氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?

皇城咲依

18.妹の転生と救出

「モフ耳さん、名前は?」

ミイロが笑いながら聞いている。
その目はお星さまがキラキラさせてある。
モフ耳はぐるるるるるる………。と唸ったあと、そんな威嚇は通じないと悟ったのか、

「ジュリバークだ。」

と素直に答えた。
エレミヤはジュリバークのぴょこっと動いた耳に目が吸い寄せられた。

「へぇ!ジュリバークさんっていうんだ!」
「あぁ。だが、任務に失敗したから名前は奪われ、奴隷に落とされるだろう。」
「えぇ!酷ーい!」
「…娘も奴隷に落とされるだろうな。………それだけはなんとしてでも嫌だった……。」
「へぇ、娘さん居るの…。」
「あぁ。」
「なら、私達が助けてあげる!」
「なんだと?!」
「本当よ!ただし、私達の仲間になること。これが条件よ。」
「……拒否する理由はないな。お互いに有利だからな。」
「うん!ね、まっくん!」
「……二人っきりでトントン拍子に話し進めて勝手に色々決めてるけど、僕の意見は反映されるの?」

ミイロはただニコニコ笑うだけで答えない。
エレミヤはため息をつくと、

「まぁ。別にいいよ。ジュリバークさん、相当強いし。ずっと僕らのことつけてたみたいだけど、僕、全然気づかなかったし。それに、手加減していたらしいし。後ろから奇襲かけることもできたのに真っ向勝負で挑むその心意気も気に入った。」
「……むぅ。なんか色々バレてるし…。」

ジュリバークがしゅんと下を見る。
耳が垂れ下がる。

「それに、娘さんの猫耳も見てみたいし。」
「うん、それな!」

ミイロ達は嬉しそうに笑いあった。

「こちらに不利なし、そっちに不利なしでその提案、飲もう。」

ジュリバークにエレミヤはこう言った。
「あなたの娘を助けてあげる。」

見たものを包むような優しい笑顔でそう言った。
ジュリバークは決意に満ちた真剣な表情で頷いた。

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「……ほう、獣人の最強武人が倒れたか。」

男は部下の惨敗に興味がないように呟いた。
そして彼の背後にいる幼い少女に向かって言う。

「ユユリア。お前の父は負けた。前言った通り、お前の体は私が貰い受ける。いいな?」

ユユリアと呼ばれた少女はピクッと体を震わせた。
彼女は涙を大きな目に溜め、体を小さく抱え込む。

「まぁ。お前には拒否権はない。せいぜい強がるんだな。」

ユユリアはポロポロと大粒の涙を流しながら思う。

(お兄ちゃん……。助けて……。)

転生者のユユリアは前世の兄を思った。
病弱で怖がりだが、心は強く、優しい兄。
ユユリアは兄の最後を看取ることはできなかった。
ユユリアは思う。

(お兄ちゃん…。私が交通事故で死んだって聞いたら、死ぬほど怒るだろうな……。)

