日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~
第36話 夜の宴
――ガタン
玄関の方で何か物が落ちる音がした。
俺が振り返ってみると、そこにはあっけにとられた様子の寛之がいた。
「……直哉、今のはどういうことなんだ?」
硬直した表情で俺に先ほどのことを訪ねてきた。
「茉由ちゃん、何か……ごめん」
「いえ、先輩が気にすることじゃないです」
茉由ちゃんはそう言ってくれているが、俺は罪悪感に苛まれた。こういう好きという感情は本人の口から言うべきなのに、俺がバラしてしまったのだ。意図せずとはいえ、申し訳ない気分になる。
「……俺、紗希の様子見てくるから」
俺はそう言ってその場から逃げ出すように階段を駆け上がった。
俺は紗希の部屋へと逃げ込んだ。俺は扉を閉めてそのままズルズルと崩れ落ちた。
「兄さん、どうかしたの?」
俺はすでに起きていた紗希にさっき起こった話を包み隠さず打ち明けた。俺は一刻も早く、今胸の中をぐちゃぐちゃにしている、この感情を吐き出したかった。
「……そうだったんだ。それは大変だったね」
「俺、俺は……」
突然、紗希の右手が俺の左の肩の上に置かれた。
「兄さん、自分を責めすぎちゃダメだよ」
俺はその一言に何だか救われた気持ちになった。
「むしろ、感謝されるんじゃないかな。たぶん、これくらいのハプニングがないと二人の関係は進歩しないだろうし」
「……そうだと良いんだが」
やはりこういう時に何でも気軽に話せる人がいるって幸せだと思う。今だって、昔だって紗希がいなかったら俺はここまで来れたか分からない。
「……紗希、ありがとな」
「ん?兄さん、何か言った?」
「いや、何でもない」
その後、俺は紗希の体調を確認したり、寛之と茉由ちゃんが今頃どうなってるかを予想したりして過ごした。
そして、話をしている間に陽が沈んできた。窓から差し込む夕日が眩しい。
「兄さん、そろそろ下に降りようか」
「そ、そうだな」
俺は紗希に連れられて一階まで降りてきた。
入口で呆然と立ち尽くしている寛之と机に突っ伏している茉由ちゃんの姿があった。
俺はその状況を見て、胸がざわついた。
俺と紗希は何があったのかを寛之の口から聞いた。
―――――――――――
直哉が階段を上がって行ってしばらくしてのことだ。
「あの、先輩」
先に話し始めたのは茉由ちゃんだ。
「えっと、どうしたの?茉由ちゃん」
平然を装う寛之。しかし、声が震えていることから緊張していることは丸わかりである。
「その……私、守能先輩に伝えたいことがあって……!」
茉由ちゃんは膝の上で拳をギュッと強く握りしめた。そんな茉由ちゃんを寛之は固唾を飲んで見守る。
「私、守能先輩のことが……ずっと前から好きでした」
茉由ちゃんから放たれた言葉は寛之の胸を弾丸のように貫いた。寛之は信じられないといった様子で、体を硬直させていた。
「えっと、何で僕のことが好きなんだ?茉由ちゃんなら僕なんかより、他にもいい人はいたんじゃないのか?」
寛之からの言葉に茉由ちゃんは涙を流して机に突っ伏してしまった。そう言った後、寛之は自分の言ったことの重みを理解した。
――――――――――
「守能先輩……!茉由ちゃんに……」
紗希は寛之につかみかかろうとした。俺は急いで寛之の前に立ち塞がった。
「兄さん、どいて!そいつ殺せない!」
「紗希、待て!落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるわけ……」
「ここは俺に任せてくれないか?」
俺は紗希の瞳を見つめながら、そう紗希に伝えた。静かに、尋ねるように、お願いするように。
「……分かった。兄さんに免じて止めておくね」
「紗希、それじゃあ、茉由ちゃんのことを頼む」
紗希は不服そうだったが、静かに頷き茉由ちゃんに声をかけて慰めていた。
そして、俺は一転して寛之の方へと向き直った。
「おい、寛之。上へ行こうぜ。久しぶりに…キレちまったよ…!」
「……ああ、分かった」
すっかり、沈んだ表情をした寛之を連れて俺は三階の俺の部屋……の隣の部屋に寛之を通した。
「寛之、何で茉由ちゃんにあんなことを言ったんだ?」
「……」
寛之は何も言わず、黙り込んでいる。ここに洋介が居たなら間違いなく、あの食堂の時のように寛之をぶっ飛ばしていることだろう。寛之には悪いが、俺も洋介のようにやらせてもらうことにする。
