日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第43話 突入

朝。俺が目を開けると目の前には朝日を浴び、美しく輝く黒髪があった。

「う~ん……」

そんなことを唸りながら紗希が寝がえりをうってくる。

「いや、何で紗希が俺のベッドで寝てるんだ!?」

そう、ベッドはそもそも別だったはずだ。

目の前には呼吸のたびに動く俺好みの絶壁が。

……俺と紗希は兄妹だ。手を出すなどあってはならない!

「紗希!朝だぞ!」

そう言って紗希の肩を揺さぶる。

「う~ん」

……ダメだ。起きる気配がない……。

それにしても紗希が朝起きられないのは珍しい。いつもなら早朝から剣の稽古をしているからだ。

「おい、紗希!朝だって!起きてくれ!」

俺は再び、紗希の肩を揺さぶる。今度は少し強めに。

「……ん?兄さん?」

紗希は俺の顔を認識するとひどく驚いた様子であった。

そして、飛び起きるや否や「変態!」と俺をベッドから蹴り落としてしまった。

「あ、ごめん!兄さん!」

「いや、大丈夫だ。おかげで完全に目が覚めた」

紗希に謝られたが、別に怒ったりはしなかった。

そりゃあ、起きて目の前に兄がいたら驚くだろうしな。

「紗希、着替えて出発だ」

「うん、急いで準備しないとね」

そう言って俺は寝間着から着替えようとした時、紗希から呼び止められた。

「……どうした?」

「着替え、どこですれば良い……?」

……そうだな。それは問題だ。

「よし、俺は紗希がOK出すまで後ろを向かない。これでどうだ?」

「うん、まあそれなら」

全く、まだ日本にいた時に俺が風呂を入ってる時に前を隠さずに入って来たときは大違いだな。

それから俺と紗希は何事もなく着替えを済ませ、一階に降りた。

ウィルフレッドさん曰く、寛之と茉由ちゃんがまだ来てないんだそうだ。

それから2分ほどして寛之と茉由ちゃんが遅れてやって来た。

……ていうか、何で寛之と茉由ちゃんを同じ部屋にしてるんだよ。部屋割りを考えたやつ、ちょっと変な気があるだろ。

「遅れて申し訳ないです」

「遅れてしまってごめんなさい!」

二人はウィルフレッドさんや他の皆にも謝っていた。

だが、ウィルフレッドさんは全然怒っている風ではなかった。

「次からは遅れるなよ」

「「はい……」」

寛之と茉由ちゃんは随分と落ち込んだ様子だった。

「よし、これで全員揃っているな?出発するぞ!」

ウィルフレッドさんとジョシュアさんは何やら目を合わせて頷いていた。

恐らく、お互いの無事を祈ってのモノだろう。

俺たちはウィルフレッドさんに先導されて、暗殺者ギルドを目指した。

幾つもの細い路地を抜け、入り組んだ道を進んだ。

まだ、陽が昇っていないこともあり、足元が暗い。だが、気分まで暗くしてはいけない。

「……直哉」

「寛之か。どうかしたのか?」

突然、後ろから肩を叩かれ、誰かと思い振り返ると寛之だった。

「いや、呉宮さん。無事だといいなと思ってな」

「……だな」

恐らく、今のは寛之なりの気遣いだろうな。言葉足らずなのは否めないが。

だが、こういう何気ない気遣いが出来る辺り、良い奴だと思う。

「おい、着いたぞ」

ウィルフレッドさんの言葉に全員がある建物の前で歩みを一斉に止めた。

そこにはレンガ造りの洋館がそびえ立っていた。

壁にはツタが這っていた。そのことからも、3階建ての建物自体は随分前に建てられたであろうことを窺わせる。門と入口の間には幅50mほどの庭があった。

洋館に入るには荘厳な造りをした門をくぐる必要があった。

それをウィルフレッドさんが開けようとした途端、門がひとりでに開いた。

だが、門の近くに他の誰かが潜んでいるわけではなさそうだ。

どうやら、中でお待ちかねの様だ。

「よし、セーラ」

「何でしょうか?ウィルフレッドさん」

ウィルフレッドさんに呼ばれてセーラさんが前へと歩み出る。

「後発の指揮はお前に任せる」

「分かりました。お任せください」

ウィルフレッドさんはセーラさんのその言葉を聞いて静かに頷いた。そして、セーラさんに何かを手渡した。

「よし、先発は私についてこい!」

ウィルフレッドさんたち先発組は古びた洋館へ突入していった。

「あの、セーラさん。私たちはいつ中に入ることになっているの?」

武淵先輩が長槍を片手にセーラさんの元へ歩み寄る。

「この砂時計の砂が全て落ちたら、中に入ることになってます」

セーラさんは右手に砂時計を持っていた。

