お久しぶりです。俺と偽装婚約してもらいます。~年下ワケあり生真面目弁護士と湯けむり婚前旅行~
9. どれでもいいなら自動的にコーラです(2)
「朔也くん、ただいま! 買えたよ!」
十五分後、葉月は意気揚々と集合場所に戻った。
瞳を輝かせている葉月を、朔也がいぶかしげな顔で迎える。
「買えたって、何を……」
「焼きたてのメロンパン! ここの名物なんだって。はい、朔也くんの分」
葉月は掌よりもやや大きなサイズの紙袋を一つ、朔也に手渡した。
甘く香ばしい匂いが袋越しでも感じ取れ、期待が高まる。行列に並んだ甲斐がありそうだ。
「俺の分まで? いくらでしたか」
「気にしないで。私が勝手に買ったんだし、この間は甘味処で奢ってもらっちゃったから」
「あれは俺が強引に連れ出したので」
「と、とにかくどうぞ。メロンパン、嫌いじゃなかったよね。前もよく……ええと」
昔のことを話すと嫌がられるのを思い出し、言葉を濁す。
そんな葉月を見て、朔也はためらいつつも頷いた。
「……はい、昔も今も甘党ですから。覚えててくれてありがとうございます」
「っ、朔也くん……」
「何です?」
「ありがとう」
「礼を言ったのは俺ですよ」
微笑みとまではいかないが少し和らいだ朔也の表情に、葉月の胸も温かくなる。
「そこで食べていきましょう。向こうには一時までに着けばいいので」
朔也が売店の隣にある公園を指差す。
ゾウの形をした滑り台と二人がけのベンチがある程度の小さな公園だが、誰もいないし休憩するにはちょうどよさそうだ。
葉月が頷くと、朔也はその入り口近くの自動販売機に向かった。
「葉月さん、どれがいいですか。メロンパンのお返しです」
「そんな、お返しなんて……」
「どれでもいいなら自動的にコーラです。いいですね」
「えっ!? じゃ、じゃあジャスミン茶かな」
「わかりました」
うまく言いくるめられ、葉月は冷たいジャスミン茶のペットボトルを受け取った。
朔也と公園に入り、ベンチに並んで腰掛ける。
──こうしてると、なんだかあの頃に戻ったみたい。
嬉しくなっていたら、隣からウェットティッシュを渡された。
「どうぞ」
「ありがとう。朔也くんって親切だね」
「恐喝犯に皮肉ですか」
「ち、違うよ! このティッシュもそうだし、お茶も、車にひかれそうになったとき守ってくれたのも……」
「最後のは当然でしょう。死なれたら困る」
朔也が冷静に突っ込んでから手元の緑茶を飲み、何か考えているような間を置く。
「葉月さんのほうが親切だと思います。俺がほとんど喋らないから気にして買ってくれたんでしょう? このメロンパン」
真意を見抜かれ、葉月は一瞬言葉を失った。
「……うん。二人でおいしいものを食べたら、ちょっとは話が弾むかなって。普通に食べてみたかったのもあるけど」
照れくさくなりつつ、メロンパンの包装を剥く。
黄金色のそれにかじりつくとサクッと軽やかな音がして、メロンとバターのいい香りが鼻を抜けた。
「おいしい……!」
一気に幸福な気分へ押し上げられる。
外側のビスケット生地はカリカリサクサクなのに、中はふわふわ。
ちょうどいい甘みとメロンの風味が広がり、食感が軽いこともあっていくらでも食べられてしまいそうだ。
ジャスミン茶を飲んだら冷たい爽快感が喉を通り過ぎて、果実と花のかぐわしい匂いがふわりと残る。
「……あっ」
ふと気づけば、朔也がじっと葉月を見ていた。
「葉月さん、本当に幸せそうに食べますよね」
「ごめん、あの、自分だけのために買ったつもりじゃなかったんだけど……」
「大丈夫、わかってますよ」
「いただきます」と朔也がメロンパンを口に運ぶ。
すると、彼の目がわずかに見開かれた。
彫刻のような硬い表情が若干緩み、ぱっと背景に花が咲いた気がする。
「どう?」
「……おいしいです」
「だよね!?」
葉月は思わず前のめりになって同意した。
朔也がもぐもぐとメロンパンを食べているのを見て、また胸が温かくなる。
再会してからの朔也はだいたい怖い顔をしているイメージだったが、今の彼はとても可愛い。
「ごちそうさまでした」
「あれっ、もう全部食べたの?」
「おいしかったので」
「こっちも食べる? 半分こしようか」
「駄目です、それは葉月さんの分でしょ」
