日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第47話 タリスマン

「ハッ!」

「フン!」

紗希のサーベルと大男暗殺者のサーベルが交差する。周囲に金属同士が風を切ってぶつかる音が響き渡る。

「ほう、意外とやるじゃないか。女如きサーベル一本で片付けてやるつもりでいたんだがな……」

「そんなことはどうでもいいので、早くやられてくれません……か!」

紗希のサーベルは素早く男の首目がけて振り下ろされる。それを大男暗殺者はいともたやすく受け止めた。

その後も紗希の鋭い一閃を次々に右へ左へ捌いていく。

「小娘。俺もそろそろ本気でやらせてもらうぞ」

そう言って右に差していたサーベルを空いている左手で引き抜いた。

「二刀流……」

紗希の読み通り、やはり大男暗殺者は二刀流を使ってくるようだった。

しかし、一体どこから二刀流の技を習ったのだろうか?

そんなことが紗希の脳内をよぎったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「小娘、俺の攻撃を捌ききれるか?」

そう言って今までより一層強く大男暗殺者は強く踏み込んできた。

そこからの怒涛の連撃には紗希の頬を冷や汗が伝うものだった。

ギリギリのところで軌道を逸らしたり、受け流したりしてやっとの思いで防ぎ切った。

しかし、一撃の威力が高いだけで繊細な剣捌きでは無かった。なので、『落ち着いて対処すれば何とかなる』と紗希は悟った。

紗希は一度距離を取り、一足一刀の間合いを取った。一足一刀の間合いとは一歩踏み込めば相手を打ち、一歩引けば逃れることのできるギリギリの間合いを意味する。

大男暗殺者も紗希の間合いに合わせた。両者のサーベルの先端がカチカチと触れ合う。しかし、両者ともにこれ以上間合いを詰めようとはしない。

これ以上踏み込めば懐の間合いとなる。この間合いに入るには一撃で相手を倒す必要がある。一撃は無理にせよ、長居は出来ない。なぜなら、懐の間合いは攻撃も防御も難しくなってしまうからだ。

