冷徹御曹司の無駄に甘すぎる豹変愛

あいすらて

9


しばらく会社の周りを早足でグルグル回る。

(何をショック受けてるの。こんなのわかってたことじゃない)

烏丸怜の結婚相手は、烏丸商事にメリットのある女性だと、本人からも水上さんからも、事前情報はもらっていた。
無駄な恋などしている時間がもったいないから、私を女避けに使おうとした。 
下衆な男だと……釘を刺された。
それから……色々あったけれど、結局つまりはこういうこと。
私が彼の唯一無二の女性になれるだなんて思い上がりもいいとこだった。
肩をすくめながらもう一度エントランスに戻り、エレベーターに向かう。
タツキさんに会ったら、笑顔でおしゃべりしよう。
あなたのおかげでとても楽しく働けています、ってお礼を言おう。
そしてもう。
烏丸怜への未練は断ち切る。
そう思った瞬間、涙がこぼれた。

「倉田さん」
急に名前を呼ばれてびくっとする。
振り向くと水上さんが立っていた。
慌てて手の甲で涙を拭う。

「おはよう……え?」

心配そうな彼にペコリと頭を下げる。
しまった。ダメなところを見られてしまった。

「目にゴミが入って……失礼します」

私は一礼し、エレベーターに乗り込んだ。
水上さんの眉根が中央に寄せられている。

「後でメールしますね」

何故か水上さんはそう言って、私にひらひらと手を振った。



社長室に入るまでに、結局10分ほどかかってしまった。
ノックの後、深呼吸をし笑顔を作って中へと入る。

「おお。ひかりさん。相変わらず綺麗じゃのう」

タツキさんは目尻を下げて私との再会を喜んでくれた。

「お久しぶりです。タツキさん」

笑顔が引きつっていないか気にしながら、私は頭を下げる。
常夏の島でこんがり焼けた、アロハ服姿のタツキさんはとても元気そうだった。

「……どうした? 何かあったのか?」

烏丸さんが不思議そうに声をかけてきた。

「いいえ」
「目が腫れてる」

そうだ。この人は鋭いんだった。
水上さんと同じように。

「コンタクトがズレて……直してきました」

本当は視力1.0だが、水上さんと同様に、都合のいい嘘でその場をごまかす。
烏丸さんのスマホがデスク上で震えた。

「……しばらく席を外します。ごゆっくり」

タツキさんに頭を下げ、烏丸さんはスマホを耳に部屋から出ていく。

「相変わらず、せわしない男じゃのう」

たった今出したばかりのコーヒーを啜りながらタツキさんは笑う。

「まあ、良い。ひかりさんもここに座って、ワシの相手をしてくれんかな」

促され、私は彼の正面に座る。

「なあ、ひかりさん。あんた、怜と結婚する気はないかな?」

前置きなしでズバリ、そう言われて、私は思わず硬直した。
さっき烏丸さん本人に拒否されたばかりなのに。

「どうしてそんな事をおっしゃるんですか? タツキさんったら、おかしいですよ」

とりあえず、笑って流してみる。

「いや、最初から期待しておった。あんたにうちに来て欲しいと」

すごく……緊張した。
エアコンと自分の心臓の音が鼓膜に響く。

「怜の両親はこの世におらん。わしは怜に本当の家族を早く作ってやりたいのじゃ」

遠い目をするタツキさん。

「あんたなら申し分ない。1ヶ月以上、あの怜と仕事ができたのなら、相性もいいはずじゃ」
「え……?」

あの怜と、とタツキさんは言った。

「魔王は怜じゃったのじゃろう?」

タツキさんは私の目を見ながらゆっくりと話す。

「当然気がついとったわい。どんなにわしの前で猫をかぶっても孫の性格くらい、把握しとるわ」
「……あれは悪口を言ったつもりじゃなくて……ただの……世間話でした」

言い訳をしようとする私を、タツキさんは片手を振って制する。

「わかっとるよ」
「……今は心から尊敬しています。本当です」
「……わしにとっては自慢の孫じゃ。幸せになって欲しい。ひかりさん、どうじゃな?」

タツキさんは身を乗り出す。
本当に……孫愛がすごい。
きっとタツキさんは烏丸さんが寂しくならないように、心を砕いてきたのだろう。
私は微笑んだ。

「タツキさんは初めて会った時からずっと私を評価してくださって……ありがとうございます。でも、それは……ないです」

タツキさんは、名残惜しそうな表情で呟いた。

「どうしても……?」
「はい」

「……同じ籠に入れれば……どうとでもなると思うとったが難しいもんじゃの」

寂しげな声が部屋の中に響く。
しばらくたわいのない話を続けた後、タツキさんはお土産を残し、帰っていった。
しん、とした部屋の中で、ふとブレスレットに目を向ける。
どんなに手首を捻っても、とれない不思議なアクセサリー。
これは恋じゃなくてビジネスのためのお守りだ。
烏丸さんのことが好きで大好きで、恋人としていられないのなら仕事で一生側にいる。なんて思っていたけれど、やっぱりそんなの絶対無理だ。
どんどん欲しくなってくる。
烏丸さんの全てが、人生が欲しくなってくる。
自分がこんなに欲張りなんて思っていなかっ仕事だけじゃなくて人生のパートナーとして隣にいたいとどうしても思ってしまうから……烏丸さんの人生を壊す前に身を引こう。

(そのためにも……新しい仕事を探さなきゃ)

私はそう決意した。



『今晩飲みに行きませんか』

午後3時を少しすぎた頃、水上さんからメールが届く。
どうしようかと一瞬迷う。やっぱり泣いてる事を気づかれたんだ。
慰めてくれるつもりだろうか。そんな事……期待してなどいないのに。
それでも結局誘いに応じたのは、
烏丸さんには、まだまだ謎が多すぎる。

