日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~
第39話 八人の英雄
「ハッ!」
「兄さん、もっと腰を落として!」
朝日が昇る前、まだまだ暗いこの時間に家の裏で、俺は紗希、茉由ちゃんと剣術の稽古をしていた。
あのギルドでの凄惨な出来事から早くも3日が経った。昨日は亡くなった人たちを墓地へと埋葬した。その時にウィルフレッドさんには各々が準備を怠らないように言われた。
そのため、俺は稽古を怠らなかった。これも呉宮さんを救いに行くためだ。
そして、今日は茉由ちゃんと実践稽古をしている。
鬼コーチ(天使)の指導の下で俺と茉由ちゃんは剣の素振りをしている。
「256,257,258……」
茉由ちゃんはそう言って止まることなく素振りを続けている。
茉由ちゃんは俺よりも先に剣を教わっていたから、だいぶ鍛えられている。しかも、振り下ろす瞬間が早い。
「兄さん、素振りの時は振りかぶるのは早くしなくていいよ。それよりも振り下ろすのを早く!早く!」
「は、はいぃぃ……」
ヤベエ、俺死ぬ……。呉宮さんを助ける前に天に召されるかもしれん……。
そんな時、一人の訪問者が来たことによって俺は一命をとりとめた。
「紗希!この前の続き、再戦の約束を果たしに来たぞ!」
その訪問者はポニーテールにした亜麻色の髪を風に揺らしている。そう、セベウェルの町廃墟で紗希を追い詰めたシルビアさんだ。
「シルビアさん、今からですか?」
「そうだ。今からだ」
紗希はどうしても今からじゃないといけないのかを確認していた。その間、俺と茉由ちゃんは休息を取っていた。
「茉由ちゃん、素振り早いんだな。ビックリしたよ」
「そりゃあ、紗希ちゃんのおかげですよ」
ホント、茉由ちゃんも呑み込みが早い。若いってホントに有利だよなぁ。
「……先輩も若いじゃないですか」
え、何か読まれてる……!
「先輩は顔に出やすいですよね」
やっぱり出やすいのかな。これじゃあ、戦いの時とかフェイント掛けられない奴じゃん……。
「兄さんはリラックスしてる時は顔に出やすいんだよ!」
紗希、10メートルくらい離れてるのに今の会話聞こえていたのか!?
それにしても顔に出やすいのはリラックスしてるからか。なるほど、俺は今リラックスしてるということか。
つまり、戦いの時は気を張ってるから気にしなくても良いのかもしれないな。
「紗希!私の話を聞いているのか!」
「ア、チャント、聞イテマスヨ!」
「何だそのカタコトの返事は!絶対に聞いてなかっただろ!」
それからも紗希とシルビアさんは仲良く?話を続けていた。
「はあ……分かりました。再戦、今やりましょう」
こうしてシルビアさんと紗希の再戦が始まった。
「あと、お前の兄とも戦いたいのだが。マスター……じゃなくてバーナードさんを倒した男の実力をこの目で確かめておきたい」
「うん、分かった。それじゃあ、お昼辺りにでも来てくれれば兄さんと戦って大丈夫ですよ」
「……分かった。そうしよう」
「そこの二人!俺抜きで勝手に決闘の日時を決めるな!俺は絶対にやらないからな!」
当人抜きで決闘の日時決めるとか、無いわぁ……
「それじゃあ、紗希。再戦を始めるぞ」
「はい!」
そう言って二人は5mほどの距離を開けて向かい合った。
「茉由ちゃん、審判お願い!」
「うん、分かった!」
こうして茉由ちゃんを審判に紗希とシルビアさんの決闘の火ぶたが切って落とされようとしていた。
「それじゃあ、始め!」
茉由ちゃんの合図で二人の再戦が始まった。
紗希はサーベルを構え、一直線に突っこんでいく。シルビアさんは動くことは無くレイピアを地面とは平行に構え、待ち受ける。
紗希は接近してサーベル右から左から斬りつけていく。
シルビアさんはそれに対して、取り乱すことなく左右へとサーベルの軌道を逸らしていく。
しかし、戦いを見ていて思ったことだが、紗希はシルビアさんをパワーでもスピードでも上回っているのにいまいち攻め切れていない。
紗希は完全に守りに入ってしまっている。
「紗希!少しは反撃しろよ!」
俺は我慢ならず、紗希に反撃するように促した。
「紗希、お前は兄の期待を裏切るのか?」
そう言ってニヤリと笑うシルビアの突きはどんどん加速していく。
「……こうなったら、仕方ないね」
シルビアの前から忽然と紗希は姿を消した。紗希のことだ。まさか敵前逃亡何ていうことは無い。絶対に。そうなればあれしかない。
「……敏捷強化か。それは面倒だな」
シルビアさんはレイピアを握る手をギュッと握り締めた。
その後は妹TUEEEEEEEEEEな無双状態だった。
先ほどまでの紗希の動きの1.5倍くらいは早いだろう。目視はかろうじて出来る。だが、体の動きが付いていかない。それが、今のシルビアさんの置かれた状況だ。
――キン!