兄妹揃って亡くした三野家は案の定、崩れていく寸前であった。

「お兄……ちゃん……。パパ…!」

ユユリア……三野みの芽華めはなは誰にも聞こえないように呟いた。

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エレミヤの自室にて。

「め……はな……?」

エレミヤは呟いた。
ミイロは首を傾げる。

「めーちゃんがどうしたの?」

エレミヤはぼうっとしていた。
今、芽華の悲痛なSOSが聞こえた気がしたのだ。

「今、芽華の声が聞こえたような気がした……けど、たぶん幻聴だよ。寝不足かな?」

ミイロはじっとエレミヤを見る。まるで、何かを言おうとしたけど言えないような。

「みぃ?」
「……。めーちゃんはもう…いない……。」
「え?何?」

ミイロはエレミヤの顔を見た。
そして口を開く。

「いい?心して聞いてね。」
「何?改まって。」
「聞いても叫ばない、怒らない。分かった?」
「え?え?わ、分かった……。」

ミイロはゆっくりと頷き、目を伏せる。

「めーちゃんは…死んだの。」

エレミヤは聞いてはいけないことを聞いたような気がした。

「え?…なんか、僕はやっぱり寝不足らしいな。これからはちゃんと寝ないと…。」

耳をとんとん叩きながら言うエレミヤにミイロは悲しげな表情を浮かべる。

「私も詳しくは知らないけど、まっくんが死んだ3ヶ月後、死んだらしいの。なんでもバイクに跳ねられたって…。その犯人は未だに捕まっていない。」

ちらり、とエレミヤはミイロを見る。
その目はすべてを拒絶しているようだった。

「な…んで……。それを…教えてくれなかったんだ……!」
ミイロは浮かんだ涙を振り落としながら言う。

「だって…。そしたらまっくん、また死んじゃうかもしれないし……。」

エレミヤはその言葉に呆然とした。そして呆れたように笑い、日本語で言う。

「僕ってそんなに命を無駄にする人に見える?」

ミイロは逆にきょとんとして、日本語で返す。

「およ?違うの?」
「いやいや、なんで?!僕ってそんな男だったの?あれ、自分がわからなくなってきたよ!」
「え?あれ?違うっけ?」
「…非道い…。」
「うーーーん…………。そんな記憶が残ってる。」
「いや、残ってるはずないよ!」
「え?だって、まっくん、自殺したじゃん。」
「あれぇ?何でそんなことになってんのかな?!僕の死因はれっきとした病死です!自殺なんぞ恐ろしいことは致しません!」
「…引きこもり生活で記憶がおかしくなった?」
「どうやったら引きこもり生活で記憶改変するか全くもって分かりませんが、そういうことにしといてください!」
「うん!分かった!」
「自分の記憶がおかしいのにこんなに普通で居られるのはみぃだけだよ?!」
「そぉ?」
「そうだよ!」

日本語の言い合いは結構大きく響き、それを聞きつけたのか、一人の騎士がとんとん、とドアをノックした。

「エレミヤ殿下、いかがされましたか?!」
「なんでも……、あ、日本語だった。改めて何にもないです!ただの幼馴染との口喧嘩です!」
「あ、それはそれは。失礼いたしました。」
「何を勘違いしているのかなんとなくわかりますよ、そんなんじゃないですからね!」

カツンカツンとブーツを鳴らし遠ざかっていく騎士。
はぁ、はぁと肩で息をするエレミヤ。

「…で、何だっけ?芽華が亡くなって……。」
「あ、うん。この世界にいる可能性もなくはないかと。」
「確かにね…。」

ふぅ、と息を吸ったエレミヤ。
彼は目を閉じ、息を吐く。

「今日は芽華の事よりジュリバークさんの娘さん…。ユユリアさんの事だ。今日は彼女を助けることに集中しよう。」
「うん。」

そのユユリアが芽華と知らない二人はテキパキと戦闘の準備を始めた。

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ユユリアは震えていた。目の前には男。
自分を誘拐し、父を脅した男。
彼の名はファルスという。

「待ってたぞ。ユユリア。さ、こちらに来い。」

ユユリアはぎゅっと目を瞑る。
そして手の中に隠しているものを強く握る。
ユユリアはファルスの近くに寄った。
ファルスは満足そうにニヤニヤ笑う。
ここだ!
ユユリアは手の中に隠していたフォークを男に突き立てようとした、が。
その手が途中で止まった。
彼女の細い腕をファルスの大きな右手がガッチリ掴んでいる。

「…っ!」

ユユリアはそのフォークを今度は投げた。
しかし、男はヒョイ、と軽く避ける。

「まだまだだな。ユユリア。」
「…っ。」

ファルスはにやりと笑う。

「しかし、ヤりがいがありそうだ。」

ユユリアは顔を青くした。
グイッと握られたままの腕を引き寄せられ、力の弱いユユリアは対抗しようとするが、更に力を込められた。

「きゃ!」

ファルスは腕の中に収まっている愛らしい獣人の少女を見て、にやりと笑った。

(パパ…。お兄…ちゃん……。)

