ、武先生は?』『何歳に見える?』
『25!』
 思わず脱力しましたよ。
 私、武先生より年上に見えてたんだって」

私が項垂れると、武先生は笑った。

「くくっ
 それは嬉しいなぁ。
 でも、1年生の言う事は間に受けちゃダメだよ。
 俺、三宅先生に20歳って言ってるのを聞いて思わず笑ったもん」

「ふふっ
 分かってますよ。
 それでもがっかりするのは仕方ないでしょ?」

三宅先生は御歳50歳。
まあ、大人が見れば、少なくとも40を超えてるのはすぐに分かる。

でも、子供にはまだ大人の年齢を推察する能力はない。


私は、体力は使ったけれど、和やかに穏やかに1日を終えた。

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