シルビアさんのレイピアが軽い金属音と共に宙へと舞い上がった。
そして、シルビアさんの首元すれすれの所で、紗希のサーベルが止まっていた。
「また、紗希に勝てなかったか」
「ボクも結構ギリギリだったんだけど」
紗希の肌をいくつも透明な雫が流れて落ちていく。
「……だが、勝ったのはお前だ」
シルビアさんは弾き飛ばされたレイピアを拾いに走っていた。
「紗希ちゃん、敏捷強化!カッコよかったよ!凄いね!」
茉由ちゃんは戦いの時はその場の張りつめた空気に呑まれていたが、終わってみれば紗希をほめ殺していた。
「あの、シルビアさん……」
俺は紗希と茉由ちゃんが話している間にシルビアさんに話しかけた。
「ん?もう、私と戦うのか?」
「いや、そうじゃなくて……!俺が聞きたいのは、皆さんのケガの具合です」
「ああ、なるほどな。分かった、私で良ければ話すぞ」
シルビアさんは俺に他の人たちの状況を教えてくれた。
バーナードさんの左腕はラウラさんの治癒魔法では治らず、ロベルトさんとシャロンさんとが協力して義手を製作したんだそうだ。
ミレーヌさんとデレクさんは腹部を刀で貫かれた影響で、あと4日は安静にしないといけないらしい。短剣を腹部に刺されたディーンとエレナちゃんも同様らしい。
神経を斬られたミゲルさんはラウラさんの治癒魔法で元に戻り、元気にしているという。
ローレンスさん、マリーさん、スコットさん、ピーターさんの4人は今日まで安静にしているように言われているらしい。
レオも傷は塞がり、今はウィルフレッドさんの執務室でゆったりと過ごしているそうだ。
「……とまあ、こんな感じだ。まあ、私が一番軽傷だったんだがな」
シルビアさんはそう言って自嘲気味に笑っていた。
俺はそんなシルビアさんにかける言葉が見当たらなかった。
「兄さん、シルビアさんと何の話してるの?」
「先輩!浮気ですか!?お姉ちゃんを捨てて……」
「絶対にない!全く酷いことを言うな……茉由ちゃんは」
俺がそう言うと、茉由ちゃんは声を上げて笑っていた。そんな茉由ちゃんを見て、みんなも声を上げて笑った。その笑い声は、こんな暗くてずっしりとした空気が吹き飛んでいくような気分にしてくれる。
「そう言えば、お前たち。八人の英雄を知ってるか?」
……八人の英雄?誰だろう、聞いたことが無いな。この世界の伝説みたいなものなのかな?
