氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

35.水の龍

「そこのガキィ…。異能力者である俺様を侮辱するとはいい度胸してんなぁ…。」

コキコキと首と指を鳴らす目の前のおっさん。

(はーぁ。面倒くさいことになった…。)

氷のお面をつけ、シノハナの隊員服(ローブ)を着るエレミヤはため息をつく。

なぜ、こんなことになったか。

この国はフォルスワーム帝国。
美女の国と呼ばれる男にとっては楽園の様な場所だ。

ジリアスやミイロ達、そしてティナのことなどを考えないように入国早々街の中などを一人でブラブラと観光をしていたエレミヤはあるセクシーなお姉さんと角を曲がったところでぶつかってしまったのだが…。

「きゃ!」
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」 

エレミヤは反射的に女性に向かって手を差し出す。
そのお姉さんは手を差し出すエレミヤの手を優雅につかみ、微笑む。

「ええ。ありがとう。」

立ち上がったお姉さんはお礼にとばかりに頬にキスをして去っていく。

突然の「キス」というスキンシップに5秒ばかり放心してしまったエレミヤは顔を赤くして座り込んだ。

そこでこちらに歩いてくる気配を見つけたので邪魔になると思いエレミヤは歩き出すのだが、その気配がなにやら自分が先程までおた場所をウロウロしていたので、自分を探しているのかと考えたため、念の為いつものお面を被りローブで体を隠したのだが…。

実はさっきぶつかったお姉さんは娼館に勤めていて、結構人気な方なのだとか。

それでエレミヤはそのお姉さんを狙ってると勘違いされ、お姉さんのファンクラブ(仮)にタイマンをはられている状況なのだ。

ちなみにシノハナのローブは外国では結構有名なのだが、今は暗い路地裏にいるのでただ向こうがこちらが見えていないだけだ。

そして先程の「俺様異能力者だからどやぁ」的なセリフを吐かれたエレミヤだが、エレミヤにとっては自身も異能力者だし、異能力者は周りにたくさんいたので、

「へぇ。」

という言葉しか出てこなかった。

「あの、おじさん。僕、あの人狙ったりしてないので。っていうか祖父によく分からないうちに決められた決められた婚約者一応いるので。では。」

去っていこうとするエレミヤにおじさんが止める。

「おい、待てよ小僧。異能力者の俺様をおじさんだぁ?俺様の名はネグロック・ドルよ。ネグロック様と呼べ。分かったか?」
「嫌です。じゃ。」

即答し、去っていくエレミヤ。

ネグロックはこめかみに青筋を複数浮き上がらせ、エレミヤに叫ぶ。

「貴様ぁ!待てぇ!」

エレミヤはうざそうにネグロックを見る。
ネグロックは水をエレミヤの周りに出現させはじめる。

「どうだ!これか俺様の異能力、『水龍』よ!!」

エレミヤはふん、と鼻息で笑う。

(師匠やティナの異能力のほうが数十倍早いし、強い。こんなものが異能力なのか?) 
『う、嘘だ…。』

そう思ったエレミヤは貫こうとするその水を凍らせる。
なにやら氷蓮が素っ頓狂な声を上げたが、エレミヤは構わずにいた。
そしてエレミヤはネグロックに顔を向ける。

「へ?」

突然動きが止まった己が操っていたはずの水に驚き、ポカーンと口を開いたネグロックはエレミヤを凝視する。

(弱すぎる。)

エレミヤは心の中で吐き捨てると、戦闘を終了させるため、踵を返す。
これはエレミヤとしては戦闘やタイマンよりただのイタズラなのだが。
そしてエレミヤはプイっと顔を背け、去っていく。

「あ、あのガキも…。異能力者…?!」

ネグロックはエレミヤが見えなくなってからそう呆然と呟いたが、すぐに顔を笑みの形に歪める。

「マジかよ。面白そうじゃん。」

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『うっそだぁ!最悪!意味わかんない!まじで殺すぞ!』

帰り道。エレミヤは何かよくわからないけどわぁわぁ騒ぎ始めた氷蓮に話しかけた。

【…どしたのさ。】

すると氷蓮は興奮している様子で言う。

「あのイカれ男の魔獣のことさ!まさかあいつがスイ…水龍を宿していたとは!」

エレミヤは目を瞬かせた。

【水龍とは知り合い?】

すると、氷蓮は声を弾まる。

『あぁ!我の大親友だよ!ヒョウくん、スイって呼び合ってたんだ。とても可愛くて優しくて……。』

なにやらとても嬉しそうな氷蓮である。
氷蓮は水龍を褒めまくっていたが、エレミヤはそれを驚きの眼差しで見つめてた。

(しかも水龍が女の子とは…。それに、氷蓮がこれまで他人ひとをこんなに嬉しそうに語ったことなんてあまりないんじゃないか?それに、これは推測だが…。)

エレミヤは真剣な顔で考えた。

(氷蓮は、多分水龍が好きだ!なら…。応援するしか他、ない!)

