【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~
「俺の家に来ませんか」2
扉が閉まったのを確認すると、晴久は立ち尽くし、しばらく余韻に浸った。
柄にもなくドキドキしている。
(連絡が来るのだろうか)
彼はふと考える。
明日の電車で会ったとき、声をかけられたりして。顔見知りとなったのだからこちらから声をかけたっていいはずだ。いや勝手に期待しても仕方ない、そもそも別に彼女とどうにかなりたいわけではないーー。
……と。そんな弾む気持ちを抑え、晴久はコートの襟を立てる。
アパートから立ち去るために踵を返した。
すると、まだ一歩しか歩きだしていないところで、コートのポケットに仕舞っていた携帯が振動した。
長い振動が連続して鳴るのは、通話着信の合図でる。
すぐに手にとって画面を見ると、収まったはずの心臓が再び跳ね上がった。
連絡先を交換したばかりの『細川雪乃』からの着信だった。
「はい、どうかしましたか」
晴久の声色には困惑が混じった。よく考えたら、別れてからほんの一分、お礼の電話にしては早すぎる。
不審に思う間もなく、すぐに、電話の向こうからは荒い呼吸と嗚咽が聞こえてきた。
『あのっ……電気が……つかなく、て』
(泣いている?)
晴久は状況を探りながら、無意識にエントランス近くまで引き返していた。
「それは、家の電気が点かないということ?」
『はい……』
「俺はまだアパートの前にいます。部屋から出てこれますか」
通話はそのままに、すぐに彼女の部屋の鍵が回る音がした。先ほど別れたときと何も変わらない服装の雪乃が、取り乱しながら現れた。
フロアを見上げている晴久と目が合うと、彼女は安堵で眼鏡が曇るほど涙を流しながら、階段をかけ降りてくる。
「高杉さんっ」
抱きついてくるのではないかというほどの勢いで彼女の体は自動ドアから出てきたが、なんとか晴久の袖を掴むにとどまった。
「細川さん。大丈夫ですから」
晴久は冷静に、雪乃を抱き寄せた。
この様子では彼女がエントランスの鍵を持って出てきたとは思えないため、すぐさま閉まる自動ドアに手を挟んで阻止をする。胸にしがみついてくる彼女ごと、とりあえず自動ドアの内側へ移動した。
しばらく待ち、彼女の泣き声が小さくなってきたところで、向き合わせて優しく問いかける。
「落ち着きましたか」
彼女は晴久の安心感のある声に、収まりかけていた涙がまたぼたぼたと流れてきた。
「すみません……」
「いえ、ここにいてよかったです。どうしました。電気が点かないというのは?」
「部屋が、メインの電気が切れていて真っ暗で……。いつも電気を点けたまま寝るので、朝は気付かなかったみたいです……。それでまたパニックになってしまいました。ご迷惑ばかりですみません……」
晴久はうなずいて聞き、理解した。
「……それで、どうするんですか?」
頭を切り替えた彼に尋ねられると、雪乃はさらに涙を溢れさせた。
そこまでは考えていなかった。どうすべきか自分自身が一番分かっていないのに、それを聞かれては責められている気持ちになったのだ。
「電球を買います……さっきのコンビニに売っていれば……」
苦し紛れにそう話すが、それを実践するには乗り越えなければならないものが多すぎるとまでは彼女の頭は回っていない。
夜道を駅近くまで歩いて戻ってこなければならないし、そもそも彼女は混乱していて勘違いをしているが、必要なのは〝電球〟ではなく〝蛍光灯〟である。
おそらくコンビニには売っていない。
晴久はまた雪乃のことが心配で放っておけなくなり、今夜中に電気を復活させるという絶望的な目論見をする彼女に代わり、対策を考え始めた。
彼女をなんとか守ってあげたい。抱き寄せている手でしっかりと雪乃の体を支える。
そしてひとつの覚悟をした。
「細川さん。嫌だったら拒否してもらってもかまわないのですが……。今夜は、とりあえず俺の家に来ませんか」
「えっ!?」
「すみません。俺にはそれしか思い付かなくて」
冗談で言っている声色ではない。雪乃が顔を上げて目を見ても、彼は真剣そのものだった。
「で、でもっ……」
「男が苦手ではとても俺の家になんて来たくないでしょうけども。でも心配なんです。とてもこのまま……置いては帰れない」
雪乃は緊張で言葉に詰まる。
「なにもしないと誓います。信用してもらって大丈夫ですから。……難しいですか」
頭の中では「そんな迷惑をかけるわけには」と言い訳だけが必死に駆け巡っているが、雪乃こそ、このまま晴久に置いていかれることに耐えられそうになかった。
晴久になにかされるなどとは思っていない。とはいえ、人生で初めて男性の家に泊まる。こんな経験は今までなく、簡単に決断できない。
しかしどれだけ悩もうとも、今夜晴久と離れたくないという気持ちはどうにもできそうになかった。
「……本当に、いいんですか。お邪魔しても」
自分の手のひらを重ね合わせて身動ぎしながら、恐る恐るそう尋ねた。
晴久は突拍子もない提案を彼女に了承してもらえたことに安堵し、「もちろん」と答え、ホッと胸を撫で下ろす。
「細川さん、部屋の鍵は?」
「あっ。まだ開けたままです」
「では閉めに行きましょう。俺の家にはなにもないので、必要なものがあればついでに部屋から持ってきて下さい。俺は玄関で待っていますから」
「は、はい」
恐怖に包まれていた雪乃には、頼りになる晴久がナイトのように見えた。
別に彼に特別な意味はない。親切で言ってくれているのだから勘違いしてはいけない。……そう自分に言い聞かせても、優しい晴久に、胸は高鳴るばかりだった。
柄にもなくドキドキしている。
(連絡が来るのだろうか)
彼はふと考える。
明日の電車で会ったとき、声をかけられたりして。顔見知りとなったのだからこちらから声をかけたっていいはずだ。いや勝手に期待しても仕方ない、そもそも別に彼女とどうにかなりたいわけではないーー。
……と。そんな弾む気持ちを抑え、晴久はコートの襟を立てる。
アパートから立ち去るために踵を返した。
すると、まだ一歩しか歩きだしていないところで、コートのポケットに仕舞っていた携帯が振動した。
長い振動が連続して鳴るのは、通話着信の合図でる。
すぐに手にとって画面を見ると、収まったはずの心臓が再び跳ね上がった。
連絡先を交換したばかりの『細川雪乃』からの着信だった。
「はい、どうかしましたか」
晴久の声色には困惑が混じった。よく考えたら、別れてからほんの一分、お礼の電話にしては早すぎる。
不審に思う間もなく、すぐに、電話の向こうからは荒い呼吸と嗚咽が聞こえてきた。
『あのっ……電気が……つかなく、て』
(泣いている?)
