日常のち冒険~俺は世界を超えて幼馴染を救う~

ヌマサン

第8話 怪しき夢

遺跡の前にたたずむ一人の男。男は黒いローブをまとい、目深かにフードを被っている。男は右手には自らの身長と同じくらいの長さの木製の杖を握っている。その杖の先端には紫色に光る球体の宝玉が埋め込まれている。

ローブ姿の男は左肩に浴衣姿の少女を担いでいた。その浴衣を着た少女は夏祭りの時、突如いなくなってしまった呉宮さんの妹。茉由ちゃんだった。

やがてローブ姿の男は地下へと続く遺跡の扉を開けて消えていった。茉由ちゃんを肩に担いだまま。

~~~~~~~~~~

そんな夢を見て俺は目が覚めた。

何となく嫌な予感がした。夢にしてはリアリティーが高すぎる。果たしてこれは本当に夢だったのだろうか……?

俺は夢の事を考えながら朝食を食べて身支度を整えた。そして、学校に行こうと玄関で靴を履いていると階段の方からバタバタと足音が聞こえてくる。

「あれ、紗希?まだ起きてなかったのか?」

「うん、目覚ましセットするの忘れてて……。今から支度して歩いて行っても間に合わないよ……」

そう言って、残念そうに俯く紗希。紗希は今の今まで遅刻をしたことなど一度としてない。皆勤賞なのだ。『何とかして間に合わせてやりたい』俺はそう思った。何より、そんな風に落ち込んでいる紗希を俺は見ていられなかった。

「紗希、学校の準備はもう出来てるのか?」

「うん、後は朝ごはんを食べて着替えるだけだよ。それがどうかしたの?」

紗希はきょとんとした様子で俺の方を見ている。

「じゃあ、紗希。3分間待ってやる。今すぐ制服に着替えてかばんを持ってきてくれ」

「う、うん!それじゃあ、すぐに準備するね!」

紗希は急ぎ足で階段を上がっていった。俺はそれを見届けると大急ぎで自転車を玄関前に停め、玄関から真っ直ぐに走ってこられる位置に移動させておいた。それから前籠まえかごに自分の鞄を入れて、玄関で紗希が出てくるのを待った。

そして、制服姿の紗希が鞄を持って階段を降りてきた。

「紗希、鞄を渡してくれ」

「あ、うん。はい、兄さん」

俺は紗希から鞄を受け取った。

「靴を履いたら自転車まで走ってきてくれ」

俺はそう言って自転車まで小走りで向かった。前籠まえかごに紗希の鞄も入れて、自転車に乗り、ペダルに片足を乗せておき、すぐに出られるようにした。紗希が来るまでの間に俺は鞄から良い感じに冷えたりんご味の缶ジュースを紗希の鞄へと移しておいた。

そこへ紗希がこちらへ走ってきた。

「兄さん、ボクどうしたら良い?」

「後ろの荷台に乗ってくれ!」

「分かった!」

俺は紗希が荷台にまたがったのを確認してから自転車を漕ぎ出した。

「紗希!しっかり掴まっててくれ!」

「うん!」

紗希は俺の腹部に腕を回して掴まった。そして、俺は背中に微妙な弾力を感じながら自転車の速度を少し上げた。

家を出発して2分くらいが経過した頃。

「兄さん、ありがとね」

「可愛い妹のためだからな。それを思えば、大したことじゃない」

これは本心だ。それに、あんな沈んだ表情をしている妹を放っておけるわけがない。

「うぅ……兄さんがシスコンでホントに良かったよ……」

……おっと、これはけなされているのだろうか?はたまた褒められているのだろうか?

「そういえば紗希。2つ聞きたいことが有るんだが……」

「聞きたいこと?何が聞きたいの?」

「ああ、えっとだな。いつの間に俺が彼氏ってことになってたんだ?」

「あ、あれは……その……」

突然黙りこむ紗希。そんなに言いにくいことなんだろうか?

