【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~

西雲ササメ

「俺に下心がないと思う?」2


◇◇◇◇◇◇◇◇


大手企業への営業を終え、晴久は小山と近くの蕎麦屋へ入った。

そば粉が香る爽やかな和の店内。

店主と妻、アルバイトの女性がせわしなく動く中、慣れたふたりは「座るね」とアイコンタクトで腰をおろし、ひと仕事終え袖をまくってリラックスする。


「お疲れ様です、課長!  くーっ!  さっきの商談シビれました!  今日契約まで持っていけるなんて、さすが課長ですね!」

「小山。声が大きい」


スパンと小山の頭にチョップを落とす晴久だが、商談中に気を張っていた反動だろうと「ま、お前もよく頑張ってたな」と激励した。

契約がとれたお祝いに、天ぷら特盛のざる蕎麦を注文する。


「うめー!  ここのマイタケの天ぷら、マジでうまいですよね。いいんですか課長、こんなのご馳走になっちゃって」

(……まだご馳走すると言ってないぞ、小山)


一応おごるつもりでいたため突っ込まずにうなずいたが、晴久はこのお調子者の将来が本気で心配になった。

途中、テーブルに置いてあった小山のスマホが振動し、その場で震えながら一回転する。小山が手にとって確認すると、メッセージが入っていた。

彼は蕎麦屋にも関わらず「へー!」と声を上げる。


「声が大きい。なんだ、どうした」

「いや、彼女からメッセが来てて」


蕎麦をすするところだった晴久に対し、小山はかまわずスマホの画面を見せた。

ピキンと一直線のヒビか入っており、見づらくて目をこらすとハートマークだらけのメッセージがずらっと縦に並んでる。

恥ずかしげもなくやり取りを見せてくる小山に眉を寄せつつ、今きたという該当の一文を覗き込んだ。


【ついにうちの雪乃ちゃんに好きな人ができたんだって!   まだ片思いみたいから秘密って教えてもらえなかったけど。ナイショだよ】


桜の絵文字が散りばめられた皆子のメッセージを読んだ晴久は、蕎麦を詰まらせ咳き込んだ。

店に備え付けられたティッシュを急いで数枚とって口を塞ぎながら、小山を睨む。
それに気付かない小山はさらにペラペラと補足を話し出した。


「雪乃ちゃんってこの間話した総務の細川さんのことですよ。隠れ美人の」

「……秘密って書いてあるだろ。俺に見せたらまずいんじゃないのか」


喉に引っ掛かった蕎麦をお茶で流し込んだ後、晴久は見てはいけない気がして画面から目を逸らした。

なんでこの小山はいちいち秘密を明かそうとしてくるのか、と苛立ちつつ、心臓はバクバクと鳴っていた。

このタイミングでできた雪乃の好きな人というのが誰だか分からないほど、晴久は鈍感ではない。
昨夜のこともあり、十中八九自分のことだろうと確信していた。

うれしさからわずかに動揺した晴久は、天ぷらを蕎麦つゆに浸けたまま箸を止める。

すると小山も、箸を置いた。珍しく、真剣な顔している。
怪訝に思った晴久は「どうした」と首をかしげた。


「俺は正直、皆子ほど細川さんの恋愛話に興味があるわけじゃないんです。こうしてわざわざ話しているのは、細川さんみたいに高杉課長にも恋愛してほしいからですよ」

「なに?」


小山は首のうしろをかきながら、ハハハと小さく笑う。


「余計なお世話かもしれないですが、課長は優しいし、俺の面倒も見てくれるし、絶対恋人のことも大切にするタイプですよね」


晴久は気恥ずかしくなり黙ったが、それには同感だった。

今でこそ女性社員から素っ気なくクールなイメージを持たれているが、彼は本来、面倒見のよいタイプだと自分でも自覚している。
それは恋人に対しても同じで、優しく接することはもちろん、甘やかす傾向にあった。

好き好んで女性に冷たくしているわけではない。

数日前に雪乃につらく接した自分を思いだし、あんなことをせず素直に優しくできたらどんなにいいか、と目を細めた。


「男性恐怖症だった細川さんが恋愛を始めたんですから、高杉課長だってできますよ」

「……別にできないわけじゃない」

「でも、顔を隠して出勤したり、朝の時間をずらして電車に乗ったり、ずっとそんなことを続けるわけにはいかないじゃないですか」

(なんで知ってるんだ)


軽くて鈍いくせに意外と観察眼があり、恐れず口にする小山に押され始める。


「誰かに見られているという恐怖を払拭するには、恋人に隣を歩いてもらうしかないと思います」

「小山……」

「……って、まあ、本当に余計なお世話だとは分かってるんですけど。でもやっぱり、もったいないなって」


憎めない笑顔の小山に、晴久は「バカ正直なやつには敵わないな」と顔を上げた。

小山の言い分について真面目に考えてみる。

恋人がそばにいることが恐怖への抑止力になるなど思い付きもしなかった晴久。

今まで誰にも頼らずひとりきりで抱えてきたのは雪乃だけではなく自分もだ、悔しくも小山の言葉でそう気付いたのだった。


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