ユユリアは泣きそうに願う。

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エレミヤとミイロ、そしてジュリバークはファルスの屋敷の前にいた。

「……この屋敷全部凍らせれば終わりなんだけどな……。ユユリアさんが中にいるから出来ない……。くそ…。」
「エレミヤ殿、恐ろしいことを口にしないでくれないだろうか。」
「うーん………。なら、普通に突っ込むか!」
「おーっ!」
「……それが正当な戦い方である。」

エレミヤはその屋敷を睨みつける。
女ったらしのバカでかい屋敷。
もしジュリバークが居なくてもこの事実を知った時点でエレミヤはこの屋敷を氷の屋敷へとするだろう。
ミイロは弓を抱え、矢を番える。

「よし…。行くぞ!」
「「おぅ!」」

武道の最強と弓道の最強、そして事実上の世界最強が屋敷へと突入を開始した。

エレミヤ達は戦っていた。

「侵入者だぁーっ!」
「主様に伝えろ!」
「つ、強え、こいつら、強え!」

エレミヤは氷の剣で戦っていた。
斬る。射る。殴る。
ただのその3種類の攻撃だが、彼らは異常なほどの強さを誇っていたため、たったそれくらいの攻撃でも人を殺せた。
しかし、エレミヤ達は相手を再起不能にするだけでいた。
理由は簡単。
ユユリアがこの光景を見ることになる可能性もあるのでなるべく刺激弱めに、だ。

「うおぉぉぉぉぉ!ユユリアぁーっ!」
「あんたたち……。邪魔よ!」

エレミヤの支援をしている二人は気合十分だ。
エレミヤは彼らに合図をした。親指を立てた右手を下に向ける動作。
日本では反対する、とかブーイングを示すこの合図だが、この世界にその概念はない。
二人は大きく頷いた。
そして、上へ思いっきり飛んだ。
そしてエレミヤは叫ぶ。

「氷龍……、出現!」

この式句は文字通り氷龍を呼び出すものだ。
その式句に氷蓮は嬉しそうに笑う。

『やった!いいの?!』
「ああ。存分にやってくれ。」

エレミヤはわざと返事を口に出した。

『よし、我、久々に本性発揮よ!エレミヤ殿、行くぞ!』
「来い、氷蓮!」

本性のときの口調に戻った氷蓮はエレミヤから派手に出現した。

ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

氷蓮が咆哮した。
兵士達は顔を真っ青にした。

「あ…あれは…。氷龍?!」
「う…うそだろ……。」
『ふふん。』
「わ、わぁぁぁぁ!!」

それぞれ違った反応をする兵士たちに氷蓮は得意げに胸を張る。
その動作が何と間違われたのか、兵士達は必死に逃げ出し始めた。

「時間がない、氷蓮、僕らを背中に乗せて運んでくれ!コイツラは下半身氷に漬けておけ!」
『了解!』

飛び上がったミイロとジュリバークを器用に背中に着地させた氷蓮はエレミヤを背中に乗せると、大きな翼で飛び上がった。
そして氷蓮は敵どもに向かって氷ブレスをお見舞いした。

「わ、わぁぁ!あ、足、足がぁぁ!」
「ぬ、抜けねぇっ!」

ぎゃあぎゃあ一層騒ぎ始めた彼らに氷蓮はまた
咆哮し、脅しかけた。

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何か下が騒がしい。何かあったのか?
ファルスはその事を深く考えようとしなかった。ただ、目の前の少女の事を考えていた。