「1ヶ月ぐらい前のことなんだけど、昼休みに友達2,3人と話してるときに彼氏の話題になって……」

あ、何となく落ちが分かる話だな……。

「その時に『ねえねえ、紗希ちゃんは彼氏とかいないの?』って聞かれて……」

「で、咄嗟とっさに俺の写真を見せたのか……」

「……うん」

まあ、俺と紗希はあんまり顔つきが似てないから、兄妹だと気づかれないのも無理はないか……。

それに俺、紗希と違って黒髪のところどころに金髪が混じってるからな……。

「あと彼氏の写真を見せたときクラスの男子の方がざわついてたんだよね……。何でなんだろう?」

紗希は随分と真剣に考えているつもりなのだろう。しかし、この問いに対する解は割りと簡単に導き出せるものだが……。

「分からないのか……」

「えっ、もしかして兄さん、分かるの?」

まさかのまさか、本当に分からないのか……。

「いや、逆に何で分からないんだよ……」

「いいから、教えてよ!兄さん!」

紗希は俺の左肩から顔をのぞかせて訊ねてくる。

「でもなぁ……」

「私、気になります!」

あれ?紗希、一人称が私になっているぞ?まあ、それは置いておくとして……

「紗希の話から推測すると、お前はクラスの男子の憧れの的なんだよ」

「えっ、そうなの?」

「たぶんな。だって綺麗な上に勉強出来て運動神経まで良いときた」

「……ちょっと、兄さん!」

さては照れているな?可愛い奴め。よし、このまま褒め殺しにしてやろう。

「そんな子に彼氏がいたということが分かった。だから、ざわついてたんだ!」

「どうだ!」とドヤ顔で俺が紗希の方を振り返る。すると、紗希の顔が青ざめているのが分かった。

「兄さん!前見て!前!」

「……前?」

俺は言われた通りに前へ視線を戻すと……!

「うおおお!」

信号は赤だった。俺は反射的にブレーキを踏んだ。

自転車はけたたましい音を出して信号の手前で停止した。そして、その目の前を大型トラックが通りすぎていった。俺はホッと安堵のため息をついた。

「助かった……。危うくトラックに引かれて転生するところだった……。ありがとな、紗希」

「もう!運転中に振り向いたりしないでよね!」

そう言って、背中をポカポカと叩いてくる。俺は、もう少しキツく叩かれるものだと思っていたので助かった。紗希に本気で叩かれるのも結構、痛いんだよなあ。

「……そうだな、すまん」

「分かればそれで良し!ちゃんと次からは気をつけてね、兄さん!」

「ああ、分かった。……て言うか学校、急がないと遅刻だぞ!」

「あっ!ホントだ!兄さん、急いで!」

……どうやら紗希も忘れていたようだ。よし、安全運転を心がけながら行くか。

そう思って、俺は紗希を載せて再び自転車を漕ぎ始めた。

「あ、そういえば。聞きたいことがもう一つあるんだけどいいか?」

「今度は何が聞きたいの?」

ここではやっぱり聞きにくいんだけど……仕方ない!言ってしまおう!

