非公開日記

文戸玲

夫の非公開日記③~妻の心は秋の空~

令和二年 八月三十日 日曜日

 妻というものはつくづく分からない。まるで秋のごとく心模様が変わる。
 今朝もいい働きをした。しかも二日連続だ。反省を生かし,自分が失敗しやすいことや忘れがちなことをメモすることにした。これが大成功だ。書くことで思考が整理されたり記憶が定着するとはまさにその通りのようで,二日連続で給湯器のスイッチを押すことに成功した。点けっぱなしでも何とも思わないし,あのスイッチを押さないことによるデメリットと言えば電気代が数円上がるくらいなのだろうが,あの魔法のスイッチを押すと妻の怒りのスイッチが一つ消される。そう思えば安いどころか二兎を得たようなものだ。それに,不思議なものでそこまでこだわりのなかったボタンも押すことに成功したときの爽快感。あれはえも言われないほどに気持ちが良い。妻の方を盗み見ると目が合ってしまい,「ありがとうね」だなんて言って喜んでいた。お礼を言われるほどのことでもないというのは無論承知なのだが,男たるもの褒められると気分が良いものだ。子どもではないのであからさまに喜んでいるのも気恥ずかしくて何でもないような顔をしていたが,今日は大変良い一日になる気がした。
 しかし,そんなことは勘違いだったということを仕事が終わると身にしみて感じた。疲れた体に妻の不満爆発でダブルパンチだ。いや,メイウェザーのボディブローからのストレートのように五臓六腑に響き渡る。もちろん,私はメイウェザーのパンチを受けたことはないのだが私の妻もなかなか劣らないものを持っていると勝手に思う。
 とにかく,今日はひどかった。疲れて帰るとご飯が出来上がっている。これは大変ありがたいことだ。お礼は言えども不満は一つもない。妻のご飯を食べながらお酒を飲むと一日の疲れも吹き飛ぶというものだ。ただ,疲れを吹き飛ばさせてくれないところが結婚というものの難しいところである。今日も例のごとく,おいしいご飯をいただきながら野球中継を見ていた。すると,ひいきにしているチームがホームランを打たれたとたんにテレビのチャンネルを変えたのだ。妻よ,気持ちはわかる。ただ,一人で暮らしているのではないのだ。いくらピッチャーが頑張っているときに打線が奮起せずとも,投手が締まらなくても,途中で放棄することは良くない。もっと良くないのは,テレビで二人で応援しているときに勝手にチャンネルを変えるなどとは独裁政治をする邪知暴虐の王そのものではないか。明日は,この気持ちを思い切って伝えてみようと思う。ただ,応援したい,その一心なのだ。

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