「いや、知らないですけど……」
「それなら、いい機会だから私から話しておこう。この世界では有名な話だからな」
俺たちはシルビアさんから八人の英雄の話を聞いた。
まず、八人の英雄とは20年前、魔王討伐に貢献した八人のことで、その武勇伝は今も芝居として上演されれば満席になるほどで老若男女問わず人気なのだそうだ。
また、軍や貴族の学校では教科書として使われたりするほどらしい。
一人目の英雄、ジェラルド。他の7人の英雄が総がかりで戦ってもかすり傷の一つも付けられなかったほどの圧倒的な強さを誇る男なのだそうだ。
そして、20年前の王国軍総司令だった。王国軍は平民から集められる。すなわち、ジェラルドは平民上がりの英雄。最も人気がある英雄なのだそうだ。
取られた異名は“魔法の破壊者”。何でも近づいた魔法を破壊してしまうらしい。まさに最強って感じの人だ。
二人目の英雄、アンナ・スカートリア。俺たちのいるスカートリア王国の元女王。当時は王女だったとのことだった。
取られた異名は“常勝の女王”。軍の指揮に優れていたことからこの異名が取られたのだという。
三人目の英雄、オリヴァー・スカートリア。アンナの弟で現在の王国軍式近接格闘術の始祖と呼ばれる人らしい。
取られた異名は“死神”。姿を自由自在に消せることができ、王国に楯突く者たちの始末をしていたことからそう呼ばれているとのことだった。
四人目の英雄、レイモンド・ヒューレット。現在の王国騎士団第1部隊隊長。軍務卿の次男で家督が継げないために騎士団へ入った大男。
取られた異名は“覇王”。王国一の怪力を誇り、山をも吹き飛ばすだったためこの異名が付いたとのこと。
五人目の英雄、フェリシア・レステンクール。現在の王国騎士団第2部隊隊長。枢機卿の娘でレイモンドと同様、家督を継げないために騎士団へ入った。
取られた異名は“聖霊女王”。光の精霊魔法を自在に使うことからこの異名が付いた。
六人目の英雄、ランベルト・ガリエナ。現在の王国騎士団第3部隊隊長。伯爵家の四男で、レイモンドやフェリシアの2人同様、家督を継げないために騎士団に入った。
取られた異名は“氷壁の守護者”。氷の壁を作り、仲間の盾として戦ったことからこの異名が付いた。
七人目の英雄、シルヴェスター・シュトルフ。現在の王国騎士団第4部隊隊長。公爵家の三男で、前の三人同様、家督を継げないために騎士団に入団した。
取られた異名は“業火の剣王”。剣士として名を馳せていたことからこの異名が付いた。
八人目の英雄、セルゲイ。当時としては最強の冒険者だったために英雄に加えられた。ジェラルド同様平民上がりの英雄。
取られた異名は“影帝”。影を自由自在に操ったことから由来している。
「……とこんな感じだ」
そう言ってシルビアさんは話を終えた。
「……どうだ?誰か気になった英雄はいたか?」
そうシルビアさんは俺たちに問いかけた。
うーん、どうだって言われてもなぁ……。
「ボク、シルヴェスターさんと戦ってみたい!」
俺の妹がいきなり何を言い出すかと思えば。とんでもないことを……。
「ダメだな。王国騎士団が戦うのは魔物とかだからな。人と戦うなんてことはない。……一つあるとすれば、国家反逆罪の人だ。直接そういう人を始末するのも騎士団の仕事だからな」
いや、それ絶対ダメなやつじゃないか!?
「はい!シルビアさん!質問良いですか?」
「別に構わないぞ。茉由、どんな質問なんだ?」
「八人の英雄のうち四人は王国騎士団に属してるみたいですけど、他の四人は今どうしてるんでしょう?」
茉由ちゃんからの的確な質問にシルビアさんは手を顎に当てて、思い出そうとしている様子だった。
「私もそこまで詳しいわけではないが、英雄ジェラルドは17年前に消息を絶った。そして、英雄アンナ・スカートリアは17年前に王位が今の国王に移ってからは何も分からない。オリヴァー・スカートリアやセベウェルは19年前から行方が分からなくなっている」
19年前と17年前。その時期に二人ずつ消息を絶っている……?これには何か関係があるのだろうか?
「そうだ、17年前と言えば、ちょうど別の魔王が攻めてきた時だ。その後で国王が変わったのだ」
20年前と17年前に魔王……。魔王はもしかして複数いる感じの世界なのだろうか?これは気になるな……。そう言えば、夢に出てきた竜が俺が魔王を倒すとか言っていたけど何かそれとも関りがあるのだろうか?
ここへ来て何だか話がややこしくなってきたな……。
「……兄さん?そんなに頭抱えてどうしたの?どこか体調が悪いの?」
俺を心配してくれているのか紗希が俯いている俺の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫だ」
俺はそう言って紗希の頭を優しく撫でた。
「……それなら良いんだけど」
紗希は何だか嬉しそうだ。おじさん、嬉しくって頑張っちゃう!