「昨日の風呂のことなんだが……」

俺がそこまで言いかけたとき紗希はギュッと俺を掴む力を強めた。

「その話は今は言いたく……ない……かな」

……しまったな。急ぎ過ぎてしまった。急いで聞くことじゃないか。

「分かった。話したくなったときにでも話してくれればいいから」

「……うん。分かった」

それからは俺と紗希で他愛もない話をしているうちに学校に到着した。

いつものように自転車を駐輪場に停めて施錠していると俺の後ろからお腹の鳴る音が聞こえた。

「……ボク、そういえば朝ごはんまだ食べてなかったんだった。授業中にお腹鳴ったりしたらどうしよう……」

「そこってそんな気にすることか?」

「乙女にとっては一大事なんだよ!?」

「お、おう……」

そんなにお腹鳴るのが嫌な物なのか。俺には全く理解が出来ないが……。

「じゃあ、これ食べるか?」

俺はそう言って鞄からあるものを取り出した。

「……メロンパン?これどうしたの?」

紗希は頭に疑問符を浮かべたような表情をしていた。

「昨日母さんが買ってきてくれてたんだよ」

……何故かは分からないが。

「正直俺はお腹すいてる訳じゃないしな」

「ホントに貰っても良いの?」

「ああ、全然大丈夫だ」

紗希は一瞬、躊躇ためらうような素振りを見せた。

「じゃ、じゃあ貰っていくね」

そう言って紗希は俺からメロンパンを受け取った。そして、受け取ったメロンパンを鞄に直してから昇降口へと歩いていった。

一方で、俺も自転車の前籠から鞄を取ってから昇降口へと向かった。

――――――――――

ここは1年3組。ボクのクラスだ。

「あ!紗希!」

「紗希ちゃん、おはよー!」

クラスメートたちが挨拶をしてくれる。

「皆、おはよう!」

ボクは挨拶を返してから席に着く。

兄さんに貰ったメロンパンを出そうと鞄をまさぐる。するとひんやりした固いものに中指の先が当たった。

「何だろう?」

ボクはその物体を掴んで鞄から取り出した。

「りんご味の……缶ジュース?」

あれ?ボク、こんなの入れたっけ……?

「後で兄さんにでも聞いてみようかな」

……まあ、これ入れたの、どうせ兄さんなんだろうけど。

ボクはそんなことを思いながら缶ジュースを開けて一口だけ飲んだ。

「……おいしい」

どうしてだろう。リンゴジュースとか数えきれないほど飲んできたけど、こんなに喉奥に染み渡るようなおいしさは初めてな気がする。

その後、ボクは朝のホームルームが始まるまでメロンパンを頬張っていた。

――――――――――

※ここからはまた直哉の視点に戻ります。

教室に着いてみると、いつもより人が多かった。それもそのはずだ。いつもより教室に来るのが遅れてしまったからだ。

俺はそんな事を思いながら、自分の席に向かおうとした。しかし、俺の席はすでに女子グループに占領されてしまっていた。しかも、俺の机の上には女子たちの鞄が乱雑に置かれていた。椅子もそのうちの一人に座られてしまっていた。

俺は、自分の席に向かうのを諦め、寛之の席へと向かった。

寛之はイヤホンをして音ゲーをしていた。とりあえず、曲が終わるまで待つことにした。

俺が立っていることに気がついたのか、寛之は顔を上げた。

「……お、直哉か」

「おはよう、寛之」

俺は寛之の机の横にカバンを置いた。

「……今日は随分と遅かったが、何かあったのか?」

「ああ、いろいろあったんだ。話せば長くなる」

俺がそう言うと、寛之は少し黙り込んだ。

「……そうか。それには触れないでおくとして……だ。この教室を見渡して何か気づくことはないか?」

「気づくこと……?」

俺は教室を見渡してみた。しかし、特に変わったところは無いように思える。

「……分からん。何か違うところでもあるのか?」

「……あるんだなぁ、これが」

俺はもう一度見渡してみてようやく気がついた。

「呉宮さんがいない……のか?」

「……そうだ。今日は呉宮さんがまだ来ていないなんだ。直哉は何か聞いたりとかしないか?」

「いや、ないな」

そもそも、呉宮さんが来てないのを今知ったばかりなんだが……。

「……そうか」