晴久は状況を探りながら、無意識にエントランス近くまで引き返していた。
「それは、家の電気が点かないということ?」
『はい……』
「俺はまだアパートの前にいます。部屋から出てこれますか」
通話はそのままに、すぐに彼女の部屋の鍵が回る音がした。先ほど別れたときと何も変わらない服装の雪乃が、取り乱しながら現れた。
フロアを見上げている晴久と目が合うと、彼女は安堵で眼鏡が曇るほど涙を流しながら、階段をかけ降りてくる。
「高杉さんっ」
抱きついてくるのではないかというほどの勢いで彼女の体は自動ドアから出てきたが、なんとか晴久の袖を掴むにとどまった。
「細川さん。大丈夫ですから」
晴久は冷静に、雪乃を抱き寄せた。
この様子では彼女がエントランスの鍵を持って出てきたとは思えないため、すぐさま閉まる自動ドアに手を挟んで阻止をする。胸にしがみついてくる彼女ごと、とりあえず自動ドアの内側へ移動した。
しばらく待ち、彼女の泣き声が小さくなってきたところで、向き合わせて優しく問いかける。
「落ち着きましたか」
彼女は晴久の安心感のある声に、収まりかけていた涙がまたぼたぼたと流れてきた。
「すみません……」
「いえ、ここにいてよかったです。どうしました。電気が点かないというのは?」
「部屋が、メインの電気が切れていて真っ暗で……。いつも電気を点けたまま寝るので、朝は気付かなかったみたいです……。それでまたパニックになってしまいました。ご迷惑ばかりですみません……」
晴久はうなずいて聞き、理解した。
「……それで、どうするんですか?」
頭を切り替えた彼に尋ねられると、雪乃はさらに涙を溢れさせた。
そこまでは考えていなかった。どうすべきか自分自身が一番分かっていないのに、それを聞かれては責められている気持ちになったのだ。
「電球を買います……さっきのコンビニに売っていれば……」
苦し紛れにそう話すが、それを実践するには乗り越えなければならないものが多すぎるとまでは彼女の頭は回っていない。
夜道を駅近くまで歩いて戻ってこなければならないし、そもそも彼女は混乱していて勘違いをしているが、必要なのは〝電球〟ではなく〝蛍光灯〟である。
おそらくコンビニには売っていない。
晴久はまた雪乃のことが心配で放っておけなくなり、今夜中に電気を復活させるという絶望的な目論見をする彼女に代わり、対策を考え始めた。
彼女をなんとか守ってあげたい。抱き寄せている手でしっかりと雪乃の体を支える。
そしてひとつの覚悟をした。
「細川さん。嫌だったら拒否してもらってもかまわないのですが……。今夜は、とりあえず俺の家に来ませんか」
「えっ!?」
「すみません。俺にはそれしか思い付かなくて」
冗談で言っている声色ではない。雪乃が顔を上げて目を見ても、彼は真剣そのものだった。
「で、でもっ……」
「男が苦手ではとても俺の家になんて来たくないでしょうけども。でも心配なんです。とてもこのまま……置いては帰れない」
雪乃は緊張で言葉に詰まる。
「なにもしないと誓います。信用してもらって大丈夫ですから。……難しいですか」
頭の中では「そんな迷惑をかけるわけには」と言い訳だけが必死に駆け巡っているが、雪乃こそ、このまま晴久に置いていかれることに耐えられそうになかった。
晴久になにかされるなどとは思っていない。とはいえ、人生で初めて男性の家に泊まる。こんな経験は今までなく、簡単に決断できない。
しかしどれだけ悩もうとも、今夜晴久と離れたくないという気持ちはどうにもできそうになかった。
「……本当に、いいんですか。お邪魔しても」
自分の手のひらを重ね合わせて身動ぎしながら、恐る恐るそう尋ねた。
晴久は突拍子もない提案を彼女に了承してもらえたことに安堵し、「もちろん」と答え、ホッと胸を撫で下ろす。
「細川さん、部屋の鍵は?」
「あっ。まだ開けたままです」
「では閉めに行きましょう。俺の家にはなにもないので、必要なものがあればついでに部屋から持ってきて下さい。俺は玄関で待っていますから」
「は、はい」
恐怖に包まれていた雪乃には、頼りになる晴久がナイトのように見えた。
別に彼に特別な意味はない。親切で言ってくれているのだから勘違いしてはいけない。……そう自分に言い聞かせても、優しい晴久に、胸は高鳴るばかりだった。
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