「痛っ!」
俺は寛之の脛を蹴り飛ばした。
「答えろよ。質問はすでに…『拷問』に変わっているんだぜ」
俺もさすがにこの態度にはイラっと来ていた。申し開きもしないその態度に。
「もう一度だけ聞く。何で茉由ちゃんにあんなことを言ったんだ。どう考えても傷つくに決まっているだろ」
俺の怒気を帯びた声にさすがにヤバいと感じたのか寛之はようやく口を開いた。
「僕は、女の子に好きだなんて言われたのは初めてだったんだ」
寛之は涙を流しながら俺にすべてを語った。
話の内容をまとめると、こうだ。
茉由ちゃんのことは全然嫌いじゃないが、茉由ちゃんに告白されたことが信じられなかった。それで混乱してあんなことを言ってしまったらしい。
まあ、茉由ちゃんは確かに容姿も整っている。見た目だけなら釣り合わないと言われても仕方ないだろう。
でも、中身も加えれば十分に釣り合うんじゃないのか。俺は心の底からそう思う。
「寛之、茉由ちゃんにあそこまで言われてお前は無下にした。それは彼女の告白した勇気を侮辱する行為に他ならないと思う」
「ああ、僕も悪いことをしたと思っている」
「だったら、今すぐに返事をどうするのか決めろ。了承するにせよ、断るにせよ、お前が茉由ちゃんを傷つけたことは変わらない。その辺はちゃんと謝って来いよ」
「……分かった。迷惑かけて悪かったな」
寛之はニコリと笑みを浮かべながら部屋を出ていった。
その表情は先ほどとは打って変わって何とも穏やかなものだった。
「思いは伝えられるときにちゃんと伝えとけよ、寛之」
……じゃないと、俺みたいに伝えたい気持ちをずっと心の中に留めておかないといけなくなるからな。必ず、後で後悔することになる。
俺は寛之の後から一階へと降りた。
「紗希、ちょっと一緒に来てくれ」
俺はそう言って、紗希の腕を掴んで家の外に出た。
「兄さん、何するの!?茉由ちゃんが……!」
「いいから、こっちに来てくれ」
俺と紗希は入り口のドアの側面にある窓から中の様子を伺った。
ここから中の様子を見守ることにしたのだ。しかし、そんなタイミングで訪問者が現れた。俺は口に人差し指を当てながら、手招きをして二人を呼んだ。
「直哉も紗希ちゃんも、こんなところで何してるんだ?」
小声で話しかけてきたのは洋介だ。その後ろに隠れるようにして武淵先輩もいる。
「面白いものが見たければ静かに窓から中を覗いてみてくれ」
俺がそう言うと、洋介も武淵先輩も不思議そうに中を覗いて、目を見開いて驚いた様子だった。
「どうして守能君と茉由ちゃんが二人っきりで中にいるの?」
「それはかくかくしかじかで……」
武淵先輩は俺が状況を説明すると、先輩はニヤニヤしながら「若いわね~」と呟いていた。でも、そういう先輩はまだ高校三年生、現役のJKである。
俺たちが外で盛り上がっている間に中では話が始まっていた。
「……あの、茉由ちゃん……!」
寛之はそこまで言って恥ずかしいのか、もじもじとしているだけで何も言わなくなってしまった。
「あ、あの、先輩。一度、座りませんか?」
寛之は茉由ちゃんに促されるまま、部屋の真ん中にある机を挟んで椅子に座った。ちょうど、俺たちの覗いている窓の真ん前である。
一方の俺たちはストーカーになったつもりで、じっと静かに中の様子を見守った。
「茉由ちゃん、さっきはその……ごめん」
寛之は沈んだ表情で茉由ちゃんに頭を垂れていた。
「いえ、そんな……!とにかく顔を上げてください!」
寛之は茉由ちゃんに促されて、ようやく顔を上げた。
「それで、あのこ、告……告白の返事なんだけど……」
寛之がそう言った瞬間、俺の服の袖が引っ張られた。
「直哉、ひ、寛之のやつ、茉由ちゃんに告られたのか!?」
洋介がそんなことを俺に耳打ちしてきた。
「ああ、それもついさっきだ。これは見ものだろ?」
「確かに、それもそうだな」
茉由ちゃんが寛之に告白した。このことには、洋介も武淵先輩もひどく驚いた様子だった。
俺たちが窓の外でこそこそやっているうちに話は進んでいっていた。
「それで、先輩。返事の方は……」
どことなく茉由ちゃんの声から諦めが出ているような気がした。
「お、お、おー……」
寛之は茉由ちゃんと監視している俺たちを焦らすかのように噛みまくっている。一体、どうなってしまうんだ!?