「ハッ!」

「何!?」

紗希は敏捷強化を使い、一気に間合いを詰めた。

これはさすがに予測の域を超えていた。すでに紗希は大男暗殺者よりも少しだけ動きは早かったのだ。そのさらに1.5倍に近い速さで接近されたのだ。

接近と同時にサーベルをすくい上げられて胴がガラ空きになったところに一閃。サーベルが肉を切り裂く鈍い音が響き渡る。

「ぐはぁ……!」

大男暗殺者は紗希の前に膝をつく格好となった。

「み、見事だ……!」

大男暗殺者は紗希の剣捌きを称賛した。その言葉に偽りはないと紗希は感じ取った。

「……ッ!」

しかし、紗希もまたすれ違いざまに一太刀を受けた。紗希の斬られた脇腹から大量の血が溢れ出る。

大男暗殺者も同じように脇腹から大量の血を流していた。これは状況的には相打ちといってよいだろう。

「小娘……お前の勝ち……ということにしておいてやる」

「ボクの方が斬ったのが早かったから?」

「……そうだ。だが、これほどの強者に敗れたのであれば本望だ」

「あなたの名前は?」

「……オルランド」

大男暗殺者は暗殺者らしからぬ武人のような一言と名を名乗って目を閉じた。

紗希は大男暗殺者の傷口に回復薬ポーションをかけた。

これほどの武人を死なせるのは惜しいと思ったのか、敗者を見捨てるほど冷酷になれなかっただけなのか。それは分からないが体が勝手に動いていた。

「でも、これじゃあボクの回復が出来ない……どうしよう……」

そんな時、紗希の服の内側ポケットからあるものが落ちた。

「これって……!」

それは昨晩直哉から貰った、治癒魔法が付加エンチャントされているタリスマンだった。

「そういえば、これを傷口に当てればいいって……!」

タリスマンを脇腹の傷口に当てるとじわりじわりと傷口が塞がっていくのが分かる。

しかし、傷が塞がる途中で魔力が切れたのか、タリスマンは光となって消えていってしまった。

「……兄さんみたい」

中途半端なところで消えていったタリスマンは何となくほとんどのことを中途半端なところでやめてしまう直哉に面影が重なった。

それを見て、紗希は安心したのか。壁際でそっと静かに目を閉じた。

――――――――――

一方、その頃。ウィルフレッド率いる先発組は入り口付近で暗殺者を全滅させたところだった。

「よし、マスター。暗殺者はこれで全員片付いたぞい」

大戦斧を肩に担ぎながらロベルトは言った。

「分かった。……バーナードはいるか?」

「……ここにいるが、何か用なのか?」

ウィルフレッドが後ろを振り返ると、手に持ったサーベルから血の雫を垂らしながら突っ立っているバーナードが居た。

「君はミレーヌ、ラウラ、シャロンと共に一足先に奥へ進んでくれないか?」

「……分かった」

「ほう、逆らったりしないのか。随分丸くなったな」

「フン、ここは戦場だしな。マスターの命令に逆らうのは命に関わることだからな」

バーナードはゆらゆらと手を振りながらシャロンやミレーヌ、ラウラを連れて奥へと向かった。

「マスター。わしらはどうするんじゃ?」

「バーナードたちと少し距離を開けて奥へ進む。ロベルトは最後尾で後方を警戒しながら付いてきてくれ。先頭は私が行こう。その間に残ったメンバーを挟む」

「了解じゃ」

こうして先発組も二つに分かれたのだった。

それから少しして、二階の深部に到達したバーナードたちはというと。

階段の少し手前、窓が見える壁に一人の褐色肌に緋色の長髪をうなじ辺りで結んでいる女が血だまりの中にいた。

「……暗殺者か。セーラ辺りが倒したんだろうな」

糸のように細い傷口を見ながらポツリとバーナードは呟いた。なぜなら、セーラの得物は細身のレイピアだからだ。

「……ちょっと、バーナード!」

「んだよ、シャロンおばさん」

「あの階段で誰か倒れてるんだよ!」

シャロンの指さす方を見れば、確かに人がうつ伏せに倒れている。バーナードは倒れているのが誰なのか確認しようと階段のところへ行こうとすると前を遮られた。

「バーナードはここで待ってて頂戴」

「おい!ミレーヌ危ねぇから戻って来い!」

バーナードがそう言って止めるもミレーヌは「大丈夫、大丈夫!」と笑顔で返して階段をぴちゃぴちゃと音を立てながら駆け足で登っていく。

「……ラウラ!早くこっちに来て!」

倒れている男の顔を覗いた途端にミレーヌはラウラの名を呼んだ。

