世界実験開始 

クロム

第二章 その4

 二人は、残りの道を話しながら歩き始めた。
「詩織さんは、どうしてあの場所に?」
 涼河が問うと、詩織は笑みを浮かべながら話し出した。
「この集落は存続のために、住民全員で協力して切り盛りしています。ある人は農業したり、またある人は山菜を採りに行ったり、またある人は──みたいな感じで、当番を回しているんです。最近は土地が皆様のおかげで解放されたこともあって、街に野菜を売りに行く役も追加されたものですから、あまり咲奈と会話できてなかったんです。咲奈と私は、絶対に当番が被らない回り方になっていますので」
 この集落は、戦火から逃れてきた人達が集まってできている。
 彼らは決して存在を気づかれぬよう全員で協力し、長い間自給自足に近い暮らしを送ってきたのだ。
 その結果、村には強固な連帯が生まれたのだろう。
 本土奪還によって伊豆半島が解放された今でなお、集落を出て行こうとする人がいないのがその証拠だ。
「そんな時、咲奈が最近とても頑張っている、って村長が褒めてくださったんです。早朝から数日分の仕事量をこなしてくれるし、他の役回りも手伝ってくれるから助かる、って。時間を作って話を聞いたら、あなたのことを教えてくれて、あなたがいつ来てもいいように時間を作るんだって、笑いながら話してくれたんですよ。その姿を見てて、あなたがどんな人が気になったものですから、ダメ元で待ってたんです」
 話している時の表情や、話が盛り上がってしまった時の口調の速さは、本当に咲奈そっくりだった。
「そしたらまさか、本当に会えると思っていなかったので、最初はびっくりしましたわ。それに……ふふ」
 詩織は涼河を見ると、手の甲を口元に当てながら笑い始めた。
「な、何か?」
「いえいえ、さっきのあなたの反応を思い出してしまって……ふふっ、すいません」
「あ、ああ、あれはですね! なんというか、その、考え過ぎというか、リスクマネジメントというか……」
「あらそうだったの? あんな警戒の仕方を軍は採用しているのね?」
「い、いや! そんなことはありません! 本来は……って、ええと、その……」
「冗談ですよ。ふふふっ」
 詩織の搦め手は見事に成功し、涼河はさらなる醜態を晒すことになった。
 いくら慣れていない女性との会話だとしても、軍隊に所属する者が、一般人の話術に流されてしまうのはどうかと思う。
「いやはや、とても話術が達者で驚きました。どこでそんな技術を?」
 涼河が聞くと、詩織は一瞬驚き、次いで拍子抜けした表情で固まる。
 そして数秒のラグの後、どっと笑い出した。
 だがその際も詩織は両手で口を隠しており、決して女性としての品を落とさないように心がけていた。
 思う存分笑い終えると、詩織は涙を拭きながら言う。

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