「オーケー……で。本当に僕なんかで良いのなら……」
「ホントですか!?」
寛之の返事に茉由ちゃんは喜びと驚きが混じったような声を上げた。
「ああ。でも、ホントに僕なんかで良かったの……?」
「先輩だから良いんですよ!」
「そ、そうなんだ……?」
こうしてこの夜、新たなるリア充が世の中に産み落とされた。
そして、俺はこの時に悟った。どれだけ普段からデカいものが好きだとか何だとか言っていても男は好きになってくれた女の子のことを好きになるのだ……と。
「二人とも!おめでとう!」
洋介と武淵先輩はすでに玄関から中へ入って行っている。俺と紗希もその後に続いた。
その後は照れる二人をからかいながら、みんなでパンとポタージュスープ、焼きトウモロコシを食べながら大騒ぎした。
いつの間にか俺たちは疲れ果ててその場でぐっすりと眠っていた。
「ニャー」
猫の鳴き声によって目を覚ますと、そこには胴体から血をポタポタと垂らしながら、倒れこんでいる猫の姿があった。
「一体、どこでこんな傷を……!」
でも、ケガをしたのならラウラさんに治してもらえるはずだ。
それなのに何故ギルドから離れた場所にある俺の家にまでやって来たのか。ラウラさんに何か傷を治してもらえない事情でもあるのだろうか。
俺は何やら胸騒ぎがした。
俺は周りで眠りこけている紗希、茉由ちゃん、寛之、洋介、武淵先輩を順番に起こした。
「兄さん?どうかしたの……って、その猫どうしたの!?」
紗希はケガをしているレオを見て大声を出した。そして、俺はそんな紗希をなだめてから、ギルドで何かあったのではないかという推測を話した。
「もし、そうなら大変なことなんじゃ……!」
紗希の言う通りだ。レオはその事を俺たちに伝えるために来ていたのかもしれない。
俺はレオに治癒魔法を付加し、毛布にくるんで俺が抱きかかえた。
「それじゃあ、行くわよ!」
武淵先輩は弓を離れた矢のようにギルドの方へ走って行く。それに茉由ちゃんや洋介、寛之が後に続いていく。
俺と紗希も急いでその後を追った。
俺たちがギルドに着くと、ギルドは無残な姿になっていた。
ギルドの扉は破壊され壁も一部崩れている。窓ガラスもほとんどが割れて破片が飛び散っている。また、ギルドの前の通りには無数の血だまりが出来ていた。
「ヒドイ……!」
茉由ちゃんは口元を両手で抑えて膝をついている。そんな茉由ちゃんの背中を武淵先輩がさすっている。
「直哉、中に入ろう」
俺は洋介と一緒にギルドの中へ入った。紗希と寛之には外を見張ってもらっている。
ギルドの中もまた悲惨なものだった。昨日までのギルドは跡形もない。机のほとんどが破壊され、床もめくれあがっている。そして、扉の横の壁は血の色をしていた。
手前ではウィルフレッドさんが拳を握りしめて、立ち尽くしていた。
奥ではラウラさんが負傷者の手当てをしていた。それはさながら映画などで見る野戦病院のようなものを感じさせた。
俺の家で大騒ぎしている間に一体、何があったというのだろうか。
玄関の方で何か物が落ちる音がした。
俺が振り返ってみると、そこにはあっけにとられた様子の寛之がいた。
「……直哉、今のはどういうことなんだ?」
硬直した表情で俺に先ほどのことを訪ねてきた。
「茉由ちゃん、何か……ごめん」
「いえ、先輩が気にすることじゃないです」
茉由ちゃんはそう言ってくれているが、俺は罪悪感に苛まれた。こういう好きという感情は本人の口から言うべきなのに、俺がバラしてしまったのだ。意図せずとはいえ、申し訳ない気分になる。
「……俺、紗希の様子見てくるから」
俺はそう言ってその場から逃げ出すように階段を駆け上がった。
俺は紗希の部屋へと逃げ込んだ。俺は扉を閉めてそのままズルズルと崩れ落ちた。
「兄さん、どうかしたの?」
