日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第32話 快進撃

ここは大通りから外れた路地。日も傾き始め、足元が見えづらくなってきている。そんな場所を動き回る4つの影。

「洋介、そろそろ限界かもしれないわね……!」

「ここら辺でケリをつけるか」

二人は目線を交わした後、二人は陽の光も差し込んでいない真っ暗な自ら袋小路へと入った。

その通りは2,3mの壁があり、並みの脚力では上ることは出来ない高さだ。

「……あんさんら、俺たちを、倒すとか、言ってたようだが、ここまでのようだな」

息を切らしながらミゲルがそう言った。

この二人は間違いなく強敵である。物理攻撃がほとんど効かないミゲルと鼓膜が裂けそうなほどの轟音を響かせるローレンス。その轟音の中でまともな連携は取ることが出来ない。

「ミゲル、待て!」

止めを刺そうと大鉄槌を構える。そんなミゲルをローレンスは制した。

「何だよ、止めるのかよ?ローレンス」

「おいミゲル!今、お前の眼には何が映ってるんだ!?答えてみろ!」

「何だよ、そんなの槍使いの女と……」

ミゲルは驚いたように目を見開いた。その視線の先には槍を構えた夏海の姿。しかも、壁の上にいる。

「もう一人はどこに行ったのかを私は聞いているのだ!お前の方がほんの一瞬だが、先にここに来ていたのだろうが!」

ローレンスがそう怒鳴りつけてもミゲルはおどおどするばかりだった。

「クソッ!おい、そこの女!もう一人はどこへ行ったんだ!答えろ!」

今までの紳士的な言動が崩れていくローレンス。それだけ彼には余裕がないということだろう。

「そう言われて答えるとでも思ってるのかしら?もし、そうなのだとしたら二人揃ってバカなのね」

しかし、そういう挑発じみた発言をする夏海の両足はそこだけピンポイントで地震が来ているのかと思ってしまうほど小刻みに震えていた。

しかし、夏海が震えている原因はローレンスたちではない。この通路の暗さである。そう、夏海は暗いところが大の苦手なのだ。

「おい!ミゲル!早くここを離れるぞ!」

ローレンスは崩れ落ちたミゲルの右腕を引っ張ってこの場を離れようとしたが、さすがにローレンスには見るからに重そうな体型をしているミゲルを引きずるほどのパワーはない。

「クソが!」

この一瞬こそが勝敗を分けた。いつだって運命を分けるのは一瞬の判断の誤りである。

突如、壁の向こうからパチパチと火の粉が弾けるような音がし始めた。

「仲間割れは焼かれてからやってくれないかしら?」

夏海はそう言って槍の穂先を二人に向けると二人はたちまち立っていることが出来なくなった。

「……重力魔法か!だが、先ほど私の轟音を聞いて魔法を止められたことを忘れたのか!“轟音”ッ!」

ローレンスは先ほどと同様に夏海の集中を断ち切ろうと自らの魔法で轟音を響かせた。しかし、その直後、それを上回る轟音によってかき消されることになった。

「雷だと……!」

――刹那、二人は壁を突き抜けてきた雷の砲撃を浴び、意識を失った。

雷の正体は言うまでもなく、洋介である。

「夏海姉さん、うまく行ったな」

「ええ、そうね」

洋介は壁の上から落下してきた夏海を横抱きにしていた。

一体何がどうなったのか。詳細はこうである。

二人はまず、袋小路に入った時に夏海の重力魔法で壁の上へと浮かび上がった。重力魔法は単に下に圧力をかけるだけのものではない。うまく使えば、瞬間移動のように右へ左へ移動することも可能だ。今回はそれを上におこなったのだ。

それから洋介は壁の反対側へと降りた。そのタイミングで二人がやって来たのだ。そして、洋介は夏海が二人を引き付けている間に雷霊砲の発動準備をしていたのだ。スコットの風霊砲やピーターの炎霊砲、これの雷のバージョンだ。

