氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

38.それぞれの戦い

「お祖父様、なぜそこまで兄上にご執心なさるのです?」

ティアラは疲れた様子の祖父に言う。
すると祖父はちらり、と部屋に掛けられている何を描かれているのか分からない絵を見た。
青と黒でぐちゃぐちゃに描かれているとしか思えない。

「ルティーエスは私の拭いきれない孤独感を綺麗に拭ってくれた。いつも私の膝の上で嬉しそうに笑ってくれたのだ。」 

ティアラは目を背ける。

(俺のことはそういうふうに思っていないくせに…。)

ティアラは長い間ガサツな少女を演じるために使った言葉遣いで心の声を呟いた。

「…そう。でも、向こうは嫌がっているのですよ。帰ってきたニーガンだってそう言っていたでしょう。」

王は少し目を瞑り、少しの間そのままにし、覚悟したように薄く目を開く。

「仕方ない。始めるか。」

ティアラは眉を寄せた。

(始める?何を?)

すると不意に王は窓の外を眺める。

「もうすぐ、我らロガーツの悲願が叶う…。」

ティアラは祖父の視線の先を追う。
彼の眺めている方向には…トゥーリス王国があった。

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二日後、エレミヤとギリウス、そして翡翠は葬式より一日早くトゥーリス王国へ到着した。

「…着きましたね…!トゥーリス王国に!」

エレミヤは見慣れた高い城壁を見上げ、嬉しそうに叫ぶ。
ギリウスはエレミヤが先走らないように彼の肩に手を置いた。

「良いか。お前はマタツ・ミノだ。本名なんぞ、名乗るなよ?」

と言われたエレミヤは不満そうに言い返す。

「分かってますよ。」

そしてエレミヤ達は城門に向かって歩き出す。

すると、勿論兵士は警戒したが、ギリウスがジリアスの葬儀の招待状を渡すとすぐに通してくれた。

エレミヤは走り出し、ギリウス達より先にトゥーリス王国に入国した。

「ただいま…!」

エレミヤは嬉しそうに呟いた。

「おかえり。」

ギリウスが優しく笑いながらそう答えてくれた。
エレミヤはギリウスに笑いかけると、走り出す。

「ギリウスさん、師匠の葬式場、どこですか?」

ギリウスは手に持った地図をまじまじと眺め、

「ここでするらしいな。」

と地図のある場所を指す。
そこはなんの変哲もない森の中。
しかし、エレミヤの反応は大袈裟なものだった。

「そこは…!」

と呟いたかと思いきや、エレミヤは走り出す。

「お、おいおい、エレミヤ!」
「エレミヤさん!」

すべて知っている氷蓮とルティーエスは驚きの声を上げるギリウスと翡翠に悲しげなため息を送った。
二人には聞こえないが。

そして走り続けること40分。
その場所についた。
深い森の中。
そこには、人為的に作られた大きな広場がある。
ジリアスがエレミヤのために作った稽古場だ。

エレミヤはその空間に立つと下を向く。

「…師匠のバカ…。」

ジリアスはエレミヤと共に訓練をしていたここで葬儀をして欲しいといったのだろう。
つまり、ジリアスは己が刺客に狙われていた、ということを前々から知っていたのか。

エレミヤはしばらくそのままにしていたが、ようやく顔を上げると、出口に向かって歩き始めた。

「ギリウスさん、翡翠さん。行きましょう。」

と悲しみを振り払うようにギリウスと翡翠を振り向きながら言う。

「あぁ。」

ギリウスはエレミヤの横まで追いつく。
翡翠はエレミヤの悲しみを思い、悲しげに顔を歪めなからエレミヤの後ろについた。

そしてギリウスの大きく、硬い手と翡翠の小さく、柔らかい手がエレミヤの肩に置かれ、二人の優しさの行動にエレミヤは蚊の泣くような小さな声で言う。

「…ありがとう。」

初めてタメ口で話されたギリウスと翡翠は嬉しそうに笑う。

「いいんだよ。辛いときは大人を頼れ。」
「そうそう!妾、見た目はエレミヤさんと同じくらいですけど、心の年齢はジリアスさんの寿命とギリウスさんの年齢を合わせても余裕で勝ってますから!実は妾の方がヒョウくんより年上だったり…?」
「え…そうなのか?翡翠。」
「さあ、どうでしょー?」

そんなギリウスと翡翠の楽しげな会話に少しだけ慰められ、笑みを取り戻したエレミヤであった。

…ん?アーシリアとダリアの反応がさっきからない。どうしたんだろ?

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「…殿下。」

トゥーリス王国王宮にて。
ミイロとユユリア、そしてジュリバークと共にお茶を飲んでいたバラックの元にある二つの報告が知らせられた。 

一つは喜ぶべきとこ、そしてもう一つは悲劇の始まりであった。

(エレミヤの帰還とログラーツからの宣戦布告…。そしてジリアスの死亡…。関連性を確かめる必要があるな。)

そしてバラックはミイロ達に笑顔を見せる。

「おい、みんな喜べ!エレミヤが…帰ってきたらしいぞ!」

すると彼らはお互いに手を取り合い、飛び跳ねるなどして喜びあった。

(この宣戦布告にエレミヤがどう関与しているのか…。確かめなくては。)

バラックはミイロ達に笑いかけると、茶を淹れ直しに去っていく。

「…エレミヤ…。」

バラックは俯くと、真顔で父のもとへ向かう。
ジリアスの死亡とエレミヤの突然の帰還、そしてログラーツからの宣戦布告。

これは…悪い予感がするぞ。

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その時、アーシリアとダリアは。  

(ミスト、早く!)
(ちょっと待ってください!ラム姉。もう少しで……。)

二人はエレミヤの中で地球での呼び名を使いつつ、エレミヤに聞こえないように話し合って何やら作業していた。
アーシリアとダリアはエレミヤにかけられている蜘蛛の異能力を解除しようと奮闘していた。

(あぁ…!これは…父様の神経と完全に同化しています!恐らく、私がこれを解除したら神経ごと消え去ってしまうでしょう…。)

アーシリアは顔を顰める。

(くそっ…厄介な相手…。)

アーシリアは小さな拳を握りしめるが、

(打開策を考えるのよ!これくらいでへこたれてちゃ、何がグラムよ、何がミストルティンよ!)
(ラジャー!)

幼い二人は頷き合い、話し込み始めた。

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