「良ぉお~~~~し、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……」
俺は紗希の頭をぐりぐりと撫でまわした。
「シスコン兄貴とブラコン妹……これ以上に相性がいい関係ってあるんでしょうか?」
「しすこん……?ぶらこん……?」
茉由ちゃんの言葉に理解が追い付かず、首を傾げたシルビアさんであった。
「兄さん、もっと腰を落として!」
朝日が昇る前、まだまだ暗いこの時間に家の裏で、俺は紗希、茉由ちゃんと剣術の稽古をしていた。
あのギルドでの凄惨な出来事から早くも3日が経った。昨日は亡くなった人たちを墓地へと埋葬した。その時にウィルフレッドさんには各々が準備を怠らないように言われた。
そのため、俺は稽古を怠らなかった。これも呉宮さんを救いに行くためだ。
そして、今日は茉由ちゃんと実践稽古をしている。
鬼コーチ(天使)の指導の下で俺と茉由ちゃんは剣の素振りをしている。
「256,257,258……」
茉由ちゃんはそう言って止まることなく素振りを続けている。
茉由ちゃんは俺よりも先に剣を教わっていたから、だいぶ鍛えられている。しかも、振り下ろす瞬間が早い。
「兄さん、素振りの時は振りかぶるのは早くしなくていいよ。それよりも振り下ろすのを早く!早く!」
「は、はいぃぃ……」
ヤベエ、俺死ぬ……。呉宮さんを助ける前に天に召されるかもしれん……。
そんな時、一人の訪問者が来たことによって俺は一命をとりとめた。
「紗希!この前の続き、再戦の約束を果たしに来たぞ!」
その訪問者はポニーテールにした亜麻色の髪を風に揺らしている。そう、セベウェルの町廃墟で紗希を追い詰めたシルビアさんだ。
「シルビアさん、今からですか?」
「そうだ。今からだ」
紗希はどうしても今からじゃないといけないのかを確認していた。その間、俺と茉由ちゃんは休息を取っていた。
「茉由ちゃん、素振り早いんだな。ビックリしたよ」
「そりゃあ、紗希ちゃんのおかげですよ」
ホント、茉由ちゃんも呑み込みが早い。若いってホントに有利だよなぁ。
「……先輩も若いじゃないですか」
え、何か読まれてる……!
「先輩は顔に出やすいですよね」
やっぱり出やすいのかな。これじゃあ、戦いの時とかフェイント掛けられない奴じゃん……。
「兄さんはリラックスしてる時は顔に出やすいんだよ!」
紗希、10メートルくらい離れてるのに今の会話聞こえていたのか!?
それにしても顔に出やすいのはリラックスしてるからか。なるほど、俺は今リラックスしてるということか。
つまり、戦いの時は気を張ってるから気にしなくても良いのかもしれないな。
「紗希!私の話を聞いているのか!」
「ア、チャント、聞イテマスヨ!」
「何だそのカタコトの返事は!絶対に聞いてなかっただろ!」
それからも紗希とシルビアさんは仲良く?話を続けていた。
「はあ……分かりました。再戦、今やりましょう」
こうしてシルビアさんと紗希の再戦が始まった。
「あと、お前の兄とも戦いたいのだが。マスター……じゃなくてバーナードさんを倒した男の実力をこの目で確かめておきたい」
「うん、分かった。それじゃあ、お昼辺りにでも来てくれれば兄さんと戦って大丈夫ですよ」
「……分かった。そうしよう」
「そこの二人!俺抜きで勝手に決闘の日時を決めるな!俺は絶対にやらないからな!」
当人抜きで決闘の日時決めるとか、無いわぁ……
「それじゃあ、紗希。再戦を始めるぞ」
「はい!」
そう言って二人は5mほどの距離を開けて向かい合った。
「茉由ちゃん、審判お願い!」
「うん、分かった!」
こうして茉由ちゃんを審判に紗希とシルビアさんの決闘の火ぶたが切って落とされようとしていた。
「それじゃあ、始め!」
茉由ちゃんの合図で二人の再戦が始まった。
紗希はサーベルを構え、一直線に突っこんでいく。シルビアさんは動くことは無くレイピアを地面とは平行に構え、待ち受ける。
紗希は接近してサーベル右から左から斬りつけていく。
シルビアさんはそれに対して、取り乱すことなく左右へとサーベルの軌道を逸らしていく。
しかし、戦いを見ていて思ったことだが、紗希はシルビアさんをパワーでもスピードでも上回っているのにいまいち攻め切れていない。
紗希は完全に守りに入ってしまっている。
「紗希!少しは反撃しろよ!」
俺は我慢ならず、紗希に反撃するように促した。
「紗希、お前は兄の期待を裏切るのか?」
そう言ってニヤリと笑うシルビアの突きはどんどん加速していく。
「……こうなったら、仕方ないね」
シルビアの前から忽然と紗希は姿を消した。紗希のことだ。まさか敵前逃亡何ていうことは無い。絶対に。そうなればあれしかない。
「……敏捷強化か。それは面倒だな」
シルビアさんはレイピアを握る手をギュッと握り締めた。
その後は妹TUEEEEEEEEEEな無双状態だった。
先ほどまでの紗希の動きの1.5倍くらいは早いだろう。目視はかろうじて出来る。だが、体の動きが付いていかない。それが、今のシルビアさんの置かれた状況だ。
――キン!
