氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

22.開戦のリミット

セファリアがこちらに来てから一週間後。
その部屋にはエレミヤの他に一人いた。
その一人とは…。

「ご機嫌よう、ルティーエス殿下。」

ふわり、とお辞儀したセファリア。
エレミヤは苦笑いで出迎える。

「…セファリア様。堅苦しくせずに。」
「あら?夫の家に来たのに緊張しない妻などいませんわ。」
「…………。」

なんで、結婚する前提になってるんだ?
エレミヤは困惑しながらもセファリアの前にお茶を出した。

「あら!殿下自ら淹れてくださったのですか?」
「まぁ…そうですね。あと、ちょっと甘めに作ってるので甘すぎたりしたら言ってください。」
「はい。」

本当はミイロのために淹れた紅茶がセファリアの胃袋に消えていく。

「とても美味しゅうございました。」
「あ、ありがとうございます。」

一応礼儀作法をきちんとする。

「それにしても…。私の一番好きな甘さでしたわ。もしかして我らは結ばれる運命にあったのも…!」
「………は?」

いや、なんで?

エレミヤは目を点にした。
なるほど。バラックが言ってたのはこれか。
この異常なほどの自身家。
エレミヤは単純に思った。

(…苦手だ……。)

と。しかし、その感情を少したりとも表に出すことはなかった。

「…それはわかりませんね。」

と言っただけだった。
エレミヤは愛想笑いを続けた。

「そういえば、ミイロは元気にしていますか?」

突然の問いにエレミヤは驚きつつ、こう答える。

「えぇ。元気ですよ。」

それに聞いたとき、セファリアの表情が変わった。冷たい、冷え切った表情。

「……そうですか。それはそれは……。」

セファリアはそう言ったきり、黙る。
エレミヤはいくつかの予感を巡らせながらセファリアの様子を伺う。
その左手は腰に装備してあるナイフに当てられていた。

「えぇ。そうですよ。みぃ…ミイロに手を出したら僕が斬らなきゃいけないので、怖くて誰も手が出せないのでしょう。」

そう呟く。
本当に小さく。顔に止まる蚊でさえも聞こえないほどに。

セファリアはそんなエレミヤのことを知らずに小さくため息をつく。

「……まぁ、いいでしょう。私が奪い取ればいいものです。」

と呟いた後にすっと、立ち上がり、エレミヤの隣の席に座った。
エレミヤは彼女を横目で見る。

「…何か?」

セファリアは流し目でエレミヤを見る。 
彼女は誰がなんと言おうとも、美人である。
彼女にその目で見られたら落ちなかった男は誰一人いないらしい。 

エレミヤはそのセファリアの色仕掛けにふいっと顔を背ける。

(うふふ、これで殿下は私の物…に…。え?)

しかし、セファリアが見たエレミヤはこちらを冷たく見ていたのだ。

「…で、なんか用ですか?」

セファリアはぞくっと背筋に冷たいものを感じた。

「い、いえ。、なんでもありませんわ。…では、私はこれで。」

セファリアはそそくさと帰る決断をした。
そのほうが賢明だろう。
ミイロの様子を聞かれて元気なことに落ち込まれ、色仕掛けをかけられたエレミヤは怒りと呆れの感情持っていた。
ここにずっと居たら最低でも怪我をしただろう。

エレミヤはなにか晴れたように笑う。

「そうですか!では、お見送りしましょう。あ、ミイロも呼びましょう。お友達なんでしよう?」
「え?あ、えぇ。あ、ありがとうございます。」

エレミヤは笑う。

「誰かに襲われたり、襲ったりさせたら困りますからね。」

それを冗談と思ったのか、うふふふと笑うセファリア。

しかし、彼女に背を向け、前を歩いているエレミヤは笑ってなどいなかった。

(バラック…。僕は君のお姉さんは相当苦手みたいだ。)

エレミヤはそう思っていた。

その時、セファリアは笑顔を崩し、真顔に戻った。

(ふふ。計画はもう始まっている。これからよ、セファリア。)

セファリアはそう考えた。

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深夜、ガンガンガンガンと大きな鐘の音でエレミヤは目を覚ました。
ぼーっとする頭でその音を聞く。これは…。敵の突撃を表す鐘だ。
エレミヤは飛び起き、廊下に飛び出す。
そこにはたくさんの兵士が鎧を装備し、侍女たちが走り回っていた。

「くっ……。皆は!どこに!」

エレミヤはバラックの部屋へ向かった。
そこには窓を見て唖然としているバラックがいた。

「ラック!ここは危ない、早く逃げるぞ!」

バラックはそれに聞いていないようだった。
ただ外に見て目を大きく見開いていた。

「…今、旗が見えた。」
「旗?あぁ。国旗か?戦争のときはそれぞれの国旗を奪い合うんだったな。」

こくり。
バラックは頷いた。そしてまた呟く。、

「…さっき見えた国旗、トゥーリスのものだった……。」


バラックが呆然として呟いたその言葉を聞いてエレミヤは小さく震えた。

「え…………。」

となると、トゥーリス王国はログラーツ王国に滞在している第二王子、ジュレークを見捨てた事になる。

「バ、バラック!これは、なんかの見間違いだ!」

しかし、エレミヤのその説得はすぐに意味のなさないものになる。

『我々はトゥーリス王国のものである!こちらで人質としていたルティーエスがそちらに連れ去られ、それを我々の宣戦布告と見た!よってそちらの宣戦布告に応えよう!』

エレミヤは顔を上げた。
バラックは悔しそうに顔を歪める。

『しかし、ルティーエスをこちらに引き渡すのなら手を引こう!』

バラックはトゥーリス王国の言葉にエレミヤの手を握り、切羽詰まった様子で言う。

「エレ!お前は逃げろ!今トゥーリスに戻ったら絶対にもとの生活には戻れない、監禁生活が待ってるだけだ!」

しかし、エレミヤは首を小さく振る。

(確かにそうかも知れない。でも……。)

エレミヤはバラックの顔をじっと見た。

「僕は行くよ。これで皆が生きられるのなら。」

と言ってスタスタと歩き始めたエレミヤにバラックは悲鳴の様な声で呼ぶ。

「エレっ!」

エレミヤは窓の縁に立つ。そしてすぅと大きく息を吸い、

「僕はここです!だから攻撃しないで!」

と叫んだ。
トゥーリス軍が一斉にこちらを見る。

「エレミヤっ!」

バラックが走り寄り、エレミヤの手を強く握る。

「駄目だ、エレミヤ!」

エレミヤはバラックを見た。
その目は薄く恐怖の色を帯びていた。

しかし、エレミヤは気丈に笑い、

「ミイロたちをよろしくね。」

と言い、迷わずに窓から飛び降りた。

「エレミヤ!」

バラックが握っていた手がするりと抜けた。
バラックの視線の先でエレミヤはトゥーリスの軍のもとへ向かう。

それを見て玉座の間の窓から雷鳴が響いてきた。

「ルティーエスぅ!行くな、馬鹿なことをするなぁーっ!」
 
王様が窓から顔を出し、大声上げているのだ。
エレミヤは自分の祖父を見、薄く笑う。
 
「バラックたちをよろしくお願いします!爺様!なんか変なことでもしたらいくら爺様でも氷漬けにしますから!」

エレミヤは満足そうに笑う。

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