【本編完結】ボクっ娘ロリババア吸血鬼とイチャイチャする話

田島はる

ふやけた日記帳

 エレナの部屋を掃除していると、ふと、机の上に置かれた本が目についた。

「なんだろう、これ」

 表紙に目を移すと、「日記帳」と書かれていた。

 ごくりと生唾を飲み込む。エレナの机の上に置かれているこれは、エレナの日記に他ならないわけで。これまでの生活が赤裸々に書かれているに違いない。

 そこには、テルミットのことは、何と書いてあるのだろう。

 見てはいけないとわかっていながらも、ついつい気になってしまう。悪い感情は持たれてはいないと思っているが、それだけにどんなことが書かれているのか。恐怖よりも好奇心が勝ってしまう。

 適当なページをめくり、目を通す。


“今日は、ようやくテルが帰ってきてくれた。夜中だというのに、山中を急いで来たらしく、汗だくになっていた。でも、そんなことはどうでもいい。無事にまたテルの顔が見れたのだから。
 お土産に十字架を買ってきてくれたらしく、早速つけてもらうことにした。ボクの背中がよほど気になるのか、狼狽える姿が可愛らしい。
 前からつけてもらおうと、抱きつくような姿勢をとった。テルの体温。ニオイ。鼓動。そのすべてが愛おしく、腕の中で包まれているだけで、幸せな気分になってしまう。”


 これは、以前お土産買った十字架を渡した時のことだ。丁寧に書かれており、あの出来事は、エレナにとってもそれだけ特別なことだったのかと考えてしまう。

 次の行に目を通した。


“既に首飾りをの留め具を付け終えているというのに、テルは離れようとせず、ボクの背中に腕を回して身を委ねる。一緒に居たいと思ってくれているようで、心がぽかぽかする。ずっとこうしていられたら、どれだけいいだろうか。
 そんなことを考えていたせいか、テルが腕を離そうとしてきた際は、思わず「もう少しだけ、こうしていてもいいかい?」と懇願してしまった。うう、恥ずかしい。”


 テルミットが嘘をついてエレナを抱き締めていたのは、とうに見抜かれていたらしい。恥ずかしさのあまり、顔が赤くなっていく。

 エレナから見た、二人の過ごした日常は新鮮で、この先何が起こるのかわかっているにも関わらず、続きを読み進めたくなってしまう。

 次のページへめくろうとして、ふと指先に違和感を覚えた。

「あれ?」

 紙の手触りを確かめると、やはりおかしい。水でもこぼしたような、ふやけた痕跡が残されていた。

 涙の跡だろうか。いや、この辺りに泣けるところはなかったはずだ。どちらかと言えば、幸せな、そして興奮するような場面だが。

 そこまで考えて、テルミットは一つの考えに思い当たった。

 まさか、これは……。

 その可能性に気づいてしまい、身体が熱くなる。

 これは、エレナの自慰の痕跡ではないだろうか。

 その可能性に気づいてしまった途端、目の前の日記帳が酷く淫靡な物に感じられてしまう。

 日記帳を手に取り鼻を近づけようとしたところで、テルミットは頭を振った。いや、まだそうだと決まったわけではない。証拠はないし、第一このページが濡れた痕跡があったというだけではないか。

 例えばそう。一緒に風呂に入ったところだったり、性行為に及んだところに濡れた痕跡があるというのならまだしも。

 裏付けを探すべく、ページをめくる。

「何してるんだい?」

「うわっ!」

 背後からの声に驚き、慌てて日記を背後に隠した。

「あの、いや、これは、その……」

 狼狽するテルミットに、エレナがじろり覗き込んだ。

「……怪しいね。さっき、背中に何か隠したようだったけど」

 エレナがテルミットの背後に手を伸ばす。隠していたはずの日記帳が、あっさりと奪われた。

「……日記? それもボクのだ……」

 エレナが手の中の日記帳に視線を移した。 

「隠れて読んでいただけにしては、ずいぶんな慌てようだったけど、まだ隠しているこたがあるんじゃないかい?」

 緋色の瞳がテルミットを射抜いた。これ以上、隠すことは不可能だ。テルミットはすべてを白状した。

「なるほど。つまりあれかい? ボクがテルをおかずにオナニーをしていたんじゃないかと、疑っているんだね?」

「は、はい……」

 もじもじと恥ずかしそうに足を擦り合わせるテルミット。
 エレナがくすりと笑った。

「残念ながら、これはボクのよだれだよ。日記を書いている最中に眠ってしまったんだ」

 テルミットが間抜けな声を出した。

「はぇ、よ、よだれ?」

「日記を書いていた途中で、眠くなってしまったんだ。ほら、この日は明け方まで抱き合っていただろう?」

「そ、そういえば、そうでしたね」

 ホッとしたような、残念なような、不思議な気分。

「ということで、残念ながらボクのオナニーの際についたものではないんだ」

 エレナが微笑むのに合わせて、下手な愛想笑いを浮かべた。

「テルとしては、ボクのオナニーの跡だった方が良かったかい?」

「そ、それは……!」

「ふふ、冗談だよ」

 悪戯っぽい笑みを浮べるエレナに、テルミットは抗議したい気持ちになった。ずるい。いくらからかわれたって、そんなに可愛いところを見せられると、許してしまいたくなってしまう。まったくもって不公平だ。

 そして、そんな不公平さえも幸せに感じてしまう自分もいるのだから、始末に負えない。

 一生、エレナに尻に敷かれるのだろうな、と漠然と思った。

「それはそうと、夕食の用意ができたよ。一緒に食べよう」

「はい!」

 元気良く返事をすると、テルミットは急いで食堂へ向かった。

 テルミットがいなくなるのを確認すると、エレナが「ふぅ」と息をついた。

「危なかった……なんとか誤魔化せたようだね」

 日記を仕舞うと、ひとり冷や汗を拭うのだった。

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