寛之はそれ以上、何も言わなかった。

「直哉!寛之!」

廊下の方から俺たちの名前を呼ぶ声が教室中に響き渡る。

名前を呼ばれた俺と寛之は声の主の方を向いた。そこにいたのは大きく右手を振っている洋介リア充だった。そのすぐ横には胸の前で右手を振っている武淵先輩がいた。

この学校内の有名人二人が来たことにより、クラスが少しざわつき始めた。

『何であの二人があんなヲタクどもを呼んでるわけ?』

『意味分かんなーい!』

ホントやかましいな。これだから陽キャは嫌いなんだ。

あいつらの発言の中には恐らくは言葉の中に嫉妬とかも含まれているんだろう。

「直哉、行こう」

「ああ」

正直少しムカついたが、俺と寛之はクラスメートたちを無視して洋介と武淵先輩の元へと向かった。

「二人ともおはよう」

「「おはようございます」」

俺たちは武淵先輩からの挨拶を返した。

「とりあえず場所を変えようか」

洋介はスタスタと階段の方へと歩いていった。武淵先輩、俺、寛之も後ろに続いた。

洋介は階段まで来ると話を始めた。

「今日の放課後、一旦家に帰ってからでいいから俺の家に来てくれないか?」

「それは全然構わないが、随分と急な話だな」

洋介は「分かっている」といった様子で静かに頷いた。今度は武淵先輩が話始めた。

「昨日、洋介の家に探険道具があるかもしれないって言ってたでしょ?あの後、洋介の家の倉庫を探していたら見つけたのよ。探険道具を」

「おお!それはすげえ!」

しかし、俺はあることに気がついた。それは洋介も武淵先輩も目の下にクマが出来ていたことだ。恐らく二人とも昨日からあまり眠れていないのだろう。

そう思うと何故だか心の中がモヤモヤとした。

「分かった。家に帰ってから紗希も連れていく」

「……僕も家に帰ってから行くよ」

「よし、じゃあ6時半に俺の家に来てくれ。夕飯もご馳走するからな」

俺も寛之も頷いた。洋介はそう言った後、教室へと戻っていった。

「それじゃあ、私も教室に戻るわね」

武淵先輩も階段を上がって教室へ戻っていった。

そして、チャイムが鳴った。

「直哉、俺たちも教室に戻ろうか」

「そうだな」

俺たちは教室へ小走りで戻った。

その後はいつも通りの時間が過ぎて下校の時間になった。期末試験も終わっているので補習とかが無ければ昼過ぎに帰れるのだ。

「寛之、帰ろうぜ……」

俺は寛之が持っている紙を見て、思わず言葉に詰まってしまった。

「……直哉。……見たな?」

「いや、俺は何も見てないゾ」

「絶対に見ただろ!」

寛之は俺の両肩を掴んできた。

「見……見た」

「うわぁぁぁ!」

突然寛之は叫んだ。

「お前はこの紙を持ってないってことは……」

「ああ。俺は補習にはかかってないからな」

「……畜生ォォォ!」

今度は頭を抱えてうずくまった。そう、寛之が持っていたのは補修のお知らせだ。

「じゃあな。俺は先に帰るからな」

俺は満面の笑みでそう言って教室を出た。

「紗希のところに寄っていこう」

俺は1階まで降りると紗希のクラスである1-3へと向かった。

俺が教室に入ろうとすると、ちょうど紗希がほうきを持って出てきたところだった。

「あれ?兄さん?」

「今日、一緒に帰らないか?話したいことがあるんだが」

「じゃあ、掃除が終わるまで待っててくれる?」

「分かった」

紗希は箒を持って教室へ戻ろうとした。そこへ紗希のクラスメートの女子がやって来た。

「ねえねえ、紗希ちゃん!掃除は私がやっておくから彼氏さんと一緒に帰ってよ!」

……そういえば俺、紗希の彼氏ってことになってるんだったな。

「え、でも……」

「いいからいいから!」

真面目な紗希はあまり乗り気ではなかったが、最終的に押しきられる形となった。

「それじゃ、二人で仲良く帰ってくださいね!」

そう言ってそのクラスメートは教室へ戻っていった。

「……それじゃあ、帰るか、紗希」

「……うん」

俺と紗希は家までの道のりを歩き出した。

……この後に何が待ち受けているのかも知らずに。

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