雷霊砲は微調整が利かない分、高威力で射程距離も長い。まさに砲撃の名を冠するにふさわしい技である。

そもそも何故、硬化魔法で防御しているミゲルに攻撃が通ったのか。硬化魔法には物理攻撃への耐性はあっても魔法抵抗の効果は無いからだ。

「お前ら、よくやったYO!」

洋介の肩に腰かけている雷の精霊が二人を称賛している。

「洋介、もう大丈夫だから下ろしてくれないかしら?」

「ああ、それはすまねえ」

洋介は夏海を下ろして、雷霊砲を撃ち込んだ方へと目を向ける。

そこには真っ黒に焼けた男が二人。息はしているため生きていると思われる。

「洋介、大丈夫?今ので結構魔力使ったんじゃないの?」

「まあな。もう雷霊砲あれは使えねえな」

雷霊砲が撃ち込まれた大地は抉れ、周囲は破壊した建物の残骸が飛び散っていた。

「こりゃあ、器物損壊罪で捕まっちまうかもしれねえな……」

「どっちかというと建造物倒壊罪っていう方がしっくりくるわね」

「でもYO!二人ともそんな心配してる場合かYO!」

雷の精霊に言われ、洋介は思い出したように大通りの方へと足を向けた。

「洋介、ちょっと待って頂戴」

「どうかしたのか?」

「乗り越えていった方が早いんじゃないかしら?」

そう言って、夏海は近くの建物の屋根を指さした。それだけで洋介はすべて理解した。

――時は少し遡る。洋介と夏海が路地を走り回っていた頃。マリーと茉由の戦いは建物の屋上でヒートアップしつつあった。

「あんたが、アタシとここまで、戦えるとは思わなかったわ」

息を切らしながらマリーは茉由の実力を認めたような口ぶりだ。

「そうでしたか。私もここまで苦戦を強いられるとは思ってませんでした」

フッと笑みをこぼしながら茉由は再び剣をマリーの方へと構え直した。

そして、一気に間合いを詰めるためにマリーへと走り寄る。こういった魔法使い系の相手は接近すれば嫌でもスキができる。

「“氷斬ひょうざん”!」

間合いを詰めた茉由は下から剣を斬り上げた。しかし、マリーに慌てた様子はない。

「“氷盾アイスシールド”」

マリーは、まるで何度説教しても改めないバカを眺めるような蔑んだ目で茉由を見下していた。

「あんた、学習するってことを知らないわけ?」

……しかし、マリーが平静さを装えたのはそこまでだった。

茉由の斬撃を受け止めた氷の盾にヒビが入ったのだ。そこを起点にして一気に盾を粉砕してしまった。

それを見たマリーの頬を氷のように冷たい汗が流れ落ちる。

「きゃあ!」

盾が砕けた反動でマリーは後ろによろけた。

「隙あり!」

茉由が止めだと言わんばかりに剣を横に滑らせるが、剣はマリーの肌に届くことは無かった。

マリーは氷の全身鎧フルプレートアーマーを着用していたからだ。

「“氷鎧アイスアーマー”。あなたにこれが破れるかしらね?」

氷の鎧を纏ったマリーは右手に氷のレイピアを握りしめていた。

「行くわよ!」

マリーは先ほどよりも遅い動きで茉由へ接近した。レイピアで確実に仕留めるつもりなのだろう。

茉由はレイピアの突きを捌きながら、ジリジリと後退を余儀なくされていた。このままでは屋根から落ちてしまうだろう。そうなれば確実にリタイアになってしまう。それだけは避けなくてはならない。