「あ、主様!大変です、賊が侵入しました!その一人はジュリバーク殿です!」

ファルスがユユリアの服に手をかけようとした時、ドアの向こうからそのような声が聞こえた。

「パパ…?パパが来てくれたの…?」

ユユリアのそのか細い声をファルスは聞き流し、ドアの向こうにいる兵士に問いかけた。

「ふむ、他の奴らはどのような輩だ。」

その答えはすぐ来た。

「こういうやつだよ。」

どぉぉぉん!と扉が粉砕された。
目の前には一人の少年。
白い髪、青い目。優しそうな顔立ち。
ファルスは彼を知っている。

「ルティーエス・ロガーツ!」

ファルスは目を見開いた。
記憶の中にあるルティーエスはひょろひょろしていて、こんな…鷹のような目ができるような人間ではなかったはずだ。
ルティーエスは笑った。

「僕の名はエレミヤだ。初めまして、賊のエレミヤ・ロガーツです。ルティーエスではなく、ルティーエスである者でございます。」

矛盾。
この一言で集結されるエレミヤの言葉。
ファルスは眉を顰めた。

「…意味がわからないぞ、ルティーエス・ロガーツ。」

ルティーエスは不満そうに目を細め、目を閉じる。
ゆっくりと目を開いた彼の目は「ルティーエス・ロガーツ」そのものであった。

「ルティーエスは私のことだろ?だが、エレミヤは違う。エレミヤと私は強さが段違いだし、性格も違う。…代わって、エレミヤ。」

ルティーエスはこう言った。
余計わからなくなるファルス。

「あぁ。代わったよ、ルティーエス。…これで分かったかな?僕が二重人格であること。」

ファルスは目を瞬かせた。

「二重人格…だと…。」

エレミヤはファルスへ歩いていった。 
そして彼は手のひらをファルスへ向けた。

氷牙ひょうが。」

エレミヤの手のひらから長い綺麗に尖った氷柱が伸び、ファルスの鼻の先へ。

「っ…!!」

びく、と体を震わせるファルス。
エレミヤは彼の後ろにいる女の子を見た。

「…っ!め……はな……?」

その獣人の少女は真龍の妹、芽華に酷似していた。
少女も顔を上げ、呟いた。

「お兄…ちゃん…?」

ファルスは獣人と人間が兄妹と知り、余計に混乱したらしい。

「きょ、兄妹…?」

そこにミイロとジュリバークが走ってきた。
ミイロはユユリアを見るなり言葉を失い、ジュリバークは娘の元へ走っていく。

「ユユリア!」
「パパ!」
「良かった…。本当に良かったぁっ……。」
「パパ……。うっうっ……。」

しゃくりあげながら泣いているユユリアを見て氷牙をファルスに突きつけているエレミヤと弓を左手に持っているミイロは唖然とする。
エレミヤはすぐに我に返り、ユユリアに日本語で叫ぶ。

「め…芽華…なのか?」

ユユリアは父から離れ、こちらもまた日本語で、叫ぶ。

「うん!そうだよ!」

混乱しているジュリバークとファルスをおいてユユリアはエレミヤのもとへ走り寄ってくる。

「お兄ちゃん!」
「芽華!」

エレミヤは尻もちをついて動かないファルスがいることを忘れ、氷を消し、飛び込んできたユユリアを抱きしめる。
ユユリアはミイロを見て、笑う。

「みぃねーちゃんは変わらないね!」
「そうね。」

ミイロも笑った。
ジュリバークは手際がいいらしく、混乱しながらもファルスを縄で縛った。
エレミヤはジュリバークを見た。

「…説明は後でする。今はここを離れよう。」
「…え、ええ。」

ジュリバークはファルスを抱え、玄関で待機させていた氷蓮に飛び乗る。エレミヤとミイロ、そしてエレミヤに抱きついているユユリアも一緒に氷蓮の背中に乗った。

「わぁ!空飛ぶの?」
「あぁ!…よし、氷蓮、行け!」
『よし、乗客の皆さん、少々荒い運転をするのでご注意を!』
「なんでその言葉知ってるの?!」

エレミヤ達はポッカリと空いた天井の大穴めがけ、飛んだ。




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