日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第15話 絶望は下のち上

「兄さん、起きて。朝だよ」

紗希てんしの声だ。紗希てんしの声が聞こえる。俺は無意識に手を伸ばした。そして、感じたのは微妙な弾力。

バシッ!そんな音の直後には頬にピリピリと痛みを感じた。

「紗希、悪かった。急に……その……胸触って」

「う、ううん。ビックリしただけだから大丈夫。それより早く着替えてね。ボクは先に部屋の前の廊下で待ってるから」

「ああ、分かった。着替えたらすぐに行くよ」

紗希は静かに部屋を出て行った。俺は静まり返った部屋で一人静かに支度を済ませた。

「紗希、準備できたぞ~」

俺は部屋を出て紗希を呼んだ。しかし、そこには紗希はいなかった。俺は不審に思い、隣の紗希の部屋を覗いてみたが、そこにも紗希はいなかった。まさか、紗希までいなくなったとかじゃないよな……?

「あれ、兄さん?どうしたの?ボクの部屋に何かあるの?」

俺は振り返って、紗希の顔を見てホッとした。ここ最近色々ありすぎて思考がどうも悪い方へと考えがちだ。気を付けないとな。

「いや、紗希が廊下にいなかったからどこ行ったのかと思ってな」

「そうだったんだね。昨日言ってたメモをダイニングのテーブルに置きに行ってたんだよ」

紗希の話を聞いて俺は納得した。とにかく何もなくて良かった。

「兄さん、靴は昨日のうちに磨いておいたから玄関まで行こう」

靴を磨いた?どういうことだ?

俺が戸惑っている間に紗希は階段を下りてしまった。俺も極力足音を立てないようにして紗希の後を追った。

「はい、兄さんの靴」

俺は差し出された靴を受け取った。

「道場の方から出るのか?」

俺は紗希に疑問に思ったことを聞いてみた。

「うん。昨日の夜に見た感じだけど玄関の方は記者の人とかがいたから。でも、道場の方には誰もいなかったよ」

「そうか。じゃあ、急いで道場まで行くか」

なるほど。それで道場に行くって言いだしたのか。やはり紗希は段取りがいい。それから俺と紗希は道場まで向かった。道場は静まり返っている。そんな中を紗希は進んでいく。俺もそれに続こうとするが……。

「冷た!」

床が思っていたよりも冷たい。俺がそのことに驚いて声を上げた。先を進んでいた紗希がこっちへと振り向いた。

「兄さん、どうしたの?」

「いや、道場の床が思っていたより冷たくてビックリしただけだ」

俺がそう言うと、紗希が不思議そうに自分の足元を見てから俺の足を眺めていた。

「どうした?紗希」

「ボクは全然冷たいとは感じなかったから気づかなかったよ」

「そうか、紗希はいつも稽古の時、裸足だもんな。」

紗希はこの感覚に慣れてしまっているのだ。そのせいで気付かなかったんだろう。

「よし、行くか」

俺と紗希は靴を履き替えて外へ出た。外には紗希の言う通り誰もいなかった。神社までの道中、朝が早いためか誰にも会うことはなかった。

「暗くて前が見えにくいな」

この神社は24時間いつでも参拝が可能なのでいつでも入ることが出来る。ただし、明かりはついていないので足元が見えにくいのだ。俺がスマホで足元を照らそうとすると、それより先に足元が明るくなった。