しかし、どんどん屋根の淵へと追いやられていく。そして、あともう一歩で落下するというときに茉由は動いた。

レイピアを横へ薙ぎ、マリーの後ろへと回り込んだ。

そして、剣でマリーの右膝の裏を斬った。鎧は比較的足回りの部分は薄く作られていた。そこを狙ったのだ。

茉由の目論見通り、マリーはバランスを崩した。

しかし、よろけた場所がマズかった。屋根の端だったため、今にも落ちそうになっている。

マリーも踏みとどまろうと踏ん張ったが、何せ氷の鎧である。足元が滑るに決まっている。

悲鳴を上げながらマリーは落ちていく。マリーは死を悟ったように静かに目をつぶった。

しかし、彼女を見捨てない者が一人。

そう、茉由だ。彼女は根が優しい子なのである。そのため、敵であるマリーを見捨てることは出来なかった。だから、反射的に手を差し伸べたのだった。

その後、マリーは無事、茉由によって屋根まで引っ張り上げられた。

「ごめんなさい。まさか、あんなことになるなんて思わなくて……」

「別にいいわよ。それくらい。アタシもこうしてピンピンしてるわけだしね」

マリーは照れくさそうに頬をかいていた。

「それより、助けてくれてありがとう」

マリーは茉由に頭を下げて感謝の言葉をありのままに伝えた。

「いえいえ、私はあなたに感謝されるようなことはしてないですよ。むしろ、あんな危ない目に遭わせてしまったんですから……!」

「ううん、アンタはアタシを助けてくれたことに変わりはないわ。だって、あのまま見捨てることだって出来たのに」

マリーはそれから茉由に何度も何度も頭を下げた。茉由もマリーに頭を何度も下げ続けた。

傍から見れば、さっきまで戦っていた二人の少女が向かい合って頭を下げているのだ。実に珍妙な光景である。

そんな時、どこからか雷鳴が響いてきた。

「雷……?」

「洋介先輩かな?」

「……あなたたちの仲間の人?」

「はい、そうです」

二人はそれからお互いのことを話していた。それはまるで友人と趣味の話で盛り上がっているようだった。

「私、もう行かないと!」

「……そっか、まだ戦いの最中だもんね」

寂しそうに微笑むマリーの姿は引っ越してしまう友達を見送っているときのような表情だ。

「あ、アタシに構わず行って。待ってる人たちがいるんでしょ?アタシにはもう戦う意思はないわ」

「分かりました。それじゃあ、戦いが終わったら、機会を改めて、ゆっくりお話しませんか?」

「……えっ、いいの?」

「もちろんです」

茉由がそう言うとマリーの表情は先ほどの寂しげなものとはまるで違う。それはもう嬉しさを満面に出した笑みだった。

「それじゃあ、マリーさん。また後で!」

茉由は笑顔でその場を後にした。

「広場では直哉先輩が戦ってるはず……!急がないと!」

茉由は広場へと向かう足を速めた。

一方その頃、女剣士対決は熾烈しれつを極めていた。

「まだやるのか?もう勝ち目がないことくらい理解しただろう」

そう言いつつ、シルビアは気を抜くことなくレイピアは紗希の喉元へと向いている。

そして、紗希はというと体のあちこちに刺されたような傷跡があり、血も皮膚を伝って滴り落ちている。

「まだまだ!ボクは貴方を倒して兄さんの所へ行かないと!」

紗希の眼から未だに闘志は失せてはいない。そんな紗希を見て、シルビアは嘲笑った。

「お前のその話には不可能なことが2つある」

紗希はシルビアの「2つ」という言葉に食い入るように話を聞こうとしていた。

「まず、1つ目だ。お前が私に勝つことはないということ。そして、2つ目。お前の兄は今頃、マスターに倒されているだろうということだ」

紗希はそれを聞いて眉をしかめた。

「兄さんは強いよ!ボクよりもずっと!」

「それは無いな。お前の兄よりも遥かにお前の方が強いと私は見た」

そして、シルビアは「動きを見れば分かる」と付け足した。

紗希は強張った表情をしながら剣を構え直した。

二人は物言わず得物を交えた。周囲に激しい金属が響きあう。

「さすがですね、シルビアさん!」

「当たり前だ。私は剣技これだけが唯一の取り柄なのだからな」

二人の戦いから生じる金属音は武器を交えるごとに激しさを加速させていく。そして、二人は剣身と剣身とがぶつかり合って生じる火花も色鮮やかであった。

二人は体勢と整えるために一度間合いを取った。しかし、シルビアに紗希を休ませるつもりは無い様だった。

「"風刃”!」

レイピアを軽くしならせながら放たれた複数の風の刃は距離を取った紗希目がけて勢いよく飛んでいく。

紗希はそれを必死にサーベルで捌いていた。それもそのはず、紗希はその風の刃の切れ味をその身をもって知っている。

そのせいか、守りに神経を尖らせすぎた。

「止めだ、"風牙ふうが”!」

先ほど紗希の脇腹を貫いた突きが繰り出された。それも威力は先ほどの比ではない。何せ、風を纏っているからだ。

これは防御することは不可能だろう。そう踏んだ紗希は即座に次の行動に出た。

「敏捷強化!」

速度を上げることで回避してしまおうということだ。安直だが、実に正しい判断だ。

「ハッ!」

紗希は左へ素早くかわした直後、サーベルを右へと薙いだ。すると、レイピアの先端が切れて宙を回転しながら遠くへと転がっていった。

そして、シルビアが突きの姿勢から動けていない間に、紗希は彼女の脇腹へと回し蹴りをくらわせた。

「グッ!」

シルビアは苦悶の声を上げながら地面の上を転がった。そして、起き上がろうとすると、目の前には紗希のサーベルの切っ先が向いていた。

レイピアを失った剣士は無力そのものだった。

「……参った。降参だ」

「随分とあっさり負けを認めるんですね」

紗希が静かにそう言い放つとシルビアは何も言わずうなだれた。

「私は剣士だ。剣が無ければ戦うことは出来ん」

紗希はシルビアのそんな姿に昔の自分――父親に剣を習い始めたころの自分を重ねた。

「シルビアさん、ボクも昔、今のあなたと同じことを言ってました」

「お前がか?」

シルビアは信じられないといった風な目で紗希を見た。

「ボクは剣の技をお父さんから習いました。そして、今のシルビアさんと同じことを言ったとき、お父さんに言われたんです。『剣に甘えるな』って」

そんな紗希の話にシルビアはどんどん引き込まれていった。

「そして、さらにこう言われました。『剣だけで戦おうとしていると、闘志がすぐに消えてしまう。例え剣を失っても腕がある。足がある。その体がある。武器はそこら中に落ちている。そう思えば闘志は失われることはない』って」

「紗希のお父さん、すごい人なんだね」

シルビアの暗かった表情はすっかり明るくなっていた。

「そんなことないですよ。確かに剣は強かったですけど、それだけですし」

紗希は手を胸の前で素早く横に振っていた。

「そ、そうなのか……」

「そうだよ」

「あ、えっと……頼みたいことがあるんだが、聞いても良いか?」

「全然大丈夫ですよ」

シルビアは頬を赤く染めながら照れくさそうだった。

「戦いが終わってからでいいんだが、もう一度私と勝負してくれないだろうか?」

「それくらいなら全然大丈夫ですよ」

シルビアからの頼みを紗希は快く了承した。

その後、紗希は夕日を背にシルビアに別れを告げ、直哉のいる広場へと向かった。

――もうすぐ夜がやって来る。戦いの終結が近づいていた。

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