「……どうかしたの?」

「寛之が倒れてる!」

階段を上り、ミレーヌに追いついたラウラはそれを聞いて驚いた様子だった。

「……分かったわ。すぐに治癒魔法をかけるから」

そう言ってラウラは片膝をつき、寛之に治癒魔法をかけ始めた。

「……どうだ?ラウラ」

二人の後から上がってきたバーナードがラウラに声をかける。

「まだ、分からないわ。あと、ちょっと邪魔だから退いてくれるかしら?」

「ああ、悪い」

「ミレーヌ、寛之の体勢を仰向けにするから手伝ってくれる?」

「ええ、分かったわ」

「「せーのっ!」」

ミレーヌをラウラは掛け声をかけてタイミングを合わせて寛之を仰向けにひっくり返した。

「これは……」

寛之の腹部には3つの刺し傷があった。そこからドバドバと血が流れ落ちているのだ。

「これは早く手当てをしないと……」

そう言うが早いか、ラウラは治癒魔法を発動させた。

ラウラが治癒魔法をかけること1分。

「ふぅ……」

ラウラは深く息を吐き出しながら、天井を見上げた。

「どう!?治ったの!?」

あたふたした様子のミレーヌがラウラに問いかける。

「……ええ、これで傷は完全に塞がったわ」

「良かった……」

ミレーヌはそう言って安堵の息を漏らした。

「……ところで、そんな安心したような顔して……実はミレーヌって寛之のこと好きだったりするの?」

「……!」

ラウラの発言に耳まで赤く染めるミレーヌ。そして、そんなラウラの言葉に体を硬直させてミレーヌの様子を伺うバーナード。

「そ、そそそそんなことは無いわよ!?」

「……そう」

意外にもラウラからの言葉は「そう」だけだった。一方で、そんなミレーヌの怪しい返事に冷や汗をかくバーナード。

「……バーナード?どうかしたの?」

「……いや、何でもない」

ミレーヌからの言葉に、やっとの思いで動揺を押し殺したバーナードであった。

「ほら、アンタたち!寛之のやつを連れて奥へ進むよ!」

シャロンが階段の上から三人を呼ぶ。話し合いの結果、寛之はバーナードが運ぶことになった。

4人は階段を上がって入り組んだ廊下を走り抜けた。

そして、2階へ降りる階段へと辿り着いた。そこには二人の女が倒れていた。

鉛色の髪をした女の方には見覚えが無かったため、4人は警戒して近寄らずにもう一人の茶髪の女の方へと近づいた。

「夏海!?」

目立った外傷は見当たらないが、首元に手の型が残っていることから首を絞められたことだけは分かった。

「ラウラ、そういう傷も治せるのか?」

「まあ、骨に小さいヒビが入ってるくらいだろうから治せるわ」

ラウラは夏海の首元に治癒魔法をかけて、それから体のあちこちの切り傷などを順番に治していった。

「……あとは気が付くのを待てばいいわ」

「さすがラウラね。大活躍!」

「まあ、そのためにここに来てるようなものだから」

ミレーヌとラウラの会話を遮るようにバーナードの背中から「うう……」と声が聞こえてきた。

「……あれ、僕は一体……?」

「やっと気が付いたか」

「バ、バーナードさん!?」

「そんなに驚くことか……?」

そんなことを言いながらバーナードは寛之を背中から降ろした。

「それじゃあ、ミレーヌ。夏海を運んでやってくれるかい?」

「はい!分かりました」

そう言ってバーナードと寛之以外のメンバーは階段を降りていく。

「お前、ラウラのやつに後でちゃんと礼言っとけよ。傷治したのあいつだからな」

「あ、はい。分かりました」

寛之はスタスタと階段を一足先に降りていくバーナードの後ろに小走りで続いた。

そして、二階に降り立つと右手の壁には巨大な穴が空けられ朝日が差し込んでいた。そして、その近くには黄土色の髪をした小柄な男が仰向けで黒焦げになって倒れている。

「ここでも戦いがあったようだねぇ……」

「フン、残ってるメンツから考えてもこんな大穴空けられる威力の攻撃を出せるのは一人だけだろうがな」

バーナードは笑みを浮かべながら寛之と共に先へと進んでいく。そして、数メートルほど進んだあたりで立ち止まった。

「おい!ラウラ!早くこっちに来い!」

ラウラは文句の一つも言わないでバーナードの元へと走っていった。

「……なるほど。今度は洋介ね」

そう言ってラウラは洋介の鎧をバーナードと寛之に外させ、治癒魔法をかけた。