シルビアさんのレイピアが軽い金属音と共に宙へと舞い上がった。
そして、シルビアさんの首元すれすれの所で、紗希のサーベルが止まっていた。
「また、紗希に勝てなかったか」
「ボクも結構ギリギリだったんだけど」
紗希の肌をいくつも透明な雫が流れて落ちていく。
「……だが、勝ったのはお前だ」
シルビアさんは弾き飛ばされたレイピアを拾いに走っていた。
「紗希ちゃん、敏捷強化!カッコよかったよ!凄いね!」
茉由ちゃんは戦いの時はその場の張りつめた空気に呑まれていたが、終わってみれば紗希をほめ殺していた。
「あの、シルビアさん……」
俺は紗希と茉由ちゃんが話している間にシルビアさんに話しかけた。
「ん?もう、私と戦うのか?」
「いや、そうじゃなくて……!俺が聞きたいのは、皆さんのケガの具合です」
「ああ、なるほどな。分かった、私で良ければ話すぞ」
シルビアさんは俺に他の人たちの状況を教えてくれた。
バーナードさんの左腕はラウラさんの治癒魔法では治らず、ロベルトさんとシャロンさんとが協力して義手を製作したんだそうだ。
ミレーヌさんとデレクさんは腹部を刀で貫かれた影響で、あと4日は安静にしないといけないらしい。短剣を腹部に刺されたディーンとエレナちゃんも同様らしい。
神経を斬られたミゲルさんはラウラさんの治癒魔法で元に戻り、元気にしているという。
ローレンスさん、マリーさん、スコットさん、ピーターさんの4人は今日まで安静にしているように言われているらしい。
レオも傷は塞がり、今はウィルフレッドさんの執務室でゆったりと過ごしているそうだ。
「……とまあ、こんな感じだ。まあ、私が一番軽傷だったんだがな」
シルビアさんはそう言って自嘲気味に笑っていた。
俺はそんなシルビアさんにかける言葉が見当たらなかった。
「兄さん、シルビアさんと何の話してるの?」
「先輩!浮気ですか!?お姉ちゃんを捨てて……」
「絶対にない!全く酷いことを言うな……茉由ちゃんは」
俺がそう言うと、茉由ちゃんは声を上げて笑っていた。そんな茉由ちゃんを見て、みんなも声を上げて笑った。その笑い声は、こんな暗くてずっしりとした空気が吹き飛んでいくような気分にしてくれる。
「そう言えば、お前たち。八人の英雄を知ってるか?」
……八人の英雄?誰だろう、聞いたことが無いな。この世界の伝説みたいなものなのかな?