車中の沈黙が嘘のように会話が弾む。
いまだに朔也は笑顔らしい笑顔を見せてくれないが、少しは打ち解けられた気がした。
このまま順調に行けば、彼が自身の抱えた問題を教えてくれる日も近いかもしれない。
「……葉月さん、今日は来てくれてありがとうございました」
「えっ……ど、どうしたの? いきなり」
メロンパンを食べていたら突然礼を言われ、葉月は驚いて隣を向いた。
朔也は相変わらず無表情だが、少し複雑そうに見える。
「来ないかもって思ってたんです。ことがことですから」
「そんなことしないよ。協力する、ってあの日ちゃんと決めたんだから」
「俺と会ってるときは流されても、家に帰ったら考え直せるでしょう? その……」
「その?」
「彼氏とかに相談しなかったんですか」
「かれし?」
予想外の単語に葉月はつい聞き返してしまった。
──そうか……普通の女の人は彼氏がいるんだ。借金返済のために他の人の婚約者役をする、なんて一大事だし、彼氏がいれば相談する、のかな。
──私はそんな人いないからわからないけど……。
「葉月さん?」
「えっと、大丈夫。相談してないよ。恋人なんてできたこと──いや、今はいないから」
明かさなくてもいい事実まで言いかけ、慌てて訂正する。
朔也は失言が聞こえたのか聞こえなかったのかわからない、何とも言えない顔をしていた。
後者であることを祈っていると、彼が口を開く。
「誰とも付き合ったことないんですか?」
直球で尋ねられ、葉月の背中にぶわっと汗が出た。
──まずい、朔也くん絶対引いてる。
──当たり前だよ、朔也くんみたいなきらきらした男の人にしてみたら、私みたいなのって常識的にありえない。気持ち悪がられちゃうかも……なんとかしなきゃ!
「そ、そんなことないよ! 言い間違い。彼氏いた。結構前だけど、大学の先輩」
「……へえ。そうですか」
朔也はわずかに眉をひそめ、眼鏡を直した。
──え、こ、この反応は何……!?
──どうしよう、朔也くんがなに考えてるのか全然わからない。やっぱりバレてる? 呆れられてる?
「何でしょうね。自分の身勝手さが嫌になります」
動揺する葉月をよそに、朔也が小さく呟く。
その言葉の意味も掴めず、葉月はメロンパンを片手に冷や汗をかき続けた。
十五分後、葉月は意気揚々と集合場所に戻った。
瞳を輝かせている葉月を、朔也がいぶかしげな顔で迎える。
「買えたって、何を……」
「焼きたてのメロンパン! ここの名物なんだって。はい、朔也くんの分」
葉月は掌よりもやや大きなサイズの紙袋を一つ、朔也に手渡した。
甘く香ばしい匂いが袋越しでも感じ取れ、期待が高まる。行列に並んだ甲斐がありそうだ。
「俺の分まで? いくらでしたか」
「気にしないで。私が勝手に買ったんだし、この間は甘味処で奢ってもらっちゃったから」
「あれは俺が強引に連れ出したので」
「と、とにかくどうぞ。メロンパン、嫌いじゃなかったよね。前もよく……ええと」
昔のことを話すと嫌がられるのを思い出し、言葉を濁す。
そんな葉月を見て、朔也はためらいつつも頷いた。
「……はい、昔も今も甘党ですから。覚えててくれてありがとうございます」
「っ、朔也くん……」
「何です?」
「ありがとう」
「礼を言ったのは俺ですよ」
微笑みとまではいかないが少し和らいだ朔也の表情に、葉月の胸も温かくなる。
「そこで食べていきましょう。向こうには一時までに着けばいいので」
朔也が売店の隣にある公園を指差す。
ゾウの形をした滑り台と二人がけのベンチがある程度の小さな公園だが、誰もいないし休憩するにはちょうどよさそうだ。
葉月が頷くと、朔也はその入り口近くの自動販売機に向かった。
「葉月さん、どれがいいですか。メロンパンのお返しです」
「そんな、お返しなんて……」
「どれでもいいなら自動的にコーラです。いいですね」
「えっ!? じゃ、じゃあジャスミン茶かな」
「わかりました」
うまく言いくるめられ、葉月は冷たいジャスミン茶のペットボトルを受け取った。
朔也と公園に入り、ベンチに並んで腰掛ける。
──こうしてると、なんだかあの頃に戻ったみたい。
嬉しくなっていたら、隣からウェットティッシュを渡された。
「どうぞ」
「ありがとう。朔也くんって親切だね」
「恐喝犯に皮肉ですか」
