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非公開日記

文戸玲

夫の非公開日記⑧~趣味をするにも気を遣う~

 
令和二年 九月十日 木曜日


 男たるもの様々なことに耐え忍ばなければならない。私が崇拝している山本五十六は,

苦しいこともあるだろう
言いたいこともあるだろう
不満なこともあるだろう
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう
これらをじっとこらえてゆくのが,男の修行である。

と述べている。やはり偉人はいつの時代にも通用する大切なことを言う。私が常々思っていることは,

夫たるもの
サンドバックの如く打たれ強く
漬物石のように何があっても動じず
地蔵の表情を保つ
そのようにして,家庭の安泰を保て
己の感情に打ち勝て
鈍器のような言葉で殴打されようとも
蔑視のまなざしでなぶり殺されようとも
ただじっと,山のようにそこにあれ

というものだ。いつしか後世に家訓として重宝されるに違いないと本気で考えている。つれづれなるままに筆ペンでペン字の練習をしているのはそのためだ。たった一冊のボールペン字講座の本を買って100円均一の筆ペンで練習をし,それで身に付けた筆遣いで家訓にしようとしているところが私の育ちと小者感をものの見事に表している。その筆ペンの練習も三日坊主ならまだしも,一日やってはやめ,また思い出したように乾ききってかさかさな筆先をほぐすことから始まるという始末だ。
 毎日毎日,サンドバックとして殴られ続ける,けられ続ける。たとえ痛み,傷が入り,破れ,中の綿が飛び出ようとも。抑え込まれ狭くて暗くてじめじめしたところに追いやられたとしても,決して不満も言わぬ漬物石のようにただそこにあり続ける。そこにいるだけで意味があるのだ。物言わぬことは平和と安泰を家庭にもたらす。七福神のえびすさんの微笑みの裏には何とも耐え難い苦痛とストレスに対峙する強靭な精神力を持ち併せていることは想像に難くない。
 物言わぬことの美徳を身をもって痛感している私だが,今日は仕事中帰りたくてうずうずしていた。そして帰宅して食事と入浴を機械的に済ませて今この書斎に至る。とにかく書きたくて仕方がないのだ。何が不満か。それを書こうにも前置きが長すぎて瞼が落ちてきた。ここらで筆を置いてまた語るとしよう。ひとつ心配なことがあるとすれば,圧倒的な包容力ゆえにこの嵐のような怒りが砂嵐へと変わり,やがてなくなってしまわないかということだ。現に私は,おとといの怒り狂った感情が徐々に消えつつあることを実感している。昨日は日記を書き忘れるほどにリラックスしていたのだ。自分を抑えるということは何ということはない。
 

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