「はい、兄さん。これで足元見えやすくなったでしょ?」

「ああ、ありがとう。ていうか紗希、懐中電灯何か持ってきてたのか?」

よく見ると紗希は肩掛けのカバンを持ってきていた。

「うん、道場の入り口のところにカバンと懐中電灯を置いておいたの。遺跡に行くんだから、懐中電灯くらい必要でしょ?」

言われてみればそうだよな。遺跡に行くまででも明かりが少ないのだ。ましてや遺跡の中にもなるともっと暗いに違いない。

「やっぱり、紗希は準備がいいな」

「兄さんが要領悪いだけだと思うんだけど……まあ、それはともかく先に進もうよ」

紗希は懐中電灯を持って先に進んでいく。

「待ってくれ!先に行かれたら足元が見えなくなる!」

俺はそう言って紗希の後ろをついていった。

そして、俺と紗希は歩き始めて2,3分して境内に到着した。

「ここからは兄さんの方が詳しいだろうから、ここからは兄さんが先に進んでもらっていい?」

そう言って差し出された懐中電灯を受け取って前に進んだ。

「分かった。離れずにちゃんと付いて来てくれ。ここは足場が悪いからな」

この道を通るたびに思うことが一つ。足場が悪い。本来人が通るような場所じゃないのだから当然のことだが。

うっそうとした木々や茂みの間を抜けると、そこには当然のようにあの遺跡がそびえ立っていた。

「兄さん、今更なんだけどどうやって中に入るの?」

「……どうやって入ろうか」

……しまったな。どうやって入るのかとか考えてなかった。

「紗希、考えるの手伝ってくれないか?」

「はあ……。分かった。そうするしか方法もないわけだし」

とりあえず、俺たちは茉由ちゃんが来るまで遺跡に入る方法を調べることにした。

あれから3時間ほど経ち、すでに日が昇っている。そんな時、俺の腹が悲鳴を上げた。

「兄さん、お腹空いたね」

「そうだな。でも、ここに来る途中に買ったお茶しか持ってない」

俺は岩場に置いたお茶を飲んだ。朝とはいえ、夏は暑い。

「ボクも。このお茶しか持ってないや」

紗希も同様に岩の上に置いたままのお茶を飲んだ。

「茉由ちゃんとはどうやって合流するんだ?」

「遺跡の場所は知らないだろうから、鳥居のところまで戻って合流しようかなって思ってる」

それもそうだな。この遺跡に来たことがあるのは俺と紗希と寛之だけだからな。

「よし、じゃあ、もう一時間探してから鳥居のところまで戻るか」

「うん!」

俺たちはもう一度、遺跡の周辺を草むらから何から手当たり次第に探索した。

俺は探している最中に思い出したことがあった。

「足跡……」

「兄さん?どうかしたの?」

急に俺がポツリと何かしゃべったのが紗希は気になったようだ。

「前に一人で来た時に遺跡に続く足跡を見つけたんだ。もしかすると、まだ残ってるかもしれない」

俺がその事を思い出した時、紗希の声が聞こえた。

「兄さん。足跡ってこれの事?」

俺は大急ぎで紗希に駆け寄った。

「それだよそれ!」

俺が紗希の両肩を掴んで揺さぶっているとさすがに紗希に怒られてしまった。

「兄さん、痛いよ」

「……す、すまん」

俺は反射的に謝った。

「それより、もうすぐで茉由ちゃんがこっちに来る時間じゃない?」

時刻はいつの間にやら10時を過ぎていた。タクシーとかを使ったのならもう数分で着きそうな時間だ。

「よし、鳥居のところまで戻るか!」

「うん!」

俺と紗希は来た道を辿って鳥居のところまで戻った。そして、ちょうど戻った時に、茉由ちゃんがタクシーを降りたところだった。

「先輩も紗希ちゃんもどうしてここに?」

……まあ、当然の疑問だな。

「紗希から茉由ちゃんが今日ここに来るのを聞いたんだ」

紗希がうんうんと首を縦に振って相槌を打っている。

「そうだったんですね。もしかして、学校を休んでここに来たんですか?」

「そうだ。……と言っても、紗希は俺の無理に付き合ってくれてるだけなんだが」

茉由ちゃんは俺と紗希を見やってこう言った。

「こんなところで私を待って何か用があったりするんですか?」

「うーん、茉由ちゃん次第だな」

俺がそう言うと茉由ちゃんはいぶかしげな顔をしていた。

「まあ、言いたくないのならそれでいいですけど……」

茉由ちゃんはそう言って境内の方へと歩いていく。紗希も後ろを追いかけて茉由ちゃんに話しかけにいった。二人とも歩くのが速く、随分と距離を離されてしまったが、俺も急いで二人の後を追いかけて走った。

ーーーーーーーーーー

しかし、予想に反して、神社に着いてからというもの、茉由ちゃんはただお参りをしただけだった。

俺は茉由ちゃんは遺跡に行くのではないかと疑っていたが、どうやらそうではないらしい。ただ、現在行方不明のままの呉宮さんが見つかるようにお参りに来ただけだそうだ。

「考えすぎだったか……?」

その後、何事もなく鳥居のところへ戻って来た。

「それじゃあ、私は家に帰るので!」

「おう、分かった」

「茉由ちゃん、また学校でね!」

俺たちと茉由ちゃんは鳥居の前のところで別れた。

「兄さん、これからどうするの?」

「茉由ちゃんは遺跡に行くわけじゃないみたいだからな」

とりあえず、一安心といったところだな。しかし……

「遺跡の事、ちょっと気になるね」

「エスパーか!?」

ビックリしたな。まさか考えていることを当てられてしまうとは思わなかった。

「兄さんの考えてること分かりやすいからね。顔に出てるし」

そうなんだろうか?自分のクセってなかなか自分では分かりにくいんだよな。

「じゃあ、家に帰る前に遺跡に寄っていいか?」

「うん。寄って行こう」

「悪いな。ありがとな」

そういう訳で俺と紗希は再びあの遺跡に向かった。

ーーーーーーーーーー

戻ってみると遺跡の周囲は前に来た時のように雨が降っていた。

「どう?何か分かりそう?」

「大体は分かったんだが……」

今俺と紗希がいるのは境内に続く道の入り口から遺跡を挟んだ反対の位置にいる。扉などは何もなく、四つの人型の像がおよそ3メートル間隔で正方形状に配置されているだけだ。