俺はすでに起きていた紗希にさっき起こった話を包み隠さず打ち明けた。俺は一刻も早く、今胸の中をぐちゃぐちゃにしている、この感情を吐き出したかった。
「……そうだったんだ。それは大変だったね」
「俺、俺は……」
突然、紗希の右手が俺の左の肩の上に置かれた。
「兄さん、自分を責めすぎちゃダメだよ」
俺はその一言に何だか救われた気持ちになった。
「むしろ、感謝されるんじゃないかな。たぶん、これくらいのハプニングがないと二人の関係は進歩しないだろうし」
「……そうだと良いんだが」
やはりこういう時に何でも気軽に話せる人がいるって幸せだと思う。今だって、昔だって紗希がいなかったら俺はここまで来れたか分からない。
「……紗希、ありがとな」
「ん?兄さん、何か言った?」
「いや、何でもない」
その後、俺は紗希の体調を確認したり、寛之と茉由ちゃんが今頃どうなってるかを予想したりして過ごした。
そして、話をしている間に陽が沈んできた。窓から差し込む夕日が眩しい。
「兄さん、そろそろ下に降りようか」
「そ、そうだな」
俺は紗希に連れられて一階まで降りてきた。
入口で呆然と立ち尽くしている寛之と机に突っ伏している茉由ちゃんの姿があった。
俺はその状況を見て、胸がざわついた。
俺と紗希は何があったのかを寛之の口から聞いた。
―――――――――――
直哉が階段を上がって行ってしばらくしてのことだ。
「あの、先輩」
先に話し始めたのは茉由ちゃんだ。
「えっと、どうしたの?茉由ちゃん」
平然を装う寛之。しかし、声が震えていることから緊張していることは丸わかりである。
「その……私、守能先輩に伝えたいことがあって……!」
茉由ちゃんは膝の上で拳をギュッと強く握りしめた。そんな茉由ちゃんを寛之は固唾を飲んで見守る。
「私、守能先輩のことが……ずっと前から好きでした」
茉由ちゃんから放たれた言葉は寛之の胸を弾丸のように貫いた。寛之は信じられないといった様子で、体を硬直させていた。
「えっと、何で僕のことが好きなんだ?茉由ちゃんなら僕なんかより、他にもいい人はいたんじゃないのか?」
寛之からの言葉に茉由ちゃんは涙を流して机に突っ伏してしまった。そう言った後、寛之は自分の言ったことの重みを理解した。
――――――――――
「守能先輩……!茉由ちゃんに……」
紗希は寛之につかみかかろうとした。俺は急いで寛之の前に立ち塞がった。
「兄さん、どいて!そいつ殺せない!」
「紗希、待て!落ち着けって!」
「これが落ち着いていられるわけ……」
「ここは俺に任せてくれないか?」
俺は紗希の瞳を見つめながら、そう紗希に伝えた。静かに、尋ねるように、お願いするように。
「……分かった。兄さんに免じて止めておくね」
「紗希、それじゃあ、茉由ちゃんのことを頼む」
紗希は不服そうだったが、静かに頷き茉由ちゃんに声をかけて慰めていた。
そして、俺は一転して寛之の方へと向き直った。
「おい、寛之。上へ行こうぜ。久しぶりに…キレちまったよ…!」
「……ああ、分かった」
すっかり、沈んだ表情をした寛之を連れて俺は三階の俺の部屋……の隣の部屋に寛之を通した。
「寛之、何で茉由ちゃんにあんなことを言ったんだ?」
「……」
寛之は何も言わず、黙り込んでいる。ここに洋介が居たなら間違いなく、あの食堂の時のように寛之をぶっ飛ばしていることだろう。寛之には悪いが、俺も洋介のようにやらせてもらうことにする。
「痛っ!」
俺は寛之の脛を蹴り飛ばした。
「答えろよ。質問はすでに…『拷問』に変わっているんだぜ」
俺もさすがにこの態度にはイラっと来ていた。申し開きもしないその態度に。
「もう一度だけ聞く。何で茉由ちゃんにあんなことを言ったんだ。どう考えても傷つくに決まっているだろ」
俺の怒気を帯びた声にさすがにヤバいと感じたのか寛之はようやく口を開いた。
