氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

19.尋問のち晴れ


「ぐっ……。」

ファルスは牢の中で目覚めた。
何があった…?
まず、あの獣人が負けて……。そしてユユリアを……はっ!

「ルティーエス!」

自分を負かした奴の名を呼んだ。

ファルスがルティーエスを狙ったのは一つ。
その首だ。
ファルスはルティーエスの遠い親戚にあたる。
ファルスはルティーエスの祖父の従兄弟の息子の配偶者の妹の夫の弟の息子となる。
ほぼ他人であるが、ファルス自身は自分が、王族の血を引いていることに深い執着心を持っている。
なので、自分が王族として認められず、自分より無能なルティーエスが周りから尊敬されるのがどうしても許せなかったのだ。

「くっ……。馬鹿ルティーエスの首が取れると思ったのに……。それに、まさか……あの獣人を倒したのがルティーエスだったとは…。」

てっきりルティーエスの側にいた少女が倒したものと思っていたファルスはあの鷹のように獲物を見定める鋭い目を思い出し、顔を青くしつつ、ぶるっと肩を震わせる。

(それに…氷の異能力者が居たとは…。)

異能力者を目指すものならば茶狼と共に憧れる魔獣、氷龍。あの無能ルティーエスが奴を飼っていたなんて…。
思考に耽っていたファルスはこつこつという足音を聞き逃していた。

「ん?どうかしたの?ファルスさん。顔、青いですよ?」

ぎょっとしたように目を剥くファルスに無能な当人ルティーエスが飄々と牢の前に立っていた。

「あ、おはようございます、というのが遅れましたね。まさか氷蓮の飛ぶスピード…速さが速すぎて失神するとは思いませんでしたよ。」

少年は薄く笑い、肩をすくめる。
ファルスはギリッと歯を食いしばった。
歯茎が痛み、血の味がしたがファルスはそれか気にならないほど激怒していた。
喜怒哀楽が人より激しいファルスは己を侮辱するような言葉を許さない。
そして少年の後ろには、

「……っ?!トゥーリス王国異能力者筆頭…?!なんでここに居る…!」

ニーガンはにっこり笑い、はっきりと自分の正体を述べる。

「私は内通者ですから。ここ、ログラーツ王国が私のいるべき場所です。それに、私は殿下の護衛です。」

エレミヤはニーガンをジロリと睨んだ。

「…僕はまだ許してませんからね。ニーガンさん。」
「おぉ、殿下。見られない間に随分と男らしくなられましたなぁ!」
「……涙ぐんでいる理由がよく分からないけど、それは良かった。」

エレミヤはため息をつき、改めてファルスを見る。

「ユユリアは僕の妹です。彼女に手を出そうとしたのですから相当な罰を受けてもらいますよ。」

と脅す。ジュリバークとニーガンにはエレミヤのこと、全て伝えた。
自分は転生者であること、死んだルティーエスの体に憑依したこと、たまにルティーエスが助けてくれること、ミイロは勇者として召喚された転移者であること、ユユリアはエレミヤの前世での妹だったこと、などなど。
ニーガンはエレミヤに

「このことは陛下には伝えません故、ご安心ください。」

と真剣な顔で言っていた。
ジュリバークはユユリアに疑いの顔を向けたが、この世界にはない言葉、つまり日本語でやり取りするエレミヤと娘を見るなり納得したようだった。
しかし、その事をファルスに伝える気はない。

「だからなんなんだよ、その妹って!ユユリアがお前の妹ぉ?なら王族なのか?」
「あなたが我々の家庭事情を知る必要はありません。」

またも、王族扱いされなかった。
ファルスは心臓がバクバクするのを感じながら叫んだ。

「あのなぁ!私だって王家の血を引いてるんだ!」

ファルスはじっと少年を見た。
どんな表情をするか。
ファルスは楽しみであった。
驚いた顔かな?恐れ入った顔かな?
しかし、少年はこちらを冷たく一瞥した。
そして、こう言い放った。

「あなたと家族ということなんて、考えたくもありませんのでそう言う発言はお控えを。」
「なっ…!」

完全に頭にきたファルス。
彼は牢の鉄格子を掴んだ。

「貴様ぁ…。誰に向かって言ってんだ?ああん?無能のくせに偉ぶってよぉ…。なんで有能の俺がただの貴族扱いされなきゃいけねぇんだよぉ!聞いてんのか、無能!」

ニーガンが額に青筋を無数開通させながら鉄格子の中に手を入れ、ファルスの胸元を掴み、鉄格子に力ずくで引き寄せた。
ガンッという鈍い音がし、鉄格子にぶつかったファルスが呻く。