「ち、違うよ! このティッシュもそうだし、お茶も、車にひかれそうになったとき守ってくれたのも……」
「最後のは当然でしょう。死なれたら困る」
朔也が冷静に突っ込んでから手元の緑茶を飲み、何か考えているような間を置く。
「葉月さんのほうが親切だと思います。俺がほとんど喋らないから気にして買ってくれたんでしょう? このメロンパン」
真意を見抜かれ、葉月は一瞬言葉を失った。
「……うん。二人でおいしいものを食べたら、ちょっとは話が弾むかなって。普通に食べてみたかったのもあるけど」
照れくさくなりつつ、メロンパンの包装を剥く。
黄金色のそれにかじりつくとサクッと軽やかな音がして、メロンとバターのいい香りが鼻を抜けた。
「おいしい……!」
一気に幸福な気分へ押し上げられる。
外側のビスケット生地はカリカリサクサクなのに、中はふわふわ。
ちょうどいい甘みとメロンの風味が広がり、食感が軽いこともあっていくらでも食べられてしまいそうだ。
ジャスミン茶を飲んだら冷たい爽快感が喉を通り過ぎて、果実と花のかぐわしい匂いがふわりと残る。
「……あっ」
ふと気づけば、朔也がじっと葉月を見ていた。
「葉月さん、本当に幸せそうに食べますよね」
「ごめん、あの、自分だけのために買ったつもりじゃなかったんだけど……」
「大丈夫、わかってますよ」
「いただきます」と朔也がメロンパンを口に運ぶ。
すると、彼の目がわずかに見開かれた。
彫刻のような硬い表情が若干緩み、ぱっと背景に花が咲いた気がする。
「どう?」
「……おいしいです」
「だよね!?」
葉月は思わず前のめりになって同意した。
朔也がもぐもぐとメロンパンを食べているのを見て、また胸が温かくなる。
再会してからの朔也はだいたい怖い顔をしているイメージだったが、今の彼はとても可愛い。
「ごちそうさまでした」
「あれっ、もう全部食べたの?」
「おいしかったので」
「こっちも食べる? 半分こしようか」
「駄目です、それは葉月さんの分でしょ」
車中の沈黙が嘘のように会話が弾む。
いまだに朔也は笑顔らしい笑顔を見せてくれないが、少しは打ち解けられた気がした。
このまま順調に行けば、彼が自身の抱えた問題を教えてくれる日も近いかもしれない。
「……葉月さん、今日は来てくれてありがとうございました」
「えっ……ど、どうしたの? いきなり」
メロンパンを食べていたら突然礼を言われ、葉月は驚いて隣を向いた。
朔也は相変わらず無表情だが、少し複雑そうに見える。
「来ないかもって思ってたんです。ことがことですから」
「そんなことしないよ。協力する、ってあの日ちゃんと決めたんだから」
「俺と会ってるときは流されても、家に帰ったら考え直せるでしょう? その……」
「その?」
「彼氏とかに相談しなかったんですか」
「かれし?」
予想外の単語に葉月はつい聞き返してしまった。
──そうか……普通の女の人は彼氏がいるんだ。借金返済のために他の人の婚約者役をする、なんて一大事だし、彼氏がいれば相談する、のかな。
──私はそんな人いないからわからないけど……。
「葉月さん?」
「えっと、大丈夫。相談してないよ。恋人なんてできたこと──いや、今はいないから」
明かさなくてもいい事実まで言いかけ、慌てて訂正する。
朔也は失言が聞こえたのか聞こえなかったのかわからない、何とも言えない顔をしていた。
後者であることを祈っていると、彼が口を開く。
「誰とも付き合ったことないんですか?」
直球で尋ねられ、葉月の背中にぶわっと汗が出た。
──まずい、朔也くん絶対引いてる。
──当たり前だよ、朔也くんみたいなきらきらした男の人にしてみたら、私みたいなのって常識的にありえない。気持ち悪がられちゃうかも……なんとかしなきゃ!
「そ、そんなことないよ! 言い間違い。彼氏いた。結構前だけど、大学の先輩」
「……へえ。そうですか」
朔也はわずかに眉をひそめ、眼鏡を直した。
──え、こ、この反応は何……!?
──どうしよう、朔也くんがなに考えてるのか全然わからない。やっぱりバレてる? 呆れられてる?
「何でしょうね。自分の身勝手さが嫌になります」
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