戦場の悪魔

1話 追放

「さっさと行け! ここより先は王国領内ではない」

 馬車から降ろされ、兵士に言葉を投げつけられた。

 現在俺は銀塊が入った小袋を首にかけているだけで、他に手荷物は一切持っていない。
 今は亡き両親との思い出の品々をすべて売り、全財産を使ってこの小さな金属片を買ったのだ。
 他国に行くのなら王国の貨幣ではなく、金に換えられる物を持っていたほうがマシだろう。

 こんなことになった理不尽さへの怒り、そしてこれからへの不安を抱き、俺はとぼとぼと歩みを進める。
 少し行って振り返ると……兵士たちはその場から少しも動かず、俺に見せつけるようにわざとらしく剣柄を握って立っていた。

 戻ったら殺される。
 その事実から目を逸らすように、俺は足を速める。

「なんで、こんなことに……」

 荒涼とした大地で思い出すのは、俺が国外追放・・・・されることとなった最悪の経緯についてだ。



今でも昨日のことのように思い出せるあの日。
 10歳になった俺は、幼馴染のカルベナとともに教会を訪れていた。
 人生で一度だけ神から与えられるという《職業》を知るために。


 そしてこれが……俺と彼女の人生を分ける、分岐点となったのだ。


 俺たちが生まれてすぐ、2人の家は家族ぐるみの付き合いになったらしい。
 そのせいもあって、カルベナが近隣で最も仲の良い友達だったのは、ある意味必然だったのかもしれない。

 慌てた様子の神官が何度も口をパクパクさせ、

「あ、あああなたの職業は――――ゆ、《剣聖》です!」

 1ヶ国に10年で1人現れるとされている、誰もが憧れる戦闘職。
 言葉が向けられた先にいたのは……カルベナだった。

 彼女が得たのは、平民である俺たちでも一生食うことに困らない最上位職の1つ。

 興奮しきった神官が「あぁそういえば」とついでのように教えてくれた俺の結果は――《両手剣使い・発展》。
 発展・・という部分が気になったが、《両手剣使い》はありふれた職業である。
 細かい名称は異なることもあるらしく……つまりは多くの人が持つ平凡なものだった。



 それから数日して、カルベナのもとに国から使者がやって来た。
 彼女は王都に連れていかれ、訓練をし、王国のために働くということだった。

「お金もいっぱいもらえるんだし、あなたといる必要なんてない。いる世界が違うから。」

 そう言って彼女は、遠くに行ってしまった。

 心にぽっかりと穴が開いたような、彩を失った生活が始まる。

 将来兵士になって見返してやろうか。
 俺はそう考えていたが、母さんが病に倒れ、自分にできる範囲で父さんの畑仕事を手伝い始めた。
 しかし……3年後に母さんは死に、後を追うように急激に衰弱していった父さんも――俺が17歳の時に帰らぬ人となった。



 1人寂しい生活を送っていた嵐の日。
 俺が畑の心配をしていると、突然家の扉が叩かれた。

 こんな日になんだ? と警戒しながら扉を開くと……1人の女性。
 記憶の中の彼女よりかなり成長していたが、すぐに誰だかわかった。カルベナだった。


「あのね……今まで魔物は倒したことあったんだ……。
 でも、この前初めて戦場で敵国の兵士を、人を……」

 彼女は敵対する国との戦争で、人を殺めたらしい。
 それで胸を痛め苦しみ、王都から脱走して俺のもとに来たそうだ。

「もう……辛いよ……」

カルベナは何を言ってるんだ?めちゃくちゃ言って王都に行ったのに。

「俺の事必要ないなんて言って出ていったくせに何言ってんだよ」

「そんなことより、私が困ってるんだよ?助けてよ」

なんなんだ、カルベナはいつから変わってしまったんだ。

「君と関わりたくないから出ていってくれ」

「もういい、あなたのこと国に処罰してもらうから」

 このことをきっかけに俺は――国の上層部から睨まれてしまったのだ。


 王族に逆らった罪で拘束され、「2度と王国内に入るな、破れば処刑する」と国外追放を告げられたのだ。
 すぐに殺されなかっただけマシと思うか、こんな理不尽な理由ワケに怒りを覚えるか。
 正直今は、不安で頭がいっぱいだ。

 初めて行く王国の外。
 俺が今いる場所は隣国である帝国領内。
 まっすぐと進み、とりあえずは帝都を目指してみよう。

 死にたくなければ生きるしかない。

 そして、俺は王国上層部、カルベナを許さない。


 過去を回想し、歩き続けた俺は――――獣の叫びを聞いた。



   ◆



 王国はこの時、夢にも思わなかった。

 ただ、有象無象の中の1人。取るに足らない平凡な青年を、権力を使って排除したに過ぎなかったのだ。

 まさかこれが、国の命運を分けることになろうとは…………。


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