エレミヤは片手を握りしめると、謎の使命感を背負いながら宿へと戻っていく。

ちなみに氷蓮は怒るのに疲れたのか、または水龍のことを考えたのか。もう何も言わなくなった。

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その夜。娼館にて。

「あの…、ご主人様…。」

一人の翡翠色の髪を持つ美しい少女がタイマンはって負けたばかりのネグロックに言う。
それに機嫌が悪いネグロックは酒瓶片手に彼女を睨みつける。

「あん?なんだ、水龍。」

そう、彼女こそ水龍。
定まらない形を持つ水を操る水龍ならではの特殊能力、「擬態」を使い、人間の少女へ変身し、娼館でむりやり「リュウナ」として働かせられている。

「わ、わらわ…今日、行きたいところがありまして…。」

もじもじしながら言う水龍。
ネグロックは舌打ちをしたあと、

「帰ってきたら何度でも可愛がってやるからな。」

と吐き出すように言う。
水龍は「ハイ」とも「いいえ」とも言わず、目を伏せると駆け出す。

そして水龍は街に出るとその顔に笑みを浮かべる。

(ふぅ、なんとかごまかせたな…。ヒョウくん…。妾のことを覚えておるのだろうか…。)

そして高くジャンプすると龍に変身した。

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その夜。
宿にはエレミヤと氷蓮しか居なかった
ギリウスは食料を買いに国のあちこちを回っている。

そして二人とも無言で食べていたのだが、顕現してエレミヤと食事をしていた氷蓮が急にガバッと顔を上げた。

「ん?…なんだ。この気配。」

エレミヤもその異様な気配に首を傾げる。

『…す…。』

と氷蓮が呟いたその瞬間だった。
エレミヤが、血相を変えて立ち上がり、大きく飛び退る。

すると、何かがエレミヤの先程までいた場所に天井を突き破り、落下してくる。
どぉぉぉぉぉん!
と爆音が聞こえた。
土埃とが舞う。

エレミヤが驚いたようにパチクリと瞬きをしながら尻もちを付き、氷蓮は心当たりのあるかのようにやれやれと頭を軽く振った。

「ヒョウくん!」

土埃が晴れていたあと、たたたっと氷蓮に向かって走り出した謎の空から降ってきた美少女。
エレミヤは彼女に敵意がなかったのでそのままにしておいた。

『こら、スイ。いつも落下してくるなって言ってるだろう?いつも。』

「いつも」を強調する氷蓮。

(え?水龍?人間?)

エレミヤは混乱するも、昔々本で読んだ水龍の持つ『擬態』というスキルを思い出し、ポン、と拳で掌を叩く。

氷蓮の先程の言葉に水龍はクスクスと笑う。

「ごめんね。ヒョウくんに会いたくって!」

わぁぁぁ……。珍しい。
なんか氷蓮も嬉しそうに笑ってるし。
ここは席外したほうがいいのかな?

そろー…。とエレミヤは外へ出ようとすると氷蓮が、刺々しく

『あ、エレミヤ。お前、逃げるつもりか?』

と聞いてきた。

「くっ…。」

とエレミヤは歯噛みするとすごすごと部屋へ戻り、水龍のため、コップに紅茶を淹れ始めた。

『で、どうした。スイ。今日は随分空元気だな。うちのエレミヤと同じだ。』

というと水龍はふふふ、と優雅に笑ったあと真剣な顔になり、 

「ヒョウくんとあなたの主様にお願いがあるんです。」

というとゆっくりと頭を下げる。

「妾を…あのくそったれから開放してください…!」

魔獣との契約解消方法は大きく分けて2つある。

一つ、契約者が亡くなったとき。
二つ、契約者及び魔獣両方が納得したとき。

一つ目のこれは当たり前。
魔獣を閉じ込める入れ物がなくなるのと同じだ。

二つ目の方法はよく貴族が己に宿る魔獣を子供に継承するときなどに用いられる。

エレミヤは紅茶を水龍の前に置きながら彼女に聞いた。

「…僕にあの男を殺せって言ってるのかい?」

と。
水龍はブンブン大きく首を横に振る。

「そんなことないです!ただ、妾は…。あの男を一回ギャフンと言わせてから妾を開放してほしいだけなんですが…。わ、妾がアイツを選んだのだから、本当にこんなことは言えないのですが、あいつ、元々は小さな村に住んでいた村長だったんです。とても優しい人だったんですが…。そんな彼の正確に惹かれ、妾は彼と契約を結びました。しかし、奴は妾を宿した途端、人が変わったように威張り始めて、女性にも手を出し始めて…。」

ポタポタと涙を流し始めた水龍。
そんな水龍の頭を氷蓮は無で始める。
エレミヤはため息をつくと、氷蓮の言う空元気な表情で言う。

「まぁいっか!僕のあの男は嫌いだったし。君が奴の出す水の量とかを抑えてくれれば、素手でも余裕に勝てる。なんせ、あの男の実力は素人のそれだよ。最近鬱憤も溜まってるしね。」

エレミヤは笑って言う。
そして、こうも付け加える。

「そして、ここの修理代も払ってもらおう。」

とエレミヤは夜空の見えてる天井を指しながら笑顔で言う。


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