【月が綺麗ですね。】私は先生に、青春全てを捧げて恋をする。

KOHARU

月が綺麗ですね。(27)




お手洗いから出て席に戻ろうとした時、レジの横に忘れられない顔が一瞬だけ見えた気がした。
その瞬間、私は反射的にその人から自分が見えないように身を隠す。一瞬しか見ていない。本当にあの人が先生がどうかもからない。でも私は全身が硬直してその場から動かなくなってしまった。
どんどん早くなる鼓動を抑えるよう、何度も大きく深呼吸をする。動揺し過ぎだ。本当に先生かどうか、まだ分からないんだから。ただの、人違いかもしれないんだから。自分にそう言い聞かせ、少しだ顔を前に出しレジの方を覗いた。
すると、そこにいたのはお財布からお金を出そうとしている、確実に小川先生だった。
あれはどう見ても先生だ。なんで、この広い日本でこんなにお店があって、なのにこの時間にここに?またどんどん鼓動が早くなる。私の頭の中には、“運命”という二文字の言葉が浮かんだ。
するとこのままでいいですとお店の人の方に顔を上げたので、私は見られてはいけないと思いすぐに先生の死角まで体を戻した。
これは気のせいじゃない。 
もしかしてここは...そう思い辺りを見渡してみる。
ここ、内装が変わっているけど、間違いない。ここは、 あの時先生に連れてきてもらった本屋さんだ。
内装が変わっていて気がつかなかった。でも、この雰囲気やこの間取り、確かにあの時の場所だ。
それにそうか、あの時は車で来たからまず駅を使っていないし、今日来る時最中は栗原さんとの話に集中しすぎてお店の外観とか見てなかったのか。
それに、高校生の時は本屋さん側だけでカフェには入らなかったし、本屋さんとカフェの入り口は別だった。
だから気が付かなかったのだと、自分を納得させた。
こんな辛い記憶、忘れられるものなら忘れたいとずっと思っていたはずなのに、気づくのが遅れた事実に少し悔しく思う自分がいる。
そんな自分への戒めのために、もう一度先生を見た。
ちょうどドリンクを受け取るところ。
そして先生は、ぐるっと店内を見回して空いている先を探していた。
確か、そんなに混んでいなかったし空いていた席はいくつもあったはず。
お願い、私達のテーブルと遠いところに座って下さい。そう願いながらお店の中を進む先生の背中を目で追った。
なのに、神様は意地悪だ。
先生が座ったのは、私たちの隣のテーブルだった。
なんの迷いもなく栗原さんの隣に腰を下ろし今私からは栗原さんと先生の背中が並んで見えている。
よりによってなんで。
こんなに沢山席が空いているのに。
どうしよう。
今私が席に戻ったら確実に先生と顔を合わせることになる。
そして一緒にいる相手は、栗原さん。側から見たら、ただのデートだ。
先生に堂々と諦めません宣言をしたっていうのに、結局もう彼氏を作ったなんて、絶対に思われたくない。
でも、あってから栗原さんの前でその説明をするのも、気が引けてできない。
じゃあ、どうしたら良いの。
私がお手洗いに咳を立ってから、かれこれ5分以上は経ってる。
こんなに長く帰ってこないのは不自然すぎる。
どうしよう、どうしよう。
そしてその時、自分がたまたま鞄を持ってお手洗いに来ていたことに気がついた。
鞄の中からお守りの本を出して胸に当てる。
今はまだダメだ。今の私が先生に会っても、何も変わらない。何も変わっていないから。
私はまだ学生。所詮学生。先生との関係性は、あの時と変わってない。だから私は、今先生と会うわけにはいかない。
栗原さん、本当にごめんなさい。
心の中で、何度も謝った。心が苦しい。でも私は、栗原さんの方を一切振り返ることなく、そのままお店の出口へと走った。
そしてただがむしゃらに、お店からできるだけ遠いところまで所まで走った。
そして、人の多くいた繁華街から少し離れた住宅街に位置する、人気のない公園にたどり着いく。
そして、ここまで来れば大丈夫だろうと、額に滲む汗を拭い、太陽の熱で暑くなっているベンチにゆっくりと腰を下ろした。
大きく息を吸い、ゆっくりとそれを外に逃した。
落ち着け自分。まずは、この鼓動を鎮めるのが先だ。
その時、私の携帯に1通のメッセージが入った音がカバンの中で鳴った。
送り主はきっと栗原さんだと、携帯を見る前に予想がついた。
罪悪感で胸がいっぱいになる。でも、このまま放っておくことな方が失礼だ。だから私は、恐る恐る携帯の画面を開くと、そのこには“大丈夫?”の3文字。
そのメッセージに、私の心はさらに痛くなった。
本当にごめんなさい。本当に申し訳ない。それしか浮かばない中で、私はまた栗原さんに嘘をついた。
[すみません、急に体調が悪くなってしまって。栗原さんに移すといけないので、今日はこのまま失礼します。せっかく時間を作ってくださったのに、ごめんなさい。]
私はこのメッセージを送ってから、家に着くまで携帯を開くことはなかった。
本当に最低な女だ。
それからしばらく、私は栗原さんを避けるように生活するようになった。元々就活で忙しくてサークルには顔を出せなかったが、学校ですれ違いそうになったら、隠れて気づかれないようにした。
何やってんの自分。そう、何度も考えたけどこれ以外にいい方法が思いつかなかった。
でもきっと、そうやって逃げている私の行動を、見えなくても栗原さんは察していたと思う。
だってあの日から、私にメッセージを送ってくることは1度もなかったから。
そしてなんやかんやしているあっという間に栗原さんは卒業し、その翌年すぐに私も学校を卒業した。
次の4月から、晴れて社会人になる。
私の夢だった、教師として。
私の夢だった、母校の教師として。








コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品