【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(29)

「...小川先生」
そう名前を思わず声に出しながら、振り返るとそこにはあの時と何も変わらない先生がいた。
「はい、小川ですが」
少し口角を上げて笑うその笑顔は、私がずっと見たいと願っていたもの。
それは何も、変わっていない。
「あ、小川先生、来年度から国語科の教員になる華ちゃんです!俺の大学の後輩でして!先生が見当たらなかったので俺が簡単に説明しちゃいました」
栗原さん、先生だって東風大学です。
私がその大学出身なのは、栗原さんよりも先に先生が知ってます。
そんな対抗意識を勝手に思ったりした。
「おうそうか、ありがとな。あ、そうだ。これクラスの担当分け、決まったから確認しといて。」
そう言って先生は、私と栗原さんに1枚ずつ紙を渡した。
「ありがとうございまーす!」
すぐに用紙を確認した。
私の名前私の名前...あった。 
【2年B組 担任補助 菊池華】
じゃあ、小川先生は...あった。
【2年B組 担任 小川圭】
嘘、奇跡が起こった。
こんなこと、1年目からあっていいの?これは、運命以外なんて説明すればいいの。
高ばる気持ちが抑えられず、思わず笑みが溢れているのに気がつき、私は急いで小川先生の方から、顔を背けた。
大きく深呼吸をする。まずこれは、1年間先生と一緒にいられるという意味。1年間、先生と一緒にいる理由が、既にできたという意味。
その内容を自問自答し、私は勢いよく先生の方へと顔を向け直した。
なのに先生はもう歩き始めていて背中しか見えない。 
「ちょっと小川先生!俺に問題児ばっかりのクラス担当させたでしょ!卑怯ですよ自分だけ華ちゃんも取って!」
担当させた...?それは、どういう意味なのだろうか。
「担当させたって、どういうことですか?」
「クラス担当分けは毎年ローテーションで担当してるんだけど、今年は小川先生なの。ひどいよね!俺に仕事ばっかり押し付けてさ。」
小川先生が決めたんだ。先生が、私を先生の担任補助に選んだんだ。先生が私を、選んだんだ。
「あ、そうだ」
何かを思い出したように私達の方に振り返った先生は、栗原さんを指差して一言だけ言った。
「華ちゃんじゃなくて、菊池先生な」
それだけ言って、先生はまた私たちに背を向けて足を進めた。
“華ちゃん”
先生に初めて、名前を呼ばれた。
自分の頬が、緩んでいる熱を持っているのが鏡を見なくてもわかる。
まずいまずいこんなに分かりやすく顔に出したらいけない。 
もう大人なんだから。
「怖ぇなぁ〜。じゃあ、行こっか華ち...じゃなくて、菊池先生」
わざと菊池先生の部分を大きな声で強調して言った栗原さん。
きっと先生にも、その声が届いただろう。
その後の栗原さんからの説明は、聞いているフリになってしまった。頭の中が先生でいっぱいで入る隙間がない。
ごめんなさい。でも、やっとなんです。7年待ったんです。この瞬間を、7年間待ち望んでいたんです。
私は、先生に青春全てを捧げて恋をしてるんです。
栗原さん...じゃなくて栗原先生からの説明も終わり、職員室に戻ると国語科室には夕日が差し込んでオレンジ色に染められていた。
「そしたら、今日の作業終わってるから俺もう帰るんだけど、このあと暇?一緒に一杯どう?就職祝いって感じで」
栗原さんにそう言われ、なぜか私はすぐに昔先生のデスクだった場所に視線を移した。
さっきはいなかったけど、今度はそこに先生が座っている。
夕日に照らされる先生の横顔は、あの時と何も変わらない綺麗な彫刻のよう。
そんな先生の横で、栗原さんのお誘いを受けるなんて、私には出来ない。
「えっと、暇は暇なんで「
「あっ菊池先生、そんな話をしてるところ悪いんだけど、ちょっと頼みたい仕事があって」
「あ、はい。何でしょう?」
「何の作業ですか?俺も手伝いますよ。」
「いや、雑務だから新人に頼むよ。ありがとう」
「そうですか、了解です。じゃあお先に失礼します!菊池先生、これはまた今度ね」
そう言いながら片手でお酒を飲むジェスチャーをしてから、もう一度お先に失礼しますと挨拶をして栗原先生は国語科室を後にした。


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