「罪人の分際で殿下を無能呼ばわりするとは…、貴様、よっぽど死にたいようだな…!」

怒りを顕にするニーガン。
しかし、それとは対象的にエレミヤは涼しい顔のままだった。

「確かに僕は無能ですよ。」

と一言。
ニーガンがこちらを見る。

「い、いえ殿下。そんなことは…。」

エレミヤはうっすら笑う。

「本当ですよ。僕はもっともっと強くならなきゃいけない。そして、恩返しをしなきゃいけない。僕をここまで育てくれた師匠に。なのに、僕はたくさん負けて、たくさん挫折してます。あなたの様に己の地位や血筋を誇示する輩は負けというものを知らなかったのでは?」
「当たり前だ!俺は王族……っぐ!」

今度はニーガンに首を絞められるファルス。

「殿下が仰ったことが聞けないというのか…?」
「まぁまぁ。ニーガンさん。……死んじゃいますよ?こんなに首絞めてたら。」
「あ、申し訳ございません。殿下。」

パッといきなり離され、尻餅をつくファルス。
そんな彼にエレミヤは笑う。そして鉄格子を握る。

「あなたは負けることを知らなかったからこんな愚行に及んだんですよ。あ、そういえば、…実は僕も以前、ここに閉じ込められてたことがあったらしいです。トゥーリス王国で。なんでも、人質だったらしいですですよ。そのトゥーリス王国に軟禁されてた僕を襲ったのはあなたの刺客ですよね?僕が最初に倒した賊。彼ですよね?」
「……。」

エレミヤの質問に何も答えなかったファルス。
その沈黙がすべてを物語っている。
エレミヤは笑顔のまま鉄格子から手を離した。

「そうですか。さて、僕が聞きたいのはここまでです。ありがとうございました。」

そしてホッとしたように息を吐くファルスを轟音が襲う。その発端はエレミヤ。
エレミヤは珍しく感情を顕にしていた。
彼の放った拳が図太い鉄格子を凹ませていた。

「前の僕や親友、妹に手を出された僕の怒りはまだ収まっていませんからね。氷漬けにされるくらいは覚悟しておいてくださいね。」

そして敵を狙っているような鷹の目でファルスを睨みつけたエレミヤはなにかを見透かすように笑い、ファルスに言う。

「今日はこれから。」

そう言って踵を返す。
何気ないエレミヤの言葉だったが、ファルスは顔を真っ青にした。
「今日は晴れる」とは隠語で、「磔にする」という意味になる。
しかし、エレミヤはきっぱりと晴れると言っていなかった。
晴れそうですよ、と言った。
つまり、磔にされる可能性は高いが、まだ決まっていないという事だろうか。
しかし、いずれなくなるかもしれないのが自分の命と考えると震えが止まらないファルスであった。


エレミヤ達は部屋へ戻るため、庭を横切っていた。

「…ちょっと脅しすぎたかな?」

エレミヤはつぶやく。
ニーガンはいえ、と首を横に振る。

「あいつにはあれ位が丁度いいです。」

エレミヤはこくん、と首を縦に振る。
その時だった。

「あ、エレ!エレミヤ!」

聞き覚えのある声が聞こえた。
ゆっくり振り向くと、いつもよりきっちりとした服装のバラックが手を大きく振っていた
ニーガンはフードをとっさに被り、エレミヤは呆然とした。
「……バ…ラック……?」

バラックはエレミヤに走り寄ってきて、バン!と強く肩を叩く。

「久しぶり!」

エレミヤはポカンとしていたが、目の前の少年が友達のバラック本人だと気付き、目を見開く。

「バラック…バラックだ!」

エレミヤは嬉しそうに笑い、親友に抱きついた。

「もう…急に誘拐なんぞされちまったから正体さらさなければいけなくなったんだ。お前のせいだぞ。」
「バラックこそ、僕の正体を気づいていたなんて…。…その格好、バラックは王子様だったんだね…。」

バラックは頷いた。
そして自分の本名を明かす。

「ジュレーク・トゥーリスだ。でも、いつも通り、バラックって呼んでくれ。」
「僕はルティーエス・ロガーツ、又はルティーエス・ログラーツ。でも、今までの呼び方でいいよ。」

二人はニヤリと笑った。
その様子をニーガンが警戒しながら見ていた。
その手は短剣に伸びていた。
しかし、二人は笑い合い、終いにはジュレークの方は泣き出した。
そんな彼をエレミヤは抱きしめる。
その様子を見てその短剣から手を離した。

先程までの鬼気迫るエレミヤの様子とは程遠い様子にニーガンはエレミヤの心がどれ程までにこの少年を求めていたのかを悟った。
そしてニーガンは願った。

神よ、このニ国の王子たちの様子を見てあるだろうか。
この様子を見ているのなら、願わくば二人が笑い合い、手を取り合うことのできる未来を作り給え。



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