【コミカライズ】寵愛紳士 ~今夜、献身的なエリート上司に迫られる~

西雲ササメ

「大丈夫ですか」2

どれくらい苦手かと言えば、オフィスにいても日の入り時間になれば悪寒がし始め、見知った社員でも男性とふたりきりになれば冷や汗が出るほど。

その男性がイケメンかどうかは、苦手意識の強弱には実はあまり関係しない。だからイケメン課長を見に行きたいとも思わない。

彼女がこの地味な見た目をキープしているのも、できるだけ男性に声をかけられないための予防線なのだ。


「聞いてる?  雪乃ちゃん。男の人が苦手なのは重々分かってるんだけどさ、やっぱり雪乃ちゃんに恋愛してほしいな。面白がって言ってるんじゃないよ?  誰かにちゃんと守ってもらって欲しい。こんなにいい子なんだから」

「ありがとうございます。でも、いいんです、私」


〝いいんです〟と言った雪乃は皆子に感謝しつつも、実はマスクの下で微笑んでいた。

恋愛なら実はもうしている、というささやかな秘密を、皆子にも黙っているからだ。


恋愛と言っても、実際は、雪乃が一方的に憧れを抱いているに過ぎないほんの小さな恋だった。わざわざ皆子に話すことのない密やかなもの。

しかしその憧れの人のおかげで、彼女は毎日小さな幸せを感じていた。

その憧れの人との共通点は、〝駅〟にある。

雪乃の自宅から最寄り駅までは、徒歩八分。
朝の出勤の時間、その人は必ずその駅にいて、同じ電車を待っているのだ。

男性は少し目を引くくらいに背の高いスーツ姿で、雪乃と同じく眼鏡とマスクをしている。素顔が見えない謎めいた男性だ。

おまけに最初に見かけた秋からずっと丈の長いコートを着ているため、背の高さ以外にスタイルの良し悪しも分からない。
まさに、雪乃と同じ、完全防備を貫いている。

毎朝いるその人を雪乃が意識し始めたのは、ふとしたきっかけだった。

それは二週間前のこと。
都心に近付き電車内は満員になったある日の朝。

その人の席の前に、六十代くらいの女性が座れずに立っていたことがある。

近くに座っていた雪乃は席を譲ろうかと考えたが、それほど高齢とは見受けられない女性に表だって譲っては迷惑かも、と悩ましくなり動けなかった。

誰か気づいて譲ってくれたら。いやでも、それなら自分が率先して動くべき。……でも、もし迷惑だったら。
ぐるぐると迷っているうちに時間が過ぎていく。

しかしその心配は杞憂に終わった。
ちょうどそのコートの男性が電車を降りたことで、女性は無事にその席に座れたのだ。

雪乃はホッと胸を撫で下ろし、スッキリとした気持ちでそれから二駅先の目的地で降車した。が、そこで目撃する。

先ほど前の駅で降りたはずの男性が、別の車両から降りてきたのだ。


それから見かけるたびに観察していた雪乃は、彼が秘密裏に、席を譲る行為を誰にも気付かれず、しかし何度もしていることを知る。

なぜか彼のことが気になってたまらなくなった。

素顔も見えない、声も聞いたことがない。謎に包まれたその人のほんの少しの優しい素顔が見えた気がして。それはやがて雪乃の中で膨らんでいき、際限なく美化され続ける。

彼と降車駅も同じだと分かると、さらにその先も知りたくなった。
せめて駅から出た後、どちらの方向へいくのか。

あるとき雪乃は、彼が降車後、駅の近くのカフェで朝のコーヒーを飲むことが日課だと突き止めた。
別に後をつけたわけではない。降車後の彼を意識して見ていれば、容易に目に入る光景だったのだ。

その人のことはそれだけしか知らないが、彼のおかげで、男性にまみれ苦痛でしかなかったはずの通勤が楽しみに変わった。

謎めいた素敵な人。
朝だけ会える〝駅の君〟。

雪乃は今も彼を思い出すと、素顔や声を妄想しては顔が熱くなるのである。


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