午後7時半。
烏丸さんに内緒で男の人と飲みに行くなんて、初めてで。
秋に近づき、肌寒くなった街路を歩きながら、小さな罪悪感が胸をよぎる。

待ち合わせのバーに水上さんは先に来ていた。

「こんばんは。カクテルでいいですか?」
「はい」

隣の席について、出てきたカクテルで乾杯をする。

「今日、泣いてましたよね。怜と喧嘩でもしたんですか?」

一口飲んだ後にそう言われて、私は思わず噴き出しそうになった。

「いえ、まさか……」
「付き合ってるんでしょう? 女避けパーティーがきっかけかな」
「違います……」
「隠さなくても大丈夫ですよ。だってほら、それ」

水上さんは私のブレスレットにそっと触れた。

「これ怜からのプレゼントでしょう。これでも一応兄弟分だから、それが何なのか僕にはわかります」

ピシッと指摘され、私は困惑した。
そこまでわかっているなら、もう仕方ない。

「水上さんには内緒にするよう、言われてました」

観念してそう告げる。
どっ、と肩が軽くなった。

「それはタツキさんに伝わるのが嫌だったんでしょう。ほら、僕って、タツキさんのスパイみたいなもんだから」
「スパイ?!」
「まあ、恋愛なんて身内には知られたくないもんじゃないです?」
「はあ……?」
「ま、僕でよかったら相談に乗りますよ。心配事があるんでしょ」

冷たいコップの感触を指先に感じながら、私は考え込む。

私は烏丸さんに遊ばれているのか。
そんな質問で烏丸さんの評判を落とすのは耐えられない。
だったら何故、私はついてきたんだろう。

「短い間だったけど、僕と倉田さんは一緒に研修した仲じゃないですか。あ、そうだ」

水上さんはいたずらっぽく瞳を輝かせた。

「今から研修の続きをしましょうか。何でも聞いてもらって大丈夫ですよ。タツキさんのことでも怜のことでも」
(どうしよう)
私は頭の中で逡巡を繰り返した。
今、この人に何かを打ち明ければ、烏丸さんに迷惑がかかるかもしれない。そんな不安が頭をよぎる。
でもそういえば、私が烏丸商事で働くことになったのはタツキさんに窮状を打ち明けたからだった。
そのおかげで私が無職だということが伝わり、たつきさんは私を助けてくれた。
今回も……何か起きるかも。

「水上さんから見て烏丸さんさんはどんな人ですか?」

考えて考えて考え抜いて、そんな質問を繰り出した。

「非の打ち所のないいい男」

水上さんはきっぱり言って……逆にそれが嘘っぽく感じられた。

「何か含みがあります?」
「いやいや何でそう思うんですか?」
「それこそ研修の時色々おっしゃってたじゃないですか。女除けの話とか……下衆だとか」
「あー、あれは嘘ですよ」
「え?」
「全部嘘です」
「どうして……そんなこと」
「最初にエレベーターで少しお話をしたでしょ。あの時ね、怜の秘書としては気が弱すぎるかなと思ったんです。僕にとって奴はとっても大切な存在なので彼の周りにいる人間には厳選したいわけですよ。タツキさん、見る目ないんじゃない? と思ってしまいました」
「……はあ……」
「ま、様子見と言いますか。性格悪くてすみません」
「なんだか、よくわからないけれど、水上さんは、烏丸さんが好きなんですね」
「はい」

もうここまで聞いたら全部気になっていることは聞いてしまおう。

「烏丸さんさんはお金儲けが目的で、タツキさんの前ではいい子の振りをしてるんだとか結構すごいことおっしゃってましたけど」
「あれも全部嘘ですよ。あの時は倉田さんにちょっとだけ敵意を持ってたからなー。明らかに酷いことされてるのに、やり返したい、って思わないなんて偽善的って思っちゃったんですよ。他人のポリシーにいちゃもんつけるなんて、それこそ下衆ですよね。反省してます」

水上さんはグラスの氷をからからと回しながらこう続ける。

「怜はすごく変わりました。明るくなった」
「そうなんでしょうか……私にはよく分かりません」
「とにかく怜は倉田さんのことを大切にしてますよ。だから一人で抱えて泣いたりなんてしなくていいですよ」

水上さんはそう言ってくれるけれど、私はまだ落ち込んでいた。
やっぱり自分に自信がない。
それに確かに聞いたのだ。
私と結婚する気はない、って。
あれは一体何だったのだろう。

「タツキさんと烏丸さんの会話を聞いてしまったんです……タツキさんが私との結婚を勧めてて、烏丸さんは断ってた」
「それは本当ですか?」

水上さんは目を丸くしている。
やっぱり彼的にも良くない状況なんだ……。
改めて落ち込む。水上さんはグラスを開けると私に真っ直ぐ向き直った。

「……まあ、でも僕はこう思うんですよ。一番大切なのは倉田さんの気持ちじゃないかって。怜のことをどう思ってるんですか」
「私……ですか?」
「もし遊びだったら別れるんですか? そんなの無駄だと思いますよ。好きなら好きという気持ちを貫く。相手に合わせる必要なんて、ない」

そう言われてはっとした。
確かに私は烏丸さんの気持ちばかりを考えて、本音と向き合ってこなかった。
一度は恋心を自覚したのに、打ち消した。
いつもそうだ。

「もっと倉田さんはゴーマンになっていいと思います。それでもやっと普通レベルですよ」
「烏丸さんと話さなきゃ」

私は呟く。

「あいつのマンション、教えましょうか?」

水上さんが笑って言った。


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