世界実験開始 

クロム

第一章 その17

「…………」
 本当は、彼女の熱意を応援してあげたい。
 その不安を少しでも和らげてあげたい。
 ──だが、涼河には答えられない。
「……ごめんなさい、小峰さん。僕は……自分が戦う理由が、わからないんだ」
 あの夜、涼河は大義を失った。
 勝利を得ても、人々は赦してはくれない。
 人を殺す限り、罪は消えない。
 それからというもの、涼河の心には漠然とした恐怖が居座り続けている。
「自分に何ができるのかも、何をすればいいのかもわからない。僕には小峰さんみたいに、強い意志がないから……」
 ──強い意志──。
 この言葉を言うと、あの時の記憶が鮮明に蘇る。
 それは決して忘れてはいけない、戦友の記憶。
 守れなかった、大切な命。


『涼河は、何のために戦うんだ?』


「だからごめん。今の僕じゃ、小峰さんの力にはなれない」
「そう……わかった」
 今は、何もできない。何もわからない。
「──だけど、僕は必ず見つける」
「え?」
「自分が戦う理由を見つけて、小峰さんに話せるようになります」
 探し続ける。いつまでも探し続けてやる。
 答えを見つけた先に、何かがあると信じるしかない。
「だから小峰さんも、一緒に頑張りましょう。お父上の気持ちを知るために」
「…………」
「あの……小峰さん?」
「……うふっ、ふふふふ、あはははははは!」
 咲奈は涼河の言葉を聞き終えると、せきを切ったように笑い出した。
「なっ!? どうして笑うんですか! こっちは真面目に話してるのに!」
「ごめんごめん! 予想以上に真面目な答えが返ってきたから、なんか面白くて……あははは!」
「まったく、拍子抜けしちゃったよ……」
 そんな涼河に、咲奈は笑い涙を拭きながら言った。
「ありがとう、涼河」
 心の距離を縮めるのに、時間は関係ない。
 そのことに涼河が気づくのは、もう少し先の話である。

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