「僕は、女の子に好きだなんて言われたのは初めてだったんだ」
寛之は涙を流しながら俺にすべてを語った。
話の内容をまとめると、こうだ。
茉由ちゃんのことは全然嫌いじゃないが、茉由ちゃんに告白されたことが信じられなかった。それで混乱してあんなことを言ってしまったらしい。
まあ、茉由ちゃんは確かに容姿も整っている。見た目だけなら釣り合わないと言われても仕方ないだろう。
でも、中身も加えれば十分に釣り合うんじゃないのか。俺は心の底からそう思う。
「寛之、茉由ちゃんにあそこまで言われてお前は無下にした。それは彼女の告白した勇気を侮辱する行為に他ならないと思う」
「ああ、僕も悪いことをしたと思っている」
「だったら、今すぐに返事をどうするのか決めろ。了承するにせよ、断るにせよ、お前が茉由ちゃんを傷つけたことは変わらない。その辺はちゃんと謝って来いよ」
「……分かった。迷惑かけて悪かったな」
寛之はニコリと笑みを浮かべながら部屋を出ていった。
その表情は先ほどとは打って変わって何とも穏やかなものだった。
「思いは伝えられるときにちゃんと伝えとけよ、寛之」
……じゃないと、俺みたいに伝えたい気持ちをずっと心の中に留めておかないといけなくなるからな。必ず、後で後悔することになる。
俺は寛之の後から一階へと降りた。
「紗希、ちょっと一緒に来てくれ」
俺はそう言って、紗希の腕を掴んで家の外に出た。
「兄さん、何するの!?茉由ちゃんが……!」
「いいから、こっちに来てくれ」
俺と紗希は入り口のドアの側面にある窓から中の様子を伺った。
ここから中の様子を見守ることにしたのだ。しかし、そんなタイミングで訪問者が現れた。俺は口に人差し指を当てながら、手招きをして二人を呼んだ。
「直哉も紗希ちゃんも、こんなところで何してるんだ?」
小声で話しかけてきたのは洋介だ。その後ろに隠れるようにして武淵先輩もいる。
「面白いものが見たければ静かに窓から中を覗いてみてくれ」
俺がそう言うと、洋介も武淵先輩も不思議そうに中を覗いて、目を見開いて驚いた様子だった。
「どうして守能君と茉由ちゃんが二人っきりで中にいるの?」
「それはかくかくしかじかで……」
武淵先輩は俺が状況を説明すると、先輩はニヤニヤしながら「若いわね~」と呟いていた。でも、そういう先輩はまだ高校三年生、現役のJKである。
俺たちが外で盛り上がっている間に中では話が始まっていた。
「……あの、茉由ちゃん……!」
寛之はそこまで言って恥ずかしいのか、もじもじとしているだけで何も言わなくなってしまった。
「あ、あの、先輩。一度、座りませんか?」
寛之は茉由ちゃんに促されるまま、部屋の真ん中にある机を挟んで椅子に座った。ちょうど、俺たちの覗いている窓の真ん前である。
一方の俺たちはストーカーになったつもりで、じっと静かに中の様子を見守った。
「茉由ちゃん、さっきはその……ごめん」
寛之は沈んだ表情で茉由ちゃんに頭を垂れていた。
「いえ、そんな……!とにかく顔を上げてください!」
寛之は茉由ちゃんに促されて、ようやく顔を上げた。
「それで、あのこ、告……告白の返事なんだけど……」
寛之がそう言った瞬間、俺の服の袖が引っ張られた。
「直哉、ひ、寛之のやつ、茉由ちゃんに告られたのか!?」
洋介がそんなことを俺に耳打ちしてきた。
「ああ、それもついさっきだ。これは見ものだろ?」
「確かに、それもそうだな」
茉由ちゃんが寛之に告白した。このことには、洋介も武淵先輩もひどく驚いた様子だった。
俺たちが窓の外でこそこそやっているうちに話は進んでいっていた。
「それで、先輩。返事の方は……」
どことなく茉由ちゃんの声から諦めが出ているような気がした。
「お、お、おー……」
寛之は茉由ちゃんと監視している俺たちを焦らすかのように噛みまくっている。一体、どうなってしまうんだ!?