「いや、知らないですけど……」
「それなら、いい機会だから私から話しておこう。この世界では有名な話だからな」
俺たちはシルビアさんから八人の英雄の話を聞いた。
まず、八人の英雄とは20年前、魔王討伐に貢献した八人のことで、その武勇伝は今も芝居として上演されれば満席になるほどで老若男女問わず人気なのだそうだ。
また、軍や貴族の学校では教科書として使われたりするほどらしい。
一人目の英雄、ジェラルド。他の7人の英雄が総がかりで戦ってもかすり傷の一つも付けられなかったほどの圧倒的な強さを誇る男なのだそうだ。
そして、20年前の王国軍総司令だった。王国軍は平民から集められる。すなわち、ジェラルドは平民上がりの英雄。最も人気がある英雄なのだそうだ。
取られた異名は“魔法の破壊者”。何でも近づいた魔法を破壊してしまうらしい。まさに最強って感じの人だ。
二人目の英雄、アンナ・スカートリア。俺たちのいるスカートリア王国の元女王。当時は王女だったとのことだった。
取られた異名は“常勝の女王”。軍の指揮に優れていたことからこの異名が取られたのだという。
三人目の英雄、オリヴァー・スカートリア。アンナの弟で現在の王国軍式近接格闘術の始祖と呼ばれる人らしい。
取られた異名は“死神”。姿を自由自在に消せることができ、王国に楯突く者たちの始末をしていたことからそう呼ばれているとのことだった。
四人目の英雄、レイモンド・ヒューレット。現在の王国騎士団第1部隊隊長。軍務卿の次男で家督が継げないために騎士団へ入った大男。
取られた異名は“覇王”。王国一の怪力を誇り、山をも吹き飛ばすだったためこの異名が付いたとのこと。
五人目の英雄、フェリシア・レステンクール。現在の王国騎士団第2部隊隊長。枢機卿の娘でレイモンドと同様、家督を継げないために騎士団へ入った。
取られた異名は“聖霊女王”。光の精霊魔法を自在に使うことからこの異名が付いた。
六人目の英雄、ランベルト・ガリエナ。現在の王国騎士団第3部隊隊長。伯爵家の四男で、レイモンドやフェリシアの2人同様、家督を継げないために騎士団に入った。
取られた異名は“氷壁の守護者”。氷の壁を作り、仲間の盾として戦ったことからこの異名が付いた。
七人目の英雄、シルヴェスター・シュトルフ。現在の王国騎士団第4部隊隊長。公爵家の三男で、前の三人同様、家督を継げないために騎士団に入団した。
取られた異名は“業火の剣王”。剣士として名を馳せていたことからこの異名が付いた。
八人目の英雄、セルゲイ。当時としては最強の冒険者だったために英雄に加えられた。ジェラルド同様平民上がりの英雄。
取られた異名は“影帝”。影を自由自在に操ったことから由来している。
「……とこんな感じだ」
そう言ってシルビアさんは話を終えた。
「……どうだ?誰か気になった英雄はいたか?」
そうシルビアさんは俺たちに問いかけた。
うーん、どうだって言われてもなぁ……。
「ボク、シルヴェスターさんと戦ってみたい!」
俺の妹がいきなり何を言い出すかと思えば。とんでもないことを……。
「ダメだな。王国騎士団が戦うのは魔物とかだからな。人と戦うなんてことはない。……一つあるとすれば、国家反逆罪の人だ。直接そういう人を始末するのも騎士団の仕事だからな」
いや、それ絶対ダメなやつじゃないか!?
「はい!シルビアさん!質問良いですか?」
「別に構わないぞ。茉由、どんな質問なんだ?」
「八人の英雄のうち四人は王国騎士団に属してるみたいですけど、他の四人は今どうしてるんでしょう?」
茉由ちゃんからの的確な質問にシルビアさんは手を顎に当てて、思い出そうとしている様子だった。
「私もそこまで詳しいわけではないが、英雄ジェラルドは17年前に消息を絶った。そして、英雄アンナ・スカートリアは17年前に王位が今の国王に移ってからは何も分からない。オリヴァー・スカートリアやセベウェルは19年前から行方が分からなくなっている」
19年前と17年前。その時期に二人ずつ消息を絶っている……?これには何か関係があるのだろうか?
「そうだ、17年前と言えば、ちょうど別の魔王が攻めてきた時だ。その後で国王が変わったのだ」
20年前と17年前に魔王……。魔王はもしかして複数いる感じの世界なのだろうか?これは気になるな……。そう言えば、夢に出てきた竜が俺が魔王を倒すとか言っていたけど何かそれとも関りがあるのだろうか?
ここへ来て何だか話がややこしくなってきたな……。
「……兄さん?そんなに頭抱えてどうしたの?どこか体調が悪いの?」
俺を心配してくれているのか紗希が俯いている俺の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫だ」
俺はそう言って紗希の頭を優しく撫でた。
「……それなら良いんだけど」
紗希は何だか嬉しそうだ。おじさん、嬉しくって頑張っちゃう!
「良ぉお~~~~し、よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……」
俺は紗希の頭をぐりぐりと撫でまわした。
「シスコン兄貴とブラコン妹……これ以上に相性がいい関係ってあるんでしょうか?」
「しすこん……?ぶらこん……?」
茉由ちゃんの言葉に理解が追い付かず、首を傾げたシルビアさんであった。
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