俺たち後発組は砂時計の砂が全て落ちるのを待っていた。

一方、先発組はと言えば、すでに洋館の扉の前に来ていた。

「バーナード、やってくれないか?」

「……分かったよ」

そう言ってバーナードが右手を向けると扉の周囲で小さな爆発がいくつか起こり、扉を吹き飛ばした。こうしたのは扉に何か罠が仕掛けられていることに気が付いたからだ。

それと同時に内部から悲鳴のようなものも聞こえてきた。吹き飛ばした扉の破片などが刺さったりしたのだろう。

「私が行こう」

そう言ってウィルフレッドが先頭をきって館の内部に突入していった。

突入した直後から断末魔の叫びが絶えることなく響いてくる。

「よし、全員で突入するぞ!遅れるなよ!」

バーナードの指示で全員が館の内部へと突入していった。

入った途端に矢が10本ほど飛んできたが、ロベルトがバーナードの前に躍り出て大盾ですべて防ぎ切った。

入ってすぐのところは玄関ホールで螺旋階段があり、一階には100名近い暗殺者が短剣を構えて待ち構えていた。二階には弓を構えている暗殺者が10名。陰に隠れているが、飛んでくる矢の軌道を辿れば見つけるのは造作もなかった。

ウィルフレッドは一足飛びに二階へ上がり、拳と蹴りで次々に弓使いの暗殺者を屠っていく。

ミレーヌも父の後に続いて短剣で一階にいる暗殺者たちの喉を掻き切っていく。

ラウラは入り口付近からウィルフレッドを援護するために弓で二階にいる暗殺者たちを狙撃していく。

ロベルトはラウラを守るために近づいてくる暗殺者たちを豪快に大戦斧で屠っていく。

シャロンも同様にラウラに近づく暗殺者に魔法を付与した短剣を投擲して次々に仕留めていく。

バーナードはどんどん前に出て小規模な爆発を連射して暗殺者を倒していく。

シルビアもバーナードに続くように風を纏った刃で斬り伏せていく。

デレクも酸を纏った拳で殴って仕留めていく。殴られた暗殺者の体はただれて目も当てられない有様だった。

ローレンスとミゲルの2人は連携して仕留めていた。ローレンスの轟音に怯んだタイミングでミゲルが大槌で叩き潰していくパターンだ。

マリーは入り口付近から氷の矢を連射して、暗殺者たちに手傷を負わせていく。

スコットとピーターも精霊魔法を駆使して暗殺者たちと辛うじて渡り合っていた。

暗殺者たちを先発組が一掃し終えたところに後発組がやって来た。

「先発組、無事ですか!?」

慌てた様子のセーラを見て安心する一同。

「ああ、大丈夫だ!セーラ!お前たちは予定通りさっさと奥に進め!」

200名いるうちの暗殺者を半数以上倒したこともあって、一安心したといった様子の先発組一同。

だが、それを幸運と取るか不運と取るか。

また、奥から70名近い暗殺者が湧いて出てきた。

それを相手する先発組。後発組はセーラの指示に従って顧みることなく奥へと進んでいく。

後発組の後ろに続こうとする暗殺者たちをロベルトが大盾を持って立ち塞がる。そこに瞬く間にラウラ、シャロン、ミレーヌが集まり、後発組への追撃を阻止する。

ウィルフレッドの指揮する先発組の動きには一切のムダがなく、とても戦いながら指揮をしているとは思えない。

こうして、暗殺者たちは次々に数を減らしていくのだった。

――――――――――

一方、セーラの指揮する後発組は二階の深部に辿り着いていた。

「あら、こんなところにまで獲物がのこのことやって来るとは思わなかったわ!」

そう言って階段の陰からクローを装備した褐色肌に緋色の長髪を一つ結びにした女性が飛び出してきた。

ちなみにクローとは手首あたりに固定して手の甲に金属の爪が突き出ているような武器である。

「アンタたちはアタシがここで根絶やしにしてあげるわ!」

そう言って一番近くにいた茉由ちゃんに襲い掛かった。その女暗殺者はいかにも身軽そうな服装で防具は一切つけていない。それもあってか動きが素早かった。

茉由ちゃんが応戦しようとした時にはすでに遅かった。

「まず一人!」

そう言って、女暗殺者はクローを茉由ちゃんの首筋目がけて振り下ろした。

――ガキィン!

耳に残るような嫌な音が周囲に響く。

茉由ちゃんの首筋の少し手前に半透明の壁が女暗殺者のクローを遮っていた。

「ちっ!」

女暗殺者は舌打ちをして後ろに飛び退いた。

「……寛之先輩!」

「今の攻撃、僕でなきゃ見逃しちゃうね」

……いや、全員見えてはいた。反応が追い付かなかっただけだ。

俺は心の中でツッコミを入れた。だが寛之、ナイスファインプレーだ!