「オーケー……で。本当に僕なんかで良いのなら……」
「ホントですか!?」
寛之の返事に茉由ちゃんは喜びと驚きが混じったような声を上げた。
「ああ。でも、ホントに僕なんかで良かったの……?」
「先輩だから良いんですよ!」
「そ、そうなんだ……?」
こうしてこの夜、新たなるリア充が世の中に産み落とされた。
そして、俺はこの時に悟った。どれだけ普段からデカいものが好きだとか何だとか言っていても男は好きになってくれた女の子のことを好きになるのだ……と。
「二人とも!おめでとう!」
洋介と武淵先輩はすでに玄関から中へ入って行っている。俺と紗希もその後に続いた。
その後は照れる二人をからかいながら、みんなでパンとポタージュスープ、焼きトウモロコシを食べながら大騒ぎした。
いつの間にか俺たちは疲れ果ててその場でぐっすりと眠っていた。
「ニャー」
猫の鳴き声によって目を覚ますと、そこには胴体から血をポタポタと垂らしながら、倒れこんでいる猫の姿があった。
「一体、どこでこんな傷を……!」
でも、ケガをしたのならラウラさんに治してもらえるはずだ。
それなのに何故ギルドから離れた場所にある俺の家にまでやって来たのか。ラウラさんに何か傷を治してもらえない事情でもあるのだろうか。
俺は何やら胸騒ぎがした。
俺は周りで眠りこけている紗希、茉由ちゃん、寛之、洋介、武淵先輩を順番に起こした。
「兄さん?どうかしたの……って、その猫どうしたの!?」
紗希はケガをしているレオを見て大声を出した。そして、俺はそんな紗希をなだめてから、ギルドで何かあったのではないかという推測を話した。
「もし、そうなら大変なことなんじゃ……!」
紗希の言う通りだ。レオはその事を俺たちに伝えるために来ていたのかもしれない。
俺はレオに治癒魔法を付加し、毛布にくるんで俺が抱きかかえた。
「それじゃあ、行くわよ!」
武淵先輩は弓を離れた矢のようにギルドの方へ走って行く。それに茉由ちゃんや洋介、寛之が後に続いていく。
俺と紗希も急いでその後を追った。
俺たちがギルドに着くと、ギルドは無残な姿になっていた。
ギルドの扉は破壊され壁も一部崩れている。窓ガラスもほとんどが割れて破片が飛び散っている。また、ギルドの前の通りには無数の血だまりが出来ていた。
「ヒドイ……!」
茉由ちゃんは口元を両手で抑えて膝をついている。そんな茉由ちゃんの背中を武淵先輩がさすっている。
「直哉、中に入ろう」
俺は洋介と一緒にギルドの中へ入った。紗希と寛之には外を見張ってもらっている。
ギルドの中もまた悲惨なものだった。昨日までのギルドは跡形もない。机のほとんどが破壊され、床もめくれあがっている。そして、扉の横の壁は血の色をしていた。
手前ではウィルフレッドさんが拳を握りしめて、立ち尽くしていた。
奥ではラウラさんが負傷者の手当てをしていた。それはさながら映画などで見る野戦病院のようなものを感じさせた。
俺の家で大騒ぎしている間に一体、何があったというのだろうか。
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