世界実験開始 

クロム

第一章 その14

 兵舎を追い出された二人は、時雨の怒りの原因を突き止めるため、熱い議論を交わしていた、
「何で俺が悪いんだよ!?」
「だって圭佑の質問で時雨が起こったんじゃないか。帰ったら謝った方がいいよ」
「涼河もだろ!」
 しかしその盛り上がりに反して、答えは一向にわからない。僅か数分で、議論は罪のなすりつけ合いへと落ちてしまった。
「冗談だよ。帰ったら、二人で頭下げよう」
「当たり前だわ! はぁ……結局わからずじまいか」
「難しいね。人の心は」
「──あいつら人の心なんて言ってるぜ」
「気持ち悪ぃ。人間でもないくせに」
 その時、二人の後方から声が聞こえた。
 振り向くと、数人の若い兵士達が、笑いながらこちらを見ていた。
「あれ? 聞こえちゃった? ごめんごめん。ちょっと声が大きかったかな?」
「まさか命令以外の言語も認識できるなんて知らなかったよぉ。次からはもっと小さい声で話すな」
 リーダー格の二人が言うと、今度は一斉に笑い出す。
 汚い笑い声がのどかな平穏の空気に広がり、周囲の雰囲気は一気に落ちていった。
「ちっ、テメェら調子に──」
「──ダメだよ圭佑! ほっとこう」
 兵士達に近づこうとする圭佑を、涼河は左手を前に突き出して止める。
「悔しくねぇのかよ涼河は!」
「悔しいよ! でもそれは違うでしょ!」
 ふたりが言い争っていると、兵士達が横槍を突いてくる。
「おお、そっちのチビはわかってんな。自分達の立場をよぉ」
「ただの兵器ごときが、図に乗ってんじゃねぇぞ」
「戦いは終わったんだ。もう一体の女兵器共々、さっさと処分されちまえよ」
「っ──! このクソ野郎!」
「あっ! 圭佑!」
 涼河の手を払いのけ、圭佑が兵士達に殴り込む。
「────」
 そして次の瞬間には、全ての兵士達が腹を抱えながら倒れていた。
「う……ううっ……」
「てめっ、このっ……」
「骨が砕けない程度には手加減してやった。感謝しろ」
 足元で苦しむ兵士達を見下ろしながら、圭佑はそう吐き捨てる。
 だが、兵士達が屈することはなかった。
「お前らが……いたから……」
「ああ? まだ文句言いたりねぇのかよ」
「お前らの……せいで……」
「っ!」
 ──憎悪。
 彼らの最後の抵抗は、侮辱の言葉でも軽蔑の眼差しでもない。純粋な憎しみだった。
「日本が……仲間が…………たくさん……死んだんだ……」
「……黙れ」
「死ねよ……このクソ野郎が……!」
「だから黙──」
「──圭佑! これ以上はダメだ!」
 兵士を蹴り上げようとする圭佑を、涼河が今度こそ止める。
「行こう。ここにいちゃいけない」
「…………ああ」
 涼河は小さく頭を下げ、圭佑を連れてその場を離れた。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品