足跡はここに繋がってるな。あれ?何か文字が彫ってあるぞ。見つけたのは良かった。しかし、訳の分からないミミズが這ったような文字だ。その下は……

「……日本語?」

何故、こんな所に日本語だけ?まあ、それは今は置いておくとして。

“十字を切る者に道を示さん”

そう書いてあった。……日本語で。十字を切る者?どういうことだ?しばらく考えてみたが、よく分からなかった。

「そういえば、兄さん。この人型の像ってなんでこんなところにあるんだろうね?」

「さあ、何でだろうな……」

……ん?待てよ。この像の配置……まさか……!

俺は一つの像に背をくっつけるようにして立った。この四つの像は斜め向かいの像を向き合って、正方形状に並んでいる。まずはこの像の斜め向かいの像まで歩く。そして、残りの二つの像も今と同じように歩いた。

そして、像の足元まで行くと、地面が突然揺れ始めた。

「兄さん、これって……!」

揺れ自体はすぐに収まった。そして、四つの像の対角線が垂直に交わる場所、すなわち真ん中の部分に地下へと続く階段が出現した。

「よし、行くか」

「うん!」

まさに遺跡に入ろうとしたその瞬間。背後の草むらで枝が折れるような音がした。慌てて振り返って見ると、そこには鳥居の前で別れたはずの茉由ちゃんがいた。

「茉由ちゃん?どうしてこんなところに?」

俺が聞くよりも先に紗希が茉由ちゃんに問いを投げかけた。

「えっと、二人の挙動が怪しかったから、家に帰るフリをしてこっそり二人の後をつけてたの」

……まさか付けられているとは思わなかったな。

「今からその遺跡に入るんですか?」

「ああ、そのつもりだが……」

茉由ちゃんは顎に手を当ててじっと考え込んだ後、こう言った。

「先輩、私も付いて行ったらダメですか?」

「ダメってわけじゃないが、安全は保障できないからな」

探検家でもない、ただの高校生二人だしな。

「……怖いですけど、私は一緒に行きたいです」

「よし、じゃあ、この三人で遺跡に入ろうか」

こうして、俺と紗希と茉由ちゃんの三人は遺跡の中へと入っていった。

ーーーーーーーーーー

遺跡の壁にはよく分からない文字や変な紋様が描かれている。通路は狭いが、幸いなことに天井までの高さは十分にあるおかげで頭をぶつけたりするような事は無かった。

遺跡に入ってからどれくらいの時間が経ったのかが全く分からなくなってしまった。というのも、スマホも正常に動かなくなり、紗希が付けてきていた腕時計も遺跡に入ってしばらくすると動かなくなってしまったのだ。

しかし、その一点を除けば、今のところはこういう遺跡では定番のトラップ的な物に掛かることは一度もない。まあ、こうも順調だと逆に怖いという気持ちもあったりするのだが。

緊張しているためか、遺跡に入ってからというもの俺たちの間での会話はほとんど無かった。

一体いくつの部屋と通路を抜け、階段を下りただろうか。最初は熱心に数えていたが、あまりに同じことの繰り返しで途中で数えるのをやめてしまった。

「また階段だ……」

茉由ちゃんの声が聞こえる。しかし、今の言葉から疲れているのがうかがえた。

俺は目の前の階段を一段、一段と降りていく。紗希や茉由ちゃんの足音も聞こえるのでちゃんと付いて来てくれているようだ。俺たちが階段の真ん中あたり?まで進んだ時、急に下の方から振動と共に轟音が聞こえてきた。

「兄さん!これって……!」

紗希が言いかけたこと。それは、階段が徐々に下へ下へと傾いていってることが言いたかったのだろう。正直、巨大な岩とかが転がってきたりするくらいの覚悟はしていたが、これは予想外だった。疲労が溜まっていたせいか足がとっさに動かず、逃げるのが間に合わなかった。

そして、階段が真下を向くという異常な状態になり、俺たちは底の見えない奈落と呼んで差し支えないだろうところへ真っ逆さまに落ちていった。

風が耳元で凄まじい音をたてて通り過ぎていく。俺たちのようなフツーの人間には重力に抗う術など持っているはずもない。俺だけいつの間にか体勢が仰向けになっている。下へと続く絶望。

そして、俺にはそれが見えてしまった。上から新たなる絶望ラグナロクがやって来るのが。

……それは水だ。それはもう滝のように。

俺たちはどうすることも出来ずにその大量の水ぜつぼうに呑まれていった。俺はその中で意識を手放した。


第1章 古代遺跡編 ~完~

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