非公開日記

文戸玲

夫の非公開日記⑥~生きてりゃすね毛も落ちる~

令和二年 九月六日 日曜日


 今日は少々愚痴っぽくなる。私が死んだときに息子が遺品整理でこの手記を見つけた時,自分の母について少々失望することになるかもしれない。しかし,どうしても書かずにはおれないのだ。何がおれにそうさせる。それは今日の一日の出来事に集約される。なぜならこれは今日の日記なのだから。
 どうしてそんなに人に怒りの感情をぶつけることが出来るのだろう。今朝はご機嫌だった。何に対してご機嫌なのかつかめないのが一番怖い。ただ,私の生き方が妻をそうさせたのだろうと捉えるしかないのだ。やはり神様は見てくださっている。人の日記を盗み見なかった私の善行を。いや,こうなってくるとその善行を妻が盗み見ていたのかもしれない。そうして私の信頼に足る行動を見て見直し,惚れ直し,いたわるべきと心を入れ替えたのかもしれない。まあそんなことはありえないことぐらい分かっている。

 話を戻そう。どうしても物事を丁寧に説明しようとすればするほど核心から離れていってしまう。これは私の悪い癖だ。つまり,今朝は雨上がりの空に虹がいかかったのを見つけた子どものようにご機嫌だったにも関わず,お風呂に上がって眠る前になると地獄へ落ちる前にしかお目に架かれない閻魔大王のごとき顔をしてこちらを睨みつけ,ハリセンならぬクイックルワイパーを手にしてそこかしこに振り回している。

「すね毛ぐらい落とさずにストレッチが出来ないの!!!」

これが妻の言い分だ。私は健康を保つためにお風呂上りに柔軟体操をしている。驚くことんまかれ,これは小学校の頃から毎日欠かさず続けている習慣なのだ。妻を幸せに養っているために始めたというと嘘になるのは間違いないが,それにしても私が健康で働き続けていることは妻の幸せにも繋がるはずだ。それが何ということだろう。すね毛がいくらか落ちているからと言って何をそうカリカリしているのか。そりゃ生きて生活していりゃすね毛くらい落ちる。健康的な男性ホルモンが私の中にめぐっている証拠ではないのか。それとも,私の肉体がカエルのような体毛ひとつないつやつやな体になることを求めているのだろうか。全く,妻というものは旦那に何を求めているのか分からないものだ。

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