まず、背中の幾つもの切り傷。そして、腕や足の傷を手際よく治していく。

「これでもう大丈夫よ」

ラウラの治癒魔法をかけ終えた後、洋介はバーナードが運ぶことになった。

こうしてバーナードたち4人は寛之、夏海、洋介の3人を加えて7人で二階の深部へと進んだ。

二階の深部では血だまりで足の踏み場もなかった。

「ここが一番ヒドイわ……」

ミレーヌは青ざめた表情で口の辺りを両手で塞いでいた。

手前では大男が横向きに倒れて血だまりに浸かっている。しかし、すでに傷口は塞がれているようだった。

その少し離れたところでは紗希が壁にもたれかかった状態で見つかった。

紗希の脇腹からは大量に出血した形跡があったが、傷はそんな大量の血を流したとは思えないほどに浅かった。しかも、それ以外に目立った傷は負っていないようだった。

「とりあえず、治癒魔法をかけないとね」

ラウラが紗希に治癒魔法をかけ始めた時、二人の男女が目を覚ました。

「……あれ?何でみんながいるの?」

「……夏海姉さんや寛之もいるし、みんなも居るのか。どういうことだ?」

夏海と洋介は目を覚ました。ラウラが治癒魔法をかけている間にシャロンが二人に現在の状況を話した。

「何となく状況は分かったが、紗希ちゃんは大丈夫なんだろうな?」

心配そうな面持ちで問いを投げる洋介。

「……だな。もし、紗希ちゃんのケガが治らないとかになったら直哉が平静ではいられないだろうし」

「そうね。そこに居る男の人、どんな目に遭わせるか想像もつかないわね……」

寛之や夏海も心配そうだった。……主に、この事を知った直哉がどんな暴走をするのか、という点で。

「大丈夫よ。もう紗希ちゃんの傷は塞がったわ。あとは目を覚ますのを待つだけよ」

「よし、お前らとっとと下に降りるぞ」

バーナードは足取り軽く下の階へと降りていく。残りのメンバーはそんなバーナードに苦笑しながら、後に続いた。

一方、その頃。地下の方では悲劇の幕が上がっていた。

「薪苗君……?目を閉じちゃ……せっかくまた会えたのに……!」

聖美の呼びかけも空しくこだまするだけで、直哉のまぶたはピクリとも動かない。

「さて、誰から殺すでござるか……!」

ギケイは口の周りを舌でペロリと舐めた。

「まずはこの女から殺すことに決めたでござるよ!」

「お姉ちゃん!逃げて!」

ギケイの凶刃は聖美の首筋に振り下ろされんとした、まさにその時。聖美の体は糸で入口の方へと手繰り寄せられた。

「……立てますか?」

あまりの勢いで引っ張られ、地面に尻もちをついている聖美に手を差し伸べるセーラ。

「あ、ありがとうございます。あなたは……?」

「そんなことは後です。茉由、お姉さんを連れて逃げてください。ディーンとエレナちゃんも」

「でも……!」

「『でも……!』じゃありません!早く逃げてください!」

セーラの左右の瞳から一つずつ交互に雫が零れ落ちる。その雫はあまりにも透き通っていて宝石の様に輝いていた。

「……さて、お別れは済んだでござるか?」

「……早く!」

セーラは責め立てる口調で茉由たちに脱出を促した。

「もうお別れの時間にござるよ!」

そんな声が聞こえた直後、ギケイはセーラの前に閃光の如き速さで近づいた。

セーラはこの瞬間、死を悟った。

確かにみんなと別れるのは辛いが婚約者のクレマンにあの世で会えるのかと思えば心なしか嬉しい気持ちもあった。だが、娘二人のことも脳裏をよぎった。

「二人とも、ごめんね……!」

「……まず、1人!」

娘二人へ謝罪の言葉を口にするセーラにギケイの刀が振り下ろされようとした時、金属同士が勢いよくぶつかる音が地下空間を駆け抜けていく。

ギケイの刀はセーラの身を切り裂くことは無かった。その手前で一本のサーベルが軌道を遮っていたからだ。

そして、そのサーベルを握っているのは……

「直哉……!?」

「バカな……でござるよ」

その場にいる誰もが驚きを隠せなかった。

みんな直哉が死んだと頭の片隅で思っていたのだ。もはや奇跡が起こったとしか思えなかった。

腰部には短刀が刺さったままだ。なのに何故、そんな状態で動けているのか?一体、直哉の身に何が起こったというのか。その場は驚愕に包まれた。

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