再び突っ込んできた女暗殺者の爪と寛之の障壁が黒板を爪で引っ掻いた時に出るような耳障りの悪い音を立てながらぶつかっている。

「……悪いな、寛之。その人と戦って時間を稼いでおいてくれ」

「ああ。時間を稼ぐのはいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「――ああ、遠慮はいらない。がつんと痛い目にあわせてやれ、寛之」

「そうか。ならば、期待に応えるとしよう」

俺たちと寛之はそこからは別行動を取った。

寛之はあの褐色肌の女暗殺者と戦い、俺たちは階段を上がり、3階を目指した。その時の寛之と茉由ちゃんのアイコンタクトには何か悲しげな雰囲気が出ていた。

「守能先輩……」

「茉由ちゃん……」

紗希は茉由ちゃんの背中を摩りながら走っている。

「セーラさん、進路はどうなってますか?」

「次の角は……右です。その次もその次の次も右ですね!」

右ばっかだな……どうなってるんだこの洋館は……

「あら、アレッシアったら私にも獲物を残しておいてくれたのね」

階段に腰かけていた鉛色のセミショートの女性は琥珀色の瞳と共に手に持つ槍とをこちらに向けた。

「ねえ、誰から殺されたい?」

その女は、まるでショーケースに並んでいるケーキでも選ぶかのような眼差しでこちらを見ている。

「みんな。ここは私に任せてもらってもいいかしら?」

そう言って前に出たのは武淵先輩だ。

「夏海姉さん!一人で危ねぇって!」

「大丈夫、槍使いとの戦いなら私が一番慣れてると思うし」

……そういえば、武淵先輩の稽古の相手ってジョシュアさんだっけ。ジョシュアさんがどれだけ強いのかは少し前にウィルフレッドさんに教えてもらった。元魔鉄ミスリルランクの冒険者だ……と。魔鉄ミスリルと言えば、バーナードさんやミレーヌさんよりも上のランクだ。

恐らく、槍使いと戦ったこともない俺たちが相手をするよりはいいのかもしれないな。

「……分かった。姉さん、死ぬなよ」

「もちろんよ」

洋介は武淵先輩の言葉を聞いて安心したような表情を見せていた。

「……それじゃあ、アナタを殺してから残りを始末することにするわ」

洋介と武淵先輩の声の後に楽しそうな高いトーンの声が廊下に響く。

「みんな、行って!」

武淵先輩にせかされて俺たちは階段を目指す。しかし……!

「下り階段!?」

「みんな!これを降りますよ!」

そう言いながらセーラさんは階段を勢いよく降りていく。

俺たちも遅れないように後に続く。

「……そこ!」

階段を降りた瞬間、セーラさんはレイピアを抜き払い闇を斬った。

……一体、何があるというのだろうか?

そう思っていると、壁際にいた一人のボサボサの黄土色の髪をした男が月明りに照らされた。

その男は手に持っている短剣の腹を舌でペロリと舐めるそぶりを見せた。

「よく俺が潜んでることに気が付いたなぁ」

「……まあ、直感的に身の危険を感じましたので」

そんな危険、俺らは全く感じなかった……。最初に階段を降りたのがセーラさんじゃなかったら誰かがここで命を落としていたかもしれない。そう思うとゾッとする。

「セーラさん、こいつの相手は俺がやっても良いか?」

「……洋介、大丈夫なのですか?」

自信ありげに名乗りを挙げた洋介に不安そうな表情をちらつかせるセーラさん。

「おう、だから皆は先に進んでくれ。ここでセーラさんを戦わせるわけにもいかないしな」

……それもそうだ。一番戦闘経験豊富なセーラさんが居なくなればさっきのような暗殺者の気配に気づかずに皆殺しにされる危険がある。

「でも、洋介が残る必要は……!」

俺は引き留めようとしたが、洋介は頑として首を縦に振らなかった。

「直哉も妹組二人も呉宮の所へ行かないといけねぇだろうがよ」

その一言で俺たちは先に進むことを決意した。

「セーラさん、先に進みましょう!」

紗希も茉由ちゃんも進む気満々だ。

「俺を無視してぺちゃくちゃお喋りとはいい度胸だな!」

短剣を持った男が襲い掛かってきたが、洋介の斧槍ハルバードがタイミングよくそれを遮った。

「よし、こいつは俺が相手しとくから、みんな呉宮の所に早く行って来い!」

俺たちは洋介に背後を任せて、先へ先へ進んだ。

窓から廊下に差し込む朝日は俺たちの進む道を静かに照らしていた。

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