家庭訪問は恋のはじまり【完】

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第1話 入学式

「お は よ う ご ざ い ま す!!」

入学式の朝、私は明るく元気に教壇から挨拶をする。

「お は よ う ご ざ い ま す!!」

子供達も声を揃えて挨拶を返してくれる。

かわいい〜!!

昨年度は5年生の担任だったから、1年生は可愛くて仕方ない。

私、小学校教諭になって6年目の神山夕凪こうやま ゆうなは、この春、1年生の担任になった。

私の後ろには、昨日、1日がかりで描いた『にゅうがく おめでとうございます』の文字と大きな桜の木。その下には、ランドセルを背負ったうさぎさんとくまさん。

手をチョークの粉塗れにして、何度も描き直しながら、頑張った。

私は入学式に向けて、子供達に必要事項を説明する。

「今日はこの後、入学式があります。
 この中で卒園式に出た事がある子、いるかな?」

「はーい!」
「はい!」

元気よく全員が手を挙げる。

ふふっ
素直でいいなぁ。

「入学式はね、」

「先生、ぼくね、卒園式でね、」

1番前の席の男の子が、私の説明に割り込んで話し始める。

瀬崎嘉人せざき よしとくん。

保育園からの書類に書いてあった。

《 クラス中を振り回す問題児 》

だから、出席番号順だけど、彼が1番前の席になるように机の並びを工夫した。

「嘉人さん、今、先生がお話したいから、嘉人さんのお話は、また今度ね」

「ええ!?  
 だって、ぼく、卒園式したもん。
 だからね、その時ね、」

嘉人くんの話は終わらない。

「嘉人さん、先生がお話しないと、みんなが入学式に行けないの。
 お話、聞いてくれるかな?」

「うん、あとでね。
 でね、ぼくね、」

うーん、手強い…

でも、後ろにも廊下にも、綺麗に正装した保護者が並ぶから、声を荒げて怒る訳にもいかない。

「瀬崎嘉人さん!」

「はい!」

返事はいいんだけどなぁ…

「今から、1組のみんなで競争をします。
 嘉人さんは、がんばれるかな?」

「かけっこ!?
 ぼく、かけっこ速いから、絶対勝つよ」

「残念。かけっこでは、ありません」

「ええ!?  競争じゃないの?」

「競争は競争でも、誰が1番長くお口にチャックできるか競争です。
 先生のお話が終わるまで、一言もおしゃべりしなかった子が勝ちです」

私が言った途端に、嘉人くんは真一文字に口を引き結んだ。

私は、説明をする。

嘉人くんは、一生懸命、我慢する。

うん、やろうと思えばできるじゃん。

私は、少しほっとした。

「入学式では、いろいろな人からお祝いの言葉をいただきます。
 前に立った人が、
 『ご入学おめでとうございます』
 と言ったら、みんなは、
 『ありがとうございます』
 と元気よくお礼を言いましょうね」

「はい!」

「じゃあ、練習しますよ。
 ご入学おめでとうございます」

「あ り が と う ご ざ い ま す」

クラス中がお礼を言う中、嘉人くんは黙ったまま。

「嘉人さん、『ありがとうございます』は?」

「喋ったら負けなんでしょ?
 ぼくの勝ち?」

嘉人くんは満面の笑みを浮かべる。

うーん…
たしかに、喋るなとは言った。

だからって、返事も挨拶もしないとは…

「嘉人さん、静かにできましたね。
 花丸です。
 じゃあ、今度は、挨拶の練習ですよ。
 おめでとうございます。」

「あ り が と う ご  ざ  い  ま  す」

今度は嘉人くんも挨拶した。

よかった。


だけど…

はぁ…

入学式に行く前から、こんなに大変なんて…

 




◇ ◇ ◇

「木村先生〜、無理です〜!
 自信ありませんよ〜」

私は、その日のお昼、お弁当のエビフライを頬張りながら、学年主任の男性教諭に泣きついた。

神山こうやま先生なら、大丈夫ですよ。
 自信持って、頑張ってください。
 困った時は、いつでも相談に乗りますから、声掛けてくださいね」

木村先生が微笑んでくれる。

ああ、癒される〜

木村武きむら たける先生。
36歳。独身。………イケメン。

子供にはもちろん、保護者からも人気がある。

こんなにいい人なのに、なんで独身なんだろう?

毎日、仕事を頑張りすぎて、結婚できないタイプ?

いやいや、普通は女が放っておかないと思うんだけど。

「嘉人くん、保健調査票によると、まだ正式な診断は受けてないんですよね?
 家庭訪問でお願いした方がいいんですか?」

「そうだねぇ。
 もし、その前に何かトラブルがあるようなら、保護者の方に学校に来ていただいてお願いする事もあるけど、何事もなければ、家庭訪問の時でいいと思います。
 まぁ、今日の感じだと、間違いないと思いますけどね」

何が間違いないのかというと、嘉人くんがADHDという発達障害を抱えてるという事。

注意欠陥・多動症とも呼ばれるこの障害は、時に、わがままや自己中心的に見られる事も多く、お友達とのトラブルも起こしやすい。

生まれつきの障害なので、本人もどうしようもない部分もあるけれど、今は症状を抑える有効なお薬もあるし、早めに分かれば、対処の仕方を覚えて、障害との上手な折り合いのつけ方を学ぶ事もできる。

そうやって、嘉人くんが少しでもお友達と仲良くできたらいいな。


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